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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~
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2-48.J.B.- It Was A Good Day feat.Ogre.(イカした一日 feat.鬼)


 

  挿絵(By みてみん)




 


 

「フンフン、何じゃおぬしも物好きよなーう。

 まあ3人おれば、そううかうか捕まる事も無いわい。ひょろりどもを逃がすには余裕よのー」

 猫獣人(バルーティ)は身体能力が人間やその他の人種よりもかなり高い。

 俊敏でしなやか、速力も高い上、元々が砂漠の民。成人した猫獣人(バルーティ)にとって、荒野で魔蠍から逃げるのはさほど難しくはない。

 

 俺、は南方人(ラハイシュ)で、サバンナ生まれではあるが基本の身体能力は猫獣人(バルーティ)に劣る。その代わり村の守護神でもある砂漠の嵐シジュメルの加護を得られる刺青魔法があり、その上イベンダーのおっさんが改修したドワーフ遺物の魔装具、“シジュメルの翼”で空を飛べる。

 だから、俺とアティックに関しては、それぞれ単独でも魔蠍に捕まることはまず有り得ない。

 

 この大男はどうか?

 身体の大きさはかなりのものだ。筋肉も十分。仮に刺青含めた全ての加護を抜かして完全な素手の勝負をするなら、俺なんか一瞬で潰されるだろう。

 だが相手は魔蠍。こいつの相手には怪力よりも素早さと判断力、そして経験だ。

 どんな怪力巨躯の持ち主でも、魔蠍の毒針を刺されれば身体が痺れ、目眩と強烈な痛みで立つこともままならない。

 

「おお、そうだそうだ。わしはおぬしに持ち上げられて愛刀を落としそのままであった。

 ついでに取ってこよう」

 アティックはそう言うと、すさささっと音も立てずに走り出す。

「ちょ、待てよ! とりあえず魔蠍の囮をやるなら、一応まとまってねーと……ああー、全く……」

 まだ半日も行動を共にしちゃあいないが、ことごとく勝手気ままな奴だ。

 

 俺はアティックの行く先を見、それから大男を見る。

 大男には木と金属製の強固な首枷がはめられ、両手は1ペスタ半(約45センチ)以上は開けない程度の間隔の縄で縛られている。なので身体の動きにはけっこうな制限がある。

 それでも死地へ向かうような雰囲気もなく、大男はただ悠然とアティックの後を追う。

 かと言ってゲラッジオの言うように逃げ出そうという風にも見えない。どういうつもりかは相変わらず読めないままだが、とりあえず俺は“シジュメルの翼”で高く飛び上がり、アティック、大男、そして例の巨大魔蠍の位置を確認。

 巨大魔蠍は思っていたほどには絡まった投網を切り裂けては居ないようだった。ハサミで体の前方は自由に出来ていたが、毒針のある尾を含めた後方は、未だ完全に自由にはなっていない。

 これなら、無理して囮を残さないでも十分に逃げおおせたかもしれない……と、そう思ったときに、ざわざわと新たな気配が近付いてくる。

 

「おい、アティック! 群れが集まって来てるぞ!」

 新たな気配は魔蠍の群れで、最初の巨大な魔蠍より小型の若い個体が10か20か……いや、まだ居るな。火焔蟻等と違い群棲ではない魔蠍がこれだけの数集まって居ると言うことは、最近になってあの巨大魔蠍の産んだ子どもかもしれない。

 魔蠍が子育てをすると言う話は聞かないが、生まれてしばらくは生息域が被っていることも少なくないらしいからな。

 

「のーう? なんとな! こりゃ厄介よのーう!」

 岩場を蹴り、飛び跳ねて移動しつつ、高台へ登り辺りを見回すアティック。

 巨大魔蠍の位置と、その他のさほど大きくない魔蠍達の位置を確認して、再びぴょんぴょん跳びつつ曲刀を拾いに戻る。

 小型のもの相手なら、少なくとも1対1でアティックが負けるとは思えない。

 しかし群れに囲まれれば話は別。ましてあの巨大魔蠍まで居やがるしな。

 

 曲刀を拾い、アティックはまた素早く岩場を立体的に移動。時折見掛ける小型の魔蠍を斬っていく。

 斬る、と言ってもその固い殻そのものは曲刀では容易く切れはしない。巨大魔蠍に比べればまだやわな殻しか持たない小型種でも、その硬さはかなりのものだ。アティックはその硬い殻ではなく、ハサミの付いた腕、それに脚、毒針のある尾等の間接部を的確に斬って切断している。

 見た目は小太りもみあげ眉毛猫のくせに、本当に動きが素早く技も達者だ。

 

 俺も上空から、“シジュメルの翼”の【突風】を使い群れの中心を吹き飛ばし援護をしつつ、ある程度の大きさの岩を抱え上げてから上空に戻り、上から落として小型、中型の魔蠍を潰していく。

 容易く斬り裂けない硬い殻に覆われていても、岩に潰されれば死ぬしかない。

 

