#105 決別
マニアワナカッタ……_(:3」∠)_
「はー、食った食った」
テツジン・フィフスの作ってくれたピザのようなものと、フライドチキンめいた何かをメインとした祝勝パーティーでたらふく食った俺はササッと風呂を浴びて自室に戻ってきていた。
え? パーティーの様子? 人造肉を併用した激ウマメニューに感動しながら皆でワイワイ飯食ったよ。パリピだったよパリピ。いや、酒飲んで騒いでるのは駄エルフ一名だけだったけど。
腹もいっぱいになったので、まだ飲んで騒いでる駄エルフはそれに付き合っている美少女二名と有能メイド一名に任せて俺だけ風呂に入って部屋に戻ってきたわけだ。どうにも白兵戦で想像以上に精神的にも肉体的にも疲労していたらしい。パーティーの後半でドッと疲れが出てきた。
「大変だねぇ」
ベッドサイドのコンソールを操作し、クリシュナの各部に搭載されている光学センサーが拾った画像をホロディスプレイ上に表示させる。そこに映ったのはクリシュナの鎮座するハンガーの様子である。
ホロディスプレイにはメンテナンス要員やメンテナンスロボットがハンガー内を忙しなく動き回っている様子が映し出されていた。俺達はパーティーを楽しんだが、ダレインワルド伯爵家の人々は未だに事後処理に忙殺されているようだ。
今回の襲撃にはダレインワルド伯爵家の息がかかっているはずのコーマット星系軍からもバルタザールに唆されて参加した者が居たらしく、クリスの話によるとダレインワルド伯爵家とコーマット星系軍は上を下への大騒ぎであるらしい。
そういう話は俺みたいな傭兵には関係のない話だけどな! 今はダレインワルド伯爵の旗艦に着艦した状態で待機を命じられている状態だし、待機中は何をしていても俺達の自由というわけだ。当然、出動要請があれば出動する必要はあるわけだが。
戦場の後始末を終えたダレインワルド伯爵とその麾下にある船団はコーマット星系の中核コロニーであるコーマットプライムコロニーに向かい、曳航した船の引き渡しや負傷者の治療、損壊した艦船の修理など諸々の用事を済ませるつもりであるらしい。その間、俺達は待機を命じられたというわけだ。
もうお膝元に来たわけだし、首謀者であるバルタザールも捕らえたわけでもあるし、用済みだとばかりに放り出されるかな? と思っていたのだが、意外とダレインワルド伯爵は義理堅かったようである。
などと考え事をしながらベッドに大の字で寝転がっていると、入室を求めるチャイムが鳴った。一応この部屋の扉も気密扉で頑丈だからか、ちょっとしたノック程度じゃまったく中まで音が聞こえなかったりする。そのために中の人を呼び出すためのチャイムが据え付けられている。エルマはそれでも聞こえるくらいドンドン扉を叩いてきたりするけど。
「こんばんは」
「お、おう? こんばんは?」
チャイムを鳴らすのはいつもミミなので、ミミが訪ねてきたのだろうと思って扉を開けたらそこに居たのは黒髪の美少女であった。つまりクリスである。
流石にクリスが来るとは思っていなかったので、俺の格好はボクサーパンツにタンクトップというそれはもうラフな格好である。有り体に言って下着姿である。
「ちょっと待ってくれ」
「はい。お寛ぎのところをすみません」
流石に下着姿はまずかろう、とズボンだけでも履くことにする。クリスは俺に気を利かせてかそっと視線を横にずらしてくれていた。申し訳ねぇ。
「ええと、どうしたんだ?」
「特にこれと言った用事はないです……ただ、二人でお話がしたくて」
「なるほど?」
わかるようなわからないような理由だが、別に拒否するようなことでもない。俺はベッドから少し離れた場所に設置されている椅子とテーブルの方にクリスを導いた。流石に貴族のお嬢様を男のベッドに座らせるわけには行くまい。そういう意味では男の部屋に彼女を迎え入れること自体がアウトな気がするが。
「悪いがお茶とか気の利いたものはないんだよな……これでもいいか?」
「はい」
クリスがコクリと頷いたので、俺は据え付けの冷蔵庫から炭酸の抜きの黒い砂糖水めいたドリンクをテーブルの上に置いた。うーん、ちょっと刺激が物足りないけど五臓六腑に沁み渡るなぁ。
「まぁ、なんだ。改めてお疲れ様だ。とりあえずはこれで危機は去った、ってことで良いだろう」
「はい、ありがとうございました。お祖父様もヒロ様のことを褒めていましたよ」
「本当かぁ?」
あの爺さん、俺と顔を合わせる時はいつも眉間に深い皺を刻んで不機嫌そうなんだが。まぁ、傭兵としての俺の力は認めてくれているってことなのかね。
「はい。不機嫌そうな表情でしたけど、腕は確かなんだろうって言っていました」
