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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
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3-202 J.B.(125)Under the Sea(海の底で)


 

 マレイラ海。

 いわゆる旧帝国領と、南方、俺たち南方人(ラハイシュ)や獣人達の住む地域とを隔てる内海。

 位置関係的に言えば、前世のヨーロッパとアフリカを隔てる地中海……みたいなもんだ。

 ボバーシオ始め、かつてはマレイラ海を通じて旧帝国領との交流は多くあった。それは交易などの平和的なものもあれば、戦争、奴隷狩りを始めとした忌まわしいものもある。

 

 ただ、いずれにせよマレイラ海を通じての行き来において、決して無視できない存在がある。

 それが、マレイラ海の海底奥深くに住む海エルフ(シーエルフ)の王国、アンデルシア。

 全て聞いた話、てな注釈付きだが、シーエルフってのは生まれながらに水の魔力を持ち、水中でも問題なく呼吸、活動が出来る。その上、水中生活による圧が高いからか、エルフなのに身体能力や魔力による身体強化の能力もけっこう高い。

 つまり、こと海、水中、水上においては、とてもじゃないが人間では歯が立たない相手だ。

 幸いにもと言うか、当然ながらと言うか、彼らはあくまで自分たちの領域である水の中から外へ勢力を広げようと言う意志は無く、人間達とはお互いに相互不可侵の条約を結ぶことでマレイラ海の一部を航行する事が出来ていた。

 

 それが、滅びの七日間以降に関係は悪化。人間側の政治体制が混乱していたこともあるが、そもそも人間の起こした災厄の余波が彼らエルフ達にも被害を与えた事への怒りもある。ただ、シーエルフに限って決定的だったのは、“毒蛇”ヴェーナが当時対立していたプント・アテジオの守旧派を一掃する為に使ったとされる毒が、そのまま海に流れ出て彼らシーエルフの領域を荒らした事にある……と、そう言うワケだ。

 今俺と同行しているシーエルフ、ネミーラによればな。

 

「“毒蛇”ヴェーナは我らの敵。その一点においてのみ、貴様らを手助けしてやらんでもない」

 

 エルフ、と言われて俺が知っているのはまずは古代ドワーフ文明研究家のハーフエルフのドゥカム。そして闇の森ダークエルフのレイフとそのお供であるエヴリンドとデュアンに、レイフの母ナナイ。

 ドゥカムはまさに尊大で傲岸不遜を絵に描いたような奴だが、躁的で幼稚、子どもっぽくもある。

 レイフは生真面目、エヴリンドは堅物、デュアンはイベンダーのオッサンに似た社交家タイプで、レイフの母のナナイは……破天荒?

 ま、世に言うエルフの俗なイメージ、「高貴にして高慢」と言うのに叶ってるエルフの知り合いは、俺には居ない。

 それで言うと、このネミーラはなかなかにそのイメージに近い雰囲気だ。

 

 で、そのネミーラがとんでもない高速で水上をモーターボートのように泳ぎ続けるのを、俺は上空から追尾しつつマレイラ海を進んでいる。

 まさにジェット推進さながらだ。俺の“シジュメルの翼”でなければ、振り切られ置いて行かれてただろう。

 

 そうして、かれこれ数刻以上はマレイラ海を突き進んでいる。既に陸地は遠く離れ、巨大な山脈である“巨神の骨”が霞んで見えるくらいだ。

 猛烈な勢いで進んでいるネミーラは、暫くしてゆっくりとなり、そろそろと止まる。

 そして潜って、周りを見回し、それから空を仰いでから、それまでと別の方向へとまた猛烈に進み出す。

 

 そんな事が……既に三回。

 

「待て待て待て待て、待て!」

 

 四回目のそれが始まりかけたとき、さすがに我慢できずにそう呼び止める。

 

「まさかな、まさかとは思うが、確認するぞ? もしかして……迷ってるのか」

 上空からの俺が、水面に浮かぶネミーラへとそう問いただす。

 するとネミーラは、

「愚かな事を聞くな。この私が迷ってなどいるものか」

 と、ふんぞり返って(水の上で器用だな)答える。

 

「いやいやいや、マジで、本当に、本当の本当に、行き方は分かっているのか? 間違いなくよ?」

 

 ネミーラはやや緑に近いウェーブのかかった艶やかな髪をし、細面で鼻筋の通ったシャープな顔立ち。ダークエルフとは違い、薄い青緑ががった肌に、ややつり目のアーモンド型の目。そのエルフらしい大きな瞳の色も濃い青で、その二つの目がこちらをまじまじと見返してくる。

 レイフもそうだが、おそらくは特別な魔力なんかはねーだろうに(いや、あるのか?)、それでもこのエルフの大きな目ってやつで見つめられると、どうもこっちの腹の底を見透かされてるかのような錯覚を覚えちまう。その上さらには、なんつーか妙な説得力とでも言うか、あちらの言い分に納得させられちまいそうにもなる。

 

「今は待ちじゃ」

 

 だがそのネミーラの口から出てきたのは、お世辞にも「納得させられちまう」話にゃ聞こえねぇ。

「……そりゃ一体、何を待ってんだ?

