3-244. J.B.(139)Radio GaGa(ラジオ・ガ・ガ)
『───さて、二つ目の鐘も鳴りました午前中、皆様いかがお過ごしでしょうか。本日もまた予報ではかなりの気温になるとのこと。早め早めの熱中症予防、水分を十分にとり、昼には無理せず休息をしましょう。
本日のメニュー、まずは市場情報に事件、ニュースと議会からのお知らせ。その後音楽の時間の後には、お馴染みアドリアーノの時事漫談コーナー。昼過ぎには朗読劇の第三回。6の鐘を過ぎた辺りには本日のニュースまとめとなります……』
端末から聞こえてくるのは1人の男の声。誰かと言えばルーズその人で、何かと言えばクトリア共和国公共放送。言うなれば、ラジオ・クトリアだ。
不在のままのレイフは次々とデュアン、エヴリンドら宛てに指示書と法案などなどをバンバン送って来ていて、議会で承認され実行されるものもあれば、ミッチの印刷事業のようにひとまずはレイフの持ち出し、私費による事業として進められるものもある。
ラジオ・クトリアは最初レイフの私費事業として始め、その後議会の承認でクトリア共和国公共放送となる……予定のもの。
光属性と闇属性と言う稀な魔力適性があったルーズだが、適性はあっても魔力そのものはいまいちで、さらには理屈馬鹿なわりに魔術理論には向いてない。魔術の訓練自体はほそぼそ続けているものの、本人の気質性格的にも魔術を専門とするのはあまり得策でもなく、ならば別の本人の特性、特技をそこに生かせないか、と言う事も含めて、クトリア全土に出来る音声による公共放送を始めた。
持ち運び出来る小型の端末も作られてるが、数も少なく高価でまだ量産には程遠いが、それとは別に各居留地に建てられている魔力中継点が、この放送の受信端末にもなっている。
一日中フルタイム放送はまだまだだが、定期的に一定時間、情報発信に音楽、娯楽、教養番組等々を提供している。だが、一番の目的は素早い情報伝達にあり、それこそ例えばレフレクトル野営地でリカトリジオス軍の動向が観測されたら、そこから即座に市街地の放送局へと伝達され、それらが各居留地へと伝わる。もちろんそのまま“放送”に乗せるかは内容、状況次第だが、何にせよクトリア全土をカバーする情報ネットワークを整備出来たのはかなりの事だ。
何より、“放送”と言うかたちでオープンな情報伝達と言う発想が、この世界この時代にはなかなか有り得ない。本来“情報”なんてのは、お偉いさんが独占するようなモンだからな。
「ルーズの奴、なかなかこなれてきたじゃないか」
午前中のまだやや暑さの少ない時間の遺跡調査団本部中庭で、テーブルに置かれたラジカセ大の放送端末からのしゃべりを聞きつつそう言うのはイベンダー。
「おしゃべりだっつうのは知ってたけど、それで仕事ンなるとはねぇー」
ざくろの実をほじくり返して食べつつアダンがそう言うと、
「おかげで俺らの仕事分担が増えちまったぜ」
と愚痴るのは『ブルの驚嘆すべき秘法店』のシモン。
「その割にゃ暇そうにコッチ来てサボってんじゃねぇのよ?」
「ばっ……こりゃおめー、軽い休息だよ、軽い……!」
少し前までは同じ店の下働きとして一緒にしごかれていたシモンとしては、急な変化についていけない。
「まあ、何にせよこりゃ良いアイデアだ。対リカトリジオスの情報戦、てなだけでなく、クトリアのあらゆる層に対して、“情報に接する”事に慣れさせるってのもデカい。例の懸賞付き絵本とかと同じく、クトリア庶民のボトムアップにはうってつけだな」
教養コーナーの中にはクイズ番組的な企画もあって、そこでまた人材を見いだす、てなのもやるらしい。
