3-262. マジュヌーン(107)黒金の塔 - 東北の塊
闇の森へは陸路で移動する事になる。いつもの“門”が使えりゃ楽なんだが、闇の森近辺にゃちょうど良い使える“門”が無いらしい。
と言ってもレフレクトルから全て陸路ってんでもなく、東カロド河を超えて東北方面へ向かった“巨神の骨”にある洞窟の奥までは“鍵”と“門”を使って移動出来る。これまた簡単な隠れ家として改装されているんだが、まあそこからは徒歩で下山し古い街道沿いに進む。
2日ほどで海岸沿いの漁村に着くと、そこの外れには小汚い酒場兼宿屋。昔はモロシタテムから“巨神の骨”をぐるり回って帝国方面へと行く交易路だったから、一見するとただの田舎町、貧村に見える集落のすぐ近くにも、こういう酒場兼宿屋があるらしい。
ここいらの住人は民族的にはやや東方人寄りのクトリア系で、東方ではあっても東方人系ではない。もっと顔立ちが濃い、前世で言えばインド系からアラブ系な感じだな。
宿屋は建物もやはりクトリア同様の日干しレンガを積み上げ土で固めたタイプ。周辺の樹木の量はクトリアよりは多いが、かといって豊富ってほどでもなく、やはり建材としてもあまり使われて居ない。それよりは燃料と船の材料だ。
酒場の中は漁村で客も多くないかと思ったが、この辺にはちと居ないタイプの奴が居た。ひとりは大柄で肉付きの良い髭の優男で、豪快に食べて豪快に飲んでしゃべって居る。その横にはそれより小柄な痩せた中年男に、やや若く精悍な男。3人とも独特な毛編みの服と帽子姿で、チェニックとかいうオーバーサイズな袖無しシャツが股まで覆ってるタイプの服一枚がほとんどのクトリア近辺じゃ珍しい、やや長めのパンツルックだ。
「クーリー、おめーはそーたごど言ってっから嫁の来てもおらんのだ」
「それは言わねえでぐれって!」
ずい分と訛りの強いクトリア語だが、周りの地元民や客たちともよく馴染んでいる。
「ありゃカーングンスだぜ」
そう言うのは様々な地方の情報に詳しいエリクサール。
今回はエリクサールだけでなく、俺、アルアジル、フォルトナにムスタと、いつもよりは大所帯の移動だが、当然本来の姿じゃ目立ち過ぎるから、エリクサールの幻術にアルアジルによる魔装具、“闇の手”の変装術等で目立たないように偽装してる。特に蜥蜴人のアルアジル、猿獣人のムスタ、ダークエルフのフォルトナは、それぞれ目玉のギョロリとしたトカゲっぽい長身の南方人、同じく毛深くドレッドヘアな巨漢の南方人戦士、そしてウッドエルフの狩人に見えるように偽装してる。俺とエリクサールは種族が変わって見えるほどには偽装してない。エリクサールなんかは知らない奴らからすれば、ちょっと日焼けしたウッドエルフだ。
そのエリクサールに、
「名前はたまに耳にするが、そのカーングンスってのは何なんだ?」
と俺が聞くと、
「東方人大帝国の侵攻について来てた遊牧民族で、とにかく騎射が抜群に上手ぇ連中よ。“滅びの7日間”の混乱でほとんどの東方人の軍勢は逃げてったけど、この辺に残った勢力もいくらか居て、カーングンスもその一つでな。俺らショートカットしたけど、モロシタテムから河を渡ってしばらくした赤壁渓谷とかってところに住み着いてんの」
「山賊みてぇなもんか」
「と、クトリア人は思ってっけど、別に略奪働きなんかはしてねぇよ。羊飼ってて放牧してる、基本は呑気で素朴な連中。変な儀式はすっけどな」
なら、ここに来てんのもそういう産物を取引するためか。
それとなく横目に見ると、連中の服装には少しばかり見覚えがある。そう言えばアルゴードの渡し場で“黄金頭”アウレウムの奴らに捕らわれていた子供の何人かが似たような服を着ていた。アルゴードの魔力汚染と崩壊の後にどうなったかは分からねぇが、もしあいつらもカーングンスだったとしたら、かなり手広く様々なところから奴隷を攫って来ていたようだ。
