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化野の魍魎  作者: CGF
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「ほぉ?鬼め、俺に化けたか。小賢しい奴もいたものだ」



陰陽の友はくすくすと笑った。宴の松原を出て陰陽師の屋敷で一息ついた頃の事である。


どうやら僧侶は鬼のめくらましにかかって宴の松原まで歩かされたらしい。普段と様子が違う、と陰陽師は後をつけたのだという。



「少しシメてやらんといかんな。普段こちらが目こぼししている事、忘れているらしい」


「手を抜いているのか!?」



目くじらを立てる僧侶に、友は笑った。



「全滅させたら俺達陰陽寮のものは失業だろうが?普段はおとなしくさせているのさ」


「まったく、喰われるところだったのだぞ?魍魎が助けてくれなければ今頃」





「さあ、そこだ」





陰陽師は笑いを引っ込め、真顔で僧侶を見詰めた。



「……お前は助けられたと云うが、あれとは距離を取れ。向こうは助けたつもりでは無いかもしれん」


「しかし、現に」


「単に縄張りを主張しただけかもしれん。そのうちお前の肝を喰うつもりだからかもしれん……少なくともお前を可哀想と思ったからでは無い」



陰陽師はそこで盃を口にし、息を吐いた。



「……そうなのだろうか?」


「お前な…考えてもみろ。小山の様な大鬼が、ちびたガキに恐れをなして逃げたのだぞ?妖物としての格が違う。そんなのが人を助けると思うか?」



確かに、魍魎が鬼に向かって口を開けてみせたのは脅しの様なものだろう。




ただそれだけで鬼は逃げた。




あの巨躯の鬼が、と思えば僧侶の背筋に冷たいものがはしる。



「……魍魎とは…なんなのだ?」



僧侶の問いに陰陽師はこんな事を言った。



「例えば、仏を護る天がいるな?北の護りは毘沙門天、というように。つまり天でも司るものがある。縄張りだな。ところが…」



陰陽師は頭を掻いた。顔をしかめる。



「…魍魎は東西南北、そして中央。何処にでもいて何処にもいない。全てが縄張りと言っていいし、区分け出来ない奴だ」



陰陽師は溜め息まじりに言った。



「……つまり俺達陰陽師じゃ手が出せん。対処法が無い。わけの解らんものなのだ」



陰陽道は方位・季節・五行などで物事を細分化して解析する技だ。だから妖物にも対処出来る。





解析不能の妖物。


それが魍魎なのだという。




────────


陰陽師の屋敷を辞する時、門まで見送りに出た友が僧侶の顔を見て言った。



「お前顔色が悪いな」


「…そうか?だいぶ気分はよくなったが」


「死相というやつだ」



陰陽師に死相が出ていると言われ、僧侶はどきりとする。



「多分鬼の気にあてられたのだろうとは思うがな。お前の場合化野に出向くわ魍魎になつかれるわで、何が原因なのかはっきりとせん」


「う~む」


「寺に籠ってのんびり暮らせ。しばらく化野に行くのは止めておくといい、そのうち死相も消えよう」




────────


それからしばらく、僧侶は化野通いを止め、寺で修行に努めていた。


日々、読経を行い作務に精を出す。



夜は自室にて漢書などを読む。


弱い灯火の許で書に読み疲れ、ふと外を眺めれば蛙の声。



月も蛙も彼を化野へ誘うかの様だ。



(魍魎は…)



あの古堂の辺りにいるのだろうか?


彼の頭にあの妖児の姿が浮かぶ。



手燭に灯を移す。



気がつけば羅生門の衛士に心付けを渡し通用門を抜けていた。


手燭の灯を頼りに夜の荷車路を歩く。




夜に啼くは夜鷹か鵺か。




化野の原は夜露に濡れ、そこかしこに蒼い妖しの火が揺らめいている。



余人には恐ろしき光景だが、僧侶には見慣れたものだ。


ふと、懐かしさを感じ彼は苦笑した。懐かしがる様な場所ではない。



(いったいこの原にはどれだけの)



儚くなった者達が転げているのだろう?




やがてあの古堂に到った。


軒に腰をおろし、草むらを眺め渡す。化野に生い茂る草は腰の辺りまで育っていた。



彼は待った。



妖しの火が揺れる。



グッグッグッ


       グッグッグッ

    グッグッグッ


蛙が唄う。月を見て唄う。



(自分はなにをしているのだろう)



蛙の唄に耳を傾けながら彼は自問した。


友は化野へしばらく行くなと云った。きっと『しばらく』ではなく『二度と』と云いたかったに違いない。


ならば、自分は頼りにする友の言葉を無視した事になる。





(……帰るか)



溜め息をつくと彼は立ち上がった。




────────


独りとぼとぼと化野の草原を歩く。



グッグッグッ

   グッグッグッ



蛙が引き留める様に鳴く中を、彼は歩いた。


一陣の風が舞った。手燭の灯がふ、と消える。



「……参ったな」



月明かりで前が見えない訳では無いが、手許に灯が無いのは心許ない。



(とはいえ)



辺りはぼうぼうと生えた草の波、ここで灯を点けるのは避けたい。火打の火花が燃え移らないとも限らない。



僧侶は灯を諦め、暗がりを歩き出した。



グッグッグッ


    グッグッグッ


グッ……



「ん?」



蛙が鳴き止んだ。




がさり



丈の長い草むらから何者かが荷車路に躍り出た。



「うわっ…」


「おい!金目のものを出せ!」



見れば男が刀を手にして立っている。


僧侶は思わず胸を撫で下ろした。



「な…なんだ人か。あぁ、済まんが金目のものなど無いよ、この手燭しか持ってない」



鬼か何かが現れたのかと思ったのだ。


人であるなら言葉は通じるだろう。



「嘘をつくな!」


「嘘など…単に夜の散歩だ、金など持って歩く訳が…おや?」



月明かりに照らされた男の顔に見覚えがあった。



「お主、屍の衣を剥いでいた…」


「ちっ!」



舌打ちと同時に男が斬りかかる。


抗う間もなく袈裟懸けに斬り伏せられた。



「糞っ!殺すはずじゃ無かったってのに……何も持ってねぇ、斬り損か」



懐をまさぐられる感触。




遠のいていく足音。




知らず僧侶の息が荒く短くなっていく。




(し……死相…は)




この事だったか。と霞む意識のなかで僧侶は思った。







「……あはー」






魍魎の声が聴こえた。


視界は既に冥い。幻聴かもしれぬ。



(私の……肝を…喰いに)



冥い視界にあのぞろりと生えた牙が見えた様に感じた。


僧侶は声も出ない。




なつかれたのではなく、肝を狙われていたのか。




幼児おさなごの様な妖児の手指が、彼の頬に触れた。僧侶はそう感じた。本当かは解らない。


何処にでもいて何処にもいない妖物だ、僧侶に触れていないかもしれない。




それでも



(…済まんが……友に)



魍魎が口を大きく開いて、腹に喰いついた。


腹に頭が潜り込んでいく……




────────

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