2-12.追放者のオーク、ガンボン(32)「豚面トラック大発進!? みたいなやつ!?」
ぼへらーっ、としていた。
いやまあ、けっこうかなりの時間を、そうしていたのだと思う。
さほど強くない魔法の灯りに照らされているそこは、俺とレイフと仔地豚のタカギが誤ってくぐり、しかもその直後に壊れてしまったという転送門の先の古びた遺跡。
半円状のドームのようなそこで、俺とレイフは途方に暮れている。呑気なのはタカギだけだ。
いや、まあ百歩譲って俺は良い。いや良くないけど、まあまだ良い。戻れなくなってるのは手痛いが、元々こちらに探索に行く予定だった。
けどレイフは違う。単に俺の見送りに来てただけで、完全に巻き込まれたかたち。
むぐぐぐぐ、と考えてしまう。これはなんというか、とにかくレイフだけは守らねばならない。
そもそも多分レイフには戦闘能力はない。
足が……特にユリウスさんとの戦いで足を失ってしまっていることもあり、前以上に杖が手離せなくなっている。レイフはそのことを気に病むそぶりを見せていない。新しく付けたミスリル製の義足を見せびらかして、「これ、チョー格好良くない?」なんて自慢してきたりした。
けどレイフのそういう振る舞いは、周りに心配をかけたくないが故のポーズなのだ。
それに……と。
ついつい俺は見てしまう。いやもう、見てしまわざるを得ない。
薄緑色のふわふわなワンピース姿。
……女の子だッッッ!! 超、女の子だッッッ!!
あのね、ええ、それはまあそれよ? びっくりしましたよ? それはさ!
だってずーーーーーーっと、男だと思ってたもーーーーん!
そしてそのつもりで接して来てたんだもーーーーん!
いや、まあ、ぶっちゃけケルアディード郷で接して来た女の人たちの中で、俺が女の子、的に意識してた相手はそもそもそんなに居なかったよ、確かに。
なんていうかダークエルフ達って、男も女もそんなに性別を意識させないんだよね。
見た目もけっこう中性的だし、立ち振る舞いもたいていサバサバしてる。
俺の感覚として女性っぽさを感じさせてたのは外交官でありナナイの妹のマノンさんと、その娘のスターラちゃんくらい。
氏族長……じゃなくて、元氏族長でありレイフの母、ナナイはまあかなりのガハハさんだし、護衛の二人、特にエヴリンドなんて口が悪過ぎて全然そんな感じしなかった。
むしろユリウスさん配下のゴブリンの黒髪ロングさんあたりの方が、やたら女っぽい雰囲気があったくらい。
───まあそれも話によると、ユリウスさんの価値観の影響だったらしいんだけどもね。
まあ何はともあれ、ですよ。
最初にレイフと会ったときの印象は、「大人しい文学青年」というものだった。
それが、レイフのことを男だと思ってたのは俺の思い込み───むむ、ちょっとまだ納得いかんけど───で、本当は女、ダークエルフの社会的年齢で言えばまだまだ未成年の少女という位置付けなのだと知ってからは、「クラスに一人くらいいる地味な文学少女」的なものに変わってしまい───。
それがさ! 何かこう……リアルじゃん!?
これがね。ある意味こう、「眼鏡をとったら物凄い美少女だったー」みてーなサプライズだったらね?
逆に? 逆によ!?
そんーーーーなには、意識しないかもしれない。
逆にね!?
物凄い美少女とかだと、寧ろ現実感無いからさ。
地味な眼鏡の文学少女、ってーのが、リアルなんだわー。超リアルなんだわー。
しかもさ!
青肌人外TS眼鏡僕っ娘とか、どんなマニアックなフェチジャンルだよ!?
どんなマニアックジャンルなんだよ!? て、思うじゃない!?
〈キコエテイマスカ……
キコエテイマスカ……。
コレハ アナタノココロニ チョクセツ ハナシカケテイマス……〉
「おおゥわォ!!??」
急に脳内に言葉が聞こえはじめ、俺はビクッとして辺りを見回す。
視線。レイフがじっとりとした目でこちらを見てる。やめてちょっと怖い!
「ガンボン。
僕の伝心の耳飾りは、闇の森の方まで繋がらないみたいだ。
君のはどう?」
レイフが言ってるのは、俺とレイフの耳に付いてるイヤリング型の魔装具。
何かテレパシー出来るインカムみたいな?
