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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
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3-280. マジュヌーン(125)毒蛇の沼 - 地下鉄の猫


 

 

 慌てて転びかけながら我先にと逃げ出そうとする連中に、その中で唯一堂々とした“毒蛇”ヴェーナ。

 立ち上がり海の方へと視線を向けているが、その海から迫ってくてるのは無数の水柱。それが何だか分からねぇが、とにかくコレがレナートの言う「合図」ってヤツか?

 

「おい、コレで良いんだな?」

「んん?」

 レナートの反応を無視してそのまま後ろから蹴り倒す。

 蹴られたレナートは慌てながらも、懐に入れた手の位置からぶしゅ、っと赤い液体を溢れさせ倒れ込む。

 血糊か? 匂いはややするが全てが本物の血って訳じゃ無さそうだ。それを腹にまぶしながら、逃げようとする奴らの足元へと転がって、

「……わ、私の、護衛では……無い……!」

 と呻く。

 

 その言葉、演技なのか本心か。まあどっちでも構わねぇ、もうあとはやるだけだ。

 曲刀を抜くと、すでに細工済みで血糊がつけてある。そのまま一足飛びに他の衛兵、護衛を蹴散らして“漆黒の竜巻”ルチアの前へ。

 

「“竜巻”!」

 叫ぶヴェーナの声に即座に反応するルチア。身を挺して庇うかの動きだが、元から狙いはヴェーナじゃねぇ。

 だがそこに割り込むのは元探索者の南方人(ラハイシュ)。俺の狙い澄ました剣先はドワーフ合金製の篭手で防がれた。

「でかした!」

 そう叫ぶデジモが短く唱える呪文は、黒煙のようなものをわきたたせ膨らませ、それをのた打つ無数の蛇、さらには槍のように変化させて四方から俺を囲み躍り掛かる。

 見事なオモテナシでありがたいぜ。曲刀は投げ捨てて“災厄の美妃”に持ち替えると、その闇の槍先を切り裂いて喰らう。

「……なっ!?

 まさか……!?」

「“災厄の美妃”……!?」

 お待ちかねのご登場に、拍手喝采声援も頂き上り調子。馬鹿面下げた観客の前でくるり回って一閃し、断ち切るのは闘技装束だけじゃねぇ。奴隷印に装束、それら全てにかけられてた付呪に呪い……支配の術だ。


「───見つけたぞ、“毒蛇”め!」

 

 そこへ、不意にこの貴賓席のバルコニーに響く女の声。誰だか知らねぇが、恐らく例の水柱の奴らだ。鼻が湿るほどの海水の匂いが貴賓席に充満する。

 

「ハハハハ! 我らシーエルフへの様々な悪行もこれまでだ……が……待て、お前ら何をやっておる?」

 

 コッチからすりゃお呼びじゃない乱入者。だが、そいつの登場で周りの注意が数瞬ほど逸れる。

 その隙をついて、呆然と立ち尽くす“漆黒の竜巻”と、その間に割り込んでる南方人(ラハイシュ)の男を纏めてひっつかみ、そのまま後ろへと跳んだ。

 つまり、柱の上で高い位置にある貴賓席のバルコニー側から、一般観客席へと飛び降りるかたちだ。

 

「なにしやが……!」

「ニブい奴だなテメーは。飛べよ、そいつで」

 

 言われてようやく気付いたかに、南方人(ラハイシュ)の男は例のドワーフ合金製鎧の背中の翼を広げて、魔力を纏わせてルチアと共に飛び去る。俺は手を離し落下しながら壁を蹴って軌道を変えると、まさに猫のようにくるり観客席へと着地だ。見事すぎて惚れ惚れするね。

 

 闘技場、そして一般観覧席は水浸しで混乱してる。逃げる観客たちの中へそのまま紛れ、まずはそこから姿を消した。

 

 ▽ ▲ ▽

 

 そのまま俺はデジモの館へと向かう。デジモの不在、また突発的ながらもこの街の混乱を利用し、潜ませていたハシントと“ブランコ団”の人海戦術で王の影(シャーイダール)の仮面と奴の研究成果を奪う為だ。

