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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
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3-278. マジュヌーン(123)毒蛇の沼 - 屋根の上の猫

 

 

 ヴェーナ領サルペン・ディポルデ。別名“蛇の沼地”。領地の三分の一ぐらいがじめじめとした湿地や沼地で、お世辞にも豊かな土地とは言えない。とは言えその東側にある穴のあいた岩場だらけのラウル領ブコルデ・ウマウスよりかはマシ。あそこは麦すらまともに育たず牧草地もなく、ネズミ林檎とマズい豆くらいしか育たねぇって話だ。

 で。

 俺は今、そのじめじめとした湿気の多いヴェーナ領へと来ている。

 

 始まりはリカトリジオス軍のカーングンスへの特使、イーノスたちを見張っていたフォルトナからの報告。

 例のリカトリジオス特使隊は、あのカーングンスとの交渉の後に一旦は西へ向かうが、カロド河にぶつかるより手前で南下、そのまま海岸へと向かう。リカトリジオスはその海岸の岩場に隠された船着き場を作っていて、何艘かの舟が停めてあった。そこから、やはりこれまたシーリオ東側の海岸に作られていた船着き場とで行き来しているらしい。軍勢を送り込めるような大型船じゃない。せいぜいが10人前後を運べる小型輸送船。操船技術なんてなほとんどないリカトリジオスにとっちゃ、これでもかなり難しいハズだ。あるいは、シーリオの船乗りを奴隷として利用してるのかもしれねぇが。

 何にせよ、そこでカーングンスの特使隊全員が船に乗って帰還するのかと思いきや、物資を補充してからしばらくして、一部が再び陸路で東へと向かう。赤壁渓谷の南を抜け、その後は海岸沿いの漁村を避けて内陸方面、ちょうど俺たちが闇の森へと向かったルートの横を北上し、大山脈の“巨神の骨”の北、外側の裾野をなぞるようにして西へ。たどり着いたのが“毒蛇”ヴェロニカ・ヴェーナ領だと言う。

 “闇の手”は辺境四卿領内各地にも隠された“竜脈の門”を幾つか確保、整備しているので、そこでフォルトナは聖地へと帰還し、事の顛末を報告した。

 

「クトリアと王国軍との分断を狙ったものかもしれませんねぇ」

 とは、アルアジルの弁。クトリアは防衛設備は豊富でも、使える兵力には乏しい。その不足している兵力を補えるのが王国駐屯軍だ。

 同盟関係にある王国軍へと辺境四卿と連動して攻撃をすれば、それらを妨げられる。まあ、その可能性もあると言う推測だ。

 だが───。

「しかし、“毒蛇”ヴェロニカ・ヴェーナですか……」

 と、さらに含みのある物言いでアルアジルは続ける。

「何だよ?」

「はい、また別口で、あちらに関する情報が入って来ておりますので……」

 

 と、それでまた、俺は遠路はるばる山向こうの湿地帯にまで出向いて来たワケだ。

 

 ▽ ▲ ▽

 

 ヴェーナ領内は治安そのものは安定している。それに“護民兵団”とかいう魔獣退治を生業とする組織があって、各地で魔獣の被害が起きると、素早く退治してくれると言う。

 その辺だけ聞けばなかなか良さそうな領地だが、一方でなんだか良く分かんねぇヤヤコシイ奴隷制が敷かれていて、俺たちみてぇなよそ者は、いつ奴隷狩りに遭うかも分からねーらしい。

 と、その辺はヴェーナ領で落ち合ったエリクサール、同行しているフォルトナ、そして撃退し捕まえた奴隷狩りの傭兵なんかから聞き出したこと。

 

「あの猪人(アペラル)はプント・アテジオと言う港湾都市に滞在しておるようです。近々あそこでは、ヴェロニカ・ヴェーナ卿を招いての闘技大会を開きます。それに同席しつつ密約を結ぶつもりではないかと」

 フォルトナ曰わくそういうことで、問題はじゃあそれに対して俺たちがどう対応するか、だが……。

 

「それ自体は、“見”、だな……」

「仰せのままに」


 “三悪”もヴァンノーニ家も消えて、クトリアが共和国となり体制が変わったが、カーングンスとの同盟締結は難しそうだ。

 食屍鬼(グール)兵と言う隠し玉があっても、まだリカトリジオス側の方が分が悪い。

 なら、ヴェーナとの同盟、または協力体制は今のところ邪魔する必要はねぇ。

 

 が。

 

 問題はもう一つの件だ。

 その件が、そっちの問題にどう関わってくるか、関わってしまうか。

 そこが、イマイチ読めねぇんだよな。

 

 ▽ ▲ ▽

 

 街中での隠密行動も、夜中にひとりでやる分にはそう難しくもねぇ。ただ、集団で昼間ともなると相当な偽装が必要だ。そうなると、エリクサールの幻惑術が必須になる。

 