一晩泊まって翌朝早くに宿を出て、再び街道沿いにさらに北上。
季節としちゃあすでに秋の入り口。それにこの辺りになるとクトリアの熱気とは異なり、夏場も昼間でもそこそこ活動出来る気温だそうだ。緯度としてはまだそんなに大きくは変わらないが、巨大山脈に囲まれたクトリアとは熱気の籠もり方が違う。
数日かけ、幾つかの町や村を通過すると、山脈を南にして北方へ目を向ければ広大で黒々と木々の生い茂る森林地帯。
これだけの樹木を見るのは、猿獣人の王国アールマール以来だろう。
「さて、今晩は手頃な場所に簡単な野営地を作りましょう。明日から中へと向かいます」
そう言ってほぼ残骸みたいな古い砦の跡地へ。つい最近まで別の何者かが野営をしてたような形跡がある。
聖光教会の“闇の主”討伐戦以降の混乱、破壊の跡残る闇の森に、“残り物”目当てに入り込むゴミ拾い連中は少なくはないらしい。
ま、俺たちもその同類なのには違いねぇけどな。
▽ ▲ ▽
「基本的な目的地は“黒金の塔”ですが、いくら聖光教会との戦いの後とは言え、正面から入るのはまず無理でしょう。ですので裏口を探したいと思います」
今後の計画方針として、焚き火を囲みつつアルアジルがそう言う。
「ですので……そうですね、まずは私とムスタとでひとまず“黒金の塔”の正面から様子を見てきますが、その間主どのとお2人には別任務をお願いします」
「えぇ~? 別れちゃうの、危険じゃねぇ?」
炙った干し肉を齧りながらエリクサールがそう言うと、
「皆さんの実力からすれば危険はありますまい。それよりはあまり多人数での行動が多いと、闇の森ダークエルフレンジャーに気取られて面倒になるやもしれません。ダークエルフは三美神の下僕ですからね」
下僕と言われちゃダークエルフのフォルトナとしちゃ良い気分じゃねぇんじゃねぇのか、と思うが全くそんなこともないような顔で、
「然り。愚かしく古臭い因習ですな」
とか言ってやがる。ダークエルフ社会的には反逆児、エリクサールともそこは同じか。
「“黒金の塔”にはまだ守護者が居るのか?」
そう聞くのはムスタだが、
「恐らくは。その辺りも確かめておかねばなりませんしね。それに、弟子達に魔術師協会の者達……近場にも面倒な者達は居ますし」
「ハッ! 片っ端から叩きのめしてやれば良い!」
アルアジルの言葉をそう笑い飛ばすムスタだが……。
「うへ、出たよ脳筋」
「密やかなる死の芸術にはほど遠いい、下品で猥雑な振る舞いですな」
と全不評。
「ふん! 臆病者どもめ!」
鼻息荒くするムスタだが、
「どっちにせよ、俺らがココに居ることはなるべく知られない方が良いんだろ? 例のダークエルフレンジャーとかだけでなく、色々とよ」
と、俺が念押しすると、
「はい、極力は」
とアルアジル。
ムスタはつまらなさそうに首を掻くが、まあこりゃ仕方ない。
その他、諸々細かい打ち合わせをしながら、簡単な保存食やらを温めて食い一晩休み、翌朝早くから“闇の森”へと侵入する。
▽ ▲ △
「うっへぇ~、こりゃすげぇな」
と、呑気に騒ぐのはエリクサール。
場所は“闇の森”の中のだだっ広い空き地。聖光教会の討伐戦で野営陣地が築かれ、その後闇の主の儀式魔法により破壊された場所だ。
あたり一面焼け野原。クレーターのような穴ぼこがいくつか空き、また焼けた地面に木々の燃えかす、さらにはまだ幾らかは残されている壊れて打ち捨てられた野営天幕、柵、或いは僅かではあるが様々な日用品やら武器防具類が散乱もしている。
「こんなとてつもない魔法じゃあ、さすがの“災厄の美妃”でも防ぎきれねぇだろうな」