 残ってる衛兵、私兵は“ブランコ団”が問題なく片付けているハズ。

 街中は闘技場と同じかそれ以上に混乱して、至る所で奴隷らしき連中が暴れている。

 狙ってやったワケでもねぇのに、廃都アンディル侵攻中の“不死身”のタファカーリ部隊のときと同じような状況だ。

 

 前と同じ場所から侵入すると、館の中でも戦闘の跡があちこちにある。

 妙なのは、衛兵の死体も“ブランコ団”の死体もあるんだが、それとは関係無い奴らの死体もあるところだ。

 動けなくなっているがまだ息のある、その「どちらでもない」怪我人を問い詰めると、「闇エルフ団」だとか言う。何だお前ら? と思うが、デジモの衛兵、私兵でもない別の連中がどうも紛れてるらしい。

 館中央まで行くと、ホールの真ん中に簡易バリケードなんぞを作って、距離を保ちつつハシント達とにらみ合ってやが連中が居るが、邪魔臭ぇったらねぇ。


「おい」

 その雑魚連中の親玉臭い術士っぽい奴の背後から声をかける。

「!? な、何者っ……!?」

 慌てて振り向く男は出来損ないの粘土細工みてぇにゴツゴツした顔をしたやや小柄な中肉中背。後ろから見て装備服装から術士とは判断したが、プント・アテジオの警備兵の革鎧なんかも着込んでもいる。

 その周りには、そいつよりかなりガタイのデカい、いかにも戦士ってな風体のねぇちゃん他数名。ねぇちゃんは術士の護衛なのか、やはり同様にプント・アテジオ衛兵の革鎧を着て、紋章入りの円盾を突き出しカウンターを狙う。なかなか良い反応だが、俺はそれを屈んでかわしてそのまま脇をすり抜けると、術士の背後をとって首を締め上げる。

 分かり易く人の盾にしてから、

「おめーコイツ等のボスだな? 何が目的か知らねぇが、テメーらがデジモかヴェーナの部下じゃねぇってンなら、コッチも用はねぇんだわ。

 邪魔だから、ウチのには余計な手出ししねぇでくんねぇか?」

「な、んだと……!?」

 顔色も悪く息も上がってる術士の男、良く見りゃ既に左の肩口からずるりと切り裂かれ血塗れで、かなりの怪我に出血だ。

 

「貴様、らの、目的……は、何だッ……?」

 別に教えてやる義理もねぇが、ここでゴチャゴチャやり合うのも時間の無駄だ。

「デジモの研究成果、または本人だ。

 ま、奴自身は今闘技場でヴェーナ共々変な奴ら相手に釘付けだし、生き延びるかどうかも分かんねぇがな」

 そう言うと、術士は頭の中で何かを計算するかに考え、それから右手を上げて仲間を制止し、

「……よかろう、取り引きだ。デジモの研究の在処には心当たりがある。対立は止め、一旦お互いの本分に戻ろう」

 と言う。

 しぶしぶながら、周りのでかい女やそのお仲間も武器を下ろし大人しくなる。

「ハシント! 話は付いた、休戦だ! こっちへ来い!」

 呼び掛けて館の奥から現れるハシントと“

ブランコ団” 。

 それを見る術士とお仲間は驚愕と恐れを顔に出し、

「……ぬ、沼鬼!?」

「しかも、光ってやがる……」

「貴様……、沼鬼を……操れるの、か?」

 なんぞと口々に言う。

 

 光ってる、てのはハシントの事。奴は普通の半死人よりはるかに魔力が多い為、常時魔力飽和に近い状態で、内側からうっすらと光り輝いて見えるからな。

 だが、

「おい、“沼鬼”ってな何だ?」

 と、俺がそう聞くと、術士も他の連中も戸惑ったように、

「……その、光っているのと従えてるのが、沼鬼だろう? 沼に潜むゴブリンだ」

 と言う。

 

