3-200 J.B.(123)Hound Dog(猟犬)
絡み合う視線は一瞬。止まった俺の表情で、ヤコポは勝手に何かを察したつもりでニヤリ。
「ハッ! 当たりか! 加護持ちの南方人は貴重だからな!」
もちろんこの「貴重」ってのは、高値で扱える奴隷として、と言う意味だろう。
そう言い放つムカつく面に、勢いよく頭突きをかまそうと頭を振ると、それを予期してか逆に白銀の兜での頭突きを返される。
ドワーフ合金製の“シジュメルの翼”の兜は、そこらの兜より硬く頑丈だが、打撃の効果はその中の頭蓋骨、さらには脳みそに響いてきやがる。
返されて軽くよろめく俺に、再び頭突きをかまそうとするヤコポ。だが俺はよろめいたと見せて身体を沈め、背を地面につけるように倒れ込んでからくるり回転。そのまま高く上げた右足でヤツの側頭部を蹴る。油断し構えもないタイミングに決まったそれは、さっきの頭突き以上に効いているはずだが、これまたヤコポは軽くよろめくだけ。
「さすがの素早さか! だが、【飛行】の魔術は何によるものだ? その背中の黄金の翼か?」
話し続けつつヤコポは肩掛けの小物入れを留めているベルトを器用に外す。何をするかと思っている隙に、そのベルトを俺の手首と、それを握る自分の右手首へと絡めつけ握る。
「何しやがる、てめぇ!?」
「飛んで逃げられると困るんでな」
まるでプロレスのチェーンデスマッチ。手錠で繋がれ、どちらかが倒れるまで終わらない死のエンゲージリングだ。
「三、四班、周囲への警戒を続け盾固持! 二班、投石構え! 一班、俺を囲みこの南方人が逃げ出さぬようにしろ!」
ヤコポは完全に俺個人をターゲットと決めたようだ。闇エルフ団が居ようが居まいが関係ない、とでも言うのか、あるいはこっちのハッタリに感づいたのか。
ぐいっ、と腕を引いて俺を起き上がらせ、空いた左手で殴りつけてくる。
顔面、特に鼻や顎先へと、見かけの割にはコンパクトで丁寧な振りで的確な攻め。大男にありがちな、力まかせの大振りじゃあねえ。
四、五発無駄に食らってから、パンチの当たる直前に頭を動かし、ドワーフ合金製の隼兜で拳を受けてやろうとするが、ヤコポはその寸前で手を開き頭を掴む。
「まだまだ元気だな、小僧」
万力の様な握力で捕まれ、ぐいぐいと引っ張られる。糞っ、痛ぇじゃねぇかよ!
“シジュメルの翼”を広げ、至近距離で【風の刃根】をヤコポへ撃ち込む。確かにこの魔法は一発一発の威力は低い。だがこの距離で無数の【風の刃根】を叩き込めばただじゃすまない。
だが……、
「ふん!」
腹から出したその気合いと同時に、 ほんの数瞬だが奴の着ている白銀の鎧が光る。その光は間違いなく魔力によるもの。ああ、よく見て知っているぜ。アダンの“破呪の盾”や、マーランの使う【魔法の盾】の光によく似てるそれは、俺の放った【風の刃根】を防ぐ。
「それがさっきの魔法か? もうネタは尽きたか?」
今度は引き寄せられての膝蹴りが腹に突き刺さる。
「だが、今ので大体わかった。お前は入れ墨の加護で風の魔力を操る。そしてその風の魔力が、ドワーフ合金製の胸当てについた翼を動かし、空を飛んだり攻撃したり出来る……そういうことだな?」
ガタイは俺より遙かにデカい。タフで力もあれば、洞察力もある。本当にマジで厄介だぜ、こいつ。
「ふうむ、そうだな。入れ墨の加護持ちは確かに貴重だが……お前のそれは“漆黒の竜巻”には及ばんな。
そして【飛行】の魔術がその鎧の力だと言うのなら───」
ベルトを絡ませ俺の左手を握る力がさらに強まる。
「───まあ、死んでも構わん……か」
分析終了。そしてそこから出た結論は、俺を降参させるためのブラフなのか、あるいは本気か。
いずれにせよ、流れは変わる。
再び、倒すと言うよりは叩きのめし意志をくじくかのような細かいパンチの洗礼。
だが、今までよりも重く、きつい。
「さて、これだけやり合ってても誰も助けに来ないな。闇エルフ団はどうした? 包囲してるんじゃなかったか? 当ててやろう、全部お前1人の小芝居だ。罠や何かは事前に仕込み、1人でこの計画を練り誘い出した。
いや、なかなかどうして、たいしたもんだ。
その執念、行動力、体術のキレに計画性、知恵……。さっきはああ言ったが、やはりお前は殺すには惜しいな。
加護持ちなだけじゃない。それだけの力があれば、すぐに部隊長クラスになれるぞ。
どうだ? タロッツィ社に入らないか? 逃げ出した奴隷兵なんぞとは比べものにならん大金が稼げ、女も金も手に入れ放題だぞ?
