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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
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3-207 J.B.(130)Cheek To Cheek(頬よせて)


 

 

 クトリアの悪党ネットワーク。各町、集落に隠れて巣くう奴隷商やら何やらに、或いは町を守るため密かに悪事に荷担し、また見逃していた者。それらと三悪を中心とした魔人(ディモニウム)の賊徒達とを結びつけ、利害調整をしつつもお互いを別々に操る。

 巧妙に編まれたその網は、誰かが捕まり、または討ち取られたとしても、他の点には容易に繋がらず、またその中心にいる者の利益になるよう作られていた。

 その中心にいたのが、グレタ・ヴァンノーニ……。ここ、ヴェーナ領サルペン・デポルデに本店を持つヴァンノーニファミリーの一人で、クトリアでの古代ドワーフ遺物、魔導具や魔装具の専門商会、『銀の閃き』を経営していた女。

 そして俺たち……かつての俺たち“シャーイダールの探索者”の取引先であり、また、探索者のリーダーであったハコブを裏から操って、シャーイダールを暗殺し探索者組織の乗っ取りを企んで居たものの、その計画をイベンダーにより暴かれ、また、ザルコディナス三世の復活とそれを阻止すべき戦いにより挫かれて……俺たちの“復讐”により密かに殺された女。

 

 グレタが悪党ネットワークを作ったという事の確証はない。だが、後になって分かって来た情報を突き合わせりゃ、ほぼ間違い無くそうだろうと思える。

 大きいのは……クーク達三悪の魔人(ディモニウム)が“毒蛇”ヴェーナと繋がっていた事だ。クトリアでそこを繋げられる“悪党”なんて、他には居ない。もちろん、クトリアの悪党の全てを網羅してるワケじゃあねぇから、実は俺の知らねえ謎の悪党が采配してた可能性だってなくはねぇ。

 だが……。

 

「この坊や?」

 

 現れた“毒蛇”ヴェロニカ・ヴェーナは、蛇革の眼帯と腿までのハイブーツを除けばほぼ裸のままで、肩掛けに柔らかな薄絹を身にまとっているだけの姿だ。

 

「申し訳ありません。聞き捨てならぬ事を申しました故……」

 低く頭を垂れるデジモ・カナーリオ。薄寒い夜の地下室に、今は結構な人数が集まっていて、篝火の火もあってむしろうっすらと蒸し暑い。デジモ・カナーリオが汗ばんで見えるのも、その温度故か或いは緊張か。

 

 その“毒蛇”ヴェーナがすらりと長い脚で大股に歩き、デジモ・カナーリオを超えて俺の前へ。

「閣下、こやつは、まだ反抗的です。あまり近付かれては……」

 慌てるデジモを片手で制し、

「近くでよく見せろ……特に、その入れ墨をな」

 とねめつけてくる。

 射竦めるような、また舐るようなその視線に、俺は自分の賭けの成功を危ぶみ、ぞわりとした寒気を感じる。

 

 グレタとヴェロニカには何らかの繋がりがあり、その名を出せば決して無視は出来ない……そう踏んだからこその賭けだったが、それでもこの目で見られていると、全く馬鹿げた事を言ったと言う気にさせられてくる。

 

「“竜巻”」

 視線を上げて、ヴェロニカは控えていた“漆黒の竜巻”へと呼び掛ける。

「脱げ」

 言われた“漆黒の竜巻”は、その言葉通りに上から身に付けた装備を外していく。

 露わになった顔に上半身。

 そこには、予想通りの褐色の肌に鍛え抜かれた筋肉。そして俺と同じシジュメルの加護の入れ墨に……顔と問わず、身体と問わず、凄まじいまでの歴戦の傷跡。

 

「ふむ……なる程、確かに同じだな。ただ、坊やの方が少ない」

「ポロ・ガロによりますれば、恐らくはまだ幼少の頃にリカトリジオスに村が襲われ、虜囚となったため完成前の途中で終わっているのだろうとの事です」

 デジモがそう補足すると、

「そうか」

 とヴェロニカ・ヴェーナが返す。

 

