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僕と空

作者: 志水ミコト
掲載日:2017/02/06



 そういえば最近高く飛んでないな。

 そう思ったのが始まりだった。


 一月一日

 短期的に記録をとってみようと思う。理由は最近、空を高く飛んでないと気づいたところからだ。

 知ってのとおり、僕らの世界は空を飛ぶのが当たり前の社会だ。トビウオ島自体が空に浮かんでいるし、エッグを買うお金のある人は必ずといっていいほど、最初にエッグのついた靴を買う。エッグがマナを源に魔法を行使する装置だというのはみんなも知っていると思う。エッグは重たいものを浮かせてモノを運ぶのにも、ランプをつけるのにも、もちろんこうやってみんなが見ることのできる日記、アカシックノートをつけるのにも便利だ。アカシックノートをつけるのは久しぶりだし、空を飛ぶのが当たり前になった今、それはどうでもいいことなのかもしれない。

 だけど、僕にとってこれは大切なことなんだ。当たり前になりすぎて忘れていることが多かったと思った。僕らは学校に行く、アルバイトもする。モノレールに乗って移動している間、空を見た人、今日どれくらいいるかな? 今日の空キレイだなと思っても、空はいつでもあるってどこかで思ってなかった?

 僕は、当たり前だと思ってしまうのは何かを失うことだと思うんだ。やって当たり前に感謝をするのが「ありがとう」だと思う。だからどうしたの? と思うことに祝福をするのが「おめでとう」 そんな風に言えることは素敵だと思うし、そういうのが一切ない世界は寂しいと思うんだ。まあ、受け売りだけれどもね。

 そんなわけで、僕は今日、そういえば最近空を高く飛んでないなって思った。

 子供の頃は空を飛ぶのが楽しくて仕方なかった。エッグシューズを買ってもらったばかりだっただからかもだけど。

 しばらく答えが出るまで、「僕にとっての空」について考えてみようと思うんだ。


 一月三日

 とても晴れた日だね。おはようみんな、おはよう世界。

 昨日はモノレールに乗ってまるまる一周トビウオ島を回ってみたよ。僕らの住んでいる浮遊島は機械で出来ていて、もちろん道のあちこちに機械の表面が出ていて、僕らはそんな無機物な世界で生きている。

 一周モノレールに乗ったことってなかったけれどもさ、すごく長距離だね。学校の帰りにずっと乗ってたんだけど、トビウオ島って本当に黒い魚の形してるんだ。てらてら黒く光ってさ、なんか怖いなって思ったりもした。

 端っこのほうに人の姿も見た。洗濯物がぱたぱたしていて、たぶん乾燥機がないってことは貧困層の人なんだろうけれども、モノレールから手を振ったら、あっちも気づいて手を振ってくれた。なんか嬉しくなっちゃったな。

 ところで、こんな大きな機体が空を飛んでいるなんて不思議じゃない? だって、重量にしたら相当な重さがあるはずなのに、空に浮かんでるんだよ? 学校で「青空に どうして飛ぶのか トビウオ島」

 って俳句つくった人がいるんだけどさ、そのときは全然分からなかったけれども不思議だよね。巨大なエッグによって支えられているのは知っているけれども、どうしてこんな大きなものが空を飛べる文明ができたのかは僕も不思議だよ。学校で習ったとしても不思議。それだけ進化するのは人間にとって自然なことだったのかな。僕も考えてるし、考えるというのは僕らにとっては飴玉みたいなものなのかもしれない。ついつい癖になっちゃうっていうね。ないと口さびしいんだ。

 僕は今日、自分の住んでいるトビウオ島にもっと興味を持たなきゃいけないと思った。

 ウミネコ島なんて硝子でできた鳥の姿で綺麗だな、行ってみたいなって思うけれども、やっぱり住んでいるのはココなんだから、ココのことをもっと知りたいよね。今さら地元に愛着が湧いてきた。


 一月四日

 この時間にアカシックノート更新して見ている人いるかな? 今日は夕方になって、トビウオ島の背ビレのところまで登ってみたよ。てっぺんまで登ったことある人どれくらいいるのかな。てっぺんは突風が強くて、気持ちがよかったけれどもちょっとこの時期は寒かった。

 今日は端っこの――貧困層と中間層の中間にあるところに行ったんだけど、低学年の男の子がいたんだ。

「お兄ちゃん、頭いいの?」

 って言われたから、見栄をはって「いいよ。何でも聞いていいよ」って言っちゃった。考えればだいたい答えられる質問がくるのを期待して。

「空っておおきいよね。空ってどうしておおきいんだろう」

 ここで質問の内容が止まったら、僕は科学的な答えを言ったんだと思う。

「空はさ、こんなに大きくて、僕は空と比べるとどれくらいちっちゃいのかな。僕が空を見上げてるとき、空は僕のことに気づいていると思う?」

 この質問には僕はちょっと安易に「そうだよ」って答えられなかった。子供だからそう言ったら納得したのかもしれないけれども。

「わからないな」

 って言ったら、その男の子

「でももし、知ってるとしたら?」

 と言ってきた。もしも、でいいならばと思った瞬間僕の口はこう答えていた。

「空はきっと、僕らのことは考えていないと思う。僕は体の中にいる細菌のことまで考えたり気遣ったことがないから。でもきっと、空も僕らに支えられて生きているところがあるんだよ。僕が色々なものに支えられて生きているように」

