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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
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3-287.マジュヌーン(128)月に一度の天使(前編)


 

 激しい音と地響き。連日の攻勢は絶え間なく、城壁どころか街そのものが揺れているかのようだ。

 以前来たときとはまるで違う。あの頃よりも練度も勢いも各段に上。そして何より完全に“穫りに”来てるのが分かる。

 それに対するボバーシオ防衛軍は明らかに劣勢。城壁上の守備兵の数は減ってるし、対応も鈍い。元“砂漠の咆哮”の獣人兵達はかなり動き回ってるが、国軍の方は疲弊しきってるのが目に見えて分かる。

 だが全てが全て悪くなってるワケでもねぇ。援軍……これまで居なかった遊軍の存在が際立っている。

 

 まずは例のドワーフ合金装備のクトリア探索者たち。特に目立つのは例の南方人(ラハイシュ)とドワーフの空軍部隊だ。何せどちらも空を飛んでいたる所に現れる。

 それぞれに魔法で攻撃が出来るし、単純に石でもなんでも上から落とすだけで効果はある。梯子兵相手なら十分。さらに南方人(ラハイシュ)の方は、細かい刃みたいなのだけでなく、ちょっとした竜巻みてぇなのをぶっ放す事も出来る。

 これが梯子兵にはかなり効く。連発は出来ねぇみてぇだが、要所で使われるコイツにリカトリジオス側は為す術無しだ。

 

 強力な助っ人の遊軍航空部隊だが、とは言えたったの2人。その2人だけでのべつまくなしに攻めてくるリカトリジオス軍を退けるのは無理がある。今はまだブイブイ言わせてるが、いつまで保つかは怪しいところだ。

 

「射落としましょうか?」

「止めとけ、無駄だ。鎧はドワーフ合金だから極炎も効き目は弱ぇし、あっちの南方人(ラハイシュ)の方は膜みてぇので攻撃を逸らす。ハッキリ言って飛んでるときは俺ら地を這うケモノにゃ手も足も出ねぇ」

 フォルトナにそう返す俺だが、前にモロシタテム付近でやりあった時の事を考えても実際そうだ。あん時ゃダークエルフの連れが残ってたから奴は俺の地上戦を受けたワケだが、一対一ならああはならねぇ。少なくともあの空飛ぶ翼をなんとかしねぇ事にゃ、マジでやりようがねぇだろうぜ。

 

 けどやはりその戦力はあくまで個人の戦力。大軍同士の戦いにおいちゃ、個人がどれだけ強くてもそれだけで戦局はそう変わらねえ。

 

 じわりじわり、1日1日と過ぎるごとに、リカトリジオスの攻め手が押していく。

 

 機はどこか。このまま城門を正面突破してしまうのはあまり良くはねぇ。

 破れそうになりつつ、その決定打に欠ける流れ。そいつが多分、一番付け入る隙が出来る。

 

 その戦局にまた変化が現れたのはしばらくの膠着から数日。航空部隊の援護を持ってしても押されつつあるボバーシオ側が、別の遊軍部隊としてラクダ騎兵を投入してきた。

 かつてはボバーシオ国軍の主力。だが初戦でリカトリジオス軍の策略でかなりの被害を受け、その数は激減していた筈だ。

 

 だが、再編されたラクダ騎兵部隊には、かつての国軍兵は半分も居ないし、総数は200程の少数部隊。なら間に合わせの寄せ集めか、と言うと、半分は当たり、半分はある意味それ以上。

 かつての国軍兵、緊急召集の新兵、そしてさらにはカーングンスの遊牧騎兵による混成部隊。

 

 それが、この新生ラクダ騎兵隊だ。

 

 なので戦術も本来の騎兵突撃ではなく、ヒット&アウェイの騎射中心。まさにカーングンス遊牧騎兵お得意のやつだ。

 

