3-195.追放者のオーク、ガンボン(83)「妙だな~、変だな~」
「いやー、縮み上がったな」
敢えて「何が?」とは聴かないが、そうぼやくラシードに無言で頷き同意をする。
隣を歩くセロンも同様のようで、何とも苦々しい顔をしながら頭をかく。
「……得体が知れん」
「あー、それそれ、それ、ぴったしの言葉だわ。なんつーんだろうなぁ~、単純に……強いとか弱いとか、そういう話じゃねえんだよな」
この会話にもうんうんと、無言で頷く。
やや間を置いてから、普段の声の調子とはちょっと違う雰囲気で、
「積極的に話すことでもねぇが、戦団内でも知ってる奴は知ってる話で秘密ってことでもねぇんだけどな。俺、昔一時期、邪神の作った変な古代魔法遺物に操られてた時期があってさ~」
と、なんとも不穏な話を軽いノリで始める。
「うえ、ほんと?」
さすがにそう声が出る俺だが、やはり明るい調子のまま、
「おう、ホント、ホント。実はリタやカイーラ達と最初に出会ったのも、そのわけわかんない遺物に乗っ取られた状態だったんだよな」
とか言いだす。
「その古代遺物の呪いを解くのに、ちょっとばかしまー、クリスティナが手伝ってくれたんだけどもよ。
その後色々調べてもらったところ、どうやらその古代遺物を作ったのは、まつろわぬ古の邪神の一柱、モルグロゾーラじゃないかって話なんだよ」
あらま、変わった名が出ましたね。
「……それはまた、随分と厄介なものに呪われたもんだなぁ」
“悪戯の神”などとも呼ばれるモルグロゾーラは、“狂犬”ル・シンや、オークの主神“暴虐なる”オルクス、ダークエルフを守護する三美神、ヒドゥア、ウィドナ、エンファーラなどの神々と並ぶ混沌の神だが、何と言うか一風……いや相当変わった神なのだ。
その名のとおりにモルグロゾーラは、この物質界へと時折現れ、あるいは自ら作った魔導具を与えるなどの方法で、人々の運命を狂わせるようないたずらを行う。
それは時には、貧民に一国の王にもなれるような財力や権力を与えたりもするし、何の罪咎もない幸せな家族の仲を引き裂き、果ては殺し合いをさせるかのようなことまでもする。一国の運命を破滅へと導くようなこともすれば、小さな子供の他愛のない望みを叶え、喜ばせるようなこともする。
とにかく「悪戯をする」ということを除けば、やることにまるで一貫性がない。
そういう意味では、目的がはっきりせず、どこにどういう理由で現れるか、何をしでかすか分だ予測も出来ないという、最も得体の知れない邪神だ。
「だが、その話が一体どう関係するんだ?」
ラシードの告白に、そう問い返すセロン。
「あのヴェーナ卿がモルグロゾーラのように得体が知れない、とでも言う話か?」
いや~、得体が知れないつながりとはいえ、それはちょっと無理があるよなぁ~……と思うが、ラシードは首を傾げ、
「当たらずとも遠からず……というか、まぁ、モルグロゾーラとはそりゃあ違うが、なんつーか俺はそれ以来 邪神関係のことにちょっと鼻が利くようになったみたいなんだよな。邪神自体の、っていうよりか、混沌の神々やその眷属に関係してそうな雰囲気っつーか、気配っつーか、匂いっつーか、そういうもんにさ」
ふーむ……まあ、言わんとしてることは何となく分かる……かな?
