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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第一章 今週、気付いたこと。あのね、異世界転生とかよく言うけどさ。そんーなに楽でもねぇし!? そんなに都合良く無敵モードとかならねえから!?
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1-39.ケルアディード郷ダークエルフ、レイフィアス・ケラー


 憂鬱だ。

 いや、まあ、そう断じてしまうのも何だけれども、事実として憂鬱な案件が一つ残っているのは確かなのだ。

 

 あのユリウス率いるゴブリン達との戦闘から二週間ほど。

 例年よりずいぶん遅蒔きながらも収穫祭が行われた。

 改めて送られた使節団は、まだ怪我の治りきっていないマノン叔母ではなく別の者を団長に立ててモンティラーダ郷へ。贈り物に関しても事情が事情なので、一部は後程改めて、ということで話は付いた。

 ガンボンも結局はのんびりと療養し、ついでながらも贈り物になるはずだった仔地豚のタカギも、ガンボンと一緒になってまったりしてる。

 

 ゴブリン達の処遇についても氏族長会議で一悶着あったようだが、概ねこちらの計画に添う事になった。

 ダークエルフがゴブリン達を“教育”する、という試み。

 これにどれだけの意味があるのか?

 そう問われれば、正直明確な答えを返せるとも言えない。

 ひとつ───ひとつ言える理由はというと、意地、だ。

 僕はユリウスに、「他者を襲い奪う道ではない、別の道をゴブリン達に示せたはずだ」と、そんなことを言って、「糾弾」した。

 そう、アレは糾弾だし、断罪だ。

 そんな権利など僕にありはしないのに───だ。

 だからこの足のことはその罰だと思う。思い上がった断罪を口にした罰。そう思うようにしている。

 と同時に、ユリウスに出来なかったそれを、身の程知らずの大言壮語とならないように実現してみせたいという思いもある。

 略奪と襲撃ではなく、平和的で文化的なゴブリンの群れ、社会を作り出すことが出来るかどうか───。

 さて、どうなるものなのか。

 

 窓の外からは音楽と賑わい。

 お祭り日ばかりは、我等ダークエルフ郷ですら、あたかもウッドエルフ達のように陽気に笑いさざめく。僕はそれを一人窓から眺めている。

 

 祭りの喧噪は元から苦手だ。

 人が多く居れば居るほど、なんというかある種の孤独感が増してくる。

 僕はそこに居る人たちとは違うのだ、という思いが、より強く感じられてしまう。

 これには、勿論自分が一度死んで別世界での前世の記憶を持って甦ったから───というのもあるだろう。

 けれどもまあ、そういう感覚は甦りを経験する以前から、レイフとしても別世界の前世においてもあったので、きっと生まれつきの性、みたいなものなのではないかと思っている。

 

「レイフー!」

 そう言いながら入って来るのは、姪のスターラ他数人の子供達。

 例のゴブリンとの戦いで大きな負傷をしたものの、策を立て陣頭指揮を執ったことで、郷内での僕への評価はかなり高くなっている。

 ガンボンのような英雄豪傑とも言える戦働きも当然評価はされるが、ダークエルフは武勇よりは知略を尊ぶ。

 なので実際の活躍度からすれば、僕自身は単に口先で言い負かした挙げ句殺されかけただけにすぎないというのに、過分なまでに誉められていた。

 正直、気まずい。

 それまで、「病弱を理由に閉じこもり、本ばかり読んで何もしてない怠け者」というのが僕への基本的な評価だった反動から、なんというか「高低差ありすぎだろ!」という感じだ。

 

「ほらー、お菓子と食べ物持ってきたよー!」

 祭りの料理をトレイやバスケットに山盛りにして、今にもこぼしそうなくらいだ。

 ベッドサイドのテーブルにそれを置き、スターラが手にとって僕に食べさせようとする。

「うん、ありがとう」

 素直にそれを受けつついると、周りを囲むスターラと同世代の子供達から、口々に質問やら何やらをされてしまう。

 

 ……ああ、君達、そんなアコガレの目で僕を見るのはやめなさい!