 国軍兵は全体の指揮、新兵はせいぜいがラクダをなんとか周りに合わせて動かせるだけの嵩まし、数合わせ。そして騎射の主力はカーングンス遊牧騎兵。もちろんリカトリジオス軍にそうだと見抜かれないよう偽装をしているが、俺たちは事前に探りを入れてその辺の事情をある程度把握している。

 

 これは効果的だ。リカトリジオス軍が初戦でボバーシオ精鋭ラクダ騎兵を打ち破ったのは、相手の侮りを利用し不意をついたことにある。数任せ勢いだけの乱戦しか出来ぬ野犬の群が、哀れに逃げるところを追撃する……そんな侮りを持っていたボバーシオ精鋭ラクダ騎兵は、まんまと伏兵の罠に嵌まった。

 

 だがそれを踏まえてあくまでつかず離れずの騎射による陽動に徹した今回のラクダ騎兵部隊は、むしろガチガチに固まっているリカトリジオス軍にちくちくと嫌な攻めをしている。もちろん一発逆転なんて手じゃねぇが、城壁への攻め、そこへの航空部隊のさらに側面からの搦め手。これで膠着の天秤がボバーシオ側へとやや傾く。

 

 業を煮やしたリカトリジオス軍は、一軍団、2000を引き離しラクダ騎兵隊を追撃する。前回みてぇに待ち伏せしての奇襲じゃあねぇ。むしろ追う側になるリカトリジオス軍は不利だ。大軍であっても、逃げる騎兵に歩兵部隊が勝つのは難しい。

 だがそんなのはリカトリジオス側も分かってる。2000は盾持ちで防御に徹しつつじりじりとラクダ騎兵隊を追い払う。数の威で前線から引き離すのが目的だ。

 

 こりゃ俺たちにとっても良い流れだ。本隊の数が減り、隙が出来やすくなる。それでもまだまだ大軍なのに違ぇねぇが、そこにさらなる混乱でも起きてくれりゃあ言うことなしだ。

 

 ▽ ▲ ▽

 

 夜になっても未だ攻勢続くボバーシオの正面城門。だがその猛攻撃の裏には、密かに別働隊を動かしている。

 

 食屍鬼(グール)犬獣人(リカート)兵。

 

 呪われた廃都アンディルで得た、食屍鬼(グール)を操る魔導具、“血晶髑髏の杖”。このボバーシオ包囲軍はそれを使って犬獣人(リカート)兵による食屍鬼(グール)部隊を作り出し運用の機をうかがっていた。

 そのタイミングがいつか。その機こそがリカトリジオス軍がボバーシオ陥落を狙う機であり、同時に俺が東征将軍であるシュー・アルサメットを討つ機でもある。

 

 東征将軍が既に廃都アンディルを出て前線まで出張っているのは確認済みだ。

 そのシューが包囲軍のどこに居るか。普通なら表に立ち兵を鼓舞するだろう将軍のくせに、それでも目立った位置に居ない。

 厳密には、それらしい陣が五カ所にある。つまりは偽装だ。

 

 この包囲軍は5つの軍団に分かれてる。西小城門、東小城門前に 1軍団 ずつ。正門を攻めるのが 3軍団。そしてその中の1軍団が、新生ラクダ騎兵隊により引き剥がされた。

 それぞれの軍団を指揮する部隊には、天幕のかかった御輿のある部隊があり、それが軍団長の居る部隊だ。だがそれらのウチどれが東征将軍のものなのかが外からは分からない。

 本陣を敵から悟らせないような偽装。

 

 その偽装の中で本陣を見極めるのには、もっと戦況が大きく動く必要がある。

 

 城壁攻めの激しさは増して行く。今まで城壁そのものへのダメージを抑えるようにしていたリカトリジオス軍だが、次第にそれも少なくなり、破城槌……反動で動く巨大な丸太をぶら下げた車輪付きの手押し車みてぇなのを持ち出して城門を攻める。ボバーシオ防衛軍は上から大岩や丸太、火のついた油壺なんかを落とし、破城槌は城門を撃ち破る前に大破する。

 