それに……“漆黒の竜巻”とも会える」
半分当たり、半分ハズレ。だがそれでも鋭い所を突いてくる。
「……なるほど、悪かねぇ誘いだ」
拳の応酬に応じながら、おれはそう返す。
「だが……」
殴り合いに意識の集中したヤコポの間隙に、パンチをかわして身体を沈め、膝裏への回し蹴り。
「ぬっ!?」
ウェイトが違うから拳じゃ勝ち目はない。だが蹴りならタイミングでぐらつかせられる。
背中を見せるかの態勢。革ベルトで絡みついた左手に引かれ、膝裏への蹴りで下半身が崩れる。そこに再びのドワーフ合金製の隼兜の後頭部を、伸び上がる勢いのまま顔面へ叩きつける。
「がはっ!」
鼻面と口元へのドワーフ合金製兜は手痛い。白銀の鎧に付呪された【魔法の盾】の効果を発揮させる余裕もない素早い連撃。よろめくヤコポへさらに追撃で体当たりをかましつつ、右手で腰ベルトのドワーフ合金製ナイフを抜いて、手を繋いだ革ベルトを切る。
これでお互い自由だ。
周りのタロッツィ兵が俺を取り押さえにかかるかどうするか一瞬の逡巡。余計なことをしたと言われヤコポに殴られたくは無いんだろう。
その隙に、前傾になったヤコポの肩口へ足をかけ、蹴り上げて飛び上がる。そのまま、“シジュメルの翼”の飛行能力で上へと発進。
「に、逃げるぞ!」
タロッツィ兵の中の投石器を準備していた班が、慌てて投石を狙うが、当然当たりもかすりもしない。
「追え! 奴は1人だが、背後に何かあるかもしれん」
ヤコポは立ち上がりつつそう指示を出す。
人並み以上に洞察力はあるが、今回はむしろそれが徒になった。確かに、マットーに考えりゃこの作戦自体が単独でも、本当に何もなく突然やってきた流れ者が、曰わく「悪名高き」タロッツィ社に喧嘩を売るなんてのは考えずらい。
そう、マットーに考えりゃあ背後に何かがある。
マットーに考えりゃ、な。
実際には不確かな情報を頼りに全く土地勘も何もないところへとふらふら飛んでやってきて、そのしょっぱなから奴隷狩りにあった挙句、成り行き任せでよく知らねぇ奴隷商の連中をひっかき回してるだけでしかねえんだが、そんな無軌道な奴が自分達をこうまで手こずらせるとは考えられない。
そしてこっちからすれば、この先にはまだまだ仕掛けておいた罠があり、何より奴隷兵連中がキチンと逃げられるよう時間も稼いどかなきゃなんねぇ。少なくとも、奴らにかけられた【追跡】の術式を解呪する時間が作れるくらいにゃ、コイツらを叩いておかなきゃな。
“漆黒の竜巻”とやらの情報も欲しいから、ベストはヤコポかそれに近い高い地位のタロッツィ兵を捕縛出来れば……てのはあるが、この人数差だとそれは高望みが過ぎるってもんか。
さて、早すぎず遅すぎずの速度で、また時折わざとふらつくようにしてダメージ有りとの演出をしながら誘導すると、タロッツィ兵は歩きにくい斜面をなかなかの速度で追って来る。時折放たれる投石も、防護膜もあって当たりはしないが、結構な威力に精度。奴隷兵のひょろひょろ弾よかおっかねぇ。