 そういうのはもっと、本当にちゃんとした大人に向けるべきものなんだよ!

 僕の中身の半分は、本好きの怠け者の屁理屈糞オタクなんだからさ!?

 

 子供たちの一団が去ってしばらくして、その後ろからのっそり現れたのはガンボンだ。

「……や、元気?」

 そう聞くと、

「ん」

 と、頷く。

 入って来たガンボンは、両手にこれまたいっぱいの料理。

 それを置く場所を目で探して、サイドテーブルの山盛り料理を見るや、目に見えてあわあわしだす。相変わらず分かりやすい。

「食べる?」

「うう……。食べる」

 結局スターラ達が持ってきた分含めて、ほとんどをガンボンひとりで食べることになるのだが、まあ、このくらいの量ならペロリと平らげられるだろう。

 

 食べながら、それぞれに益体のない話をする。

 タカギの調子はどうだとか、モンティラーダ郷からの贈り物にあったキノコが美味しいとか、だいたいはそんな話。

 それから、ゴブリン村の話も、だ。

 

 いつも僕らの予想を遙か斜め上にかっとんで行く母、ナナイは、僕とガヤン叔母の考えや要望を、予想だにしなかった力業で実現しようとしている。

 よりにもよって、ゴブリンクイーンって……! それを名乗れるのはマデリーンだけですから!

 氏族長をマノン叔母に譲って、ゴブリンの指導に専念するなんてとんでもない、と、議会の長老たちは必死で止めた。

 普段は母のことを「氏族長に相応しくない」なーんて言ってる癖に、辞めるとなるとまた文句を言う。

 まあ、辞めるにしてもその辞め方が問題な訳だし、止めるのも無理無い理由なわけだけども、ねえ……。

 

 で、長老たちはもはや自分達では止められぬと見て、先代……つまり、母ナナイに氏族長の座を譲った僕の御婆様を引っ張り出して説得させようとした。

 これがまた悪手。

 そもそも御婆様は、あの母に氏族長の座を譲った後は、悠々自適の隠居暮らしをしたくて別荘に引きこもって趣味三昧の生活をしているような人だ。

 氏族長の責任だ何だと一喝して貰おうという長老たちの思惑とは真逆に、

「さすがあたしの娘だ! 面白いことを考える! もし手伝いが必要ならいくらでも言っておくれ!」

 と、お墨付きを与えてしまった。

 もはや誰であろうと止められない。

 巻き込まれるマノン叔母やエヴリンド達には言い出しっぺとしては心の奥で謝っておく。けどこんな展開は予想していなかったのだ……。

 

 さらに一つ、面白い進展もあった。

 件のゴブリン研究本の著者、ケイル・カプレートの息子、レオナティオ・カプレートが協力すると申し出て来た。

 レオナティオは父に似た研究者肌で、僕がケイル・カプレートの研究本に着想を得てこの計画を立案したということにいたく感動していて、今ではケルアディード郷とゴブリン村とを行き来しては熱心に研究を続けている。

 正直、母のナナイは確かにリーダーシップと豪快な力業に関しては辣腕だが、細かい研究や調整、データの摺り合わせなど、その手のことはとんと出来ない。なので彼の助力は非常に有り難い。

 

 で、ゴブリン村とゴブリン達、なのだが。

 彼等が元々住んでいた洞窟は完全に廃棄させ、ケルアディード郷及び他郷等々との距離、位置関係や、その他の利便性含めて考慮した、新たな場所に移住させた。

 その際、無理を言ってそこまで輿で運んでもらい、僕の土魔法も使い他の術士達とも協力して大まかな施設を造ったので、生活環境ははるかに向上しているずだ。

 何せ上下水道完備で、水洗トイレに公衆浴場付き。

 入浴習慣自体は日本人としての生活様式をある程度持ち込もうとしたユリウスによってゴブリン達にも知られていたが、あそこまで大きな浴場は無く、ユリウスや側近以外にはさほど広まって無かった。