 そのやり取りを聞きつつも、俺の目は“漆黒の竜巻”から目を離せずにいる。

 その顔に見覚えがある……とかならいいんだが、正直、仮に顔見知りだったとしても、もはやあの頃の記憶はほとんど形をなしちゃいねぇ。

 俺が気になっていたのは傷と入れ墨の方だ。魔術師みたいな魔術への理解や深い知識、また特別な魔力適正がなくても呪術師に入れ墨を入れてもらうことで魔法の力を扱うことができる入れ墨魔法の最大の弱点は、入れ墨そのものが術式であるということから、その刺青が物理的に大きく損傷を受けると効果が薄れ、場合によっては使えなくなってしまうことだ。

 ただし、呪術師によって再び傷跡の上から入れ墨を入れてもらうことで修復することが出来る。

 その修復処理が、“漆黒の竜巻”の傷跡の上には施されている。

 ボバーシオで会った呪術師が最初に入れ墨を彫ったことに関しては証言を得た。だがその後再び入れ墨の修復をしたとは言ってなかった。つまり、あの老呪術師がボケて忘れちまったんでなければ、別の呪術師に修復をしてもらっている。

 それは……。

 

「───つまり、お前は“シャーイダールの探索者”か」

 

 その思考を、不意打ちのヴェーナの言葉がぶった切る。

 あからさまに慌てて顔を上げ、ヴェーナを凝視してしまう俺。それを見て愉快げに口元を歪めて笑い、

「お前の事はグレタから聞いている。生きの良い加護持ちの南方人(ラハイシュ)が居る……とな」

 と、ヴェーナ。

 

 この言葉で、俺の推論の半分以上はアタリだったとの確証が得られるが、同時に脂汗もにじむ。

 俺が思ってた以上に、ヴェロニカ・ヴェーナとグレタ・ヴァンノーニとの関係は密接だ。グレタの計略の上じゃ、俺の存在なんざ端っこも端っこ。確かにグレタは俺に対して妙な執着を示しては居たが、それでもハコブを利用して探索者組織を手中に収めれば、そのまま自分の配下に出来る。そんな存在をわざわざ「商売上の利害」だけで結びついてる相手にする必要はない。言うなりゃ、かなりプライベートな話だ。

 それに気になるのは、グレタがヴェーナに「加護持ちの南方人(ラハイシュ)」と伝えていたと言う事。

 俺はシジュメルの加護の話はあまり周りに話してはいない。もちろん同じ探索者仲間だったハコブは知っている。そのハコブからグレタに加護の入れ墨の話か伝わったと言うのは、まぁありえる話だ。

だが何故そのことをわざわざヴェーナに伝えたのか。

 それは……ヴェーナがタロッツィ商会を介して加護持ちの“漆黒の竜巻”を手中に収めていたから、つまり「私ももうじき、アナタと同じ様な加護持ちの南方人(ラハイシュ)を手に入れられる」と言う話をしたかったからか……?

 

「外せ」

 ヴェーナがそう指示を出し、拷問具に括り付けられた俺を解放させる。

 代官のデジモ・カナーリオは不満そうにしているが、ヴェーナはまるで取り合わない。

 吊されていた手の枷を外され、地面へと下ろされる。

 とりあえず最悪の危機は脱した。後は近くの台の上に並べられている“シジュメルの翼”他の装備一式を取り返し、また、“漆黒の竜巻”を助け出せれば……だが、そのどちらも今は危うい。

 

「話せ───特に……」

 “毒蛇”ヴェーナは見下ろすようにして拷問室の床に尻餅をついた格好の俺へと話を促す。

 その次の言葉には、それまでと一切変わらぬ表情、声音のまま、しかしゾッとするような響きがあった。

 

「グレタの……最期についてな」

 

 額に汗が滲むのは、この地下室に余計な人数が集まって、温度がやや高くなっているから……ばかりとは言い切れない。

 

 どう答える? どう答えられる? 何故知ってる? 何を知ってる? 間違いなく、俺は何かの地雷を踏んだ。いや、まだ……足は乗せたが、起爆はしてない。だがそれがどんな地雷かが分からねぇ。