ただ、遠すぎたり何か邪魔するものが近くにあると使えないらしい。試しに闇の森の遺跡に残ってるはずの戦団員カイーラに念を送ってみようと試すが───うーん、応答はないな。
ムリだったとレイフに伝えると、今度は何か手紙みたいのを書いて呪文を唱え、それは半透明の白い鳥に姿を変えて飛び立っていく。
ほげーー、と見ていると、連絡用の魔術具だと教えてくれた。なんかすげえ。
その後レイフは、今後の方針と問題点を纏めて、ちっちゃなぬいぐるみみたいな召喚獣を呼び出し探索をさせる。
何あれ、超可愛いんだけど!?
俺は仔地豚のタカギを見る。プギプギ居眠りしているタカギも超可愛い。やはりマスコットのポジションは安泰だ。いや負けませんよ? あんなテディベアもどきには!
で、色々と確認のために広げた荷物をもう一度まとめ直すと、ちょっとやることが無くなる。
レイフは考え込んだり、メモをしたり、使い魔のクマーを呼び戻してはもう一度探索に送ったり、切れた【灯明】をつけなおしたりしていたけど、俺の方はというと本当にやることがない。
一度ほど、探索で見つけた昔トイレだっただろうという場所に言って用を足したくらい。
やることなくぼけーっとしてても腹が減る。
グゥ~、と鳴った腹の虫に、レイフが顔を上げ、ベリーパイを「食べる?」と聞いてくる。
食べます! 食べます!
レイフが八等分に切り分け一切れ取る。
俺も一切れ。バターを練り込んだサクサクとしたパイ生地に、様々なベリーの実の甘酸っぱさ! 超うめェ!
ヤベェ、旨すぎて二口で食べちゃった。
ちなみに闇の森で自生している果実や野菜は、ほんの少しだけど闇属性魔力の影響を受けてるらしい。
なので耐性のない人が食べ過ぎるとお腹を壊す。
オークもダークエルフも闇属性魔力への耐性があるので、俺もレイフも全然問題無く食べられる。
しかしマノンさん、何気に料理巧かったのね。
気が付くと既に五切れ食べてしまった。あ、一切れ食べ過ぎた。けどレイフは俺より少食だし、大丈夫だよね?
腹が膨れたら、ちょっと眠くなって来た───。
◆ ◆ ◆
ヤバい!
タカギが例の半壊した石扉の隙間から、奥の部屋へと行ってしまった!
きっかけは、例のベリーパイ。
俺が五切れ食べる。レイフが一切れ食べる。そして気が付いたらタカギが残り二切れを食べてしまっていた。
全部食べたな? と詰め寄られ、全部じゃない、とは言ったものの、こう並べてみれば俺がほぼ全部食べたよーなもの。
レイフは怒ると冷たく怒るタイプ。「こうやって後先考えずに食べ続けて食糧が無くなったら、次に何を食べることになるかわかるよね?」とゆー事を、じっとりとタカギを見ながら言い放つ。
イヤー、ヤメテー! 我慢します、食べ過ぎません! だからタカギのブーちゃんを食べないでーー! タカギは癒し系アイドルなの!!
そのレイフの怒気に気が付いたのか、プギ! とタカギが走り出す。
俺は追いかけるが、やはりタカギの方が素早い。当然逃げられ、その先がつまり半壊した石扉の向こう側。
「タカギー、大丈夫だよー。レイフも本気でタカギを食べようなんてしないからー!」
安心させようと優しく声をかける。
反応はない。プギともブミーとも声がしない。
割れた岩扉のがれきの隙間から覗いてみるも、暗過ぎて良く分からない。
ううーむ、消えた。
コレじゃあまったく見つけられない。
レイフに頼んで魔法の灯りをつけてもらうか、召喚クマーに探してもらうかしなければ。
ホールに戻って経緯を話すと、やれやれ、という感じで再び召喚クマーを半壊した石扉の向こうへ送り込んでくれるレイフ。
なんだかんだで基本面倒見が良い。
「……居ない」
「へ……?」
「分からないけど、インプの調べられる範囲には居ないよ。
本当に“消えた”みたいだ……」
ど、ど、ど、ど、どゆこと!?
俺は慌ててじたばたとする。
消えた!? まさか何か危険が危ないことになってるのか!?