また、日替わりで各居留地からの情報を発信したり紹介をするコーナーもある。これにより、それぞれの居留地のことをお互いに知り、「クトリア共和国と言う一つの国」と言う意識も強まってくる。市街地の連中に限らず、交易商や狩人なんかを除く、郊外へと出る、居留地間を移動する事のないほとんどのクトリア人は、実際のとこ隣の居留地のことすらも何も知らない。俺にしたって市街地と地下遺跡の往復ばかりしてた頃には、すぐ隣の東地区のこともマトモにゃ知らなかったしな。
「因みに俺は明日、赤壁渓谷での採掘事業の宣伝をしに行くぞ」
「うぉっ!? 何だよオッサン、あれに出るんかよ!?」
「え、じゃあ、アドリアーノに会える?」
「オ、オサッン、オッサンがどうしてもっつーんなら、俺が付き添ってやっても良いんだぜ?」
駄洒落と毒舌が売りの漫談師アドリアーノは特に子供に人気だ。なので、クロエの上の娘エディスやら、孤児上がりで見習いのクレトにメズーラ達がわわっと寄って来る。
「さて、どうかな。曜日的には……ふぅむ、どっちだったか……?」
オッサンはと言うと、とぼけてもったいぶっているというよりかは、普通に忘れているっぽい。ソツなく記憶力も良いオッサンだが、所々こう、「自分の興味ないこと」に対してはかなり雑な面もあるんだよな。
そんなしょうもない話でやいやい言ってる昼前の遺跡調査団本部の中庭、いつものテラスに、本部付き警備兵のマルメルスがやってくる。
「旦那方! ちょいと……客人だぜ」
誰かと聞くと、初めての来訪者で王国からのお偉方っぽい……とのあやふやな話。
「おぉー? 何だ~? 俺の武名を聞いてファンがやってきたのか~?」
「一番無いわ」
アダンのアホ発言はさておいて、けれどもそれにはマルメルスから、
「いや、JBとイベンダーの旦那2人だけ……なんだよ、ご指名は。特に、イベンダーの旦那とは以前会談もしてるとかなんとかで……」
と補足。
お偉方で、イベンダーとは会ってる……となると、疾風戦団絡みか? と思うが、そうじゃあ無かった。
「やあ、これはこれは、ご機嫌よう!」
ロビー脇の応接間に居たのは赤い鮮やかな服に、同じく赤い派手な帽子の優男。俺も確かに見覚えはあるが、ちゃんと話したことはない。だがイベンダーはレイフと共にがっつりと話しても居るはずだ。何せ例の王国からの外交特使団の1人、精霊官のアスタス・クロッソだからだ。
「ほほう、こりゃまた珍しいお客さんだ。確か同盟締結の会談はとっくに終わっとるハズ。しかも、何故またこんなところに?」
にこやかに笑いかけつつも、その本心を探るようなオッサン。
俺はというと、王の守護者本部で偶然かち合った一回しか会ったことはないし、そのときのおどけつつも毒っ気のある舌鋒には文字通り舌を巻いたが、とは言えそれ以上の情報もない相手。
赤壁渓谷での採掘事業にかかりっきりだったイベンダーも、本式の会談の前の会食では顔合わせしていたらしいが、それ以降は特に接触もないという。
「まあ、ご挨拶に伺っただけだよ。特使団は帰国してるけど、僕は精霊官としての仕事があってちょっとばかし居残りだったものでね」
相変わらずのお調子者っぽい軽い口調。
「レイフ嬢の方はあいにく不在だと言うからね。名誉顧問のイベンダー殿とも軽く世間話でもしておこうかと」
口調だけでなく態度に仕草もお軽いが……うーむ、この感じ、ちょっとアイツと似てるな。
誰かと言えば、プント・アテジオにて成り行きで共闘する事になった疾風戦団の重装魔法剣士、ラシードにだ。
つまり、傍目には軽薄そうに見えて、腹の底は決して他者に見せず煙に巻く……そんな奴の匂い。
その腹の底が見えない精霊官アスタス・クロッソが、俺とイベンダーにただ挨拶をする為にわざわざ来たのかとも訝しむが、やはり優男然とした穏やかな笑みからその真意は伺えない。
「名誉顧問のイベンダー殿は、採掘事業の方を進められてるとか。どうです? 実際のところ」
