#115 お仕置き(LV1)とスイートルーム
持ち直した! 気がする!_(:3」∠)_
「さて、宿を取らないとな」
「そうですね」
「そうね」
一通りの手続きを行い、スペース・ドウェルグ社から出たところで俺の発言にミミとエルマが同意した。クリシュナは分解点検整備のため、整備中は当然ながらクリシュナを使うことが不可能になる。クリシュナは俺達の船であると同時に住居でもあるので、宿を確保しないと俺達は一時的にホームレスになってしまうのだ。
「引き渡しは明日の正午だったわね。それまでに宿の確保と荷造りをしないと」
「当面の生活に必要なものだけ持ち出せば良いんですよね」
「そうだな。まぁ小型情報端末とタブレット端末、それに着替えがあれば良いかな。俺は」
小型情報端末が財布の機能を兼ねているし、男の外泊準備なんてこんなものだろう。何か足りなかったら都度買えば良いしな。
「どちらにしても一度船に戻る必要がありますよね」
「そうね。戻って食事がてら宿を探しましょ」
「そうしよう」
メイを加えた四人でテクテクと歩いて港湾区画へと向かう。俺達のいる港湾区画との最寄りフロアはほぼスペース・ドウェルグ社の支社とその関係先で埋まっている。商業区画や繁華街にあたる場所は別フロアに集中して作られているらしい。
当然ながらこのコロニーに来る人の大半はスペース・ドウェルグ社に用がある人々が多い。自然と俺達のようにコロニー内に暫く留まる人が多いため、宿泊施設も充実している──とサラさんが言っていた。スペース・ドウェルグ社と提携しているホテルのリストも受け取っているので、滞在先はその中から選ぶことになるだろう。
ちなみに、メイは俺達三人から一歩離れたような距離をしずしずと足音も立てずについてきている。メイにはお仕置きもしなきゃいけないからなぁ。効果があるかどうかはともかく、お仕置きの方法は既に考えついている。まぁ実行するにしても宿に入ってからだな。
で、クリシュナのところにまで戻ってきたんだが。
「応援を寄越してくれ! 今すぐにだ!」
「うおおっ!? やめんか貴様ァ!」
「無許可のスキャニングは窃盗罪だ! しょっぴけ!」
「技術の発展のためだ! どけぇぇぇ!」
クリシュナの周辺が物凄く騒がしいことになっているというか、もう殆ど暴動レベルであった。何やらよくわからない機材を持ち込んでクリシュナを分析しようとしている背の低いガチムチのおっさんや細身の少女達と、官憲の制服を着た背の低いガチムチのおっさんと細身の少女達が押し合いへし合いを繰り広げている。
「これは酷い」
「ええっと……」
「酷いわね、これは」
「もう少し吹っかけても良かったかもしれませんね。新しい技術に対するドワーフの熱狂度を甘く見ていました」
申し訳ありませんでした、ご主人様と言ってメイが頭を下げる。うん、別にそれは気にしなくていいけど、これじゃクリシュナに近寄ることもできない。どうしたものか? と考えたところでエルマが声を張り上げた。
「この船はオーバーホールのため明日の正午にスペース・ドウェルグ社に引き渡すことになっているわ! こんなところで官憲と取っ組み合いをしているよりもオーバーホールの作業員に潜り込んだほうがじっくりたっぷりクリシュナを見られるわよ!」
エルマの言葉に喧騒に包まれていたクリシュナ周辺がシンと一瞬だけ静まり返り、次の瞬間騒ぎを起こしていた技術者らしき連中が雪崩を打ってスペース・ドウェルグ社の支社へと突撃していった。
後に残ったのは拘束されて悲嘆の声を上げている技術者らしき数名とちょっとボロボロになって疲れた様子の官憲らしき人々である。お勤めご苦労さまです。
「うおォイ!? あんたがこの船のオーナーだろう!? こいつらに言って不当な拘束を撤回させてくれ!」
「お願いだよ! この船のオーバーホールに参加できないなんて酷すぎるよ!」
「連れて行ってくれ」
「任せてくれ」
『アァァァァ! イヤダァァァァ!』
官憲の皆さんが拘束された技術者らしき人々を連行していく。何日ぶちこまれるのかは知らんが、バカンスを楽しむが良いよ。
☆★☆
翌日。
昨日のうちに滞在するホテルを決めて予約を取り、荷造りも済ませた俺達はコロニー内の貨物配送システムを利用して滞在先のホテルへと荷物を送ってほとんど手ぶらで目的のホテルへと移動を開始していた。
「貨物配送システムって楽だよなぁ。こういうところは進んでるなぁと思うわ」
「貨物配送システムが無い社会ってあまり想像がつきません」
「貨物を積載できる乗り物とかに荷物を載せて近くまで走って、それから荷台から荷物を下ろして目的地に手で配達するのよ。非効率だけど、それを生業にして生きている人もいるわ」
