#112 前哨戦:専属契約のお話
今年さんも余命二ヶ月ですね!
まじかよ……_(:3」∠)_
「本日はキャリアシップ──所謂母船の購入のご相談ということでしたが」
営業スマイルを浮かべたまま、彼女は単刀直入に商談を切り出してきた。思った以上に率直でちょっとビックリである。だが率直で話が早いのは歓迎だ。
「ええ、スペース・ドウェルグ社のスキーズブラズニルにしようと思っているんですが」
俺がそう言うと、彼女──サラさんは目を輝かせながらずいっと身を乗り出してきた。乗り出してきたけど彼女が小さいので全然遠いわけだが。
「SDMS-020ですね! 流石、お目が高い! SDMS-020は当社のキャリアシップの定番ロングセラー機です。基本設計ができたのはおよそ八十年前ですが、フィードバックを受けて改良を重ねてきた名機です。機体のコンセプト通り、高い信頼性と拡張性が売りですね。それに、購入するなら丁度良いタイミングです。先日、最新ロットの機体が仕上がったばかりなんですよ」
サラさんが揉み手を作ってにっこりと微笑む。
「でも……お高いんでしょう?」
最新ロットは、という意味を込めて人差し指と親指で輪っかを作ってみせる。
「勿論。最新ロットは幅広いオプションパーツに対応している最新型ですから。ですがご心配なく。ヒロ様にだけ提案させていただける、とってもお得でオンリーワンなご提案がございます」
そう言ってニッコリと笑うスーツを着た少女。否応なしに俺の中で警戒度が上がる。
「ヒロ様は極短期間でブロンズランクからゴールドランクへと駆け上がった新進気鋭の凄腕傭兵。そうですね?」
「……自分で自分のことを凄腕傭兵ですって自称するのってイタくないか?」
「そんなことありません! かっこいいと思います!」
ミミは俺の言葉を否定して目をキラキラさせた。
「私はちょっとイタいと思うけど……でも事実ではあるわね」
エルマは俺の意見に同意しつつも俺が凄腕であること自体は肯定してくれるようだ。メイはソファに座らずに俺達の後ろに立って控えているので表情はちょっとわからない。口を出してこないところを考えると、特にこれといった意見はないようである。
「事実か……? いや、まぁそこは良いか。サラさんというか、スペース・ドウェルグ社がそう見てくれているということはわかったよ。それで?」
俺が凄腕傭兵かどうかという議論は今は関係ないので横に置いておいて話の先を促すことにした。結局のところ俺がどう思うかではなく他人がどう思うかって話だからな。彼女とスペース・ドウェルグ社が俺のことをそう認識しているのであればそれで良いのだろう。俺がウダウダ言うことでもない。
「はい。当社と専属契約を結んでいただけるのであれば、大幅に値引きをさせていただけますというお話です」
彼女はニコニコ笑顔を崩さずにそう切り出してきた。俺はその話に首を傾げる。
「専属契約とやらの内容を聞かせてもらわないと判断ができないよな」
「そうですね」
「そうよね」
「はい。簡単に言えば、可能な限り母船として当社の製品を使い続けて頂くこと、整備などに関しても可能な限り当社を使って頂くこと、運用データを定期的に吸い上げさせて頂くこと、ヒロ様達の活躍を当社の宣伝に使わせて頂くこと、以上の四点ですね」
提示された条件を頭の中で反芻する。
条件その一に関しては問題ないだろう。母船なんてそうそう買い換えるものじゃない。
条件その二の整備を製造元で行ってもらうというのもまぁ、良いだろう。可能な限りという注釈がついているわけだし、スペース・ドウェルグ社の整備員が居ないところでも整備を受けても良いってことなら問題ない。
条件その三の運用データ云々に関しては俺は問題ないと思うが、これは一応皆に相談しておくべきか。条件その四に関しても同様だな。ただ、条件その四には少しこちらから聞くべきことがあるように思える。
「一つ目と二つ目の条件に関しては問題ないと思うが、三つ目と四つ目条件についてはどう思う? 俺的には運用データを渡しても構わないと思う。あと、四つめの条項に関しては正直まだ内容が漠然としていて判断ができないと思うんだが」
「プライバシーに関わる生活系のデータを除くなら良いんじゃない? 宣伝に関しても収集したデータを使う分には問題ないと思うけど、私達にスペース・ドウェルグ社の看板を背負えってのはナシよ。いちいちスペース・ドウェルグ社に配慮して発言したり振る舞ったりするのは面倒だもの」
「私もエルマ様と同意見です。どちらにせよ、条件を呑むことによってどれだけのディスカウントが行われるのか提示されなければ検討することもできないかと」
「ふむ……ミミは?」