「なかなかすげぇな。結構な賑わいだぞ、こりゃ」

 と、やや浮かれ気味にはしゃぐエリクサール。

 プント・アテジオは翌日の闘技大会とやらでお祭り騒ぎ。

 主に拳闘奴隷たちを闘わせるこのイベントは、このヴェーナ領の貴族や富裕層を大量に集めている。そして今回はヴェロニカ・ヴェーナ卿自身までも来るって話しだから尚更だ。

 なので警備も厳戒態勢。元々のこの都市の警備兵の他にも、タロッツィ商会とかいう最大手奴隷商会の傭兵団なんかもかき集めているが、数は多いが寄せ集めな分、実際には穴も多い。

 お互いがお互いを信頼してないし、むしろ縄張り意識で内心反目もしてる。だから隣接する警備地区で睨み合い、逆に他のところが緩くもなる。


「待て! ここは我々の警備区間だ! タロッツィ共は口を挟むな!」

「何だとォ!? 俺たちゃヴェーナ卿直々の命で警備に来てるんだぞォ!?」

 てなのは、エリクサールの幻惑術でもめ事を起こさせた通りでの出来事。そしてそのゴタゴタの隙間を縫って夜の早い内に進む先は、このプント・アテジオの代官、デジモ・カナーリオの館だ。

 水に囲まれた出島みたいなこの都市の中、さらに水路、水堀に囲まれたこの館は、普通に侵入するにゃかなり厄介。だが正面の正門、そして水路から荷物や何かを搬入する裏門の他はその分監視も甘い。術士であるデジモ・カナーリオは町にも館にも一応の魔法の守り、結界は施してあるが、そりゃ“災厄の美妃”のある俺には意味がねぇ。

 見張りの目のない位置から鉤フックのついた縄を投げて引っ掛ける。周辺に警備以外にも人が居ないのは確認済み。

 まずは水堀を超えて先頭を進む俺が、壁をさらに囲む魔法の結界を“災厄の美妃”で無効化して中へと侵入。続いて残りの面子もやってくる。

 

「くっそー、こーゆー肉体労働は俺向きじゃねーってーの!」

 ぶつくさ文句を言うエリクサールだが、コイツの幻惑術での隠蔽工作がなきゃ、この潜入だけでなくこれから先もこうは上手くいかねぇ。と言うかほぼ不可能だ。

 何せ、今ここには十数人の“狂える”半死人達も一緒に来ているんだからな。

 ハシントと、ハシント率いる“ブランコ団”の一部が、だ。

 

「全員、中に入れたな?」

 そう振り返って確認するが、全員が全員、これまたそろいもそろって隠蔽効果もある黒い外套を身に付けているから、この暗がりじゃあよく分かりゃしねぇ。

 代表してそれに頷いて応えるのはハシント。相変わらず高い魔力飽和で体の内側からほんのり輝いているそいつは、頭には例の“血晶髑髏の冠”を被っている。

 かつてザルコディナス三世の元で魔人(ディモニウム)の“失敗作”だとされていた、不死者(アンデッド)のごとき強靭な肉体を得はしたが、その代償に理性を失った“狂える”半死人となった者達を支配し制御する邪術の実験をしていたデジモ・カナーリオは、吸血鬼の魔力溢れる血と“高貴な者の頭蓋骨”を使う事で作られる血晶髑髏を利用し、ブランコ家とその類縁達を“狂える”半死人状態にしながら支配し操れるモノを作り上げた。それが“血晶髑髏の冠”だ。

 元々、血晶髑髏の杖は強力な死霊術の秘宝。死霊術士の力を底上げし、また近くに死体があればヤヤコシイ儀式や手順をすっとばして、即座に動く死体(アンデッド)化して使役出来るようになる。つまり、“血晶髑髏の杖”を持った死霊術士なら、例えば死体を一つ手に入れれば、その後は倍々ゲームで即席の手下を増やし、ちょっとした山賊団なんぞ朝飯前に壊滅させる、なんてことも出来る。

 もちろん、術士の基本的な能力、魔力にも依る。魔術、死霊術の専門家じゃないフォルトナが使った場合じゃあ、そこまでの成果は見込めない。せいぜいが、この間みたいに数頭の毒蛇犬の群を操れる程度。それでも闇の魔力が強く、召喚術も使えるダークエルフだから出来る事だ。

 

 それらを応用した“血晶髑髏の冠”を作り出したデジモ・カナーリオの研究成果を、アルアジルは欲しがっている。何故か? もちろんそれは、リカトリジオス軍が食屍鬼(グール)兵を操れるようになった事への対抗手段を探るためだ。

 

「恐らく、基本的にはその根本にある原理は同じものでしょうな」

 と、奴は言う。

 廃都アンディルで死霊術士の王の影(シャーイダール)食屍鬼(グール)を操れるようになったことと、デジモ・カナーリオが“血晶髑髏の冠”で“狂える”半死人を操れるようになったことと、そしてリカトリジオス軍が食屍鬼(グール)兵を操れるようになったこととが、だ。