「うむ、まあな。まだ詳しくは言えないが、なかなか期待は出来るだろう」
「カーングンス達との関係も良好なようで、運搬から製産までの流れも出来ているとか」
「その辺はテレンスからも聞いているんじゃないのか? あいつには王国内との取引先を探すのも頼んでいるからな」
精霊官のアスタスと違い、文官方とはいえ軍務についてるテレンスにはそう言う伝手もある。どれほどの採掘量になるかは分からないが、クトリア同様未だ戦乱の危機がある王国でも、武器防具、鉄器鉱石の需要はあるし、それらとは別にガラス器の製産が軌道に乗れば、やはりその需要はクトリア国内よりは王国でのものが大きいだろう。
だからテレンスがオッサンとその手の話をするのは分かる。だが精霊官のアスタスがそんな話をするのは……ちとよく分からない。
その後もここ最近のクトリア事情の四方山話を適当にして半刻程度。
他にもイベンダーの新たな魔導具の話や、俺の“シジュメルの翼”のことやら、なんだかとりとめないぼんやりした話に終始する。
それなりに長く話していたと思うが、後になって何を話していたのかよく思い出せないくらいに、だ。
やはり帰り際も軽い調子のアスタスを見送りつう、俺もオッサンも何やらはっきりしない、もやついた気分になる。
「ンッフッフ~」
その俺たちの後ろから、なんとも薄気味悪い含み笑いが聞こえてくる。
「……なんだよ、気味悪ィなぁ」
「あ~? 気味悪ィとは何事よー、ちりちりもんがー!」
半透明の蝶みたいな羽根でふわふわと俺たちの頭のちょい上辺りを漂っている、ガンボンのでかい面くらいの大きさのそいつは、もちろんピクシーのピート。
拠点を地上に移し、遺跡調査団として再編されて以降も、基本的にこの本部に居座ってマルクレイとイベンダーのオッサン二人で作ったピクシーサイズの家に住み着きつつうろちょろしている。
魔法薬作りの専門家が居なくなったこともあって、ピートの妖精の粉の利用価値はある意味高まっている。理由は単品での回復高効果だけでなく、錬金魔法薬の素材としての妖精の粉は、特に補助、回復薬系魔法薬の効果を数段上げてくれるからだ。それ一つで味のランクがグッと上がる特上のスパイスみてーなもんだな。
そのピートが、何を考えているのか分からない薄ら笑いを浮かべながらニヤニヤへらへら。
元からアホだったが、さらにアホになったかのようだ。
「何だ? あの精霊官に興味でもあるのか?」
イベンダーのオッサンがそう聞くと、ピートは両手で口を抑えるポーズをしてから、
「んっふふー、んーんふんふ、んふふふんふ!」
「いや、何言ってんだよ?」
「んふー! ヒゲちょろやチリぽんには話せない、トクメーニンムなのよ? トクメーだから、すごうでピートちゃんとしてもイカントモシガタシだからね?」
やはり意味不明な事をまくし立てるピートに、俺とイベンダーのオッサンは顔を見合わせ首を傾げる。
「んふふ~、まあまあ、今はそうやっておまぬけさらしてるとよいわ~。でもピートちゃんはそんなおまぬけチリぽんやヒゲちょろのことも、なまらあたかいジアイのキモチで見守ってあげてるのよ~」
「おぉ、そう言や昼飯まだだったな」
「あ~、アスタスと話してる最中に軽く果物とか摘まんでるだけだったしな」
とりあえず、2人揃って食堂の方へと移動する事にした。
□ ■ □
賄い方として働いていたクロエは、ここんとこは休みがちでいる。理由は産休、つまりはオメデタだ。出産はまだまだ先の話になるが、父親となるマルメルスがやたらと心配し、出来るだけ重労働はさせないでくれとやんやうるさく、まあ実際新しく雇った連中も居るから無理に賄い方を続ける必要もない。
