#103 二刀流野郎
バリケードを突破して進むと、通路が真っ赤に染まっているのが見えてきた。
「うっ……これは」
「斬られていますね」
真っ赤に染まった白い通路に転がっているのはバラバラに寸断された人間のパーツだった。あまりの光景に吐き気が込み上げてくるが、瞬時にパワーアーマーの嘔吐抑止機能が働いてスッと吐き気が治まった。それでも胃の辺りはムカムカしているけど。
死体を踏まないようにその場を通過し、先を急ぐ。
「アレが貴族の剣でずんばらりんとされたあとか……ああはなりたくないな」
「ご安心ください。私が居る限りはそのようなことには決してさせませんので」
メイが頼もしいことを言ってくれる。しかしメイがあんな感じでずんばらりんとやられる光景は目にしたくないな……できるだけ俺が片付けるとしよう。
「それと先程の現場ですが、壁面や天井にレーザーが着弾した痕跡がありました。やはり思考速度を向上させるサイバネティクスを導入していると考えられます」
「厄介だなぁ……まぁスプリットレーザーガンの二丁同時発射は防ぎようがないだろう」
単発のレーザーガンやレーザーライフルであれば銃口の向きからレーザーの軌道を予測できるかもしれないが、スプリットレーザーガンの場合は偏光レンズの加熱を感知して一射毎に微妙に発射角度がズレる。二丁合わせての同時発射数から考えても一本や二本の剣でその全てを防ぎ切るのは不可能だろう。発射されてからでは避けるのは不可能なのだから。
大丈夫大丈夫。剣を振り回す野蛮人に文明というものを見せつけてやるよハッハッハ。
「この先から交戦音のようなものが聞こえます」
「急ぐ……いや、メイは先行しろ。俺より早く動けるだろう?」
「それは……承知致しました」
メイは頷くと物凄いスピードで通路を駆けていった。通路の構造材が微妙に凹んでるんですけど? え? どんだけ素早いの? メイの身体能力の高さはカタログ上のスペックは把握していたけど、実際に目の当たりにするのは初めてだから驚いたぞ。あの上で戦闘に特化したプログラムも積んでるんだよな? 俺、パワーアーマーを着ていても勝てないのでは?
どっすんどっすんガションガションと騒々しい音を立てながら走っていると、レーザーランチャーの発射音らしきものをパワーアーマーの集音センサーが拾った。メイはもう敵と接触したらしい。
前方の開いた扉からメイのレーザーランチャーのものと思しき幾筋もの赤い軌跡が見える。盛大にバンバンとぶっ放しているようだが、アレでまだ決着が着いていないのか?
突入前に状況を確認する前に部屋を覗き込むと、奥に剣を構えたダレインワルド伯爵とその部下らしき人々、それにクリスが居た。ダレインワルド伯爵はあちこちに切り傷らしきものを負っており、なかなかに凄惨な状態になっている。幸い、どこかを斬り落とされたりはしていないようだが。
そしてその手前ではメイと何者かが激しい争いを繰り広げていた。
「性玩具如きがぁっ!」
「その発言は正鵠を射ていますが、差別的な意味での発言は品性を疑われるので止したほうが貴方様のためかと思います」
激昂する剣を持った男に対し、メイはこの上なく冷静な面持ちで男に向かって容赦なくレーザーランチャーをぶっ放していた。拡散モードで発射された高威力のレーザーが男に向かって殺到し、その身体を貫き……貫かずに両手に持った剣で逸らされ、弾かれる。えぇ……?
メイと退治している男は右手に持った長剣と左手に持った短剣で自分に当たる軌道のレーザーを弾き、更に素早い身のこなしで以って残りのレーザーを躱したのだ。冗談だろう? マジでジェ◯イじゃんか。
『メイ、もう一度撃て。十字砲火で封殺する』
『承知致しました』
メイの返事を聞きながら通路から交戦地点となっているホールのような場所に飛び出──ッ!?