「キツい仕事だぞ……学生の頃、年末のバイトで何回かやったことある」
寒いしキツいし真冬だから路面状況も最悪だしで本当にキツかった。年末年始なだけあって日当は良かったけど。
「ご主人様」
「なんだ?」
「どうかお考え直し下さい」
「ダメだ」
にべもない俺の反応にメイが無表情ながらも沈んだ雰囲気を醸し出す。今、彼女は罰を受けている真っ最中なのだ。
「あの、そろそろメイさんを許してあげても良いんじゃ……」
「自発的に色々と行動してくれること自体は俺としても助かるが、今回はやりすぎだ。少しくらいは反省してもらわないと困る」
今のメイは護衛以外の俺に対するあらゆる奉仕活動を禁止されている状態である。メイにとって主人である俺に対する奉仕活動彼女の存在そのものを支える重要な柱だ。それを禁止され、俺の身だけを守るガードロボットのような扱いを受けるのは彼女にとって耐え難い苦痛である──らしい。
俺も確信を持ってやっているわけではない。何故ならこの対処法はメイの製造元であるオリエントコーポレーションで出会った受付嬢アンドロイドから聞いたものだからだ。
忠誠心と能力が高く、そして若い機械知性は主人のために色々と暴走しがちらしい。そんな時のためにということで俺は彼女から高性能メイドロイドに対する効率的な折檻方法というものをいくつか教えてもらっていた。護衛以外の一切の奉仕活動を禁じるという命令はそのうちの一つである。
ちなみに、肉体的というか物理的な意味での折檻はめちゃくちゃ頑丈な機械の身体を持つ彼女にとってはあまり意味を為さない。むしろ頑丈な彼女を殴って怪我をするのは俺の方である。彼女を殴って俺が怪我を負ったらそれはそれで彼女を心配させそうではあるが、できれば女性は殴りたくない。フェミニストを気取るつもりは一切無いが、嫌なもんは嫌だ。まぁ相手にもよるけれども。
あと、言うまでもないが性的な意味での折檻はむしろ逆効果である。返り討ちにあるのがオチだ。
「大いに反省しました。今後はこっそりと企んだりせずに全て報告、連絡、相談を欠かしません。ですからどうかお許しください」
メイが真剣な様子で懇願してくる。どうしたものかとエルマに視線を向けると、彼女は苦笑を浮かべた。
「機械知性が奉仕すべき対象に嘘を言うことはないわ。許してあげたら?」
「ヒロ様。私からもお願いします」
ミミも俺の袖をちょいちょいと引っ張ってメイを許すよう言ってくる。まぁ、二人がそう言うなら良いか。
「じゃあ、二人に免じて許すよ。今回のメイの行動には助けられた部分も多いしな。でも、今後はいくら俺のためになったとしても隠し事は無しだ。良いな?」
「はい。ありがとうございます」
奉仕禁止令を出してから解除までほんの十数分の出来事であった。ほんの十数分でも、処理能力がめちゃくちゃ高い陽電子頭脳を搭載しているメイにとっては物凄く長い時間に感じられるんだろうな。まだクリシュナを出てホテルにすら到着していないのだけれども。
しかし俺の許しを得たメイの雰囲気は明らかに変わっていた。先程まで醸し出していたどんよりとした雰囲気は消え失せ、今はむしろ意気揚々とした雰囲気を放っているように見える。なんというか、顔は無表情だけどなかなかに感情表現が豊かだよな、メイは。
そんなことを考えつつ観光気分で若干寄り道などもしながら歩き、ついに俺達は暫くの間の滞在場所となるホテルに辿り着いた。
「なかなか立派なホテルだな」
「そうですね。なかなかと言うか、かなり高級そうに見えますけど」
「朝食と夕食付きで一泊1500エネルのところを一週間で10000エネルポッキリだぞ」
「いや、それは高──」
「シエラⅢのリゾートなんて一人あたり一泊10000エネルだったんだぞ? それが三人で一週間10000エネルだ。安いだろ?」
「──くない……? いや、騙されませんよ! 高いですよ! 安宿なら一部屋一晩50エネルとかで取れるじゃないですか! ツイン二つで150エネルから200エネルで済みます!」
ちっ、騙されなかったか。
「ミミ、お金を持っている人はお金があるなりの消費をするものよ。というか、ゴールドランク傭兵が場末の安宿なんかに泊まってたら舐められるわ」
「そういうものなのですか……?」
「そういうものよ」
「そういうものなのか」
勿論俺はそんなことはあまり意識せずに部屋数と施設と評判と雰囲気で選んだ。クリシュナと同じようにトレーニング施設を有し、一部屋で全員が泊まれるスイートルームを持つホテルがここしかなかったのだ。スペース・ドウェルグ社からの紹介ということで割引も効いた。それであの値段らしい。
