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化野の魍魎  作者: CGF
3/6



「それで?魍魎が肝を喰らうのを間近で見てたという訳か?」



陰陽師は半ば呆れた様に言った。



「……致し方あるまい、魍魎に屍を喰らうのを止めろとは言えん」


「まぁそうだが…」



そういう僧侶の顔は真っ青だった。


元々が真面目な性格だ、きっと屍を貪る魍魎に背中を向ける事が出来なかったのだろうと陰陽師はあたりをつけた。



「ほれ、呑め」



陰陽の友は酒瓶から盃に注ぐと僧侶に差し出した。



「いや、酒を呑むわけには」


「気付けだ、気付けの酒は薬と同じだ、呑め」



しぶしぶ口にする僧侶を見て、この男はこういうところが良い面でもあり悪い面でもあるな。と陰陽師は思う。



野犬や狼が人の屍を食ったとて、僧侶がここまで動揺はすまい。元が弓矢の家の者なのだから。


魍魎の姿が悪い。なまじ人の児によく似た姿で獣の様なふるまいだから齟齬そごを感じて動揺するのだ。



「それで?魍魎をどうしたのだ?」


「……いや、どうもしておらぬ。ただ、口許が血で汚れていたのでぬぐってはやったが」


「……それでか」




陰陽師は自宅の門に目をやった。



門から頭を出してこちらの様子をうかがっているのは、艶やかな切禿のあどけない顔をした妖児である。


妖物を避ける細工がなされているから入っては来ないが、口を拭ってくれた僧侶の後をついてきたらしい。



「……面倒な」



陰陽師は独り呟いた。どうやら僧侶はなつかれた様だ。


優しくされたのが気に入ったのか、それともこの男についていけば食いっぱぐれが無さそうだ、などと見込まれたのかもしれない。



余人に見える代物では無いから、今のところ騒ぎにはなっていない様だが、見える者も中にはいる。



(騒がれんうちに元の場所に帰さんとな)


「お前な、今夜も行くのだろう?」


「……あぁ、まぁ」


「今夜魍魎が出たら奴が屍を喰ってる間に戻ってこい、魍魎に声などかけるなよ?」


「戻れと云われても…」



陽が落ちたら羅生門は扉を閉めてしまい、都には入れない。



「俺が羅生門で待っててやる。衛士には金を掴ませておくから心配するな」



そう言って僧侶を帰した。


僧侶が門を出ると案の定赤黒い童が彼の後をぴったりとついていく。



「……はて、あいつの師匠は“見える”たちのお方だったかな?」



陰陽師の友は首を捻った。




────────


他出する時間まで写経をして過ごした。


写経する僧侶の隣には赤黒い妖児がちょこなんと座り、彼の手許を眺めているが、彼の目は妖物の姿を捉えていない。



気が付いていないのだ。




「ようお励みなさる、また今夜も夜更かしですかな?」



老僧が写経する彼の許に顔を出した。



「……面倒をおかけしております」


「なんの、親御殿から得度を待つよう云われておりますからな。宙ぶらりんで申し訳ないと思っておるところ」


「……私も心が定まったとは謂えぬ状態です。剃髪して迷うなど情けない限り」



彼の言葉に老僧はにこりと笑う。



「迷うものです。迷わねば悟りに至らぬ。覚者でも無いのに迷わぬなどおこがましかろう?」



老僧の言葉に自然頭が下がる。


なるほど迷うのが当たり前なのだ。人は迷い続けるものなのかもしれぬと彼は思った。



「……時に、疲れなどございませんかな?」


「は?……いえ、特には」


「左様ですか」



頷きながら老僧は彼の座る経台の脇をちらりと覗く。



「なんぞあればご相談下され」



老僧は腰の辺りで小さく手を振った。まるで幼児にするかの様に。


老僧が部屋を出て行くのを見送りながら、僧侶はいぶかしげに首を捻った。




────────


化野の古堂に着くと、いつの間にか魍魎が彼のそばにいた。



「あはあはー」



されこうべを掴んではころころと転がす。


腿のものらしき太い骨を折ってずいをすする。



やっている事はそら恐ろしいのだが、その仕草はやはり幼児か仔犬の如きあどけなさである。


僧侶はその落差にどうも困惑してしまう。


特に魍魎が屍の腹に首まで突っ込んで肝を喰らうさまは、獣の仕草よりおぞましく感じてならない。


獣が人を襲うのは恐ろしい事ではあるが、おぞましいとは感じない。目の前の魍魎は獣と同じく獲物を喰っているだけのはず。なぜおぞましく感じるのであろうか?




(これは人では無いのだ…人と同じに思うからおぞましいのだ)



僧侶はそう結論付けた。




────────


僧侶が古堂の軒にたたずみ、妖児の遊ぶ姿をぼんやりと眺めていると、荷車がやって来た。



「おぉ、お坊様がいらっしゃる」


「お坊様、よろしければ経などあげてはくださらんか?」



人足達に促され、僧侶は荷車の前まで足を運んだ。




年老いた男であった。



「旦那の息子がしわい奴でな、枕経を読む坊様の手配をせなんだもので」


「何かのご縁でしょう…」



荷車から下ろされ地に寝かされた老人の亡骸に、経を読み始める。


人足達も神妙に頭を下げ、経に聞き入っていた。人足ではなく用人なのかもしれない。



「ありがとうございます…少なくて申し訳ありませんがこれを」


「いえ、私は…」



僧侶は布施を謝辞したが、押し切られてしまった。彼の手許にいくばくかの布施を残し、荷車は路を戻っていく。




(参ったな…)



自分は正式に僧侶となってはいない。習い覚えただけの経を読んで布施を預かるのは気が引けた。




「……あはー」



声の方を見れば足許の魍魎が彼を見上げていた。


彼は溜め息をつきながら辺りを見渡した。


おそらく近くの草むらに近在の者が隠れて待っているだろう。



「少し待て。服を脱がされるまで」



僧侶はそう言って古堂の中に入った。板張りの床に足を組む。



僧侶が邪魔をしないと解ると、草むらから男が顔を出した。そのまま老人から服を剥ぎ取る。


その男の顔に見覚えがあった。



(あれは…以前すれ違った)



前に大袖を抱えていた男だった。


男の姿が見えなくなり、堂を出ると早くも魍魎は屍にまとわりついていた。




『奴が喰ってる間に戻ってこい』




陰陽の友の言葉を思い出す。


彼は魍魎に手拭きの布を渡した。



「これで口許を拭うようにな」



僧侶は妖児の頭を撫でると都へと戻っていった。





「……あはー」




魍魎は頭をあげてしばし僧侶の後ろ姿を目で追っていたが、じきに飽きたのか屍の腹に喰いついた。


老人の痩せた肝を喰い終わると、舌で手を舐め、その手で顔をこする。舌を伸ばして口の周りを舐め回す。


……その後僧侶から貰った布に気がつき、顔をこすった。




────────

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