「ヴェーナ卿も……その後来たイノースだか言う猪人もよ。なんつーか、そーゆー感じの匂い? すげーしてんだよなぁ」
直感と言うべきか、ある意味では経験則なのか。そういうラシードだが、まあ俺やセロンにはその真偽は確かめようもない話だ。
と、そんな話をしつつ控え室から修練場方面への回廊をずったずったと歩いて居ると、別の集団が通路の向こうからこちらへ来る。
「ああ、これはこれは、アバッティーノ商会の……」
「おお、これはバルトロス殿」
そこまでのお軽いノリを早々に隠し、ラシードが丁寧に挨拶を返すのは、黒を貴重とした鎧、装束を身に付けた集団の中心にいるひとりの商人。誰かと言えばタロッツィ商会の代表である。
「いやー、本日はなかなかの試合日和ですなあ」
「天気もいいし、空気もちょうどいい具合に乾いてますからね」
「観客もかなり盛り上がってますぞ」
そんな会話をしつつ、ははははは、などと笑い合う。
奴隷闘士同士は派閥ごとに別れていて、それぞれあまり仲が良くない派閥もあれば、かなり険悪な派閥というのもある。が、何にせよ程度の差はあれ他の派閥、商会所属の奴隷とは明確な敵同士。こんな風に談笑することはまずありえない。
商会同士も当然ライバルといえばライバルだが、今回の例がそうであるように、結構重要な局面では台本ありきの八百長試合をも平然とやる。利害関係上敵対するときは徹底して戦っても、利益になるならば手も握る。それが商人というものだ。
なので、ラシードとタロッツィ商会代表が表向きは和やかな談笑をしているその背後、居並ぶ闘士たちから俺への視線は痛い。
攻撃的、なだけでなく、あきらかな侮蔑、嘲笑、挑発じみたニヤニヤに小声での囁き。こりゃ、センツィーが乗せられるのも分かるなあ。
まあ俺なんかはその手のやーつーには慣れたもんです。このくらいで動揺したりはしませんよ?
んが、横のセロンはそうでもなく、覆面をしてて表情は見えないものの、荒くなった呼吸に震える肩が、タロッツィ商会闘士の侮蔑的な態度への怒り、苛立ちを現している。
いやいや、落ち着いて、落ち着いて、と、軽くその腕に触れる。
「“漆黒の竜巻”の噂は聴き及んでますが、実際の闘いぶりは初めて見せてもらいますよ。今日は勉強させてもらいます」
「ははは、まあ、闘士を育てるのはこれはこれでなかなか大変ですからな!」
腹の内を見せないやりとり。その言葉でようやく意識が向いたのだが、背後の闘士達の真ん中に、すらりと背の高い黒衣の闘士が居る。
顔や身体の要所は皮の装飾めいた鎧や兜に覆われているが、垣間見える肌は濃い褐色。さらには、入れ墨らしき紋様も見て取れる。
細くしなやかだが筋肉もしっかりと付いた鍛えられた身体つきは、まさに歴戦の闘士。
一目見ればその強さはありありと感じられるが……何だろう、この……不自然さは?
何が不自然に感じるのか。少し考えて思い当たる。
さっき相対していた猪人のイノス。あれと、ある意味真逆なのだ。
一目意識して姿を見れば、その肉体の持つ強さはハッキリ分かる。なのに、先ほどまでの“漆黒の竜巻”は、まるでそこに居ないかに存在感を感じられなかった。
覇気だとか、闘志だとか、もっと言えば自分自身の意志すらそこにないかのようだ。
「おっと、あまり長話は出来ませんな。ヴェーナ卿の所へ伺わねばなりませんので、それでは」
タロッツィ商会のバルトロスは話を切り上げそう言うと、闘士達を連れて立ち去る。にこやかにそれを見送ったラシードは、その後ろ姿が見えなくなりしばらくしてから、ふはぁー、と息を吐く。
「あ~……どうだ、アレ?」
誰かに盗み聞きされたくないかのような小声で、だがなんとも嫌そうにそう言うラシード。
「……傀儡か」
「あ~、それ臭いな」
え、何?
「あ~、ガンボン、お前はこの手の嫌らしい邪術には詳しかねぇか。
傀儡術……まあいろんなやり方があるが、要するに人を操り人形にして支配しちまう術さ」
うえ? そーなの?
