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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
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3-222.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー(77)「荒みストリート」


 

 ティフツデイル王国との同盟締結からこちら、何気に諸々順調で、むしろ好事魔多しと不安になるくらいだ。

 読み分け会はボバーシオからの亡命者からも数人加えて、さらに活発になった。

 ただ、ジャンヌも言ってた通りに、単に「字が読める」と言うことと、文章をきちんと読み解いて、体系的に整理分類しつつ分析する事ができると言うのは別物で、そう言う能力、スキルのある者はそう多くない。とにかくそういう人材を見いだしては、身分出自問わずに協力を仰ぎ、また登用しているから、ある意味この時代この世界には有り得ないほど多様で自由な学術サロンとも化している。

 その点、ボバーシオからの亡命者達も最初はかなり驚き、戸惑ってもいた。何せ古代ドワーフ文明研究家として名の知られたエンハンス翁やドゥカム師が居るかと思えば、町の雑貨屋店主のミッチ氏や、元邪術士奴隷の孤児で女性、“シャーイダールの探索者”だったダフネ嬢と、とにかく多岐に渡っていて、しかもそのメンバーが自由闊達に議論をしているのだからね。

 ドゥカム師のアレはご愛嬌。彼の場合、別に地位や立場からの傲慢ではなく、シンプルに「私は天才だからエラい!」と言うものなので、どんな立場で居ても変わらなかっただろうし。

 

 魔力、魔術と言うものがあるこの世界では、ある場面では女性が男性の持つ身体的優位性を覆すことが出来る。

 その点で言えば、前世における同程度の文明、時代の男尊女卑に比べれば、この世界のそれはやや緩いとも言える。

 けどそれって、「社会全体の構造として」ではなく、「特別な能力、地位のある女性においては」と言う面が強い。

 元々の身体能力も高く、入れ墨魔法を使えるルチアであるとか、潜在的魔力適性に加え憑依魔法という特殊な魔法の才能があったジャンヌと言った、全体からすればまれな例においてのみ、人間種における生来的な性差による身体的優位を覆せる……と言うだけの話だ。

 その点では、ダフネ嬢は違う。確かに探索者としての訓練は受けてきて、そこらのチンピラ相手にはそうそう後れをとらないだけの戦闘技術はある。けどそれは、男女の生来的な身体的優位性を覆せるほどのものではない。対ドワーベンガーディアンではない、対人の戦闘能力としてならば、あくまで「やや護身術に長けた小柄な女性」でしかない。

 さらに加えれば、魔力、魔術である面では身体的優位性を覆せても、女性にのみ生理、妊娠、出産等々があるのも変わらない。

 そしてその男女の生来的な身体的優位性の差が、前世の人間社会でもそれ以外の面での男性の社会的優位性へと結びつけられがちなのも、双方の世界ともそう変わらない。

 生来的に男性が女性よりも身体能力において優位だからといって、それが知性などにまで及ぶワケがないのはまともに考えれば誰でも分かる簡単な話。だが、それを強引に結びつけて、「全てにおいて男の方が優れてる」と思い込みたがる、主張したがる人間は、やはりこちらでも多いし、その意識が人間社会の中にかなり強く根付いてもいる。

 それは帝国でも、クトリアでも、ボバーシオふくめた南方人(ラハイシュ)文化圏でも程度の差はあれ変わらないのだ。

 

 なので、ボバーシオからの亡命者達が、ダフネ嬢の有能さをそのまま素直に認められるようになるのには時間がかかった。と言うか、多分まだそんなには受け入れていない。かつて第一期クトリア王朝により作れた傀儡王家、形骸化した身分制度と腐敗に反抗していた彼らとて、生まれ育っていく過程で身に付いてきた女性蔑視の価値観はそう簡単には払拭出来ない。むしろクトリアと違って既存の身分制度が壊れないまま存続し続けたからこそ、その価値観も維持されていた。

 その辺がまあ、ある種の不協和音となっているのは否めないのだけど、かと言って今すぐどうにか出来るとかって話でもない。

 貴族街と市街地区、また市街地区と東地区、そして古くからのクトリア人と、ここ最近、数年の王国やボバーシオ方面からの流民、難民、いわゆる“よそ者”との文化風習の差、経済的格差、反発軋轢などと同様に、そう言う根深い価値観の対立、齟齬と言うのは、簡単には変わらないのだ。