 男の子は「そうか」と呟いてまた空を見上げた。たぶん言ってることの意味は男の子にはほとんどわかっていなかったと思う。

 でも、僕はこの質問すばらしいと思った。

「でももし、知っているとしたら?」

 この言葉が僕の中にある、正しい答えというしがらみから僕を解き放ってくれた気がしたんだ。僕は粋な答えを探して、結局わからないって言っちゃったけれども、本当は知らないようで知っていた。

 僕も空を眺めてみたよ。雲のひとつひとつ、大きいのから小さいのまで見た。僕ら、とてもちっちゃな存在だけれども、それでも生きてるんだよね。僕らの中にも見えない微生物たちがいて、その生物たちのおなかの中にも小さななにかがいるんだと思う。どこまで小さくしても、大きくしても、世界は入れ子なんだなって思った。

 僕らは空を見上げる存在であると同時に、誰かにとっての空や宇宙なんだと思う。


 一月五日

 こんばんは。今日はこの前見た、トビウオ島を支えている人に会いに行ってみた。トビウオ島の野菜は水栽培が中心、もちろん僕らも水を飲む。だけど下に広がってるのはみんなもご存知のとおり真水でなく海だ。僕らはたくさんの水に囲まれながら、飲める水はごく一部ときた。

 そんなわけで、今回は下水をろ過しているおじさんに会ってきたんだ。

 下水ってすごい臭いがするんだね。こんな臭い環境で仕事なんてできないやって思ったけれども、それでもそんなこと言ったら失礼だなって思って鼻もつまめなかった。

「どうしてこの仕事を選んだんです?」

 って聞いてみた。聞くときはちょっと怖かった。だって、嫌々仕事をしているって言われたらどう反応すればいいかわからなかったから。

「臭い・汚い・危険・格好悪い・結婚できないっていうのは本当だぞ。だけど、必要なことだからな。誰かがやらなきゃいけない」

 おじさんは臭い下水のそばでつけものをくっちゃくっちゃいいながら食べて、僕はこんな環境で食べられるってすごいなと思ってしまった。おじさんが水筒からお茶を注いでくれたけれども、僕は鼻につく臭いのほうが気になって「お気になさらず」って言って返してしまった。

「空を飛ぶってのはな、代償があるんだ。それでも俺たちは空を飛ぶことを選んだ。地表が少なすぎて、俺たちの人口を抱えきれなくなったとかそんな理由だと偉い人は言うのかもしれないが、俺は空が好きなんだ。だから空で生きていくためならば、進んで何でもやろうと思う」

 そう言っておじさんは僕の返したお茶をずずっと飲んだ。そして

「お前の飲んでる普段のお茶も誰かの体内を通って出てきた水をろ過してるんだぞ」

 って言われた。うー、聞きたくなかったな。だけどそれが真実なんだよね。僕らはいろんな人に支えられて生きているし、いろんな人を支えて生きているのだと思う。

 僕のおしっこが誰かの飲料水になっているようにね……。


 一月六日

 空に端っこってあるのかな? って思ってトビウオ島の端っこから、もっと向こうへ向こうへってぐんぐん飛んでみた。もちろん学校では空の涯なんて存在しないって教えられるんだけれどもさ、誰も見たことのないものを「ない」って決め付けるのも善し悪しだよなと思って。

 案の定、僕のエッグシューズじゃ限界があったよ。だから結局長距離飛んで、長距離戻ってきた。帰ってきたときは空は真っ暗だったし、トビウオ島が見つかったときは一安心したね。風でトビウオ島が流されてなくてよかった。もう馬鹿な挑戦はよそうと思った。


 一月七日

 今日は友達に会ってきた。友達は絵を描くのが趣味なんだ。漫画じゃなく、水彩画を描くのが好きなんだって。画家になるの? って聞いてみたら、そんなつもりはないみたいだけれども。

 昨日、空の涯を探して飛んでみたことをそいつに報告してみた。てっきり馬鹿にされるかな? って思ったけれども、そいつは普通に「お前のアカシックノート見てるよ」って言ってくれた。大勢に発信しているつもりだったのに、身近な友人が見てくれていたのは意外だった。