それに暫く働いて貰って分かったことだが、クロエは何気に多才で、読み書き計算も一通り出来るし、勘働きもなかなか鋭い。その上結構体格も良く体力もあるし、鍛冶師だった前の夫の助手もしてたこともあり腕力もある。子育て中でなければ探索者にスカウトしてたかもしれないくらいだ。もしかしたら、徒手格闘ならマルメルスより強いかもしれねぇ。
そんな事もあって、今は基本的には事務仕事を中心にしつつ、半ばマーランの助手のような役割をしてもらっている。体力面では頼りないマーランには、かなり相性の良い助手だろう。
そのクロエが抜けた賄い方をやっているのは、ボバーシオ方面からの避難民だったヒヌ・デ・ガドと言う南方人の中年男なんだが、料理の腕の方は……まあ、いまいち。いや、悪いワケじゃあない。悪くはないが……良くもない。
なんでも昔はシーリオの酒場で料理人をやっていたとかで、しかもそこは“砂漠の咆哮”の定宿の一つ。荒くれ獣人戦士たち相手に雑だが豪快な料理を作っていたのでボリュームはけっこうあるんだが……やっぱり雑だし味付けのバリエーションも少ない。
「いかんな」
「だな」
俺とイベンダーのオッサンの結論としては、「俺たちは無駄に舌が肥えすぎた」と言うこと。
マヌサアルバ会はもとより、アティックもそうだ。ついでにガンボンの奴も、ああ見えてなかなか繊細で細やかな料理を作ってたりしてたから、とにかくこのクトリア共和国ではハイレベルな料理を食いすぎてしまって居る。
なのでまあ、あんまりヒヌの飯に文句言うのもなんだなぁー、とは思ってはいるが、ちぃとばかし不満が出るのも仕方ない。
他の連中とはやや時間もズレて、食堂に人影はまばら。
イベンダーのオッサンは明日のクトリア共和国公共放送の仕事があるから今日は他に差し迫った仕事はなく、あとでマルクレイの工房に顔出しをするくらい。
俺はというと、ここんところ遺跡調査団の仕事はほぼキャンセルで、デュアン経由でのメッセンジャーばかりやっている。
レイフはまあ、クトリアを離れてからの方が働いてんじゃねぇか、ってなくらいに頻繁に指示や提案、議会への法案なんかを送って来てて、その中の各居留地宛のものを俺が文字通りに「飛んで」配達している。
この連絡も、例の手紙鳩で送って来てるのかってーとそればっかりでもない。と言うか基本的にあれは宛先の人物の魔力の込めた羊皮紙で作られた術具が必要なので、そのストックが無くなると緊急時の連絡手段も無くなる。なので、最初のを除けばふつうの手紙なんだが、にしても安定した手紙の配達人が確保出来てなきゃそれも出来ない。どういう伝手かは分からないが、何にせよ今のところそういう確実な手紙配達人はキチンと確保してるようだ。
一応は王権の代理人、クトリア共和国議会の議長ってな立場で長期不在ってのはあんまよろしくはないンだろーが、その辺もきっちり指示だししてて、議長不在時の議会運営をどうするかも整ってる。基本は持ち回りだ。上院なんか議会っつったって結局今は三人しかいない。単に三大ファミリーの代表者会議でしかねぇんで、その辺は楽っちゃ楽。
システムとしてもだんだんこなれてきて、下院で審議された法案を上院で再審議して正式に可決するか廃案にするか差し戻すか、という流れも機能してる。
上院自体はそんなに仕事してないが、その分下院が大忙しだ。こうまで忙しくなるとは思って無かっただろう『牛追い酒場』の“ビッグママ”メアリー・シャロンなんかは、もうすでにまともに審議すらしていないらしい。よっぽど自分の利益損得に関係ありそうな法案以外は、ほぼスルーして賛成してるとか。
ただ、レイフとしちゃどうもこのやり方が肌にあってるというか、直接のやりとりはデュアンにほぼ任せて、あくまで提案、法案作りに徹する……てのがうまく行ってるらしい。要は、元々アイツは計画立案と交渉の両方をやる、ってなタイプじゃあねぇって事だな。つまり、政治家向きのタイプじゃねぇ。まあ、分かるけどな。