 

 ◇ ◆ ◇

 

「へぇえ、そりゃまあ、出来ねぇって事ぁねぇですけどもねぇ」

 このべらんめえな対応は、もちろん『ミッチとマキシモの何でも揃う店』店主であり、今やクトリア印刷業の父とも言えるミッチ・イグニオ氏。

 読み分け会で整理分類した古いクトリア法に、ボバーシオからの亡命者達の資料等々を合わせたことで、クトリア共和国の新法制定案はうまく進んでいる。

 ただ、貴族街に議員が揃っている上院ならばまだしも、郊外から議員を召集しなければならない下院議会はそうそう何度も開けないし、モロシタテムやグッドコーヴ等距離のある居留地の議員は欠席と言う事もある。

 なので、上院、下院共に、毎回話し合った事の記録をきちんと議事録として残し、その一部を印刷して各議員に持ち帰ってもらい、検討してもらう事になった。議事録、大事。破棄するダメ、ゼッタイ。

 

 で、これには速度が必要で、また後に再検討したものとの比較検討の為にも保管、保存が重要になる。

 完全な保存用は別に残すとして、領布用をどうするか、で、まあミッチ氏の活字印刷を利用しようかとなった。

 これまた、現時点で活字印刷が出来るのがミッチ氏とその工房のみ、と言うのが理由の一つで、それなら手書き写本よりも領布資料が改竄される危険性も減るのだ。

「記録、議事録の重要性」に関しては、ボバーシオの知識人の人たちはかなり痛感していて、彼らの持って来たボバーシオの私家版歴史書なんかも、出来れば印刷して欲しいとも頼まれる。

 

 まあ、なので、

「費用に関してはある程度公助しますので、それを元に雇用を増やしてもらってください。作業場も足りなければ優先的に都合します」

 なんて提案もする。

「ほっ! そりゃあ助かるねぇ、ありがてぇありがてぇ……」

「貰った予算、自分の趣味の印刷に使うんじゃないよ~?」

「うぇい!? ば、ばかやろうおめぇ、俺がそんなみみっちい事するかってンだよ!?」

 ダフネ嬢にからかわれるミッチ氏。うん、予算の使い方もキチンと監査しとこう。

 

 とは言え、ミッチ氏には印刷業でかなり色々やってもらってるので、ある程度私的な便宜を図っても良いとは思うけど、まあ不正はあかんよね、不正は。

 

 子ども、または初心者向けの言葉、算数の教本は既に作られて、そこそこはけてはいる。

 正直なところ、まだこのクトリア共和国では国全体に庶民の向学心、また、勉強して知識、教養を身につけることで身を立てる……といったような意識、それに応え得る社会システムはまだまだ未熟。なので反応もまだ小さいが、一部を懸賞付きとした事で、じわじわと広まりつつはある。

 懸賞付きで正解者に賞金が出る、と言うのは、まあ「知識、教養で身を立てる」ってのとは厳密には違う。違うけども、「学んだ事で自分の利益になる」と言う事を擬似的に体感してもらうことは出来るので、そこから実利的なものへと意識がつながり、さらには思想、哲学などにまで繋がってくれれば……てのは、かなりの希望的観測。とは言えこの企画、識字や学力向上のボトムアップが一番の狙いではあるけど、同時に隠れた才能を見つけ出すと言う狙いもある。才能、と言うほどで無くとも、ただ基礎的な計算や識字が出来るだけでも有用な人材なので、とりあえずそう言う人達には希望を聞いてどんどん確保している。

 まあまだ適材適所とはいかないけど、今のところは主に事務職、行政官見習いとしての採用が多い。特に未だ続く建設、補修ラッシュでの様々な運用管理、流民難民対応、新たな耕作地を確保する上での測量や、労働者の確保、管理等々、やってもらうこと自体はたくさんあるのだ。

 

 新しい事業、で言うと、イベンダーの伝手で呼んで貰った“黒鶴嘴ドワーフ団ブラック・マトック・ドワーブス”が来訪してくれて、彼らの調査、指揮の元にカーングンス野営地近くの赤壁渓谷での採掘も始まった。黒鶴嘴ドワーフ団ブラック・マトック・ドワーブスは採掘の専門家であると同時に建設の専門家でもあるので、この事業全体の総監督はイベンダーだけども、一定期間の契約で現場の監督を黒鶴嘴ドワーフ団ブラック・マトック・ドワーブスの1人に頼みつつ、鉱夫の監督官とその補佐には、新たに採用した行政官見習いの人たちを就ける。