「道を」

「道?」

 

 納得以前に、全く何を言ってるのかも分からねぇ。

 

「……ああ、ちょうど良い。ようやく来たようだ」

 なんぞと言うネミーラの見る先の海面が突然盛り上がり、揺らいだかと思うと天を突くようにして現れるのは巨大な黒い塊。

 思わず身構え、魔力を通して防護膜を重ねるが、小島かと思うその巨体は巨大な鯨。マッコウクジラに似たそれのてっぺんには、1人のシーエルフ。

 

 そのシーエルフが何事かをエルフ語で語りかけ、ネミーラもまたそれに答える。

 

「お迎えか?」

「道だ」

 道? ってな言葉の意味、定義が、俺たちとネミーラと、または俺たちとシーエルフとで違うのか。良く分からんが、とにもかくにもこれがシーエルフの王国、アンデルシアへ向かう“道”のようだ。

 

「近う寄れ」

 そう考えてるところ、ネミーラが上空に居る俺へとそう呼びかけてくる。

 言われるままに海面近くのネミーラへと近づくと、突然その巨大な鯨が跳ね上がるように高く伸び上がり、これまた巨大な口を大きく開いて……俺たちを呑み込んだ。

 

 ■ □ ■

 

 マジで“道”だ。

 巨大な鯨の中にあったのは、まるで水中のパイプチューブのような道になっている。ただし、空気は無い。もし俺が“シジュメルの翼”の空気の膜に覆われてなければ、即座に溺れ死んでいる。

 そこを、高速ウォータースライダーかのように、かなりの勢いで流されること暫く。最初は青い美しい海の中。次第に暗く、いや、黒く闇に閉ざされる深海になり、それから一気に明るく華やいだ、南国の海の様な色彩豊かな空間が広がる。空間……つまり、巨大な空気のドームの中になるんだがな。

 

「着いたぞ! 我が故郷、アンデルシアだ!」

 ネミーラのその言葉が無くとも、そこが目的地だろう事はすぐに分かる。そこは問題ない。問題なのは……。

 

「ネミーラ! 長らく責務を放棄し、挙げ句に不浄なる地上人を連れてくるとは、呆れ果てて言葉もない!」

 武装した一隊に、その中心の煌びやかな鎧……鎧のようでもある、海産物の装飾を身に着けたすらりとしたシーエルフの男がそう叫ぶ。叫んできたのは俺にも分かるが、この時点では何と言ってたかは分からない。後でネミーラから聞くに、そんな内容の事だったそうだ。

 

「こやつは我が下僕じゃ。そして我らが父王に報告すべき事がある。兄上よ、早々に取り次いで頂きたい」

 返すネミーラの言葉も、後で内容を説明されるが、この時点で俺に分かったのは、出迎えた男は結構怒ってるっぽいってことと、ネミーラはそれに対し素知らぬ顔を決め込んだということ。そして、この間のボバーシオの時と違い、今回はマジで一旦牢へとブチ込まれた、ということだ。

 

 □ ■ □

 

「王女……て、マジか?」

「ああ。だがまあ、第七王女であり、王権を継ぐこともまずは無い。ただ、王家の者としての役目はあるのじゃがな」

 

 シーエルフの海底王国。その第七王女であると言うネミーラと共に閉じ込められた地下牢……あ、いや違うな、海底牢の中で話しを聞くに、ざっくり経緯はこんなところだ。

 

 現在、シーエルフの王国アンデルシアには八人の王子、王女が居て、それぞれに八方面を統轄する事になっている。

 まあとは言え、基本的に地上の人間やら犬獣人(リカート)やらと違って、シーエルフ達には外敵と呼べるような敵勢力がいない。もちろん海の中にも凶暴な魔獣や魔物もいるし、シーエルフの中の不心得者、犯罪者なんかも居る。また、地上で言うなら……アレだ。俺は直接は知らねぇが、ゴブリンや、コボルトの群れ、みたいな感じでの敵対勢力、敵対し得る勢力、ある程度の知性を持つ半魚人みたいな連中も居るが、せいぜいがそんなもんで、シーエルフの国に匹敵するような集団は無い。だから、平和と言えば平和なんだそうな。

 

 だもんで、ネミーラはだいたいの仕事は部下、側近に任せ、結構広い範囲を気ままにうろつき、遊びまわっていた。いや、本人曰わく、「見聞を広め、また危険や問題がないかを自らから確かめる為の巡回」だ。

 

 ま、何にせよそこでネミーラは「しくじった」。

 

 マレイラ海の東側沿岸部は、ほぼ切り立った絶壁のような“巨神の骨”に面している。そして長年のクトリアの魔力循環の歪み、レイフによる魔力溜まり(マナプール)の再起動と試練、ザルコディナス三世の覚醒による余波諸々は、“巨神の骨”に面するマレイラ海東側沿岸部周辺の魔獣、魔物の活動範囲を広げ、活発化もさせていた。

 