見回しながらそうボヤくと、
「発動させられる前に破壊すれば良いのですよ、主どの」
と、フォルトナ。
「そりゃ理屈じゃそうだろうがよ」
相手の得意技、必殺技を出させる前に叩け、なんてな、まー対戦ゲームでも実際の喧嘩でもそりゃ常套手段だ。だがこんな糞みてぇな破壊力の儀式魔法? とかってのを、どう言うタイミングでどうやって“破壊”するのか。言うのは簡単だろうが、いざとなったときに出来るかなんざ分かりゃしねぇ。
「ま、その為の隠密術に幻惑術だぜ~」
エリクサールのそれは、つまり「デカい魔術を発動させる前に、コッソリ近付いてひっそりとやる」ってな話。そりゃ理想だがな。
俺たちがこの野営陣地跡に来たのは、まあここを捜索を開始する起点とする為。連合軍もここを中心にして細かく探索し、どこからか“黒金の塔”へと侵入する裏口を探していたはずなので、その辺も考慮するからだとか。
で、まあ出来ればこの近辺に俺たち用の野営地、ベースキャンプを設営したい……てな事だが、こりゃあんま快適とは言えねぇな。
「しばらく前に戦闘があったようですな」
何やら辺りを睨むように視線をぐるり回してそうフォルトナが言うが、
「そりゃー見たまんまじゃねーのよ?」
とエリクサール。俺も同感のその返しに、
「討伐軍のことではない。その後……ダークエルフと何者かとの間に、小規模な衝突があったようだ……と言う話だ」
と、眉根をさらにしかめてフォルトナが言う。
「ダークエルフ……て、レンジャーか?」
アルアジルが妙に警戒していた闇の森ダークエルフレンジャーは、軍というものを持たない闇の森ダークエルフ達の中の肉体派エリート集団。もちろん生まれつきの身体能力では猫獣人はおろか帝国兵の平均にも敵わないから、魔力循環による身体強化や魔術を併用した戦術も含めて、だそうだ。
「いえ、もう少し規模の大きな集団戦……とは言え、そうですね、恐らくは数百人程度の衝突でしょうが……ふむ」
と、少し考えこむ。
「何が気になる?」
「気になる……と言うか、なんというかこう……とても“人間くさい”ので」
「人間くさい?」
言われて、つい鼻をひくつかせてしまうがもちろんそっちの意味じゃない。
「火山島のダークエルフはまた少し違いますが、闇の森のダークエルフはあくまで森の中で戦うものです。わざわざこんな開けた場所で隊列を組んで戦うという人間のような戦い方は本来しません。ならば敵が人間で、この場所に陣を構えて動かないが為やむを得ずか……と言いますと、それも些か考えにくい。この開けた場所を全てを結界で囲い込んだ後に【獄炎】で周りから火を放ち陣ごと焼き払うなり、同じく【毒霧】で駆除するでも、いくらでもやりようはあります」
なんともえげつない話をしているが、とにかく何らかの理由で、あえて人間臭い、自分たちにとって不利な場所、不得意なやり方でダークエルフ達が戦った……ということのようだ。
「んで、何か気になンのかー、それ?」
フォルトナとは真逆に、まるで興味なさげにそう言うエリクサールは、すでに飽きてるのか手頃な木の枝で落ちてる鎧の破片を突っついたり転がしたりして遊んでいる。
言われてフォルトナもやや眉根をしかめ、
「まあ……たから特にどう……と言う事もないのですが……」
と口ごもる。
「ただまぁ……あまり美しくないな……と、言うだけ……ですかね」
と、そうやや尻つぼみ気味に言う。自分自身あまり納得もしていないかの口調だ。
「気になるんだったらついでに調べてみりゃ良い。まあアルアジルの言うように、『闇の森ダークエルフ、ダークエルフレンジャーに見つからない範囲で』ってことだがよ」