今は市街地や貴族街との交渉は主にデュアン、郊外の居留地とは俺とイベンダーのオッサンが主にやっている。郊外でも特にボーマ城塞や東地区、モロシタテムは俺の担当で、グッドコーヴやカーングンス、さらにはその東の村々との交渉なんかはオッサンが担当する流れにはなってるが、あんまり知り合い身内でばかり回してんのも後々に良くないので、何人か交渉担当になれそうな奴らも雇って随伴させたりもしてる。
イベンダーのオッサンの方はと言うと、交渉よりも比重が増えてんのがやはり魔導技師としての仕事。
ルチアの新装備にも関わってるし、イスマエルがグッドコーヴで造船所を再開してからは、魔導船作りにも関わってる。もちろん黒鶴嘴ドワーフ団の採掘事業もだし、各地の防衛設備も補強してる。
カーングンスでの採掘は黒鶴橋ドワーフ団の一部や、希望する難民、職人、貧民等々を連れて行って様々な作業に当ててるから、そんなにオッサンの労力は割かれない。
ルチアなんかの新装備も中心はマルクレイだし、東地区の魔獣鍛冶師とも協力してるから、こちらもやはり大きな労力でもない。
大きいのは魔導船作りと防衛設備。
魔導船作りでは、イスマエルたち船大工はあくまで船本体を作れるだけで、魔導船の魔術的機関部分が作れるワケじゃない。そしてそこを作れる人材ってのがまぁ少ない。
今はアルヴァーロ・ヴォルタスが助手として手伝っているが、基本はイベンダーのオッサン頼み。ここにも新たな人材が欲しいところだが、さすがに魔導技師になるには読み書き計算が出来れば良いってもんじゃあない。
イスマエルにはいつの間にやら元木こりのブレソルが弟子入りしていたり、ボバーシオから来た連中も働いてて人材不足って事もないが、こっちは中々難しい。
少なくとも、基礎的な魔導技師の勉強も出来てない素人から育成するとなると、例え素質才能があっても数年はかかるらしいからな。
それら含めて、魔法関連の諸々の事を専門にする部署として魔導省も設立された。とは言えまだ器だけ。魔法、魔術、魔鍛冶、魔導技師等々、とにかく魔法に関するシンクタンク兼様々な問題を取り扱う機関にするらしいが、ここクトリアでそれをやるにはやや厄介な反発もある。言うまでもなく、長い間の邪術士支配の記憶から、魔法、魔術の使い手集団が“上”に立つ事への不信感、恐怖感、警戒心だ。
レイフ1人が王権の代理人となる、てだけならまだそうでもなかったが、集団となってくると受け取り方も変わる。
この辺ばかしは理屈じゃあねぇから、簡単にはなんとも出来ない。
何せ、光魔法と治癒術の使い手である“黎明の使徒”ですら、受け入れられるのにはかなりかかってる。
まあとにかく、レイフ不在のままながらも、クトリア共和国の方は様々な変化発展を続けてはいる。
□ ■ □
昼は特に仕事も用事もなけりゃ、量だけは多く単調だが雑で濃いめの味付けの食堂の料理で腹を満たし、それからまた中庭テラスでのんびり。
今日はたまの隙間時間で、まだ午後の見回りに行かない新入り含めた調査団面子もだらだらしてる。
メズーラやエディス他、ガキどもも走り回ったりゲームをしたり。
ゲームってのもまた、レイフの奴が送って来て、ミッチを仲介にして職人に作らせている新作で、例の絵本企画同様にクトリア庶民のボトムアップ狙いってのもあるっぽい。ただ俺もやってみた感じ、こりゃちっと必要とされる基礎的な水準が高過ぎだ。まず計算がちゃんと出来なきゃなんねぇし、その計算から戦略駆け引きまで繋げてかなきゃなんねぇ。
もうちっとシンプルな所から始めた方が良かったんじゃねぇかな。あれ、なんだったか……白と黒のコマを使って、挟んでひっくり返すやつとかよ。そうそう、リバーシだ。あと文字や言葉を覚えさせたいなら何たってスクラブルだな。……いっちょ、俺が仕掛けてみるか?