「“持ち手”よ、他の者達も我らを“沼鬼”と呼んでいた。この辺りの連中は、我らの事をそう呼んでいるらしい」

 と補足し、それを聞いた連中は、

「こ、言葉を、話したぞ!?」

 と、さらに混乱する。 

「ハハッ! そうかい、そりゃ面白ぇな。だがコイツ等はゴブリンとかってののお仲間じゃあねぇぜ。クトリア名産の魔人(ディモニウム)、その中でも半死人って呼ばれてる連中だ。そしてデジモはザルコディナス三世の時代に半死人の中でも完全にイカれちまった“狂える”半死人を研究してた邪術士だ。

 で、俺らはその研究の続きを貰いに来た」

 

 術士とそのお仲間は、それを聞いてさらにざわつく。

 それから術士は、相変わらずの青白い顔をして、

「……もし、それが本当ならば、デジモはここでもその研究を続けて居るのかもしれんぞ……」

 と続ける。

「沼鬼がプント・アテジオ周辺に現れ始めたのはデジモが来てからだ。厳密には……ヴェーナ卿がプント・アテジオを落とし、デジモが代官として赴任してから……だがな」

 ごつごつしたツラの眉根に、さらにしわを寄せながらそう言う術士。

「なるほどね。じゃあ館の奥にも、もしかしたらその成果が隠されてるかもしれねぇな」

 そりゃあ、有り得なくもねぇ話だよな。

 

 ▽ ▲ ▽

 

 術士は部下らしき数人に館の防備を固めるよう指示をしてから、護衛の大女1人だけ連れて俺たちを館のある部屋へと案内する。

 円塔の2階にあるデジモの居室の真下にあるその執務室は、既にけっこう荒らされた後だ。

 

「ここはデジモの代官としての執務を行う部屋で、館の防備を担う術も直接操れる。防備の結界は既に書き換えてはいるが、おそらくはここからさらに奥……地下への入り口がどこかにあるハズだ。いざという時の逃げ道で、さらには邪術士としての、より秘密にしたい研究所へと続いているだろう隠された入り口がな」

「そいつがまだ見つからない、ってか?」

「そうだ」

 忌々しげにそう言う術士。

 それを受けて、俺は“災厄の美妃”を手にして執務室をぶらぶら動きまわる。

 何をやってんだ? みてぇな視線をガン無視してしばらく、俺は“災厄の美妃”の気の向くままに場所を定めて一振り。

 部屋の中のさらに隠された魔術の封印を切り裂くと、書棚の一つがガコンと音をさせて動く。

 

「当たりだな」

 顎をしゃくりハシント達を先に進ませ、最後に俺は術士へと懐の小瓶を1つ投げ渡す。

「ついでだ。信用出来なきゃ飲まなくても良いが、それなりには効くぜ。味はゲロマズだけどな。蛙の粘膜風味の沼の泥臭い」

 訝しげに俺と薬を見る術士は、

「……何故だ?」

 と聞く。

「どうせこの後、あのタロッツィだかいう連中か、デジモかヴェーナの私兵か分からねーが、何かがやってきてゴチャゴチャするんだろ? 俺らが地下で調べ物してる最中くれぇは、気張っててもらわねぇとな」

 と返す。

 術士はしばらく薬瓶と俺とを交互に見て、うむ、と小さく頷き、それから、

「頼みがある」

 とそう切り出す。

「その、デジモの半死人の研究成果とやらは全て持って行って貰っても構わん。だが、他のモノは出来るだけ残して欲しい」

 と、まあそりゃ奴らからすりゃ当然の要求だな。

 

「ああ、俺たちゃ金銀財宝だのなんだのは必要ねぇし、特にこの街の支配だ統治だにも興味ねぇ。研究成果と……あと、それに関係する幾つかの魔導具や術具を貰ったらさっさと帰るさ」

 と言う。言ってから、ああ、と思い出し、

「だが……そうだな、デジモ自身は……ま、早い者勝ち、ってとこにしといて貰うぜ。必要な研究成果が見つからなきゃ本人連れて行くしかねぇ。もしそん時に、デジモがお前らの捕虜になってたら……奪わせて貰うかもしれねぇ」

 とだけ付け加える。

 術士は再び何かしら頭の中で計算するかに眉根を寄せ、それから、

「分かった」

 とだけ返した。

 


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