 実際のとこ、一応それぞれに試験や面接をしたりして、能力、適正、過去の職歴に性格などから選んで配置してはいるけれども、鉱山労働の経験者は一人も居ないし、それに限らず皆さん実務経験が乏しい。黒鶴嘴ドワーフ団ブラック・マトック・ドワーブスとの契約期間中に様々な実務を側で学べると言うのは、かなりラッキーな事なのだ。

 

 他にも、実務を覚えて貰いたい行政官見習いには、クルス家や王の守護者ガーディアン・オブ・キングス、またボーマ城塞や狩人ギルド等々で預かって貰って、ある種のインターンのような学びの期間を設けている。当然その期間の衣食住、そして給金などはこちら払い。狩り、採取にしろ、商売や工芸、物の製作や売買にしろ、結果を出さなければ何も得られないのが当たり前と言うクトリアで、見習いでありながら衣食住のみならず給金も保証されるなんてのはかなりの好待遇。なので、この条件に文句が出ようハズもない。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 クトリア市街地、郊外を移動する際の周りの視線も変わりつつある。

 以前はまだ物珍しさと畏怖が半々ぐらい、遠巻きにしつつ隠れながら様子を伺われるようなことの方が多かった。まあ僕の場合特に、外を移動する時はだいたい精霊獣である水馬ケルッピさんに騎乗していると言う物珍しさもあったのだろうと思うけど……、

「何だ?」

「あ、いえ」

 僕の横で睨みを利かせてるエヴリンドさんをじっと見つつそう返す。

 まあ、何にせよ、特にここの所は行政官、またその候補、見習いとして採用した人達との行動が増え、その分警戒感も薄れてきたようにも思う。

 

「いやあ、そこは人柄ですよ、人柄」

「いやいや、元々そんなに人と接してないんだから、人柄も何も無いでしょ」

「直接的に接する相手は少なくとも、そこでの振る舞いや、議長としてやってきた事が、クトリアの人々に広まっていった結果でしょう。何でもクトリア人や帝国人は、人からの伝聞の方をより信じやすいそうですからね」

 デュアンの言い様はまた微妙だが、う~ん、と、考えてみればそれもそうか、とも思う。と言うか、直接的交流は確かに少なくとも、交流している人物が貴族街三大ファミリーのトップに、各ギルド、派閥の長、風聞巷説流布の最大手のミッチ氏に……と、評判を広めるのに一役も二役も買う人達ばかり。まあ、それは実務上仕方ないのではあるけど、端から見れば狙って好評を得ようとした人脈のようにも見える。多分、あまり芳しくない評判を広め兼ねない“大物”は、『牛追い酒場』のメアリーか、“ねずみ屋”ゲルネロくらいか。いや、正直、この2人は苦手なのよ。

 

 そんな話をしつつ眺めているのは、拡張し改装中の難民区画。

 難民の数自体は増加の一途だが、一時期に比べるとその増加率自体は減ってきてる。

 難民区画の設立と管理はかなり早めに始めていたので、難民の増加に対してのクトリア地元民の大きな反発が殺傷沙汰に及ぶような衝突になるのは、少なくとも共和国建国後には起きて居ない。把握できてる限り……との但し書きはつくけれど。

 難民問題というものは極論すれば、きっちり体制を整えて受け入れるか、完全にシャットアウト、鎖国状態にするかの二択しかない。そして後者は結局のところは「殺す」という選択肢だ。比喩的な意味だけでなく。

 なぜなら、住む場所を失い難を逃れてきた人々を、こちらが「受け入れられない、帰れ」と拒絶したところで、魔法のように消えてなくなるわけではないからだ。

 彼らが消えてなくならない以上、結局はこちらの管理できない場所に隠れて住み着くか、野垂れ死にするかになる。

 管理できない場所に住み着いた難民、流民はいずれ地元民と衝突するし、また高確率で法を犯すか、法を犯す者の餌食となる。そして場合によっては、小競り合いでは済まない大きな衝突から、双方に多数の犠牲者が出ることもある。