ここのガキどもは、孤児連中にもジャンヌの教えがあるし、またエディス含めた下働き連中のガキなんかも、クトリア一般レベルからすりゃなかなか出来る奴らだ。学び、教育の重要性ってのを前世の経験含めて色々身に染みてる俺としちゃ、レイフの考え方自体にゃ賛成だが、なんだかんだ言ってここの連中とか基準で考えすぎてるようにも思えるな。
良くも悪くも、アイツは育ちが良すぎるぜ。
「おーい、JB、客だぞー」
ってなのは今回はアダンだ。アスタスの妙な訪問からは結構経ってるが、その間にも色々と来訪者が少なくなかった。
こりゃ、「穴蔵ネズミ」と呼ばれながら地下で探索してた頃からは考えられねー状況だぜ。
で、今回は誰かとロビーへと向かうと、まず目に付いたのは長身の南方人の女、ルチアだ。
「おお! その装備、完成したのか!」
マルクレイ、イベンダーのオッサンに東地区の魔獣鍛冶師らが組んで作り上げた特注品、“漆黒の竜巻”専用の革鎧だ。
闘技場での装束に似てはいるが、ショーの為の露出が多いそれではなく、軽量ではあるが必要十分なだけはカバーされ、また胸、肩、兜などにはさらに丈夫な魔獣素材も使われている。
特に兜は、顔の半分は覆うハーフヘルムだが、黒光りする滑らかな表面に飾りの少ないスマートなフォルム。一見すると鳥のくちばしのようなそれは、色違いの“シジュメルの翼”のようでもある。
「イベンダー達には随分と世話になった」
防御含めて付与効果も様々あると言うが、この特注品の最大の効果は、元々無理をして短期間で入れた加護の入れ墨に、さらに身体も含めて長年酷使し続けた事で衰え、また戦えなくなっていたルチアを、まともに立ち、動き、戦えるようにする事にある。
言っちまえばこの鎧が無ければルチアは戦えないワケで、ならばもう第一線は退くべき……てのもまあ正しい。だが、そんな正論で納得し、大人しく引退するようなタマかってーとそんなワケもない以上、出来るだけ万全な装備を……てなる。
「まあ、確かによく出来てる……な!」
低く構え両手を床について下から跳ね上げるような右の蹴りを軽いスウェーでかわされ、そのまま左足で身体を支えていた手と左足を刈られる。勢い良く反転するまま腹ばいの姿勢になり左足で逆にルチアの脚を刈るが、それもまた後ろに跳ねるようにかわされる。
だが狙いはその着地。
さらに半回転で正面を向いた俺はその勢いのまま脚を回転させての胴狙いの回転蹴り。
今度こそはと当たったものの、腕の篭手で手堅くガードされる。
「うへ、素早いし硬ぇぜ」
立ち上がって向き合う俺とルチア。
「確かに、オッサンもマルクレイも良い仕事したな」
動きの補正も、入れ墨魔法の循環の補正も、防具としての強度も不足無さそうな出来だ。
「で、そいつの御披露目の為だけに来た……ってワケじゃねぇよな?」
イベンダーのオッサンはまたカーングンス野営地の採掘の方へ出向いてる。マルクレイは向かいのブルの店の作業場で、魔獣鍛冶師はとっくに東地区へと戻ってる。
「ああ。伝令が来た」
促されて顔を見せるのは、これまたしばらくぶりの猫獣人戦士、ひょろぶちのスナフスリー。
「やあ」
と、相変わらずのひょうひょうとした態度だが、
「……かなりのもんだな」
トボけた表情とは裏腹に、疲労に全身の傷、返り血も含めての汚れた装備に毛皮。
「まあ、ね」
指先で軽く掻く額の乾いた血。それが床にポロリと零れる。
「ボバーシオ……の、件だよな?」
「うん、まあ」
以前、魔導船造りの出来る船大工、イスマエルを探しに行った際の同行者で、同じくチームを組んだ元王国兵の弓士ボーノと共にボバーシオ防衛の為に残ったスナフスリーがここに戻って来ているのは、当然ボバーシオでの事が理由だろう。
「そろそろ、ね。ボバーシオ、落ちるから、レイフとの約束で」
「約束?」
スナフスリーはボバーシオに行ったきりで、少なくともレイフが居た時期には戻っては来てない。いや、もしかしたら俺がプント・アテジオに行っていた時期に戻って来てたのかもしれないが……。
「ボバーシオからの市民の脱出……その支援の、ね」
こりゃまた……スケールのでかい話が来たもんだ。
ひとまずここまで。