 今では若手や子供のゴブリン達までが、湯船に入りまったりしている。

 

 村の現状は、今のところは収容所、あるいは更正施設のようなものではある。

 逃げ出して隠れている者達にも投降を呼び掛け、まずは集団で規律ある生活を覚えさせる。

 その際に大きな役割を果たしたのは賢者(セージ)と名付けられた盲目のゴブリンシャーマンで、彼による積極的な呼び掛けに、多くのゴブリンが従った。

 ユリウスに対しての温度差が、個々の腹心たちにより違いがあった。

 賢者(セージ)は、僕とガンボンのことを「ユリウスに匹敵する魂の力を持つ存在」として、半ば崇拝している。

 これは賢者(セージ)が、ある種の感知魔法を永続化させていて、目が見えない代わりに周囲の生命の「魂の力」を見ることが出来るから、でもある。

 そして彼がユリウスを崇拝していた根拠である「二重の魂を持つ者」というのは、僕やガンボンを含めたいわゆる転生者のこと。

 この世界で生きていて一度死んだ魂と、別の世界で生きていて一度死んだ魂が、融合して結びつき甦生した……らしい僕らのことを、ユリウス同様に特別な魂を持つ存在として崇めている。

 なので、ユリウスの「二重の魂」が喪われた今、賢者(セージ)にとっては従うべき相手は僕かガンボン。

 その内一人である僕が主導して行うことならば、当然それには従うべき、と考えているらしい。

 

 そのユリウス……いや、ユリウスだったゴブリンは、正直僕らからすると、既にどの個体が「ユリウスだったゴブリン」なのかすら分からない。

 これは賢者(セージ)も同様で、ガンボンにより締め上げられ続けて小さくなったゴブリンには、「二重の魂」の痕跡は無くなっているらしい。

 そして人格記憶性質も……ただのよく居る若手のゴブリンのそれになっている。自分がユリウスを名乗ってたことすらちゃんとは覚えて居ない。

 

 既にその個体をユリウス───かつての自分達の指導者として認識しているゴブリンは、殆ど居ない。

 唯一、ガンボンが銀ピカさんと呼んでいた女ゴブリンだけは、その「ユリウスだったゴブリン」と寄り添い続け、傍目にも仲睦まじいとも言える関係を続けているらしい。

 黒髪ロングさん、雄牛兜と呼んでいた元側近は、賢者(セージ)と共にゴブリンクイーンを自称して彼等の監督をしている母ナナイに従順に従っている。

 ヤンゴブさんと呼ばれていた軽戦士のゴブリンは、その凶暴さは変わらないものの、明らかに強者であるナナイに目を付けられない様にしているっぽい。

 ただし影で何をやらかすかは分からないので、要注意リストの筆頭ではある。

 

 これら元側近を含め、全体としてユリウスの群れの「異常に成長したゴブリン達」には、共通した変化もあった。

 知能、肉体共に、明らかに以前よりも衰えていったのだ。

 ミノタウロスと見間違うがごとき体格を持っていた雄牛兜も少し体格の良いホブゴブリン並みになり、他のシャーマン達もそれなりの知能へと落ち着いた。

 

 まるでチャーリイ・ゴードンだな、と思う。

 ダニエル・キイスにより発表されたSF作品、『アルジャーノンに花束を』では、知的障害の主人公が、特殊な手術で急激に知能をあげてゆく。

 しかし、知能をあげたことでそれまで見えなかった周りの人達の醜さや嫌らしさを知り、同時に知能と精神の発達バランスが取れず、他者を見下すようにもなって行く。

 その後、その手術による知能の向上は一過性のものだと分かり、ほどなくして主人公もまた、元の知的障害者へと戻ることが判明する。

 物語は主人公の手記の形式で描かれ、知能の変化とともに文体も変わる。徐々に自らの知性が失われていくことを認識している主人公は、その後孤独で悲しく切ない結末を迎える。