「ぬおおっ!?」
「くっ!」
どういうわけか剣を持った男が一瞬で先程まで居たホールの端から俺が飛び出したホールの入口まで距離を詰めてきていた。思わず全力でスプリットレーザーガンで殴りつけてしまったが、なんとあの男、スプリットレーザーガンでの殴打を剣で防いで飛び退りやがった。ついでとばかりに殴打に使った右手のスプリットレーザーガンを左手の短剣で綺麗に真っ二つにして。
「テメェーッ!? 俺のスプリットレーザーガンをよくもぶった切ってくれたなぁーッ!?」
「ぬおおおぉぉっ!?」
真っ二つにされたスプリットレーザーガンを投げ捨て、左手に残っているもう一丁のスプリットレーザーガンとRIKISHI mk-Ⅲの固定武装である両肩のレーザーガンを二刀流野郎に向かって乱射してやる。
「き、貴様ァ! 貴族の私に向かってッ! そのようなッ! 野蛮な武器をぉッ!?」
「知るかボケ死ね! 焼け死ねっ!」
あまり遠距離から撃っても拡散するレーザーとレーザーの間隔がガバガバになってしまうので、適度な距離を保つように前進しながら容赦なくレーザーをバシバシと打ち込んでいく。ちっ、こいつ携帯用のシールドを装備してやがるな? 何発か直撃コースのはずのレーザーがあるのにダメージが通ってない。
まぁいい、どんなに高性能なシールドを装備しているとしてもいずれはダメージで容量飽和を起こして霧散する。一発、二発で貫けないなら三発でも四発でも十発でも二十発でも叩き込むまでだ。
「何見てんだオラァ!? お前らも撃たんかい!」
レーザーガンやレーザーライフルを持ったままダレインワルド伯爵の傍で呆然としているメイドや執事達にも檄を飛ばす。メイはレーザーランチャーを収束モードにして狙い澄ました一撃を二刀流野郎のシールドに叩き込もうとしているようだ。入れば一撃で奴のシールドを飽和させられるだろうな。いいぞもっとやれ。
「クソがぁ!」
ボンッ、という音と共に二刀流野郎が爆発した。いや、煙幕を張ったのか? 男の姿が白い煙の中に消え、その煙は更に広がり、凄い速度で部屋の中を覆い尽くしていく。なるほど、視界を奪うと同時に煙幕によってレーザーを減衰させようというわけか。よく考えたな。
だが、無意味だ。
「そぉい!」
「ぐわあぁぁぁぁっ!?」
ダレインワルド伯爵の方に駆け寄ろうとしていた二刀流野郎に左手に持っていたスプリットレーザーガンを投げつけて命中させる。
対レーザー兵器用の煙幕を張ってレーザー兵器の使用を難しくし、更に視界を奪ったとしてもパワーアーマーを着込んでいる俺にとってはさしたるマイナス要素にはならない。パワーアーマーには光学センサーだけではなくその他にも赤外線センサーを始めとして実に様々なセンサーが搭載されているのだ。この程度の煙幕なんぞ目眩ましにもならない。
シールドを展開し、吹き飛んだ二刀流野郎との間合いを詰める。
「馬鹿めっ!」
俺の接近に気づいた二刀流野郎が右手の長剣で斬りつけてきたが、その刃は展開されているシールドに弾かれた。
その剣は大した切れ味みたいだが、予想通りシールドにはそんなの関係なかったみたいだなぁ?
レーザーの莫大な熱量やミサイルなどの爆発兵器が持つ莫大な衝撃エネルギー、或いは散弾砲の弾丸が持つような莫大な運動エネルギーでもないとこのシールドを飽和させ、貫くことなど不可能だ。
いくら切れ味が高かろうが、二刀流野郎がサイバネティクスで強化していようが、普通の人間が放つ程度の斬撃ではビクともしない……ということらしい。いや、ワンチャンシールドを切り裂いてくるとかあるかなとはチラッと思ったけど流石にそうはいかなかったな。良かった。
もともとはスペースデブリを受け止めるための技術だったわけだから大丈夫だとは思ってたけど。
「ごはあぁぁぁぁっ!?」
シールド越しに俺とパワーアーマーの全重量が乗った体当たりを食らった二刀流野郎が車にでも撥ねられたかのように派手に吹き飛ぶ。二刀流野郎の長剣を持った右手があらぬ方向に曲がり、その手から長剣が弾け飛んで行くのがチラリと見えた。
「メイ、制圧しろ!」
「はい」
レーザーランチャーを手に持ったままのメイが疾風のように駆け、未だ空中にいる二刀流野郎をレーザーランチャーによる殴打で床に叩き落とし、素早くその四肢を足で踏み砕いた。
めきみしゃっ、って凄い音がしたよ。どこがとは言わないけどヒュンッてなりました。はい。
次第に煙幕が晴れて行き、四肢を踏み砕かれて泡を吹いている二刀流野郎とその背中を踏んで頭にレーザーランチャーを突きつけているメイの姿が顕になる。ダレインワルド伯爵さんよ。アンタの周りに侍っているメイドさんとか執事さんを何人か解雇して、メイみたいな戦闘メイドロイドを揃えたほうが色々と安全なんじゃないかね? 何かメイドロイドを使えない理由でもあるのだろうか。
「で、こいつはぶっ殺して良いのか?」
厳しい表情でこちらに視線を向けているダレインワルド伯爵にそう聞く。多分、こいつがバルタザール某だろう。そうだよな? そうだと言ってくれ。