 野垂れ死にした場合、それも色々な問題を残す。わかりやすい問題としては、生活圏内に死体が溢れる事による疫病の増加、蔓延や、また危険な肉食動物が生活圏に侵入してくるというのもある。そして、特に新しく共和国として再生して行こうという時期に多くの難民が受け入れられず、近くで野垂れ死にしているという状況は、なんだかんだ言って住人の精神的負担になる。

 最近ではそうでもないらしいが、以前はかなり排外的だったと言う王の守護者ガーディアン・オブ・キングスのパスクーレ氏なんかもそうだけど、共同体の外、他者に対する不寛容、排除の思考というのは、本人が思ってる以上に本人の精神を傷つけるのだ。

 

 前世でも、またこちらの世界でも度々議論される命題ではあるし、また特に前世の「現代的な」考え方では、「本能的」と言う枕詞で語られる人の行いや欲望は、大抵ネガティブなもの、または野蛮で乱暴な欲求や衝動を代弁させられることが多い。けれどもこれはとても偏った見方であり考え方だ。

 人間というのは群れの生き物だ。だから人に本能的な欲求があるとしたら、その中には間違いなく「他者と友好的、融和的な関係性を維持したい」というものが含まれてる。言い換えれば、善行とはある意味では本能的な行いだ。

 いや、そんなことはない、人間は本能的に異質なものや他者を警戒するはずだ、と言う反論もあるが、では例えば生まれたばかりの赤ん坊や幼児はどうかと言うと、彼らは他者への拒絶や警戒心よりも、明らかに融和的、友好的感情の方を表に出している。他者、異質なものへの警戒心は、むしろ本能よりは経験的学習による方が大きい。

 性善説、性悪説という言葉、思想も、よくよく間違った使われ方をされがちだけど、仏教における仏性や、儒教における徳などと並べてみると解釈しやすい。

 つまり、人は生まれながらに群の仲間である他者と友好的関係性を持ちたい、親切にし善行をしたいという“本能”を持っているのだが、成長するに従い「それだけでは色々やっていけない」ということを経験的に学習していく。その為、ある程度経つと見知らぬ他者や異質なものに対する警戒心、そしてそれから発展した排除の思考や理論、差別などを学習、獲得する。

 仏教や儒教においてこれらの状態は、「生まれながらに持っていた仏性や徳を見失ってしまった状態」であると考える。

 本来持っていたが見失ってしまった善なるものを取り戻すということが、仏教においては修行と呼んだりするわけだけれども、まあその辺の話は置いとくとして、とにかくどんなに理論武装をして排除することが正しいのだと言い張ったところで、実際にそれを続けて、周りに死者が溢れていけば、よほどの特殊な精神性を持った人間以外は、そのことに自らダメージを受けていく。平たく言えば“心が荒んでいく”わけだ。

 そして精神が荒めば荒むほど、さらに不寛容や攻撃性が増し、その事が周りも自分も荒ませる、荒みストリートの荒みスパイラルだ。

 クトリアの人たちは既に、ザルコディナス三世の暴政に、邪術士専横の25年間、そしてその後の荒廃した瓦礫の王都での生活で、十分に精神をすり減らしている。

 なので、新しいクトリア共和国では、これ以上人々の心に負担をかけるような事は増やしたくない。

 

 あとまあ、この世界ならではの問題点としては、そうやって排除され野垂れ死にした死体がそこらにたくさん転がっていると、魔力の歪みが増え、不死者(アンデッド)や危険で狂暴な魔獣が増える、と言うのもある。

 前世においては、そういう場所や環境の不吉さは、あくまでそれを受けての人間の精神にのみ影響を与えるものだったけど、この世界では現実に悪影響をもたらすのだ。

 

「あぁ~……ダメだ、我慢できない!」

 その難民区画の増設を、僕らと一緒に見ていた1人の女性が、たまらずと言う感じで声を荒げる。

 

「ガエル! あの柱のシンボル何!? 全然、イケてない!」

「あぁ~? 何だよ、邪魔すんなっつうの!」

 ありゃ~……、とは僕含めこちらのため息。

 

「古臭い! 緻密なだけで何の刺激も驚きも無いし、パッションもイマジネーションも足りない!」

「だーかーらー、そーゆーのは、今、要らねぇの! あれはここが難民区画だってハッキリ分かるように飾ってんだから、姉ちゃん好みのイカれたシロモンにしちゃ駄目なんだよ!」