 廃都アンディルの死霊術師を捕らえ、様々な───勿論、言葉にするのもおぞましいような───方法で聞き出したことや調べた事等から、廃都アンディルで死霊術士の王の影(シャーイダール)食屍鬼(グール)を操った一番の鍵は、あの“血晶髑髏の杖”がかつてのアンディル王族の頭蓋骨を使って居ることだと言う。

 廃都アンディルの食屍鬼(グール)のほとんどはかつてのアンディルの住人。つまり、アンディル王族を支配者としていただいていた。

 その関係性に死後も又縛られるようにする。

 そう言う術式を作り出した。

 リカトリジオスはどうやってかその原理を見抜き、リカトリジオス軍の中の支配力を、そのまま犬獣人(リカート)食屍鬼(グール)兵に適応させた。

 そして、アルアジルの推測では、その研究のベースになったのが、デジモ・カナーリオの“血晶髑髏の冠”にあるのだろう、と。

 だから、デジモ・カナーリオ本人を攫うか、その研究成果を手に入れること、と言うのも今回の潜入の目的。

 リカトリジオス、イーノスの目的を探り、同時にデジモ・カナーリオから研究成果を得る。

 タイミング的にヴェーナ卿来訪のこのときになった事で、いざとなれば混乱を引き起こすのも容易いかとの目算もあるが、とは言え警備の数だけでもかなりのもので、あくまで今回はイーノスとリカトリジオスの目的を探ることとに集中して、デジモの研究成果はまた後回しでも良いかもしれねぇ。

 

 デジモの館の基本構造は既におおまかに把握している。明日は闘技大会当日で本人は留守。ハシント達は古い物置小屋へと身を潜め、俺やエリクサールは今の内に怪しい場所をさらに調べておく。

 

 計画を再確認してそれぞれに散る。館内部まで入り込むのは難しいが、まずは外から……と、壁へと張り付き登っていくと、上空に大きな影。

 馬鹿でかい鳥か、と思いきや、驚いたことにまたあのドワーフ合金製鎧で空を飛ぶ南方人(ラハイシュ)の男だ。

 なんなんだお前は、なんで俺が行く先々に先回りしたりやってきたりしてんだよ、と心の中で悪態をつく。

 館の外壁、梁の部分にひっつき様子を見ていると、最も高い塔のさらに上へ。何やら塔の屋根、その先端の避雷針みてぇなもんをいじくってる。

 魔力の反応があるから、多分ありゃ何らかの魔法の仕掛けだ。この館の敷地に侵入する際に幾つかの結界、魔力防壁は破ってあるが、あれもまたそう言う何らかの効果を発する為の装置だろう。

 その作業を一通り終えてから、奴は屋根の上で少し休んで居るのか、何かを見ているようだった。

 そしてその背後へ、別の黒ずくめの影が忍び寄る。

 

 その様を、俺は身体を強ばらせながら見る。

 

 “漆黒の竜巻”、ルチア。“砂漠の咆哮”の中で、珍しい人間種の団員。かつてリカトリジオスに村を滅ぼされ、その復讐の為“砂漠の咆哮”へと入団した南方人(ラハイシュ)の女戦士。

 今ではラアルオームの惨劇とも呼ばれる、ラアルオームの“砂漠の咆哮”の野営地、そして俺たちの農場が襲撃、壊滅させられたあの事件以降、その行方は全く知れずに居た。そのルチアが館の屋根の上を素早く密かに動きながら、ドワーフ合金製の空飛ぶ鎧姿の南方人(ラハイシュ)の背後へ忍び寄って……不意打ちを食らわせる。

 応戦するが間に合わず屋根から落下、それをルチアに支えられ捕らわれる南方人(ラハイシュ)の男。

 状況が分からねぇ。あの2人は同郷のハズ。いやそれも同じ加護の入れ墨をしていると言うことから俺がそう判断してるだけだが、多分間違っちゃいねぇ。いやいや、それよりそもそも何故ここにルチアが居るんだ? ルチア……それも間違いじゃねぇだろう。遠目だが俺の猫獣人(バルーティ)の目は暗闇でも見える。いや、色や形がハッキリ分からなくても、匂いや動き……様々な情報が、あの黒ずくめがルチアだと俺に告げている。

 とは言え……確信はねぇ。

 

 黒ずくめは引き上げた南方人(ラハイシュ)の男を担いで、紐のようなものでくくる。ぐったりして意識を失ってるのか、あるいは何らかの魔法、毒……麻痺毒か? とにかく捕らえたそいつを紐でくくって屋根の上を移動し、階下のバルコニーへと降ろす。その後自分もまたそのバルコニーへと飛び降りて、再び南方人(ラハイシュ)の男を担ぎ上げて館の中へ入った。

 

 どこへ運ぶのか。とにかく俺は、慎重にその後をつけることにした。

 

 とりあえずマジュヌーン過去編を少し。間をおいて続きを投稿する予定です。

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