3-292.マジュヌーン(130)けもののなまえ
怒声、喚声と、喧しく騒ぐのはリカトリジオス兵だけじゃねぇ。ボバーシオ国軍兵に獣人傭兵、とにかくにわかに西小城門付近は争乱の真っ只中だ。
ほんの少し前には正門前、大部隊の集中している一帯が主戦場だった。攻城兵器に大掛かりな大部隊。梯子がかけられ何回も城壁の上にリカトリジオス兵が登っていた。
だがその状況を一変させたのがボバーシオ側の新たな援軍、アスバルだ。どういう経緯か、再起不能と思われるほどの大怪我をしていたのが、再び空を舞い風を……しかも、以前よりはるかに強力に操るようになって。
巨大な竜巻が前線部隊を襲い、混乱と破壊を撒き散らす。そのド真ん中、リカトリジオス軍の主力部隊の脇をすり抜けて、俺が向かったのは西小城門前で待機していた、全体からみれば少数の部隊。
そこに、奴がいるからだ。
シュー・アルサメット。前世での俺の腹違いの兄、そしてこの世界に生まれ変わって、俺を過去のしがらみと切り捨てた癖に、リカトリジオス軍に入り将軍となったかと思えば、俺たちの農場を襲撃し全てを奪った男。
廃都アンディルに隠れ潜んでいた死霊術師の王の影が作り出した“食屍鬼支配の血晶髑髏の杖”を使ってリカトリジオス軍の中に食屍鬼犬獣人兵の秘密部隊を作り出し、そしてそれを使えるだけの魔力を操れるのは、シュー・アルサメットのみ。
だから、主力部隊とは別のところに潜ませた食屍鬼犬獣人兵部隊を直接指揮するのは間違いなく奴。
それを刈り取るのは……俺の役目だ。
空飛ぶドワーフ合金鎧の南方人と火炎爆撃の矢を撃つダークエルフは西小城門へと向かった。
フォルトナ達の陽動の成果だ。
一時的な混乱はあったが、すぐさま立て直した食屍鬼犬獣人兵部隊は号令一下、再び整然と隊列を組んで進軍する。
向かう先は西小城門。そこで起きてる混乱は、もちろん奴らが事前に仕込んでいたシーリオ住人の食屍鬼兵達による工作だ。
この地に残ってリカトリジオス軍を付け狙っていた“裏切り者”アラークブは、それら仕込まれた食屍鬼兵達を密かに始末していたが、俺はそいつを止めさせた。
そして、逆に見つけ出したシーリオ住人の食屍鬼兵達をまとめ上げ集めて、俺たちが操れるようにした。
どうやって?
そりゃ、アルアジルの仕事だ。
要は、受信と発信だ。
テレビやクーラーのリモコンと同じ。
“食屍鬼支配の血晶髑髏の杖”がそのリモコン……発信する為の装置だとすれば、個々の食屍鬼達には受信器が必要になる。
そいつを、直接食屍鬼の脳に埋め込んでいた。
それが、あの死霊術師の王の影がやったことだ。
魔晶石。魔力が結晶化して作られると言うそれは、様々な魔導具作りに使われる。
それ自体が魔力バッテリーでもあるが、同時にそこへと術式を埋め込む事で、ただのバッテリーではなくコンピューターで言うCPUだとか、車で言うエンジンのようなモノへとする事もできる。
“食屍鬼支配の血晶髑髏の杖”が発信する特殊な電波……指令を受信出来る魔導具、それをセットで作り出し食屍鬼兵の頭の中に仕込む。
これが、多数の食屍鬼を離れた距離から支配し操れるようになった最も重要なポイント。
この術式は、“狂える”半死人の支配に成功したテジモ・カナーリオのものをベースにしていた。
“狂える”半死人と食屍鬼には共通点が多い。どちらも魔力により“生きて”いて、“魂”は肉体に宿り、しかしそれらは狂気に苛まれている。
そこにデジモは生前の支配、被支配の構造に強烈に従うように仕向ける事で、ブロンコ家当主の頭蓋骨を使った血晶髑髏の冠を作り上げその呪縛を強固なものとした。
それをほぼそのまま応用して、死霊術師の王の影はアンディル王家の頭蓋骨で作った血晶髑髏の杖と、それに呼応した魔晶石による受信器を埋め込んでより完全な支配力を確立した。
だがデジモもまた、プント・アテジオではさらに研究、発展をさせていた。