 ええ、はい、その通りです。クルス家の長男であり、いずれは家長のタリク・クルスの跡を継いで建設業の中心を担うであろうガエル・クルス氏は、実にこちらの意図、注文通りの素晴らしい仕事をしてくれてます。彼、建設現場の監督としても有能だけど、さらには細かい細工物、石や粘土の加工、彫像作りなんかも実に上手いのだ。

 ただ、慈愛の女神像のモデルが僕の顔なのだけは頂けないけど。

 

 その彼に注文……文句をつけているのは、彼の姉であるデジリー・クルス。

 クルス家の家系は、全体的に非常に体格がしっかりとして、なかなかに骨っぽい顔立ちもしているのだが、彼女もまた長身でスラリとした体型に面長で鼻筋の通ったしゅっとした顔立ちをしてる。

 その彼女は、やはり弟のガエル君同様になかなか美術的な素養を持っているのだが……なんというか趣味がこう……エキセントリックでアバンギャルド。精緻で緻密だが、オーソドックスな仕事をする職人気質のガエル君とは逆に、放っておくとめちゃめちゃ奇妙なオブジェを作り出してしまう芸術家肌。

 なので、建設そのものには……あ~んまり関わって欲しくはない。

 

「あ~、止めて来ますね~」

 のんびりとそう言いながら歩み寄るのは、ミレイア・ヴィリー。クルス家に昔から仕えていると言う職人の娘で、デジリーとはほぼ同年代で幼なじみ。と言うか、どちらかと言うと護衛兼腐れ縁のお目付役っぽい役割で、この手のもめ事を止めにはいるのも日常茶飯事。

 

「はい、どうどう、戻って、戻って~」

「ちょ、まだ、言いたい、事……が!」

「仕事、仕事~、仕事に戻りましょ~ね~」

 

 そう、仕事。デジリーさんにも勿論仕事をしてもらって居る。

 彼女には芸術的なパッションは別にして、そこからはちょっと想像できないもうひとつの特技がある。それが、「金勘定がべらぼうに速くて正確で、かつ予算を上手く組める」というところ。

 家業である建設業に詳しく、その上計算も速い、という事で、クルス家のみならず、クトリア共和国での建設事業全体の予算割りや取り纏めを担当する、いわば役所の建築課的業務をやってもらう事になっている。建設業者であるクルス家の人間なので、前世感覚だと利益供与、癒着になりかねない人事だけど、まあ今はそうも言ってられない。

 なので、デジリーとそのお目付役、補佐としてのミレイアの組み合わせで、バリバリと働いて貰っている。

 

 が、今日この難民区画の整備現場に僕とデジリーさん達が来ているのは、別に難民区画の視察が目的ではない。

 難民区画自体は、城壁の外にかなーり間に合わせで作っているので、ガエル君中心としたクルス家に一応は設置をお願いしてはいるものの、別にきちんとした建物を建ててるワケでもない。

 区画をきちんと分けて、幾つかの柱を建てて貰い、何ヶ所かに生活に必要な設備を作ってからは、あとは簡単な天幕を建ててもらい、藁と使い古しのシーツの寝床を整えて貰うだけ。

 警備を兼ねた衛兵詰め所と、配給と医療等を担当してもらう“黎明の使徒”たち用の大きな天幕以外は、王国軍の古い野営用天幕の払い下げ。まあ雨期でもないので雨の心配も無いから、天幕も無くてもなんとかなる。

 この辺の事業は特に、ほとんどが僕の……と言うか、ケルアディード郷からの持ち出しで費用を捻出してるので、デジリーさんの金勘定スキルでめちゃくちゃ倹約して貰っている。

 

 何にせよ僕らが今日、ここに来てるのは、ガエル君含めたクルス家の数人との待ち合わせも兼ねてもいるが、この後そこそこの大所帯で郊外へと移動を始める。

 

 行く先は、ノルドバ経由でグッドコーヴ、そしてその西のレフレクトルとアルゴードの渡し場それぞれの跡地。

 激しい魔力汚染で人の住めぬ地となり、また町そのものもかなり破壊されてしまって居るその地をどーしたものか……と、それを見定める為だ。

 

 

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