「宣伝に使うというのがよくわからないですね。私達の傭兵活動をどう宣伝に使うんでしょうか? 基本的に宙賊を倒して賞金を稼ぐだけですよね。その活動をどう利用すればスペース・ドウェルグ社の利益になるのかがよくわからなくて、モヤモヤします」
俺達の意見を聞いたサラさんは頷き、口を開いた。
「運用データに関しては仰られたようにプライバシーに関わる部分を除いた機体の実働面についてのデータ収集になりますので、まずはご安心を。そして宣伝に利用させて頂くという内容ですが、こちらは提供されたデータを表記する実戦データの一つとして表記させてもらったりするのと、後は優先取材権の獲得が目的ですね」
「優先取材権?」
またよくわからない言葉が出てきた。
「はい。スペースドウェルグ社は造船業だけでなく、数多くの事業を経営しています。例えば工業部門だけでも造船部門、携行武器製造部門、酒造部門など多岐に渡りますし、工業部門の他にも娯楽メディア部門などもあるのです」
「娯楽メディア」
オラなんだか嫌な予感がしてきたぞ。
「はい。コロニーに定住する人々にとって、コロニーに定住せず、宇宙を股にかけて旅をする放浪者の生活というものは非常に刺激的なものに見えるのですよ。特に悪い宙賊を倒して回る傭兵のドキュメンタリーは人気が高いんです」
「……ミミ?」
元は入植者であったミミに意見を聞こうと視線を向けると、彼女は頬を紅潮させてそれはもうキラキラと目を輝かせていた。
「確かに私もコロニーに済んでいた頃は行商人や怪物狩人や傭兵のドキュメンタリーを見たりしてました! 私達の活動がドキュメンタリー番組になるんですか!? うわぁぁぁぁ……!」
ミミさん大興奮。尻尾があったらブンブン振ってそうなくらい大興奮。なるほど、この反応を見る限り、コロニーの入植者にとって傭兵のドキュメンタリー番組が良い娯楽なのだということはよくわかった。
「どう思う?」
「うーん……」
大興奮のミミに対してエルマはとても渋い顔をしている。
「やめといたほうが良いと思うけど……」
「どうしてですか!?」
「いや、クルーの構成を見ればヒロと私達の関係が丸わかりじゃない。全銀河に拡散されることになるのよ? その意味わかる?」
男と女が一つの船に乗っているってことはつまり『そういう関係』であるという常識のアレだ。
俺達の顔出しドキュメンタリー番組が公開されたらそういった事情がフルオープンになるというわけである。
「? 何か困るんですか? 私達とヒロ様がそういう関係であることが知れ渡っても何も問題ないと思いますけど」
ミミはわかった上で全く機にしていなかったようである。あっけらかんとしたミミの反応にエルマが仰け反った。
「今更ですよね。今まで立ち寄ったコロニーでも港湾管理局の人とか傭兵ギルドの人にはバレバレだったわけですし、これから先も宇宙を旅していけば結局全銀河に広がることになるじゃないですか」
「そ、それは……そうだけど」
平然とした様子のミミに対してエルマは押され気味のようである。というかミミ強いな。
「ヒロ様とお二人の関係については個人的にとても興味がありますが、つまりそういうことです。スペースドウェルグ社の娯楽メディア部門からのオファーがあったら受けて欲しいということですね。ああ! 勿論取材の際は別途ギャラが出ますよ!」
そう言って彼女は先程俺がやったのと同じように小さな人差し指と親指を使って輪っかを作って見せる。ああ、そう。
まぁミミのエピソードとかはシンデレラストーリーとして人気が出るんじゃないかな? とは思う。見方によってはどん底からの大逆転だものな。
「……優先権ってことは他社のオファーは受けないようにって事でいいんだよな?」
「ええ、そういうことです」
「取材を強制されるというということではないな? 条件面で折り合わなかったら拒否しても良いんだよな?」
「……ええ、そうです」
舌打ちでもしそうな雰囲気を醸し出しながらそれでも笑顔でサラさんが答える。
「ヒロ様! 取材受けましょう! 受けましょう!」
ミミが大興奮して俺を揺さぶってくる。ああ~、揺れる揺れる。ガクガクしてる。
「はいはい条件に折り合いがついたらね……で、船につけるオプションとお金の話をしようか」
「はい、そうしましょう」
そう言ってサラさんが手元のタブレット型端末を操作し、大型のホロディスプレイを起動した。当然、そこに移っているのは俺達が購入しようとしている母船、スキーズブラズニルである。
「まずはスキーズブラズニルのお話をさせていただきます。お話の内容によってはより良い提案もできるかもしれません」
営業スマイルを浮かべていたサラさんの視線が一瞬だけ猛禽のような鋭い光を帯びたように見えた。これは心してかからないと相当毟られそうな気がするな。気を引き締めていこう。
あぁ~、P5Rやめどきがわからないんじゃぁ~_(:3」∠)_(寝不足