実際のところ、メイのおかげで想定よりも安い金額で母艦が手に入った上に重砲艦化にオーバーホールも実質無料になったわけで、手持ちの資金は1200万エネル以上残っている。メイは今回俺に秘密で色々とやらかし、俺達の行動を自分の意図通りに操ったわけだが、結果としてその行動は間違いなく俺達の、というか俺のためになっている。折檻をごく軽く済ませたのは妥当といえば妥当だったのであろう。
「ほらほら、もう荷物も送っているんだし入り口でうだうだ言っていても仕方ないわよ。さっさとチェックインしちゃいましょう」
「へーい」
「うぅ……はい」
微妙に納得しきれていないミミを俺とエルマで引っ張ってホテルの中へと入る。ホテルのロビーはなんと言えば良いのか……上品で煌びやかな空間であった。ロビーの待ち合いスペースには格調高いソファやテーブルが並べられており、その先には様々な観葉植物が鑑賞できるグリーンスペースとでも言えば良いのか……そんな感じのリラックススペースのようなものも見える。また、天井も高く、天井からぶら下がったシャンデリアのようなものがきらきらと温かみのある光をロビー全体へと降り注がせていた。
「想像していたよりも遥かに高級そうな雰囲気だなぁ」
「こんなもんでしょ。行くわよ」
「へいへい」
俺も若干気後れしているが、ガチガチになっているミミを見て逆に落ち着いてきた。エルマはこういう場所に慣れているのか、全く気後れするような気配は見られない。やはりこいつ、貴族かそれに準ずるような家柄の出なんじゃないだろうか? いや、単に長い傭兵生活の間にこういう場所を利用することが多かっただけかも知れないな。決めつけはよくない。うん。
「いらっしゃいませ。本日は当ホテルにお越し頂き、まことにありがとうございます。ご予約はございましたか?」
「はい。キャプテン・ヒロで予約を取っている筈なんですが」
フロントで待ち構えていた口ひげの似合うナイスミドルにそう言って小型情報端末を取り出して見せると、彼は認証機で端末の情報を読み込み、笑顔を浮かべた。
「はい、確認致しました。ヒロ様ですね。よろしければ一緒にご宿泊される皆様方にも電子キーをお渡しできますが」
「貰うわ。ミミとメイも貰っときなさい」
「は、はい」
「はい」
エルマに言われてミミも自分の小型情報端末を取り出し、メイは右手の甲を見せるように手を差し出した。フロント担当のナイスミドルが認証機をそれぞれの小型情報端末と手に翳し、電子キーとやらを付与していく。詳細はわからないが、話の筋から推測するに部屋のロックを解除するためのカードキーのようなものだろう。
「では、係の者がご案内致します。お荷物は既にお部屋に運び入れてありますので」
「ありがとう」
「ご案内致します」
メイド服をしっかりと着込んだ少女が俺達を先導してトテトテと歩き始める。この子も小さい女の子に見えるけど、口調はしっかりしている。きっと成人しているドワーフの女性なんだろうなぁ。ちっちゃくて可愛いけど、子供扱いしたら怒られそうだ。気をつけよう。
「こちらのお部屋です」
メイドドワーフさんの案内に従い、俺達の宿泊する部屋に辿り着く。それはなかなか広いリビングのような空間であった。質の良い家具や調度品の置かれたリビングには俺達が予め送っておいた荷物が置いてあり、更にいくつもの扉も見える。
「うーん、思ったより広いな」
「えっ……あの、どこからどこが……?」
「そこの扉の内側は全部私達の部屋よ。そうよね?」
「はい。こちらのスイートルームは寝室が四部屋とお手洗いが二つ、ドレッシングルームや広いクローゼット、豪華なバスルーム、それにこちらのリビングダイニングなどで構成されております」
「素晴らしいですね。御主人様が宿泊するに相応しい部屋です」
「ありがとうございます。そちらの専用端末からルームサービスをご提供させていただいておりますので、ぜひご利用下さいませ」
それでは失礼致します、とペコリと頭を下げてからメイドドワーフさんはスイートルームから退出していった。
「まずは荷物を開けましょうか。ほら、ミミ。寝室を決めるわよ」
「は、はい……」
エルマが置いてあった自分の荷物を持って未だに呆然としているミミを引っ張っていく。
「主寝室はこちらのようです」
「はいはい」
メイが俺の荷物を持って部屋の奥にある扉へと向かっていくので、それについていくことにする。正直、元々小市民であった俺もミミと同じように豪華過ぎる部屋に若干ビビっているわけだが、今更どうこう言っても仕方あるまい。とりあえず一週間。ここでのんびりとさせてもらうことにしよう。