「そうか。まぁ悪い気はしないな」
と、ここで気付いて俺は椅子から腰を上げ、ベッドの脇のクローゼットの中から薄紫色の宝石があしらわれているネックレスを取り出した。俺の愛用のジャケットのポケットに入れていたものだ。
「そろそろこれを返しても良い頃だろ」
「それは……」
俺の手の中で光るネックレスにクリスが視線を向ける。その表情はどこか寂しげというか、悲しげなものだった。
「まだもう少しクリスを守る騎士役として働かせてはもらうけどな。とはいえ、ダレインワルド伯爵からクリスを保護していた件についての報酬はもう貰ったし、ここがこのネックレスの返し時だと思う。大事なものなんだろう?」
「……はい」
俺がネックレスを差し出すと、クリスはそれを素直に受け取り、その小さな手でぎゅっと握りしめた。それを見届けた俺は再び椅子に腰を下ろし、クリスの真正面に座る。
「あの、私……」
「うん」
「私、ヒロ様を……ヒロ様のことをお慕いしています」
クリスはネックレスをその小さな手で握りしめたまま顔を真っ赤にし、涙で黒い瞳を潤ませながらそう言った。
「……そうか」
まぁ、そんな兆候は無くもなかったというか、あってもおかしくはないのかという感じだ。リゾート惑星は添い寝もしたしな。いや、添い寝は関係ないか? 何にせよ、多感な時期の少女にとって自分を守ってくれる、守ってくれた男という存在はそういう対象として申し分無いだろう。
そんなものは一時の熱病のようなものだ、と切って捨てるのは簡単だが、本人にとってはこれ以上無く本気で、最大限の勇気を振り絞った告白なんだろうと思う。でもなぁ。
「前に言ったよな? 貴族の女の子に手を出すつもりはないって……あぁ待て、泣くな泣くな」
クリスがぽろぽろと涙を零し始めたので、慌ててその涙を手で拭ってやる。すまんね、ハンカチの一枚も用意してなくて。前にミミにたきつけられて俺の部屋に忍び込もうとしたアグレッシブさはどこにいったんだよ。
「大人の事情というか、貴族としてのクリスの事情もあるだろう。バルタザールは確実に廃嫡の上で処分されるだろうし、そうなるともうダレインワルド伯爵家にはクリスしか跡取りが居ないわけだ」
親戚とかそっちから適正な人材を養子に引っ張ってくるって方法もあるのかも知れないが、そこまでするかはちょっと俺にはわからん。
「そんなクリスとどこの馬の骨かもわからん俺との間をダレインワルド伯爵が認めるとは、俺は思えない。認めれば良いのかというと、そうもいかない。俺は傭兵稼業をやめるつもりは今のところ無いんだ」
もしダレインワルド伯爵が俺とクリスとの仲を万が一認めたとしたら、まぁ入婿でという形になるんだろうけど惑星上居住地に住んで炭酸飲料飲み放題って野望は叶えられることになるのかね? なりそうだが、それはなんか違うよなぁ。多分俺は俺の手で、実力で成し遂げたいんだ。
「ダメ、ですか……? 私がダレインワルド伯爵家を捨てると言ってもダメですか?」
「ダメだ。そうしたらダレインワルド伯爵は怒り狂って俺を始末しにかかるだろう。悪いが、俺は今の生活を捨ててまでクリスとそうなろうとは思えない。すまないが」
俺の言葉にクリスは再びポロポロと涙を流し始めた。俺の今の言葉は、つまりクリスとの決別宣言でもあった。よりストレートに言えば振ったとも言う。
クリスにも言った通り、俺は今のミミとエルマとの傭兵生活を捨ててまでクリスとどうにかなるつもりは全くない。俺がダレインワルド伯爵に追われることになればミミとエルマを危険に晒すことになる。男としても、船のオーナーとしても俺にとって大事な女性であり、大事なクルーでもある二人を危険を晒すようなことはできない。
有り体に言えば、俺にとってはクリスの気持ちよりもミミとエルマとメイとの生活のほうが大事なのだ。クリスには申し訳ないが。
俺は小型情報端末を操作し、メイを部屋に呼んだ。程なくしてメイが部屋を訪れ、椅子に座る俺と同じく椅子に座ったまま嗚咽の声を漏らしているクリスの姿に視線を走らせる。
「すまん、メイ」
「いいえ。お任せください」
メイはそう言って涙を流すクリスを連れて俺の部屋から立ち去っていった。なんとか俺自信が慰めてやれればよかったんだが、残念ながら俺には振った女の子を上手く慰めるような恋愛スキルは持ち合わせていない。メイに押し付けるとか最低だな、俺。
「はあぁぁぁぁー……」
クソデカイ溜め息を漏らしながらベッドにダイブする。寝てしまおう。そうしよう。
俺は脳裏に過る涙を流すクリスの姿と彼女の嗚咽の声に苛まれながら意識を手放した。