言いながら、俺もまたエリクサールのようにそこらの残骸や穴ぼこやらを山刀でつついて“調べもの”っぽい事を続けるが、もちろんそれで何が分かるってなこともありゃしねぇのは分かりきってる。
が。
そのさなか、突然“災厄の美妃”が何かへと反応する。
右手の山刀を捨てると、即座に湧き上がる悪寒と吐き気が心臓を突き破って歪な黒い塊となり現れる。久しぶりに結構な気持ち悪さだ。この“災厄の美妃”が現れるときの悪寒は、おおよそだが反応した魔力の量や危険度に比例する。つまり気分が悪くなればなるほど“ヤバい”相手だ、ってことになる……と、その、ハズだった。
だが、俺の右手に馴染むように収まった“災厄の美妃”はぶんと空回りして空を切る。もちろんその空間には何もなく、辺りも相変わらずスカッと開けた秋晴れの空の下の、寒々しくも現実味のない焼け焦げた戦場の跡。
「なんだぁ、おい?」
「いかが致しました!?」
エリクサールとフォルトナがそれぞれ離れた位置から反応するが、どうしたもんか、俺自身よく分からねぇ。
「いや…、何かに反応したような気がするンだが……気のせいか……?」
ちょうどさっきのフォルトナじゃあねぇが、なんとも腑に落ちない妙な感覚。
「───どうも、ここは“良くない”場所ですな。得られるものも少なそうですし、もう少し離れた場所へ移動しましょう」
フォルトナのその言葉に、やはり曖昧に頷きながら、俺は右手の肘を掻きながら移動をした。
△ ▼ △
メインの野営地跡からやや離れた場所に、やはり同様のさほど広くない小規模な野営地跡がある。こちらは先ほどの討伐連合軍の合同野営地より狭く、けれども俺たち5人で野営をするには十分な広さだ。破壊の跡は特にになく、離れた位置だった事からか幸運にも儀式魔法による隕石群はここにには落下してこなかったようだ。
「従軍した小規模な傭兵団か何かの野営地でしょうかね。実にちょうど良い」
「とりあえずここをベースにして探索、ってことで良いんだな?」
「はい、それが最も良いでしょう」
「言われてた程には魔獣も塔の守護者も多くないな」
「その方が良いぜ。ってーか、俺は直接は戦わないかんなー」
「ああ、好きなだけ益体もない幻を撒き散らしておれ」
「あ! 不死者の軍勢!?」
「んむ!?」
「何ですと!?」
「うぇ~い、馬鹿が見る~!」
「貴様このっ……!」
全くくだらねぇやりとりだが、
「……おい、コイツどーすんだよ?」
と、俺が呆れて指し示す先には帝国兵装備一式の動く死体が隊列を組み並んで居る。
ムスタとフォルトナがそれぞれ巨大な鉄槌と山刀を振り回し、巻き添え食らわないよう慌てて後ずさるエリクサール。
だが当然それらは現実ではなく作られた幻で、エリクサールと同じ姿勢で後ずさる。
「やめれよ~、“益体もない”幻をいじめるのは~」
言いつつ帝国兵装備一式の動く死体は、やはりエリクサールと同じ振り付けで揃って踊る。
「……貴様、いい加減に……っ!」
「いい加減しとけ、アホ」
スリラーダンスの動く死体部隊に“災厄の美妃”を一振りして“喰わせ”てやると、再びしんと静まり返る野営地。
マジでコイツら、全員仲悪すぎるぜ。
「───さて、大まかな位置関係などは事前に調べて目星をつけておきます。恐らくいくつかの地下道などから、内部へと侵入出来る通路があるハズです。もちろん、侵入口自体には幾重かの魔法の鍵や結界などがあるでしょうから、まずは別れて入り口を見つけて、ある程度調べて可能性の高そうな場所を絞り込み、さらに奥へは全員で進みます」
唯一マトモに計画を立ててるアルアジルへ軽く同意の頷きを返す。
細かい計画は明日に回し、ひとまずは交代で番をしつつ、今日はそれぞれに飯を食ってテントで休む。
俺はというと、虫にでも刺されたのか、右肘の内側が妙に痒く、なかなか寝付けずにいた。