 だが俺のそのわずかな逡巡、沈黙を、ヴェーナは何かしらで解釈し、

「ああ、そうか。安心しろ、ここでの話は外には漏らさん。いや……」

 そう言って、腿までのブーツの内側から取り出した小さめのナイフを、そばに居た小柄な雑役夫の喉元へと突き立てる。

「これで、外に漏らす可能性のある者は減った」

 雑役夫は反応するまでもなく掠れた声を漏らし、それから血を溢れ出させてずるりと崩折れる。

 扉の内側、その両脇に立っていた衛兵2人が突然の事にやはり反応出来ずに居ると、いつの間にかその横に移動していた全身入れ墨の大男の南方人(ラハイシュ)が、野太い腕を首に回してゴキリとくびり殺し、もう1人はデジモ・カナーリオが放った闇の触手の様なものに絡め捕られ拘束されている。

「わ、わたしは、ここで見聞きしたこと……を、決して、口外……しませ……!」

 衛兵の言葉は最後まで言い切られる事無く、ヴェーナの突き立てた“蛇の牙(ナイフ)”により断たれた。

 これで……この中に居るのは3人減って残るは5人。ヴェーナ、それぞれに格闘の達人である2人の南方人(ラハイシュ)、術士のデジモ・カナーリオ───俺。

 部屋の温度と湿度が一気に下がったかのように背筋が冷えるが、それでもさらに汗ばんできている。

 いや、それも全てはただの錯覚か。

 とにかく、元々血なまぐさい地下の拷問室が、新鮮で濃厚な鉄臭さに満ちてくる中、緊張した空気がさらに膨らむ。

 当たり前のように殺された2人の衛兵と1人の雑役夫。その三つ屋の隅へと片付けられる。

 

 その中央で相対するのは、うずくまるようにして床に尻をついている俺と、太股までの蛇革ブーツに薄絹一枚羽織っただけ、ほとんど裸に近い格好のまま見下ろす“毒蛇”ヴェーナ。

 蛇の様な目……と言う言い回しがあるが、そう言われる目つきは実際の蛇の目とは似ても似つかない。だがそれで言い表されるのは要するに、無感情で酷薄な、人間味の無い目つきと言う意味になる。

 今、俺を見つめるヴェーナの目はまさに蛇の目……いや、毒蛇の目、だ。

 

「どうした?」

 

 ヴェーナの詰問にどう返すべきか。

 グレタ・ヴァンノーニとヴェロニカ・ヴェーナの2人に、何らかの結び付きがあったのは間違いないだろう。そしてヴェーナは俺の嘘……「グレタからの使いで来た」と言う言葉に対し、「グレタの最期の時を聞かせろ」と言って来た。つまり、グレタの死を確信している。

 問題は……そのグレタを殺したのが俺……俺たち“シャーイダールの探索者”だ、と言う事まで知っているのか? そして、何故それを確信しているのか……?

 

 何ら感情の読めないヴェーナの目からは、何ひとつ察する事は出来ない。

 

「……俺は……」

 苦渋に満ちた、と言う小賢しい演技など必要無い。沈黙を貫いて許されるとは思え無いこの状況になんとか言葉を絞り出すのは、それだけでかなり苦しく、心臓が張り裂けそうなほどだ。

「グレタの最期は……直接は知らない」

 余計な事を言ってしまわないようにする為に、詳細は全て知らぬ存ぜぬで通すしかねぇ。

「グレタとジャンルカ達が姿を隠し潜ってからも、俺は市街地で度々連絡を受け、直接は会わないまま指定された場所に物資や何かを届けたりしていた。

 それが、一月前にパタリと途絶えて、そうなったときに開けるよう指示された封書に、ヴェーナ卿のところへ報せるよう指示があった……」

 完全なでっち上げ、嘘デタラメな話だが、さてどう出るか?

 ヴェーナはそれを黙って聞き、じっくりと考えているかに目を伏せる。そして、

「───その最後の指示には他に何があった?」

 と聞いてくる。

 

「一番新しい……最後の指示書には、『アル・サメットに気をつけろ』とだけあった」

 