アルアジルはその両方の研究成果をそれぞれに「いいとこどり」して、さらに強化した。
もちろんそれらを有効的に使うには、術師の技量や魔力なんかも影響する。俺やムスタは元より、フォルトナでもそう大きな効果は得られない。
王の影と呼ばれるほどの優れた術師。
或いは、膨大な魔力を持つ者。
シューによる支配は、シーリオ住人の食屍鬼にも及んで居る。リカトリジオス軍の兵士と違って元から忠誠心なんかはねぇ。だが食屍鬼は魂が死した肉体に閉じ込められた不死者で、だから人間同様の操り方もある。
例えば財産や地位を餌にする。家族や大事な誰かを人質にする。もっと単純なやり方なら、徹底した恐怖を与えて支配する……。
そうして“魂”の深いところに支配力の楔を打ち込み、それをテコにして“受信器”を埋め込みさらに支配する。
理性を失い、狂気の人喰いの化け物になったときも、裏切らず操られるままになるように。
だがその受信器を、アルアジルが俺たち用のものに入れ替えている。
シューは遠くから指示をして操ってるつもりだろうが、実際にはそうじゃねぇ。操っていると思わせながら、本当は俺たちの思うがままだ。
今はまだ、食屍鬼犬獣人兵部隊が西小城門を突破する為に動かしている。
西小城門周りをより混沌とした状態にしなきゃならねぇからな。
『申し訳ありません、主殿……』
伝心で伝わってくるのはフォルトナの声。
『やはり、“神弓の射手”は、私1人では手に余る腕前です……! このままではシーリオ食屍鬼兵の援護は難しいかと……』
おっと、見栄っ張りでナルシストのフォルトナが、こうも率直に助けを求めるのはなかなかレアだぜ。
『ムスタ、城門破りのサポート、いけるか?』
そう伝心で見た目ゴリラで中身もなかなかの脳筋ゴリラであるムスタへ呼び掛けると、
『ふはっ! やはり使えぬうらなりよ!』
と、嬉しそうに喚く。
そしていつもならこのストレートなムスタの侮辱に何も返さない事など無いはずのフォルトナがまるで反応しないあたり、本当にフォルトナの方には余裕が無いんだろう。
あちらの事はあちらに任せる。どうあれ奴らもそうそう簡単にやられるタマじゃあねぇ。
密かに、陰に隠れつつ、俺は機を待つ。
西小城門の上ではさっきのダークエルフとフォルトナが派手なバトルを繰り広げている。
西小城門の内側では、支配権を奪ったシーリオ食屍鬼兵たちとムスタが、内側から城門をこじ開けようと乱戦状態。
ここで手間取ったらダメだ。ボバーシオ側からの救援が増えれば、リカトリジオス軍の食屍鬼犬獣人兵部隊の出番も無くなるかもしれねぇ。
奴らに動いて貰うには、出来るだけ早くにこじ開けなきゃだ。
だがその不安は杞憂に終わる。
既にこここそを戦況を動かす機と見定めたか、食屍鬼犬獣人兵部隊は止まることなく前進。
いいぜ、そうでなきゃな。
整然と隊列を組んで動き出す食屍鬼犬獣人兵部隊の本隊。その真ん中には、例のバカでかい重戦車食屍鬼達の担ぐ輿に乗った指揮官……遠目にも分かる、毛足が長くすらりとした体躯の犬獣人。
鈍い黄金色に輝く華美な胸当てをしたそいつが、立ち上がって赤黒い飾りのある杖を振るっている。
懐かしい? そうかもな。遠目だが、それでも直接目にするのは何年ぶりだろう。最後に見たのはラアルオームの農場で。オウガ含めた精鋭リカトリジオス兵達による襲撃……俺から全てを奪ったあのとき以来だ。
全てを奪い、それでいて俺だけは生かしておいて、「全てを賭けて挑んでこい」なんぞと能書き垂れやがって、なのに最初は廃都アンディルで、それからもシーリオなんかに籠もりっきりで滅多に表にゃ出てこねぇ。
まるでゲームのラスボス気取りか。あらゆる障害、難関難問をクリアして、初めて魔王の玉座へとお目通りだ。
それが……今だ。
待ちわびた謁見の時が来ている。
あと何歩だ?
