#108 旅立ち
遅れました!(´゜ω゜`)
「まず、母艦を導入する目的を明確化しよう」
「そうですね」
「そうね」
ミミとエルマは俺の提案に素直に頷いた。メイも無言で頷いている。
「俺としては目的を突き詰めればそれは最終的に『今よりも多く稼ぎたい』に集約されると思うんだ。で、現状で何がボトルネックになっているのかって考えると、それはカーゴ容量を含めた拡張性の少なさだと思うんだよな」
「基本的にクリシュナは戦闘型の小型艦ですからね」
メイが頷いて同意する。
そう。クリシュナは小型戦闘艦である。戦闘を主眼に置いて設計された船なので戦闘能力は高いが、拡張性は低めだ。カーゴ容量も小さく、戦利品も多くは運べない。折角宙賊をぶっ飛ばしてもあまり多くの戦利品を鹵獲することができないのである。
「だから、今回の母艦を購入する目的というのはクリシュナにないカーゴ容量や拡張性の獲得ということになる。その点で一番優れているのはこの三つの中だとスキーズブラズニルだよな」
「そうですね」
「そうね」
「うん、ここまでは同意を得られて何よりだ。で、それだけを重視するならスキーズブラズニルで決まりなんだが、対抗馬のナイトホークはスキーズブラズニルに比べると拡張性で劣るけど足が速い。機動性ってのは大事な要素だよな。襲われた際に逃げるのにも脚が速いのは便利だし」
「うん、その通りね」
「そうでしょうか?」
ここでエルマとメイの意見がぶつかった。
「襲われた際に逃げるということは、搭載しているクリシュナを発艦させずにそのまま逃げるということだと思いますが、それではクリシュナの攻撃力が活かせません。逆にクリシュナを発艦させて戦闘を行う場合においては、母艦クラスの大きさの船では多少の機動性などあったところで回避などは望めません。その場合はナイトホークのシールド容量の少なさと装甲の薄さがクリシュナの弱点となります。ナイトホークを選ぶ利点は超光速航行時の巡航速度が若干早い、という点しか無いと考えられます」
メイの理論展開には一分の隙もないように思われた。
「指摘はご尤もだけど、クルーの安全性という視点が抜けているんじゃないかしら? スキーズブラズニルの大きさと機動性じゃあレーザー砲やマルチキャノンはもちろんのこと、大口径の実体弾砲や対艦魚雷すら避けるのが難しいわ。確かに強力なシールドと装甲は良いものだけれど、それでも耐えきれないような火力を投入されたらすぐに爆発四散することになるわよ。確かにナイトホークの大きさじゃ敵の攻撃を掻い潜り続けるのは不可能だけど、足が早いぶんクリシュナが時間を稼いでいる間に超光速ドライブを起動することだってできるわ」
「基本的に宙賊を相手にするわけですから、大口径の実体弾砲や対艦魚雷を想定するのはナンセンスかと思います。彼らは中型艦以上の大きさの船を沈めるのではなく鹵獲することに目的にしますから、そのような過剰火力で母船を攻撃することはまず考えられません。それに、ナイトホークは母艦としては小型で、拡張性に難があります」
当初の目的である拡張性の確保という点でも要求を満たすものとは思えません、と言ってメイは首を横に振った。
「載せるのがご主人様の駆るクリシュナでなければナイトホークの方が良さそうな場面は多いでしょうが、クリシュナと共に行動するのであればスキーズブラズニルの方が適していると私は判断致します」
そう言ってメイはじっと俺に視線を向けてきた。その視線を受けて俺は顎に手を当てて考え込む。
メイのプレゼンが完璧なのでスキーズブラズニルの方が適切なように思えるが、果たしてそうだろうか? ナイトホークの優れている点はやはりなんと言っても機動性だ。機動性の高さというのはつまり、操縦時のストレスの少なさである。更に言えば危険地帯から遠ざかるための時間の少なさでもある。
実際に母艦を運用するとなると、恐らくはその操縦はエルマに任せることになるだろう。エルマが操縦を行うとなると、彼女の適性的にはナイトホークの方が性に合うに違いない。
「母艦を操縦するのは基本的にエルマってことになるだろうから、そう考えるとエルマにとってはナイトホークの方が操作しやすいんじゃないか?」
「それはうん。勿論そうね」
「私もそう思います」
エルマだけでなくミミも俺の意見に同意した。元々エルマは制御の難しい高速艦を乗艦としていたのだ。彼女にとっては鈍重なスキーズブラズニルよりもナイトホークのほうが扱いやすい艦だというのは間違いないだろう。
「エルマ様が操艦されるのですか? 母艦は私が操艦するものだと考えていたのですが」
「うん?」
「ええ?」
メイの発言に俺とエルマが同時に声を上げた。
え? メイが? その発想はあんまり無かったわ。
「はい。クリシュナのサブパイロットとしてエルマ様の存在は不可欠なものですし、ミミ様のオペレーティングもまた同様です。そうなると、現状で戦闘時には手持ち無沙汰な私が母艦を制御するのが一番だと思います。幸い、宙賊艦に取りつかれて乗り込まれたとしても私であれば如何ようにも対処できますので。最悪、宇宙服やパワーアーマーなどを装備していない場合はハッチを開放して船内を急速に減圧するだけで制圧可能ですし」
「それはえげつない」
メイはメイドロイドである。見た目は黒髪ロングのクール美人さんだが、実際には機械生命体である。なので、彼女は生身というかそのままでも宇宙空間で活動できるようになっているらしい。略奪する気満々で軽装で飛び込んできた宙賊が穴という穴から色々なものを噴き出して絶命する様が脳裏にありありと浮かぶ。掃除が大変そうだなぁ……。