 ボバーシオ側は「相手側の秘密兵器を打ち破った」気かもしれねぇが、多分コイツも試験運用だ。確かに木材資源に乏しいリカトリジオス軍にはなかなか高価なシロモノだが、本狙いじゃあねぇ。正面の南城門に注目を集め、実際の狙いは別にある。

 

 その闇夜の戦場を、毛皮の旗を背負うリカトリジオス伝令兵の兵装を着てちょこまか走るのは、小柄な砂漠狐みてぇな犬獣人(リカート)、ネルキー。リカトリジオス軍の中でも伝令兵は小柄で俊敏な犬獣人(リカート)が担う事が多いから、この変装は妥当なところだ。

 併走する俺は目立たぬように奴隷兵に偽装している。匂い隠しに泥まみれ砂まみれだが、伝令に従う奴隷兵に注目する奴はまず居ない。

 

 けたたましい前線から一歩引いた位置には、稀にボバーシオからの矢に、投石機からの岩の固まりが飛んでは来るが、よほど運が悪くなきゃ当たりはしない。

 

 そのよほど運の悪いリカトリジオス兵の横を抜けつつ、俺たちが向かう先は城壁の西側。海岸との境界に近い小城門がある方だ。

 小城門だからこちらの方が落としやすいかというとそうとも言えず、灯台を兼ねた大塔が立ち、海からの攻撃にも対応すべく大型弩砲のバリスタで守りは固められている。

 これまでも、リカトリジオス軍はほとんどこちらへ兵力を回して居ない。大塔と城壁からのみならず、海上の船からも攻撃されるからだ。

 

 それは夜攻めをするようになってからも変わらず、ほとんどの攻めは正面、南城門側と東城門側に集中している。

 もちろん、ボバーシオ側も簡単に油断はしない。それが別の突破口を開くためのフェイクでもある可能性は考えている。考えてはいるが、現実の兵力差ではその隙間が埋められねぇ。

 

 正面からの軍勢の勢いを後目に、伝令兵装の俺たちが向かっているのは当然その西小城門方面だ。

 いくつかあった偽装の本陣らしき隊から、まずは魔力反応で二つを除外。残りの三つのうち一つは新生ラクダ騎兵隊への追撃に向かっているから除外。残った二つのうち一つを俺とネルキーが追っている。

 もう一つは、と言うと、アラークブだ。ここは結局どうしようもねぇ。どっちがアタリを引くかどうか。そいつは運……または、“運命”ってなもんだろう。お互い恨みっこなし。同じ狙い、同じ仇。だが、正直俺は、アラークブにシューをやれるとは思ってねぇ。技量の問題じゃあなく、それこそそういう運命みてぇなもんだろう。

 

 少部隊となってる食屍鬼(グール)犬獣人(リカート)兵は、明らかにその俺たちが本陣と見当をつけてる部隊と連携している。

 アルアジルによれば、リカトリジオス軍が廃都アンディルで手に入れた死霊術士の研究成果である「食屍鬼(グール)を操れる血晶髑髏の杖」の効果範囲はそう広くない。食屍鬼(グール)兵を運用するためには、それを使う者はなるべく近くに居なきゃならねぇ。

 そしてこの食屍鬼(グール)兵の運用には、シュー本人が当たるか、或いは立ち会って術士本人の近くに居るだろう、と考えられる。

 

 何故か?

 

 奴の魔人(ディモニウム)としての能力が、「対象に魔力を与える力」だからだ。

 

 これはいわば“黄金頭”アウレウムの能力の上位互換だ。奴の場合は「魔導具、魔装具の力」のみに限定して、その効果を増幅させ引き出していた。

 シューはその対象が人、術士か、魔獣かあるいは魔導具、魔装具かを問わない。もちろん細かいところを比較すれば色々違う。アウレウムみてぇに純粋に性能そのものを引き上げるワケじゃあねぇ。

