#109 ブラド星系
四章のプロローグということで今回は軽めに_(:3」∠)_
誰かの気配で目が覚めた。
温かく、心地よい微睡みの向こうで衣擦れの音が聞こえる。離れたがらない瞼をなんとかこじ開け、衣擦れの音がする方向に視線を向ける。すると、そこには既にクラシカルなメイド服に身を包み、こちらに背を向けて艷やかな長髪をポニーテールにまとめている女性の姿があった。
俺の僅かな身じろぎの音を拾ったのか背を向けていた女性が振り返る。
「おはようございます、ご主人様」
メイド服の女性が注意して見なければわからないほどの本当に微かな笑みを浮かべる。
「おはよう、メイ」
まだ夢現のまま、俺は彼女に朝の挨拶を返した。
☆★☆
「おはようございます、ヒロ様、メイさん」
「おはよ」
「ああ、おはよう」
「おはようございます」
メイと一緒に自室から出てひとっ風呂浴びてから食堂に行くと、そこでは既にミミとエルマが寛いでいた。とは言っても二人ともどこか元気がないというか、怠そうである。
「二人とも今日は休んでて良いからな。ゆっくりしててくれ」
「はい、ありがとうございます」
「悪いわね」
そう言って微笑む二人は若干体調を崩していた。別に病気とかそういうのではなく、女性特有のものである。お薬を服用したとしても人体の生理現象が消滅するわけではないのだ。まぁ深くは語るまい。
「俺はコックピットに詰める。メイはコックピットに俺の朝飯を運んだら二人についていてやってくれ」
「承知致しました」
「あー、別に大丈夫よ? ちょっと怠いけどそれだけだから。症状は軽いしね」
そう言ってエルマが苦笑いを浮かべる。同じく少し怠そうにしているミミも同意の声を上げた。
「はい。メイさんはヒロ様についていてください」
「そうか? じゃあ朝飯を運んだら通常タスクを終わらせてから俺についてくれるか?」
「承知致しました」
メイがコクリと頷いたのを確認し、俺はコックピットへと向かう。
「うーん、相変わらずド派手というかサイケデリックというか……」
コックピットに入るなり目に飛び込んでくるのは極彩色の光の奔流であった。今、俺の乗るこの船──クリシュナはブラド星系へと向かうハイパーレーン内を航行中である。コックピットの前面HUDの片隅にはハイパーレーン脱出までの推定時間が表示されており、それによるとブラド星系への到着は凡そ七時間後である。
ハイパーレーンを利用した恒星間移動──ハイパードライブ中は基本的に自動航行となるので、本来はコックピットに座ってサイケデリックなハイパーレーンの様子を監視している必要など一切無いのだが、一応不測の事態が起こる可能性もゼロではない。なので、誰か一人はコックピットで監視を行うのが星の海を往く船乗りの常識であった。
「さぁて、あと七時間……ブラド星系ではゆっくりと過ごしたいもんだが」
そう言いつつメインパイロットシートに座って俺はコンソールを操作し、銀河地図を開く。ホロディスプレイによって空中に投影された銀河地図を操作し、俺達が今向かっているブラド星系の情報を表示した。
ブラド星系は俺が最初にこの世界に訪れた時に滞在したターメーン星系と似通った様相の恒星系である。G型恒星であるブラドを中心として四つの惑星と小惑星帯から構成されており、小惑星帯と四つの惑星のうち二つから豊富な鉱物資源が採掘されている。ガス型惑星のブラドⅢからも有用な資源となるガスが採取されており、グラッカン帝国内でも有数の資源星系だ。
これだけ有用な資源が産出される星系であれば宙賊も多く跋扈していそうなものであるが、この星系で活動する宙賊はほぼいない。絶無と言っても良い。何故かと言うと、この星系には今回俺達がこの星系を訪れた目的であるシップメーカー、スペース・ドウェルグ社のシップヤード──つまり造船所があるからである。
何故造船所があると宙賊がいないのか? それは宙賊の存在が確認されたらシップヤードから出撃した試作船が大挙して押し寄せ、宙賊どもを駆逐するからである。
何故シップメーカーのスペース・ドウェルグ社が宙賊退治などに精を上げるのか? その疑問は尤もなものだ。その質問をぶつけたとあるジャーナリストに対するスペース・ドウェルグ社の回答は以下の通りである。
『我が社では優秀なエンジニア達が日夜挑戦的、かつ先進的な船や装備を開発している。その船や装備の性能を試すことができる機会があったら利用するに決まっている。無料で提供されるテストターゲットを放っておく道理がない』
つまり、イカれた技術者達にとっては宙賊など無料で提供される実験台にしか過ぎないのである。
シップメーカーの試作品を撃破して鹵獲できれば見返りはそれなりにあるのかもしれないが、試作品だけに何が飛び出してくるのかわからない上に奴らは嬉々として向かってくるのだ。宙賊にしてみればたまったものではない。それはどのシップメーカーの造船所でも同じことなので、基本的に宙賊連中はシップメーカーの造船所近辺には近寄らない。
ハイパーレーン二つや三つ先の星系くらいまでなら奴らは『長距離航行実験』と称して遠征までしてくるのである。その際に撃破した宙賊艦のパーツはマッドなエンジニアどもにとっては貴重な資材になるなので当然残らず略奪するし、かかっていた賞金は研究資金として活用できる。
試作機のテストができる上に資材と予算が手に入るのだ。狩らない理由がない。
「見事に周辺三星系まで宙域危険度が『クリーン』になってやがるんだよなぁ……」
今回は宙賊関連のトラブルに巻き込まれることは無さそうである。少し退屈な上に金が稼げないのは残念だが、結局骨休めをするために訪れたシエラ星系でもまともに休むことができなかったので、良い機会かもしれない。新車ならぬ新造船を発注するとなれば建造が終わるまでに時間もかかるだろうし、クリシュナのオーバーホールもしたい。ミミとエルマも調子があまり良くないし、丁度良いだろう。