食屍鬼犬獣人兵部隊のまずは百人隊ほどが前衛で西小城門へと取り掛かる。
フォルトナの陽動で例のダークエルフは応戦出来ないし、シーリオ食屍鬼兵とムスタが城門内部を混乱させている。塔は制圧され、大きな兵器も弓矢も飛んでこねぇ。
だから今、この食屍鬼犬獣人兵部隊は大きな妨害も受けずに西小城門を攻略出来る。
狩人食屍鬼兵が高く飛び上がり城壁の上へ。
突進食屍鬼兵が城門へと猛烈な突進でダメージを。
その仕上げは……巨人と見紛うほど巨大な重戦車食屍鬼兵たち。ぶちかます破壊力は既に何度もダメージを受けていた門扉を見事に粉砕する。
再び“食屍鬼支配の血晶髑髏の杖”を振りかざす指揮官。その号令で前衛の食屍鬼犬獣人兵部隊が城内へとなだれ込む。
突破力のある特殊食屍鬼兵を中心とし、また特殊能力はないがリカトリジオス兵らしい規律に、食屍鬼としての不死性に凶悪な攻撃性を備えた盾兵部隊をそれらの補助として。
だが前衛の百人隊が全て城内になだれ込んだ辺りで、状況が変わる。
続けて、指揮官の居る本隊もまた突入しようかという段階で、再び門が閉ざされた。
もちろん、門扉そのものも破壊されている。だから完全には閉じる事はない。やったのはシーリオ食屍鬼兵とムスタ。使ったのは落とし格子と廃材によるバリケード。
こりゃとんだマッチポンプ。何せ自分らで跳ね橋を壊し城門をこじ開けさせた後に、今度は半数を招き入れてから落とし格子で分断だ。
そして城門破りの為の突破力の高い特殊食屍鬼兵は前衛の部隊に多く編成されていて、後衛の本隊には多くない。
状況が分からずの混乱。だが指揮官はそこでも無闇に慌てず騒がず、輿を担いでいた重戦車食屍鬼兵に、自ら輿を降りて指示を出す。
再び、落とし格子とバリケードを取り除いて道を開けるように、と……。
その背後。
下脇腹から上に向かって。
俺の手の中の黒く歪んだ塊が、ぞぶりと鎧の隙間に刺し込まれる。
乾いた砂漠の夜の風がひげを撫でる。
ぬるりとした液体が腕を伝う。
鉄臭い匂いが鼻を刺激する。
……そうなるはず、との予想は錯覚だ。
想像していた生暖かく錆臭い液体は流れ出てこず、柔らかな肉体に刺し込まれる刃物の感触もない。
あるのはただ、“災厄の美妃”が魔力を吸い取る脈動と、硬く干からびたような肉を刺す抵抗感。
まるで時間が止まったかに感じる瞬間、俺は自分の致命的な失敗を思い知る。
「……マジュ……ヌーン……」
「サルフキル……?」
かつて“砂漠の咆哮”に居た、反リカトリジオスグループの一人、恐らくはシューと同じ部族出身のよく似た長毛の犬獣人戦士。
そいつの食屍鬼と化した肉体を刺し貫く“災厄の美妃”は、それでも生命と魔力を喰らう喜びに震えていた。