 僅かに……僅かにヴェーナの目が動く。反応は軽微。だが何か……何かが「かすった」。

「それは今あるか?」

「指示の手紙は、読んだらすぐに焼き捨てる決まりだ。だからもうない」

「ならばお前の言葉を証明するものはないな」

 そう、何もない。だが……。

「俺の荷物の中に、グレタから貰った魔法の御守りがある」

 それを受け、ヴェーナがデジモへ促すと、デジモは大男の南方人(ラハイシュ)にそれを探らせる。

 袋の中を大きく開けて見せる中には、ヴァンノーニの商会紋の刻まれた首飾り。

 発掘された遺物でもないし、エルフのミスリル銀製でもない。ヴァンノーニ商会が独自で作って各地で販売している、それほど劇的な効果ではない魔法の護符。つまり、量産品だが……。

 

「確かに、一般に売られているものとは違いますな。それの2倍……いや、3、4倍は効果が高い、特製のお守りです」

 術士でもあるデジモがそう保証する。

 

 これでヴェーナには、俺がグレタから一般に売られるものより特別に効果の高いお守りを与えられた相手……そのように思えただろうが、実際にはなんてことはない。イベンダーのオッサンが、ヴァンノーニ商会の『銀の閃き』で買ってきた安物を、練習がてらの手慰みで強化、改良しただけのものだ。

 

 これでも決定的な証拠というには弱い。だが、どうやらヴェーナが事前にグレタから俺に関する好意的な情報を聞いていたらしいことと合わせれば、信頼性は増すハズだ。

 

 その御守りと俺とに視線を向けつつ、ヴェーナはまた再び沈黙。

 当然この最後のメッセージだって全くのデタラメだ。だが、デタラメを言うにしてもあまり意味がなさすぎては嘘臭いし、かといって二人の関係性が分からない以上、直接的なメッセージだとボロが出る。

 意味ありげで、裏をとれなくもなく、かつ「俺たち“シャーイダールの探索者”への余計な嫌疑、疑惑を避けられる」ようなブラフ、目くらましになる何か。

 そこで、リカトリジオスに汚名を着てもらった。

 アル・サメットとかの名を聞いたのはボバーシオでレイシルドの急襲部隊の手助けをしたときだ。斥候に入ったチーターみてーな猫獣人(バルーティ)戦士曰わく、「廃都アンディルで死霊術士から食屍鬼(グール)の支配方法を得た将軍」の名。

 つまり、実在するリカトリジオス軍の将軍で、かつ現在クトリア近辺にいる。

 実際どんな奴かなんて全く知らねえし、もちろんグレタと関わりなんかも無えだろう。だが、例えば俺が知ってるだけの情報で言っても、食屍鬼(グール)を操ることができるということに関してならそりゃ気をつけろという伝言も嘘ではないし、勘ぐろうと思えばグレタ達を殺したのがコイツだという風に考えることもできる。目くらましとしちゃちょうど良い。

 

「……お前は」

 ようやく口を開いたヴェーナは、再び俺へと視線を向ける。

「そいつを知って居るのか?」

「……いや、分からない。ただそう書いてあっただけだ」

 俺は何も知らない、ただグレタがお気に入りだったことで選ばれたただの伝言役、メッセンジャー……。そう言う役を演じきる。

 

 しばらく。しばらくの間、ヴェーナは俺の言った言葉の意味を深く染み渡らせるかのように考え込む。

 それから、

「……ならば、お前はグレタの死を直接確認はしていない……ということだな?」

 と、確認。

 

「……ああ、そうだ」

 

 その問いにそう返す俺の言葉に、一瞬……ほんのわずかだが、ヴェーナは表情を変える。

 心の底から安堵したかのような、そんな顔だった。

 

「──有益な情報だった。デジモ、褒美を渡し、部屋を用意し休ませてやれ。食事もだ」

 

 そう言って、ヴェーナは来たときと同じように去って行く。

 残されたのは、俺とデジモと大男南方人(ラハイシュ)。“漆黒の竜巻”は、ヴェーナと共に去った。

 

「立て」

 デジモに言われ、俺はゆっくり立ち上がる。

「閣下の仰せだ。部屋を用意させる。今夜はそこで休むが良い」

 拷問室の外に居た衛兵へと南方人(ラハイシュ)の大男が何事かを指示し、1人が足早に階段を上がり去って行く。

 用意出来るまでここで待機、となるだろうが、デジモはそれを見送ると俺の近く……まさに、頬と頬が触れあうほどに顔を寄せて、

なんとかやりすごせた・・・・・・・・・・・とでも言うかの顔だな」

 と言って来た。

 

 

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