 

 彼等の「ゴブリンとしては尋常ではない知能や身体能力の向上」もまた、ある種の一過性のものだった。

 それは───推論に過ぎないのだが、ゴブリンロードのユリウスとしての人格、意志を持っていたあの“怪物”による影響だったのだ、と思う。

 どのような原理だったのかはあくまで推論でしかないので分からない。分からないが、まあ、それくらいしか説明の出来る理屈が無いのだ。

 

 ガンボンはその後も何度かゴブリン村へと様子を見に行っているらしい。

 どんな様子なのか? というと、ガンボン曰わく「不良の多い高校」みたい、だったらしい。

 ───母のナナイに、竹刀と赤ジャージを支給したくなるな。

 

 ◆ ◇ ◆

 

 お茶を飲み長めのランチをしつつ、こうしてガンボンと話していると、毎度ながらも不意にもごもごとしだす。

 ガンボンは元から饒舌な方ではなく、特に「向こうの世界の前世」をベースにした意識の時のオタク話以外では、特に寡黙になる。

 そしてこう、目に見えてもごもごとするときは、「話したいことがあるけれども、どう言えば良いか分からないとき」の反応だ。

 

「どしたん?」

 変にこちらが遠慮しても進まないので、軽くそう促すと、また暫くの間もごもごした後に、こう言った。

「俺、旅に出る」

 簡潔にしてシンプル。

「他の郷に行くの?」

 使節団に入り、モンティラーダ郷へと行く予定が、ゴブリンとの戦いで有耶無耶なっている。

 それで祭りの落ち着いた後に改めて出掛けるのか? と聞くと、やはりそうでは無かった。

「何処になるか、分からない。

 けど……探しに行く」

 ……そう、これは、この闇の森へとやってきた、「疾風戦団のガンボン」の、当初の目的。

 行方不明になっている戦団の仲間、戦乙女のクリスティナと、魔装具使いのタルボット、チーフスカウトのサッドを探す……ということ。

「ん、そっか」

 冬になる前に、別れの時が来る。

 

 

 ───で。

 それでまあ、冒頭の「憂鬱な案件」へと戻るのだ。

 ここで間違えてはいけないのは、僕は別に「別れることが憂鬱だ」と、言っているのではない。

 確かに、不安もあるし寂しい気持ちもある。

 けれどもまあ、僕としてはここのところの諸々で、失うものも多くあったが、同時に得るものも沢山あった。

 ユリウスが言っていたように、僕は所謂経営シミュレーションみたいなゲームが大好きで、ゴブリン村のそれは正に「リアル経営シミュレーション」が出来る絶好の機会なので、楽しみの方が大きい。

 いやいや、まあ、ね。ユリウスを指して「ゲームとしてしかこの世界を受け止められなかった奴」みたいに言っておきながらお前は何だ、と言われれば、あいすみませーぬと頭を垂れるしかない。

 

 ガンボンの旅立ちも、彼一人ではなく疾風戦団の団員たちとの探索で、危険もあるけれどもサポートもある。

 連絡が取れるような魔導具、魔装具も幾つか渡してあるし、それ以外もかなりの大サービス。

 よほどのことでも無ければ命の危機にも陥らないだろう……とは、思う。

 勿論、絶対などと言うことはない。この世界での旅は、常に死に別れの可能性のある旅だ。

 それでも……僕は彼の意志を尊重すべきだし、それをきちんと見送るべきだとも思う。

 

 が。

「うぅ~~~~~…………」

 唸る。唸らざるを得ない。

「もー、何よー。

 そーんなに恥ずかしがること無いじゃないのよー。

 似合ってるって」

 そう言うのはマノン叔母で、言いつつも結構面白がって居るのは見え見えだ。

 僕は杖をつきつつ、ひょこひょこと歩く。

 歩く? と疑問に思われるなかれ。両足には既に義足が付けられている。

 しかも、魔法の付与効果も付いたミスリル製。

 ある意味以前よりも歩きやすいかもしれない。

 