 そう、“嵐雲の巨人”が言っていた通り、ザルコディナス三世の齎した余波は、クトリア内部だけに止まってはい無かったし、さらには地上だけでも無かったワケだ。

 

 複数の魔獣、海のモノに山のモノ、それぞれと戦闘になり、負けはしなかったが魔力も体力も尽き果てた。そのまま沿岸部を流され、漂着した先で奴隷商に捕まった。

 それが、アバッティーノ商会だった。

 ああ、もちろん、ラシードが乗っ取る前の、な。

 

 アバッティーノ商会からすればこりゃお宝を拾ったようなもんだ。何せシーエルフの奴隷なんてのは稀少も稀少。ウッドエルフなら帝国文化圏内ではまあまあ見かける。ダークエルフも、珍しくはあるが皆無でもない。ハイエルフは滅多に見掛けない。砂エルフ、デザートエルフは半ば伝承。現実に存在している事が明確で、かつ今では人間の生活圏に居る事の有り得ないシーエルフは、ダークエルフとハイエルフの中間、ややハイエルフ寄りの「レアキャラ」だ。

 あまり裕福でもない奴隷商会としては取って置きの魔導具で魔力循環阻害の印を施し、呪文封じのため猿轡を嵌めて移送中、「俺たちにも運が回って来たぜ!」とばかりに意気揚々としてるところ、旅芸人一座に偽装していたラシード達と遭遇。見ると、これまた珍しいちびオークの居る一団だと言うこともあり、欲が出た。シーエルフに比べればレア度は低いが、これもまたなかなか良い商品になるだろう……と。

 

 で、捕縛しようと雑な騙し討ちを仕掛けて返り討ち。その流れで捕らえていたシーエルフのネミーラ含む奴隷達を解放され、自分達が囚われの身に……。

 

 とまあ、総合するとそう言う経緯で、その後ネミーラの素性を知ったラシードとサッドは驚きつつも、敬意を持ってネミーラを遇し、交渉を重ねてある種の協力関係を取り付けた。

 で、俺はその見届け人として同行している。

 

 サッドからすれば、ネミーラに同行してもらえる誰かが欲しかったものの、海底王国であるところのシーエルフの領域までは、ただついていくだけでもとんでもないことだ。

 もちろん、ネミーラか他のシーエルフの魔法で保護してもらいながらついていく、というの手もあるが、そりゃ殺生与奪を完全に向こうに預けちまう行為だ。万が一何かしら、ちょっとでも機嫌を損ねりゃその場で即死、てな可能性もある。そんなところに身内を送り込むのはあまりにもリスクが高い。だが俺のように風魔法、あるいは水魔法等々で、自力でも水中で生存可能であるならば話は別。

 ガンボンやアリック等から俺の存在……厳密には、「魔力を通すことで体の周りに、水中をも突き進むことができる空気の膜を作り出すことの出来る“シジュメルの翼”と言う魔装具を持っている南方人(ラハイシュ)」の存在は聞かされていて、「そいつが居りゃあイケるんだがなぁ」てな話をしていた所に、まさに渡りに船とばかりに俺が現れた……と、そんな話だ。

 

 にしても、サッドの方の俺への説明不足っぷりはひでぇモンだぜ。ネミーラが王女だって話すらきちんと説明しやがらねぇときたもんだ。

 うかうか引き受けちまう俺も俺だと我ながら思うが、とは言え今回俺がやるのは、別に交渉とかそういうご大層なことじゃねぇ。

 あくまで奴隷として捕まっちまったネミーラを丁重に送り返すこと。その上で、ネミーラが行う交渉を見届け、その結果を報告すること。

 実際具体的にどういう交渉するつもりなのかは全く知らねえ。サッド達“闇エルフ団”は、まあ色々な成り行きもあって、今は半ば“毒蛇”ヴェーナに対するレジスタンス組織みたいなモンになってる。

 疾風戦団の一員でありながらレジスタンス組織の頭になっちまったサッドがどうするつもりなのかは知らねーが、疾風戦団自体は別に“毒蛇”ヴェーナに喧嘩を売りに来たわけじゃねぇ。あくまでガンボンとラシードの目的は、行方不明になった仲間の捜索。

 だが、どちらにせよ現状として“毒蛇”ヴェーナの支配体制に対して敵対的な立ち位置にあるのはお互い同じ。

 

 シーエルフ達と交渉するとしたら、そこになるだろう。

 まあ、シーエルフの王国相手に、ただの抵抗組織に過ぎない闇エルフ団が、同盟、共闘……まで言うのは、そりゃでかすぎる話だ。だが、ある種の支援、協力ぐらいなら取り付けるのも不可能じゃない……かもしれねぇ。

 まして、これまた成り行きとは言え、“闇エルフ団”側はその王女を救い出した事になるワケだ。かなりでけぇ恩を売っている。

 

 なもんで、牢屋に入れられるってのは予測の範囲からはかなーり逸脱しちゃあいるが、その先の展開についてはそれほど悲観的には思ってはいないでいたんだが……。

 まあそれが、甘かった。

 

  


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