 アウレウムの場合は、言い換えりゃバイクのエンジンそのものをレベルアップさせるみてぇなもんだ。

 だがシューの場合、燃料を増やす、または、上質なもんに入れ替える力。

 エンジンそのものの性能を上げなくても、例えばオイルやガソリンをより上質なもんに変えたり、それこそニトロみてぇなモンにすりゃ、結果的にスピードがあがる、ってのに近い。

 性能そのものをかさ上げするワケじゃあねぇが、魔力を増やし、またその質を高めることで、結果的に性能も上がる。

 

 これはアルアジルによる死霊術師への“尋問”や、またプント・アテジオで手に入れたデジモ・カナーリオの研究成果なんかを元に、様々な考察と実証実験を経て得た推論。

 魔導具や魔装具には、術士や魔晶石などで魔力を“補充”するタイプのものは多々あるが、その魔力の属性のみならず、質とか相性とかでも性能に差が出る。

 血晶髑髏の魔導具、魔装具は、特に闇の魔力が充填されることで高い効果を発揮する。

 シューの場合、その属性は分からない。だがクトリアの邪術士専横時代に、「邪術士へと魔力を補充させる獣人奴隷」として魔人(ディモニウム)化された、という話が事実なら、純度の高い闇属性の魔力か、あるいはいわゆる無属性、特定の属性を持たない、ただ純粋な魔力を与える能力の可能性が高いと言う。

 

 そして、そういう魔力を“血晶髑髏の杖”に十分に補充してた場合、俺たちが廃都アンディルで死霊術士と戦った際の性能よりもはるかに高い効果を発揮するだろう、と言う。

 

 それこそ、50人近い食屍鬼(グール)犬獣人(リカート)兵の全てが、あのとき手を焼いた特殊能力を持った狩人(ハンター)食屍鬼(グール)突進(チャージャー)食屍鬼(グール)兵、または重戦車(タンク)食屍鬼(グール)兵だ、と言うことすらあり得る。

 

 だから、この食屍鬼(グール)兵による城壁突破策を確実なモノにしたいのならば、シュー本人、またはシューが直接魔力の補充出来る形で、食屍鬼(グール)兵部隊を指揮しているだろう。

 

 それが、俺たちの“読み”。

 その読みが正しかったかどうか……。

 

「いた」

 小さく鋭いネルキーの声。位置としてはそう遠くない。

 本陣……だが目立たぬよう少数精鋭で約50人程度の部隊。そしてその近くには……その倍、およそ百人隊規模の食屍鬼(グール)犬獣人(リカート)兵部隊が控えてる。

 以前シーリオで盗み見た数より多い。確保出来てる食屍鬼(グール)犬獣人(リカート)兵の全てを率いたとは限らねーから、全体の食屍鬼(グール)犬獣人(リカート)兵はもっと多いかもしれねぇ。

 ざっと見でも、跳躍や突進なんかの能力を持つ特殊食屍鬼(グール)犬獣人(リカート)兵はその半数近くか。こりゃ、戦力からすりゃ十倍、千人隊に匹敵するだろうし、「城門を破壊、または城壁を乗り越え突破する」部隊としての能力は、破城槌をはるかに越える。

 

 コイツらをもっと早くに運用してりゃ、ボバーシオ陥落は早かったハズだ。何故今まで動かせなかったのか、或いは動かさなかったのか。そりゃ今は分からねぇが、何にせよまさにここが正念場ってヤツだ。間違いなく、今夜でこの戦いは決する。

 

 気取られない位置の岩陰に潜んで様子をうかがう。正門前の攻防の激しさに、西門から離れた位置で静観しているだけに見えるこの部隊への注目度は下がっている。むしろボバーシオ防衛隊は、いつでも正門前へと援軍を送れるようにしているくらいだろう。

 その際を見極めて、リカトリジオス軍はタイミングを計る。おそらくは次、またその次あたりに正門前で大きな動きがあれば、まず第一歩を踏み出すハズ。

 

 そして奴らが動くその機を、俺たちもまた狙っている。

 

 その機が……天高く上空からやってきた。

 

 とてつもない砂嵐と、馬鹿げた大声と共に。

 

 

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