 で、向かう先はどこかというと、これが古代トゥルーエルフの地下墳墓のさらに奥の、遺跡の中だ。

 

 ゴブリンとの戦いで共闘した疾風戦団は、その後ケルアディード郷に拠点を提供され、引き続き行方不明の団員の捜索を行っていた。

 疾風戦団としても闇の森のダークエルフとしても、こんなに大勢の外部の者を受け入れるなんてのは滅多に無い話なのだが、そこはもう、戦団員の一人であるガンボンが英雄として認識されていることと、氏族長……あー、いや、“元”氏族長の母ナナイが、疾風戦団の設立メンバーである、ということがある。

 なので、概ね彼等への感触は良好。

 アランディなんかは戦団の戦士達に、若手への訓練をお願いしたりなんかもしている。

 

 んで、彼等戦団員達はリタとカイーラの証言を元にして、最後にクリスティナ達が“怪物”に襲われた場所を特定し、その痕跡を丁寧に追跡。最終的な結論に達した。

 陥没した地下階の奥にあった一つの装置。

 古代トゥルーエルフ達が遠隔地へと移動する際に使っていたもの───転送門、だ。

 

 門、という呼ばれ方だが、転送門が必ずしも実際の門の形をしているとは限らない。だが今回のこれに関しては分かりやすいくらい「大きな石造りの門」の形をしている。

 この地下階にあった転送門は、まだ生きている───つまり、使用できる状態のもので、恐らくクリスティナ達はこの向こうへと行ってしまったのだろう、と推測された。

 どこに繋がって居るのか分からない、古代の転送門。

 これだけでは相当危険に思えるが、そうならないための事はきちんとしている。

 事前に使い魔などを送り込み、転送先が溶岩の上だの水の中だのでは無いことははっきりしている。

 装備品も、それら転送先で起こり得る事態の急変に対応できるようにしてある。

 また、この転送門の周りを整備してキャンプとすることで、転送先とこちらを往復しながら、交代で地道な調査を続けられる体制も整えてある。

 

 そう考えると、むしろ「旅に出る」という表現の方がやや大袈裟、ともなってしまう。

「ちょっと職場が変わったよ」

 みたいなものと捉えた方が適切かもしれない。

 

 で、まあ、僕は今、その簡易キャンプまで、ガンボン達の出発の見送りに向かっているわけだ。

 そこまでの移動経路も色々と補強し整備され、歩きやすくはなっている。

 とは言えまだ馴れない義足で、しかもそれとは無関係に、そもそも杖をつく原因でもある脊髄損傷の方は治ってはいないのだから、まあ一苦労どころか二苦労以上だ。

 しかも、服装が……これだ。


「せっかくあなたの“英雄(ヒーロー)”を見送るんだから、ちょっとはおめかししなさいよ」

 とか!? とか!?

 明らかに面白がった目が、笑ってんですけどもね! マノン叔母様!?

 

 ……いや。いやいや。

 まあ、別に元から、意図的に隠そうとしていたわけでは無いし、いずれ折を見てきちんとすべきだろう、とは思っていましたよ。

 だからまあ、むしろタイミング的にはちょうど良いのかもしれない。

 しれないけど……さあ!?

 

 ……はァ~~~~~、憂鬱だ。

 

 で。

 苦労してたどり着いた転送門周りの野営地には、既に見送りと、第一陣として出発する戦団員が揃っている。

 ここへは僕とマノン叔母が最後のようだ。

「おーう、来た来た!

 レイフ、レイフ! 今日は何時にも増して可愛いのう!」

 くっ……! 殺せ!