 周辺全体を見回すと、集まって来てた小型、中型の魔蠍達はかなりの数を潰せていた。素早いアティックと、上空から攻撃できる俺とでなら、ほぼ一方的な害虫退治。

 そのとき、その視界の端に大きな二つの影がもつれ合うのが写る。

 何か? そうだ、あの囚人の大男と巨大魔蠍だ。

 

 驚いた。いや、驚くべき光景だ。

 大男は巨大魔蠍の背後に周り、まだ投網が絡まり不自由をしている尻尾を両手で抱えそれを捻る。

 右足で身体を踏みつけにし押さえつけているが、大男の体重でも巨大魔蠍にとっては動きを止められるものではない。

 逆にその尾にしがみついている大男を振り回し、辺りの岩や地面へと叩きつけている。

 憤怒の形相で尾にしがみつく大男と、半ばパニックになったかのように尾を振り回し叩きつけ続ける巨大魔蠍。

 ここんところ巨大岩蟹だとかの怪物級の魔獣と戦ったり色々あったが、この光景はその中でも飛び切りのイカれた有り様だ。

 

 俺は呆気にとられつつも、辺りに残る小型魔蠍たちを片付けながら事の成り行きを見守る。

 やられそうになったときに巧く割って入り助けることは出来るかもしれないが、今この状態には何の手出しも出来ない。

 小高い岩場の上では、アティックも興味深げに見ている。同じく今は割り込めないと分かっているのだろう。

 そうして暫くして、とうとう決着がついた。

 この、実にイカれた勝負の決着が。

 

◆ ◇ ◆

 

「いーや、わしが29で、おぬしは14だな。きちんと斬り捨てた数は覚えておるぞい」

「いや、アンタが斬っただけで死んでない奴が山ほど居たんだよ。

 それをいちいち俺が岩を落として潰してったんだって」

「おぬしがそれを出来たのは、わしが手傷を負わせてたからだな。

 つまりおぬしはわしのおこぼれを拾い集めてたに過ぎんのよなーう」

 

 このしょーもない言い合いは、アティックと俺のどっちが多くの魔蠍を退治できたか、という話。

 キッカケはアティックが“獲物”としての魔蠍の取り分について言い始め、「わしの方が多く倒したのだから、倒した分はわしが貰う」のなんのとゴネたから。

「まあ、じゃあそうするとしたら、だ。

 あの巨大魔蠍は、あいつの取り分ってことになるけど、そうするか?」

 指し示すのは大男の担いでいる巨大魔蠍の尾とハサミ。

 魔虫系は岩蟹同様中身は結構スカスカで見た目より軽い。かさばりはするが、重さそのものはさほどでもない。

 とは言え小型、中型も含めればかなりの量で、錬金素材として高価な毒腺のある尾と、珍味として食用になる肉の多いハサミだけを切り落として運んでいる。

 大男他、魔蠍に襲われた囚人達のうち生き残っていた3人とで、だ。

 

 魔蠍全てを倒し終わってから様子を見に行くと、巨大魔蠍に襲われていた囚人達の殆どは既に絶命していたが、まだ3人ばかり息のある者達が居た。

 2人は毒針を刺されるもその量が少なく、刺された箇所も致命傷に至る場所ではなかった様で、もう1人は攻撃をされていなかったものの、岩場で脚を捻り痛めて動けなくなっていた。

 俺はそいつらにウエストポーチにあったシャーイダールの魔法薬のうち1本を三等分して分け与え、回復を待った。

 脚を捻っただけの奴はすぐに意識を取り戻し、痛みはやや残るものの歩くのには不自由しなくなる。それからほどなくして、毒を受けていた2人も動けるようになった。

 

 簡単に事情を確認するとまあおおよそ予想通りで、俺達の反撃に恐れをなして即座に逃げ出しはしたものの、水もなく腹も減り、疲れて岩場の陰で休んでいたら、潜んでいた魔蠍に襲われたと言う。

 殆ど全員がすぐさま毒針にやられ、身動きできない生きた状態で貪り食われているのを見続けるのは地獄のようだったと、心底青い顔で言っていた。

 まあ、そうだろう。

 何にせよ3人は助けられたことに文字通り地に頭をすり付けるほどに感謝をし、アティックによる「ならば取引よな」との言葉に従い、言われるままに魔蠍のハサミと尾を運んでいる。最初に魔蠍の動きを封じるために使った投網を袋代わりにして。

 

「フフン、まあそれよりおぬし、実に面白い奴だなー」

 矛先を逸らそうとしてか、アティックはそう大男へと話を振る。

「あんな方法で巨大魔蠍を倒そうとする者なぞ、普通はおらん。

 理屈で言えば、魔蠍の毒針は体の前を向いておるし、ハサミもそうだからな。

 背後に回れば太刀打ちできる、というところまで考える者はいくらでもおる。

 しかーし、たいていの奴はたとえ自分の方を向いておらぬと分かっていても、毒針の尾の近くに寄れるものではないし、ましてそれに組み付いて捻り切ろうなどと考えるのは、まさに狂人の振る舞いよ」

 