「ユリウスの使っていた服従の首輪もその一種だよ。あれは抵抗する意志を萎えさせる程度の幻惑術だけど、その強力なやつが、かつて例のザルコディナス三世が巨人達を支配するのに使った隷属の摩装具とかだ。
あの首輪……“漆黒の竜巻”の変わった装束に組み込まれていた首輪自体は、ユリウスの使ってた服従の首輪と同じタイプのものだろうけど、それ以外にも二重、三重に仕掛けているだろうな」
二人とも魔術の専門家とは言えないが、俺よりは知識がある。特にセロンは、闇の森ダークエルフレンジャーとして、自分自身が使える術のみならず、敵対する者が使う可能性のある術を含めて、様々な魔術についての勉強をしているらしいから、おそらく知識だけならばレイフやデュアンにもそう劣らないだろう。
「だーが……となるとややこしい話だなあ」
ラシードは天を仰ぐかにしてため息。
「何、が?」
「あそこは戦いで勝てばガンガン出世できるから、闘士達も勢いづいてて強い。だが、傀儡術を使って無理やり戦わせてるとなると、あの“漆黒の竜巻”は、闘いで立身出世しようという野心があるわけじゃないんだろう。むしろ、元々服従なんざしそうにない反抗的な奴隷だから、ああいう術を使われてるって事だろう?」
うーむ、確かにそうだ。
「で、そこまでして服従させてるって事は、まぁやっぱりそれだけの価値があるって事だろう。この場合の価値は、一つには強さ。後はもしかしたらヴェーナ卿のお気に入りだから手元に置いときたいっ……て言う事もあるのかもしれねーが、何にせよ一筋縄じゃいかねー相手だってのは間違いない」
確かに。
「それに、傀儡術の類ではたいていの場合操られてる者は弱くなる。もともと単純な頭しかない魔獣やそれに近い連中なんかは別だけど、人間やエルフ、オーク、獣人と言った、知能の高い者たちにとっての戦いじゃあ、闘志とか戦う理由とか戦略戦術とかってのは重要だろ?」
うむうむ。ラシードに続けてセロンが言う言葉もよく分かる。
「どっちにせよ、だ。
あの“漆黒の竜巻”には、そうまでして奴隷としておきたいだけの価値、強さがある……てことだろうな」
ラシードがそうまとめると、セロンも嫌そうに頷く。
同じく横で、まあ確かに、と俺。
なんだか、八百長の件もそうだけど、色々と面倒な話になってきたなぁ。
◆ ◆ ◆
昼を回り試合も終盤。たまにイベント的に行う夜戦を除けば、闘技会は夕方になる前には最終戦だ。
で、もうじきその最終戦、俺と“漆黒の竜巻”とのメーンエベント。
控え室で椅子に座り精神統一している(かに見える)俺を、他の奴隷闘士たちが固唾を呑み見守っている。
ラシードとセロンは、再びヴェーナ卿らと同じ貴賓席へ。セロンは名目上はラシードの護衛兵だしね。
鐘の音が鳴り、目の前の鉄格子が引き上げられれば、後は闘技場の真ん中へと進み戦うのみ。
「ガ、ガンターの兄ぃ……」
「ばか、兄ぃは今、精神集中してんだ! 声掛けんな!」
むしろ俺よりも緊張している他の面々。
俺はと言うと、まぁ緊張してるかしてないかと言えばしてないわけではないけれども、とは言え彼らほどではない。もちろん、実際にはこちらがうまく負ける演技をすることが決まっている八百長試合だということもその理由の一つ。
会場のざわめきが次第にゆっくりと静まってくるのが感じられる。
そして、はっきりとは聞きとれないが、今、ヴェーナ卿が何らかの宣言をしたようだ。それに対する観客達の反応が膨らみ、再び拍手足踏みと言った興奮を現れすものが広がり出す。
一般観覧席の真下に位置するこの控え室の中では、その興奮、騒ぎの様子は、単に音として耳に聞こえるだけではなく、振動含め身体全体に響いてくる。
そして、満を持して鐘が何度も打ち鳴らされると、ゆっくりと目の前の鉄格子が上がり出す。
「兄ぃ……!」
「勝ってきてくだせぇ!」
いや毎度すまん、勝たない予定だけどね、と思いつつ、
「……時が来た!」
と、なんとなくそれっぽい事を言おうとしたけれどもちょっと空回りした感じのコメントをしつつ、俺は立ち上がる。
一歩また一歩。
いつもの普段使いの皮と金属の鎧をベースにしつつも、それよりも身軽で露出の多い闘技場用のやや派手な装束を身にまとった俺は、次第に早足になりながら闘技場中央へと駆け出して、両手を上げながら観客へと応える。
すでになかなかの人気闘士ぶりが板に付いてきているので、そう言うパフォーマンスもお手の物。
だが……。
その俺の足が、ゆっくりと止まる。
あれ? あれれれ?
妙だな~、変だな~、とはてなマークが頭の上でてんこ盛り盛り。
眼前の対戦者が、その俺のはてな顔を嗤いながらニヤリ。
「よう、楽しもうぜ!」
豚面ちびオークと、それより二回りでかい猪顔の猪人の対戦カードに、闘技場の観客達が大歓声をあげている中、俺の中にはお馴染みのあの言葉が渦巻き続ける。
何故、こうなった?