 母ナナイのいつもの暑苦しい愛情表現に、そう思わず言いたくなる。

 それを聞いてこちらへと顔を向けたガンボンが、予想通りに目を見開き大口を開けて驚いている。

 僕は転ばないよう細心の注意をしつつ足早に近づいてから、他の人には聞こえない程度の囁き声で、ガンボンの耳元で一気にまくし立てた。

 

「いいか! 言っておくけど、君より僕の方が色々気まずいんだからな!

 死んで生まれ変わったと思ったら、それがダークエルフの少女だった、なんて状況はさ!?

 それに、別に隠していたわけじゃないからね? 僕は一度も自分のことを男だ、なんて言ってなかったろ?

 いや、そりゃあ女だ、とも言って無いけどもさ? けどそれって必ず言わなきゃいけないわけでも無いし?

 それにむしろ最初にそんなこと言ってたら、君だって変な風に意識しちゃってたかもしれないでしょ?

 それこそよくあるラノベみたいなさ? 転生した先で出会ったのが同じ転生者で女の子でー、なんてなったら、すっげー露骨なヒロインフラグみたいじゃん?

 ちょっとほら、そーゆーのって、違いくない? 違うよね? そーゆーテンプレありきの前提で、果たして本当の人間関係が築けただろうか!? いや、どうだろうか!? それを是非問いたい! 問い詰めたい!!」

 

 ハァ……ハァ……ハァ……と。

 やや呼吸困難になりそうになりつつ、荒い息を吐く。

 ドレス姿が台無しよー、などと笑うマノン叔母に、横から僕を抱き締めようとするナナイ。

 そして面食らいつつも勢いに押されて、ただコクコクと頷くだけの機械と化したガンボン。

 うぐぐ……ドレスなんて、前世でも今世でも、殆ど着たこと無いし、出来る限り着たくはない!

 何故って、恥ずかしいから!

 僕の中にまだ残っている、前世の“元・男としての自意識”が、邪魔をするからです!

 今後この件については一切触れるな、という意志を込めつつ、再びガンボンを睨み付けた。

 

 

 さて。

 僕も到着したということで、そろそろ出発の時間だ。

 ケルアディード郷からは、母ナナイ、マノン叔母にガヤン叔母と、見事にトップスリーが揃い踏み。

 それとエヴリンドとエイミにアランディ。セロンとデュアン。そして、僕という見送り面子。

 それと何故か、タカギも駕籠の中で眠っている。

 

 戦団側には、ここの代表責任者としてエリス・ウォーラーが居て、二人の娘リタとカイーラ。

 リタはまだ捕らわれていたときの後遺症が抜け切れて居ないため今回は待機だそうで、代わりに同行するのがクロスボウを主武器にし、罠や仕掛けにも詳しい女ドワーフのナオミと、剣士のラシード。そしてガンボンだ。

 この四人の編成で転移門の先を探索し、クリスティナ達がどこへ行ったのかを探り出す。

 バックアップは他にも数名居る。交代しつつじっくりと攻める計画だとか。

 

「あー……、うん。ガンボン」

 転移門の前に立つガンボンに、やや気恥ずかしさを覚えつつ改めて。

「ん」

 ……待て、こら、そっちが顔を赤らめるんじゃない。やめろ!

 その目、あれだろ? 「青肌人外TS眼鏡僕っ娘とか、どんなマニアックなフェチジャンルだよ!?」みたいなこと頭の中で考えてるだろ!?

 やめろ! それは既に半年以上前に僕が通過しているッッッ!!!!

 くそー、いかんともしがたくもどかしいッッ!!!!

 

「ぐぐぅ……これ、は、前のヤツよりは出来が良いから……!」

 手にしていた自作の御守りを渡す。

「ま、無事……帰って来なさいよ……」

 ……だからそこで、目を、逸らすな!

 まるでツンデレヒロインが不器用なお別れをしている場面みたいになるだろ!?

 そーゆーんじゃ無いから!

 そーゆーんじゃ、無いですからー!!