「私とてむざむざと撃破されるつもりはありませんが、万が一撃破された場合でも私であればなんとでもなりますから」
そう言って自らの胸に手を当て、メイは自信を感じさせる無表情で静かに頷いた。エルマと、そしてミミとも顔を見合わせる。どうやら俺達の行き先は決まったようだ。
☆★☆
「そういうわけでな、俺達はブラド星系に向かうことにしたよ」
寝室でホロディスプレイを立ち上げた俺は画面の向こうに向かってそう告げた。
『そうですか……もう少しゆっくりして行かれても良いのでは?』
そう言って画面の向こうの人物が寂しげに眉尻を下げる。
「いや、あまり長居してもな。デクサー星系の周辺は傭兵の仕事も少ないし」
『そうですか……』
画面の向こうの人物──クリスがそう言って俯く。黙って去ろうかとも思ったのだが、流石にそれはあまりにも不義理だろうと考えてこうして連絡することにしたのだ。
「まぁ、うん。そういうわけでな……さよ──」
『また今度』
さようならだ、と言おうとしたところに言葉を被せられた。画面に目をやると、クリスは微笑んでいた。なんだか、表情が少し大人びて見える気がする。
『また今度、です。絶対にまた会いに来てくださいね。できれば一ヶ月に一回くらいは会いに来てください』
「……一ヶ月に一回はちょっと難しいな。半年に一回くらいにまけてくれ」
『仕方ありませんね、じゃあ半年に一回で良いです。待ってますよ、私の騎士様』
「いや、依頼も終わったし騎士役はもう」
『私はまだヒロ様を騎士役から解任なんてしていませんよ。貴方は今でも私の騎士様です』
そう言ってクリスがにっこりと笑みを浮かべる。そんな彼女からはなんだか今までにない迫力のようなものが滲み出てきているように思えた。
「……はは。なんだか押しが強くなったんじゃないか?」
『私もダレインワルド伯爵家の跡取り娘ですから。か弱いお姫様のままではいられません』
笑いながら指摘すると、クリスは自らの存在を誇示するかのように薄い胸を反らしてそう答えた。なるほど、か弱いお姫様のままではいられないか。
『また会いましょう、ヒロ様。待っていますよ』
「善処するよ」
『会いに来なかったら捕まえに行きますからね。ダレインワルド伯爵家の力を総動員してでも』
「それは怖いな。ちゃんとご機嫌を窺いにくるとするよ」
コールドスリープポッドの眠り姫は俺達との旅を通じて少しだけ強かになったように思えた。もしかしたらメイの薫陶が効きすぎているだけかもしれないが。
「またな」
『はい』
互いに微笑みを交わし合い、通信を終了する。それで心残りはもうない。
☆★☆
「よーし、出港だ。各員チェックを」
コックピットのメインパイロットシートに座り、クルーに号令をかける。
「システムオールグリーン、弾薬よし、燃料よし。いつでも出られるわ」
隣のサブパイロットシートでエルマがコンソールを操作し、各項目をチェックする。クリシュナの自動診断システムはシステムオールグリーンを示しているが、そろそろ一度機体をオーバーホールしたほうが良いかもしれないな。問題は、同型の機種がどこにも存在しないところなのだが……まぁ、パーツに関しては特注になるかもしれないが、シップメーカーなら材質を分析して複製してくれるだろう。
「食料や水、医薬品などの補給物資も完璧です」
メイが船内に積み込まれている目録を再チェックして報告してくれる。船内の補給品の管理に関してはメイに一任することにした。元々はミミに管理を任せていたのだが、こういったことはメイドの仕事ですとメイが珍しく強硬に主張したのだ。
「よし。ミミ、出港申請だ」
「はい!」
ミミがコンソールを操作し、デクサープライムコロニーの港湾管理局に出港申請を行う。程なくして許可が降り、俺はクリシュナとハンガーとのドッキングを解除してゆっくりと船を進めた。
「出港時のワクワク感だけはほんとに何度経験しても薄れることがないな」
「そうですね、私もいつもワクワクします!」
「そうね。わかるわ」
そんな話をしながら港を抜け、俺達は再び無限に広がる宇宙に飛び出した。
「よし。ミミ、航路設定だ」
「はい、航路を設定します」
ミミがオペレーター席でコンソールを操作すると、目標の恒星系がHUD上にロックされる。俺はその方向に艦首を向け、クリシュナを加速させた。
「超光速ドライブ、チャージ開始」
「了解。超光速ドライブ、カウントダウン開始」
俺の指示に従ってエルマが超光速ドライブのチャージを開始する。
「5、4、3、2、1……超光速ドライブ起動」
ドォンと爆音のような音が鳴り、クリシュナが光を置き去りにして走り出した。遠くに見える恒星の光が尾を引いて線となる。何度見ても不思議な光景だ。
「ハイパーレーンへの接続成功。ハイパードライブ、チャージ開始するわ。カウントダウン、5、4、3、2、1――ハイパードライブ起動」
空間が歪み、光が歪曲する。その次の瞬間、極彩色の光が視界を埋め尽くし、クリシュナはハイパースペースへと突入した。
「さーて、次は平和に……終わると良いなぁ」
「終わると良いですね……」
「……無理じゃない?」
「諦めるなよ!」
完全に諦めムードのエルマに突っ込みながら俺達の乗るクリシュナは極彩色の不思議空間を疾駆していく。
次の目的地はブラド星系。シップメーカー、スペース・ドウェルグ社の工場がある工業星系だ。