罠のある位置の近くまで来て速度を上げる。即席の落石の罠は、支えを外したら即座に斜面を転がり奴らを狙うはず。
距離と位置関係を頭の中で計算しながら、ちょっとした崖に挟まれた隙間を抜ける。左右に逃げ道のない隘路をくぐってその先へ……。
「……止まれ!」
入り口寸前でヤコポがそう命令する。
マジか!? まさか……。
「ここは狭い、迂回するぞ!」
ただの直感か罠を見抜いたか。とにかくそう言って隘路を無視してぐるり回り込むルートへ。
罠を回避された俺は心の中で悪態をつきつつ、次の手を考える。罠らしい罠はここまでだ。時間もなく即席だから、あとは大したモンはありゃしねえ。
その時───。
「うわああぁぁッッッ!?」
「な、何だッ!?」
奴らが回り込んだ先からの叫び声。
何事か? その方向に念入りにと罠を仕掛けた記憶はねぇ。つまり俺の計算にない何かが起こった。
隘路を抜けて右へユーターン。 戻って奴らの様子を見ると、ドス黒い沼のような泥濘が、先頭から四、五人のタロッツィ兵の足元を捕らえ、その周りの連中を含め四方から弓矢投石で攻め立てられている。
迂闊にも風の魔力での気配の察知を怠っていた俺は、素早く周りの風、空気の動きを確かめるが、取り囲んでいるのは人数的には30とちょいくらい。よく見ると、ほとんどは先に逃がしたハズの奴隷兵たちだが、その指揮をとってるかに見えるのは見知らぬ連中だ。
ヤコポ同様、俺1人しか敵は居ない……いたとしても数人、少なくとも大勢の闇エルフ団が周りを囲んでいるなンてのはハッタリだと確信していたタロッツィ兵達は、罠は警戒してても待ち伏せは警戒していなかった。
だからコイツは完璧にハマる。既に減らされていた兵の数はさらに減り、ヤコポ1人が戦斧を振り回すものの、既に指揮官の奮戦だけで覆せる状況じゃあなさそうだ。
遂にそれを悟ったヤコポは、副官らしきタロッツィ兵の進言を受けて撤退に入る。
こちらの大半はヤコポはおろか一般タロッツィ兵にもとても及ばない奴隷兵だと言う事を踏まえれば、奴らが捨て身の突撃でもかまして来たらむしろあっけなくやられた可能性の方が高い。そういう意味じゃ、当初の予定通りある種のハッタリ勝ちか。
俺はゆっくりと、慎重に奴隷兵フォンタナスの近くへ向かう。
「おう、助かったが……一体どういう事だ?」
そう聞くとフォンタナスはやや興奮した様子で、
「こりゃ、天の采配ってやつだぜ! こいつら、本物の闇エルフ団だ!」
と騒ぐ。
マジかよ。そりゃまさに、「戯言百編真実に至る」ってヤツじゃねぇかよ。
と、なかなかに感慨深い気持ちでいるところ、横合いから聞こえてくる、聞き馴染みのある声。
「マジかよ、どーゆーこったテメー……!?」
暗い中に目を凝らしてそちらを見ると、なんとも馴染みのある顔が。
「……アリック……お前何やってンだ?」