 岩蟹の口に向かって頭を突っ込んだ事もある俺が言うのも何だが、アティックの言い分には完全に同意だ。

 俺の場合だって、ドワーフ合金製の硬い兜に“シジュメルの翼”の加護があることを踏まえた上での特攻で、生身の上に首枷に両手の縄なんて不自由な状態でそんな真似はしない。

 余程の命知らずか、馬鹿か、死にたがり。でなきゃあんな真似なんざ絶対にしねえ。

 尾をねじ切り、ハサミをねじ切り、胴体をもねじ切るなんて、そンな真似はな。

 

 大男はそう言われても、特にこれと言った反応は示さず黙って巨大魔蠍の尾とハサミを担いで黙々と歩く。

 しばらくやいやいとアティックが話しかけていると、前方に先行していた荷車とトムヨイ達が見えてきた。

 カリーナの(アヤカシ)で、俺達が魔蠍の群れを全て撃退したことを知り待っていたのだ。

 

 

「なーに言ってンのよ、アティック!

 共同の狩りで捕った獲物は、誰が仕留めたかに関わらずきっちり等分!

 それが狩人のルールでしょ!?」

「フフン! しかしこやつは狩人ではない、穴蔵鼠の探索者ではないか」

「そんなの関係無いの!

 JB達とはそういうルールでやってくって、きちんと取り決めしてあるんだから!」

 

 合流してすぐに、さっきの「どちらがより多く仕留めたか?」の話を蒸し返して、そうカリーナに叱られるアティック。

 どうも連中の中では、カリーナが主にアティックの叱り役をやってるように思える。

 アティックもアティックで、「フフン? 取り決め? 取り決めか、なら仕方ないなーう」等と惚けて言うが、トムヨイは元より、リーダーのティエジに注意されたときや窘められたりしたときよりもしょげているように見える。特に尻尾と耳が。

 うん、これからアティックが面倒なことを言い出したら、それとなくカリーナの名前を出してみるか……。

 

 

 それから日も落ち掛けた頃に橋を渡り、そこさえ越せれば半時もせずにボーマに着く。

 ちょっとばかし全体の脚が遅くなっているからもう少しはかかるかもしれないが、囚人達に牽かせてる方の荷車は、人数も増えたし何よりあの大男が先頭に立っているので、結構な牽引力だ。

 

 ボーマ城塞が見えてきた頃には辺りは完全に真っ暗闇だ。

 カリーナの(アヤカシ)が【灯明】の魔術を使ったように光り輝き周囲を照らし、前方の城塞へと道を繋ぐ。

 俺が一旦先行して先触れとなって正門前で門番とやりとり。

 その後警備隊長でもある“金色の(たてがみ)”ホルストのお出ましだ。

 

「久し振りだな。あの髪は役に立ったか?」

「おうおう、役に立った、役に立った。

 お陰様でクランドロールのボスは交代。今や新ボスのクーロ体制で色々新しくしているぜ。

 酒の発注も受けたしな」


 あの髪、というのは、この間のメズーラ誘拐騒動で、その根本原因だったクランドロール旧ボス、サルグランデの“客人”に接触しようとした際、ナンバー3であったクーロと渡りを付けるのに使うため、旧知だった「ホルストの友人」という立場を証明するのにもらったもの。

 ボスの交代劇は元々計画して起きたことじゃあないが、結果から言えば今後の取引を続ける上でも願ったりだった。

 俺たちにとっても、ボーマ城塞の連中にとっても、だ。

 

 それらの経緯を聞くと、ホルストはやや遠くを見るように目を細めて、

「あのサルグランデも遂に地獄の渡し守に誘われたか」

 と小さく呟く。

 直接の縁は長く無くとも、俺なんかよりははるかに因縁深い関係だったろう。

 

 そのわずかな感傷めいた顔を見せたのはほんの一瞬。ホルストはすぐに話を切り替える。

「それにしても……予定よりかなり遅くなったみたいだが、何かトラブルか?」

「ああ、トラブルもトラブル。しかも二つだ。

 全く、もうちっと道中の安全を確保する方法を考えねーとなあ」

「だが、その様子じゃ難なく退けて来たんだろう?」

 ニヤリと笑うホルストに、

「まあな」

 と、同じく笑って返す。

 

 そうこうしていると、荷車二台を牽いたトムヨイ達が見えてくる。

 一台は荷牛の代わりに総勢10人もの繋がれた囚人達が牽いていて、しかも満載の魔蠍の尾とハサミ。

 こう見ると笑っちまうような絵面だ。

「見てくれよ、あれがトラブルの結果だぜ」

 ホルストにそれを指し示しながら言うと、しかしその反応は予想と全く違っていた。


「何故……何故だ……?

 何故お前がここにいる……!?」

 驚愕と困惑……そして恐れ。

 見たこともないホルストの表情、その視線の先には、例の大男。

 捕虜になった囚人達の中で唯一、赤───凶悪犯の印を持つ男。

 “狂乱の”グイド・フォルクス。それが奴の剣闘奴隷時代の呼び名だったと言う。

 

 

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