 

「あー、待って待って、わたしもー!」

 そう言って走り寄るのはマノン叔母。

 鍛治も魔術具製作もてんでダメな叔母が一体何を? と思うと、バスケットに入ってるのはベリーパイ。

 ……いや、まあ、食べ物なら貰って困ることも無いだろうけど、ピクニックじゃ無いんだからさ。

 

 と、それを受け取るガンボンと、渡すときに転びそうにつんのめるマノン叔母。

 僕が手を出せば共倒れになるからと、むしろひょいと避けようとすると、マノン叔母がグシャリと何かを踏み潰す。

 プギ! との悲鳴は、のんびり寝ていた仔地豚のタカギ。

 寝ているところをいきなり起こされ、慌てたタカギは飛び跳ねて……僕の背中を蹴りつけた。

 

「うわ!?」

 寸前、マノン叔母を避けようとしてバランスを崩していた僕は、そのまま前へと倒れる。

 そこに居るのはガンボンだが、普段であればがっしりと僕を支えてくれたであろうものの、釣られて慌てふためき一緒に倒れる。

 尻餅を着くガンボン。その上に乗っかるかたちの僕。そして、タカギ……。

 

 瞬間、大きな魔力の作動を感知する。

 あ……と思う間もなく、周囲が変化した。

 ふわっとした奇妙な浮遊感に、三半規管がかき回された様な強い不快感。これが話に聞く転送酔いか……などと考えて居ると、急にガクンと身体が重くなる。

 

 ……暗闇に、沈黙。いや、タカギのプギプギという鼻息だけは聞こえてくる。

 僕とガンボンと仔地豚のタカギだけ、誤って転送門をくぐってしまった様だ。

 

「うー、あいたたた……。

 もー、何でこーなるかなあー」

 暗闇の中杖を探し、手に取る。

 いやまあ、それより灯りをつけておくべきか、と【灯明】の呪文を唱えて視界を確保。

 辺りはいかにも荒れ果て、長いこと使われなくなった遺跡の様相を示している。

 

「しょーがない。

 僕はタカギを連れて戻るよ。

 んー、いや、まず他の戦団の人達を待った方が良いのかな?」

 杖とガンボンの肩を頼りに、なんとか起きあがろうとして、再び倒れる。

 丁度下に肉布団があって助かった……というか、胸の金属プレート部分にぶつかったら痛いどころじゃ無いか。

 

 む……。

 ガンボンと目が合う。

 ……こいつ、まーだ変な風に意識してるな……。

 あ、目を逸らしやがった!

 

「わーーーーー!」

 とりあえず耳元で騒いでやる。

 びっくりして目を剥くガンボンに、

「ん、チミチミ、取りあえず、起こしてくれんかね?」

 またあわあわしつつ立ち上がるガンボンがその大きな手を差し出して来て、僕はようやく立ち上がれる。

 

 さて、と。

 暫く様子を見るのだが、転送門から後続の戦団員が現れる気配はない。

 むむ? むむむむ?

 おかしいな、と思い、ちょいと転送門へと近寄って、様子を確かめる。

 

 …………ヤバい。

 いや、これ、本格的にヤバい……。

 

 青ざめた……と言っても顔色それ自体からは判別出来ないだろうけども、その僕の様子を見て、ガンボンにも何事かが起きたのは理解できたようだ。

「えっと……どした? の?」

 

 どうしたか。

 いや、いや、いや。

 それを口にしてしまって良いものか。いや、口にしてもしなくても現実に変化は起こらないのだろうけども、それを口にするのにはけっこうな勇気が必要だった。

 

「……いや、これ……今ので、壊れたみたい……」

「え?」

「魔力が、通ってないし、反応しない……」

「……え、と……つまり?」

「僕たち戻れないし、後続も来ない……」

 

 僕と、ガンボンと、仔地豚のタカギ。

 この二人と一匹で、何処とも知れぬ古代遺跡に、放り出された───。

 

 …………マジか!?

 

 


いやー、第二章の展開がどうなるのか、全く分からない引きですね!


あと、次話にちょっとだけ追加予定。



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