「空の涯って境界のことだろ? 境界は空には存在しないと思う」

 僕の友達は教科書どおりの答えを言ったから、残念だなと思ったら続きがあった。

「というより、世界にいは空と海とか、美と醜、優と劣とか色々な境界が存在しているけれども、実はそんなものはないんじゃないかなって思ってる」

「というと?」

「そんなのは勝手に人間が作り上げたもので、世界は空は空、海は海、そんなこと考えたことさえないんじゃないかなって。最近の子供たちはね、絵を描くときに手の縁を黒いクレヨンでなぞるんだって。手に境界や縫い目なんて存在しないのにね。そういうのは、寂しいと思うんだ」

 僕は絵心がないから、小さいときに黒い線で描いてその中を塗りつぶしていたことを思い出して恥ずかしく思った。だけどそれと同時に、世界には境界なんて存在しないという考え方を面白く思った。

 でも僕はどこかで、あいつと僕じゃ僕が上だの、あいつが下だの、そんな比較ばっかしている。どこかで勝ちと負けの境界を決めちゃっている。

 僕らは境界線がなかった頃に、いつかは戻れるのかな。


 一月八日

 空を飛ぶのをやめてみた。正確には、今日だけ飛ぶのをやめてみた。

 空が飛べないと不自由するのかな? と思って。最初はちょっと高いところにあるものに手が届かなくて、すごく不自由した。だけど貧困層の人たちはエッグが手に入らないし、普通にそれでも暮らしているんだよなって思ったから一日はそれで我慢してみた。一日の終わりくらいには慣れてしまって、空を飛ばなくても僕らは生活できるということを知ってしまった。僕がこんなに感心を抱いている空は、飛ぶことは、別に他の人からしたらどうでもいいことなんだと気づいた。

 だけどそれでも、僕は空が飛びたいと思った。他の誰が

「空を飛ぶなんて誰にだってできる」

 って言おうとも

「空なんて飛ばなくたって生きていける」

 って言おうとも、僕は空を飛びたい。僕が飛びたいから、飛んでいるんだ。


 一月九日

 今日はとても感動的な日だった。

 僕は久しぶりに、高く飛んでみた。ぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐん、肌寒くてもう無理だ! と感じるところまで、高く高く。

 そうして、下を見てみると僕らの住んでいるトビウオ島は、魚の形をしているのさえわからないくらい、小さくなっていた。

 そこからゆっくりと下降してみたんだ。白い雲がどいていくような感じがした。そしてどんどんトビウオ島の形が魚になり、黒いのがわかるようになって、街の建物が見えて、歩いている人が見えるようになって、そして僕はトビウオ島に着地した。

 なんていうのかな、神様になったみたいって言うと大げさすぎるっていうか、傲慢な気がするんだけど、でもなんか、そんな感じがしたんだよね。

 人がゴミのようだ! って言うとなんか恥ずかしいけれども、そんな感じもした。

 どこでどんな心境だったとはわからないけれどもさ、トビウオ島が近づいてくるにつれて、僕は貧困層と富裕層がどれだけ違うのかを目の当たりにした。浮遊を支えるエッグの大きさにもびっくりした。土って本当に少ししかないんだなってことにも。

 だけどもっと近づいてくるにつれて、そんなことより喧嘩している人や、お化粧している女の子、泣いている赤ちゃんがいることのほうが気になった。いろんな人がいるんだなって。

 そして着地したとき、僕はトビウオ島で暮らす島民の一人に戻った。神様タイム終了だ。

 なんか、顕微鏡もそうだけれども、僕らは本当にどこまでも視野を広く広くすることもできれば、狭く狭くすることもできるんだよね。僕が空を飛ぶことも、飛ばないことも選択できて、当たり前と考えるか感謝するか選択できるように、みんな一人一人がそういう選択をしているんだよね。

 僕らの世界は、すごくカオスなようで、すごく調和していると思うんだ。まるで神様の独り言みたいだなって思った。世界に境界なんて存在しないって言った友達の気持ちが、今ならばわかる。

 今までね、僕はなんとなく生きていて、仕方なく選択したんだって思うこともいっぱいあった。だけど、今は僕は自由なんだって思うようになったかもしれない。そうする他なかったことも色々あったけれども、それでも僕がそれを選んだのは、僕がそれをいいと思ったからなんだ。

 僕は最後に足元を見た。

 空を飛んでいるときには気づかなかった、僕の影があった。飛ぶことばかり考えていて、僕の下にはお前がいつもいるんだよねってことも忘れていたよ。

 それで何かが変わったわけじゃあないけれど、だけど今回空と、飛ぶことについて考えてみて、僕は何か違う自分を体験したような気がした。とてもいい体験だったと思う。

 ここまでアカシックノートを読んでくれたみんな、ありがとう。

 僕はみんなのことが大好きです。


(了)

ジャンプしたら、着地する。

鳥でもない限り、必ず着地しないと、その代償はデカい。

影はいつだって私たちに地面を思い出させてくれる。

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