「ウーン……。
とりあえずあの瓦礫を除けられるようにはしなきゃなんとも出来ないか……」
レイフはそう言って立ち上がり、杖をつきながら例の通路へ向かう。俺はじたばたしつつもその後に続く。途中にはレイフが呪文で灯した幾つかの灯り。点々と暗闇に続く灯りの道は、しかしなんとも心細い。
「むー……」
レイフは何度か、呪文を試して石扉の瓦礫を取り除こうとしてみている。
しかし巧くいかないようだ。
「一番可能性のあるのが、岩を脆くして砂に変える呪文だと思うんだけど、正直これは僕には高度すぎる。
それにこの石扉自体、まず魔法の防御が施されていて、素材そのものも魔法への耐性があるみたい」
これはまあ当たり前と言えば当たり前で、そうでなければ城壁にしろ城や神殿にしろ、土や石材で造られた建造物は、土魔法の使い手により簡単に壊されてしまう。魔法及び自然劣化への守りを施すのは当然なのだ。
ただそれらは絶対的なものではなく、時間の経過やより強い力により打ち破られる。
特にこういう、一旦何かしらの理由で壊れてしまったものの防御は弱くなってる事が多く、レイフもそれを見越して呪文をかけていたのだが……。
壁に寄りかかるようにして息を付き、
「あー……力不足だ。ゴメン」
そう謝ってくるが、レイフが悪いワケじゃない。
俺は少し考える。
魔法の防御に効果が弾かれはしても、多分全く無意味だという事は無い……と思う。
見た目には変化が見えてなくても、呪文の効果はある程度出ているハズなのだ。
むん、と、気合いを入れる。
レイフと違って賢くもなければ知識もない。大飯喰らいの怠け者だけど、力と体力だけはあるのだ。
前世で柔道部だった俺ではあるが、今度は相撲取りよろしく腰を落として低く構える。
はっけよい……のこった! と、頭の中の合図とともにぶちかまし。
みしり、と半壊した石扉の瓦礫が揺れる。
「ち、ちょっ、何やってんの!?」
レイフは驚いて目を見張る。
それを後目に、二回、三回と続けてぶつかると、ボロリと半壊した石扉が欠け始めた。
よし、いける……!!
そう思った俺が、今まで以上に溜めをつくり気合いを入れて、身体ごと全身で石扉へとぶつかっていくと、遂にそれは粉砕された。
「……む、むちゃくちゃだよ……」
呆れた様なレイフの声が後ろから聞こえる。
俺は、「やった!」と心の中で喝采。しかし勢いはとまらずそのまま転び、ごろんごろんと前に転がる。
ごろんごろんと転がった先に……目眩がするような例の感覚。
あ……また、転移門だ……。
◆ ◆ ◆
くらくらする頭を押さえつつ、俺は膝立ちになり辺りを見回す。
暗い。暗いが、真っ暗、というわけではない。
何だろう? と見ると、前方に一見すると焚き火を閉じ込めた大きなガラスのボールのようなものが見えた。
それは幾つもの色の揺らぎが閉じ込められた大きなスノードームのようでもあった。
この部屋もまたちょっとしたホール。
最初の場所よりも全体的に小さい。
その中央にあるのがうっすらと光り輝くスノードーム。
金色の台座に設えてあるそれが、この空間唯一の光源だ。
美しかった。美しく、そして禍々しくも、神聖でもある。そんな光の揺らぎ。
赤、青、緑、黄色。そして白と黒。そう、光だというのに、この中には不思議なことに、“黒い光”とでも言うべき輝きまでもが在った。
見とれるかにそれを見続け、どれだけの時間が経ったのか。
その向こうに、何かの生き物の気配があるのに気付くのが遅れたのはそのためだ。
荒い息。幾多もの光の乱反射を浴びる巨大なシルエット。
それは四つ脚で、石畳の地面を蹄でカッカと叩く。
黒い身体は一メートル半から二メートル……いや、もっとあるか。
鼻息を荒くし、ゆらゆらと身体を揺らして居た。
拙い。俺はそいつへの対応が遅れた。
気がついたときには既に攻撃圏内。そしてそいつは一気に跳ねるよう地を蹴って距離を詰める。
かわす? カウンター? 無理だ!
出来るのははね飛ばされないよう重心を落とし、その勢いを逸らすだけ───。
「プギッ!」
突進してきたそれを受け止めて逸らすが、そいつはじゃれつくように俺にのし掛かり、鼻面を押し当てる。
臭い! けど、覚えがあるぞ、この匂い……!
「タカギ……!?」
「プギギッ!!」
タカギだ。間違い無くタカギだ。
ついさっきまで仔地豚だったタカギだが、今やその姿はむしろ大地豚……いや、巨地豚だ。
巨地豚のタカギは、相変わらずのつぶらな瞳で俺を見ている。
しかし……何だ? ほんの少しの間に何があった?
俺が小さくなったのか? と思うくらい、異常な大きさになっている。
えー? えー? 何なのこれ、何がどうしてこうなったの? 豚面トラック大発進!? みたいなやつ!?
「何を……しとるのかね、君は……?」
仰向けに倒れのし掛かられた状況で、巨地豚のタカギにじゃれつかれつつもパニクった俺の頭上から、何ともいえない呆れたような声がした。
あ、待ってレイフ! そんな目で見ないで!
次回、ついに巨地豚×豚面オークのBLが。
(あれ、エイプリルフール過ぎてる?)




