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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
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3-191.追放者のオーク、ガンボン(79)「何か、問題?」


 

 割れんばかりの大歓声。

 今、ここ、プント・アテジオの闘技場には、満員の観客に、出場を待つ8人+1の闘士。そして反対側には大きな人喰い蛇の魔獣、多頭蛇(ヒドラ)が居る。 

 もちろんまだ魔獣の搬入口となっている巨大な鉄柵、檻の中だ。

 多頭蛇(ヒドラ)の生態はほぼ普通の蛇同様。だから、蛇の一種としては狂暴だが魔獣としては凶暴性が低い。捕食以外の理由で他の生物を襲うことが少ないのだ。

 なのでこの多頭蛇(ヒドラ)は今、間違い無く空腹状態。 1月とか、下手すれば半年近くまともに餌を与えられていない。

 円形の闘技場を囲む壁は高く、さらにはこれまた頑丈な鉄柵なんぞも設えてある。要所要所にクロスボウを構えた衛兵が立ち、万が一にでも観客席に累が及ばないよう、魔獣が外へ逃げ出さないよう……そして、奴隷闘士が逃げ出さないようしてある。まさに籠の中に閉じ込められた魔獣とその餌。観客のほとんどがそう考えて居た。

 

 で。

 

 結論から言えば俺たちは勝った。

 いや、そうさらりと言ってしまっているけれども、全然そんな楽勝な内容ではない。

 試行錯誤と訓練と、その他もろもろ全てを懸けて戦ったからこその勝利なのだ。

 

 アバッティーノ商会から特注で送ってもらった武器装備類、まず第一はタカギさんだ。

 試合の内容により制限は変わるが、対魔獣戦の場合など、騎乗用の動物や、魔獣と直接戦わせる使役獣等を使うことが許される事がある。

 

 俺のこの豚足……ではない、短足よりもはるかに機動力のある聖獣タカギさんは重要な戦力。

 その、相変わらず毛長牛へと擬態させた騎乗用タカギさんで、まずは俺の機動力を確保。

 その次は、奴隷闘士たちの役割分担。

 

 多頭蛇(ヒドラ)の恐ろしさは何よりもまず数の多い首。

 その巨大な口は、人一人を丸呑みできる。それが複数あることで、ただの一体でも小隊一つを壊滅させられる。

 その口をどうにかして閉じさせること。それが重要だ。

 考えに考えた一つの手段が、鉄鎖の網だ。丈夫な鉄の鎖で編んだ投網。それを3人に担当させる。

 残り4人には盾役。いや、厳密には盾だけではなく馬防柵ならぬ蛇防柵を使って多頭蛇(ヒドラ)の進路を制限させる役。

 

 俺がタカギさんに騎乗して機動力で攪乱する。多頭蛇(ヒドラ)がわざわざ俺を狙いたくなるように、鶏の血なんかを被ったりもした。めちゃ気持ち悪い。

 そうやって引き回している間に、アバッティーノ商会に取り寄せて貰った丸太を加工して作った蛇房柵を二人一組で適宜配置してもらう。

 馬防柵を元にした蛇防柵は、まあだいたい長さは1メートル半、太さは20センチ程度の先端を尖らせた丸太を三角形になるように組み合わせ縛ったものを両端にして間を繋ぎ、そこ柵をはめ込んだような構造。

 これは本来は、敵の騎馬突撃を防ぐ目的で、戦場の自陣防衛の為に設置される。だが、多頭蛇(ヒドラ)は騎馬と違いそう言う突撃を仕掛けてくるわけではないので、敵騎馬の勢いを削ぐことが第一目的の馬防柵の構造ではあまり効果がない。

 なのでまずは高さ。多頭蛇(ヒドラ)は普通の蛇とほほ同じ生態だが、本来の普通の蛇よりも移動能力が低い。

 理由はもちろん、頭が多いことで重心のバランスが悪いからだ。

 普通の蛇のように身をくねらせて木を登ったり、また素早く動いたりもうまくできない。多くの頭によって攻撃力は格段に上がったものの、素早さと機動性は犠牲になっている。

 高い柵に囲まれた場合、乗り越えるのも、その巨体からすれば破壊可能だが、それなりに手間取る。

 

 タカギさんの機動力で引き回しながら、囲んだ蛇防柵で多頭蛇(ヒドラ)の行動半径を狭める。

 檻に閉じこめるかのように取り囲むと、そこからは槍で攻撃。

 これも、ほとんどは致命傷どころか、傷にすらならない。

 けれどもそれで気が逸れたところに、鉄鎖の網で頭を絡め捕る。

 長い首が絡まるかになるその状態に、俺が棍棒でゴーーン!

 さすがに硬い頭蓋骨、そう簡単には砕けないが、何度か殴れば仕留められる。何せ俺の棍棒は、硬くて重いオークの合金、オーカリコス銅の補強に刺付きだ。

 それを……八回。八つの首全てを潰すまで繰り返して……ようやく決着……!

 

 蛇防柵も二台は壊され、3人ほどが首や尾に叩かれて打撲やら何やら怪我はしたけど、想定されていた結果とは全く異なる結末となった。

 諸々の予想を覆す大勝利は、俺たちの誰一人食われる事無い完勝に賭けてた希有な人々に大金を齎すこととなる。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 セロンによる定期連絡とメンテナンスも、お互いかなりこなれてきた。

 メンテナンスとは何ぞ? と言うと、一つは勿論身体のメンテナンスで、魔法や薬を含めた様々な手段で病気や体調不良、怪我などを診断し回復させることだ。

 あともう一つは偽装工作。

 奴隷には必ず焼きごてで印を入れられるのだが、もちろん偽装で潜入するからといってそんなものされるのは溜まったもんじゃない。なので俺は、首と腕に染めた豚の皮を使った焼き印をされた皮膚を、特殊メーキャップのようなもので貼り付けている。それだけだとまあじっくり見られるとバレるのである種の幻惑魔法で誤魔化し、また時間経過で接着剤も弱くなるので、数日ごとに魔法をかけ直しーの、接着剤を塗り直しーの貼り直しーののメンテナンスしているのだ。

 

「全て計画通り……と、言っていたぞ」

 他の房内の面子には退室していただいた上での密談かつメンテナンス中、セロンが言うには、ラシードは試合結果ががこうなるように様々に手を回していた……とのことらしい。

 

 まずは大元、多頭蛇(ヒドラ)との魔獣戦と言う超ヘビー過ぎるデビュー戦も、様々な奴隷商会とコネを作り、会食懇親会を重ね、さらには闘技場のオーナーである代官にまで繋がりを作ってのセッティングだそうだ。

 何故にこんなハードモード!? と言うところは、

 

「ギリギリの駆け引きで、なんとかその条件に収めたのだそうだ」

 

 とのこと。

 

 ラシードとしてはまずは派手にデビュー戦を飾りたい。

 ならば魔獣戦が良い。地味に格上拳闘士と戦わせ続けるというのは、時間もかかるし目立たない。

 そこに、代官のデジモ・カナーリオが乗った。

 ただし、過剰に。

 

 戦わせる魔獣の格をどんどん上げられ、条件の摺り合わせに丁々発止。

 その中でなんとかこじつけたのが、騎乗動物可、持ち込み武器の加工可、チーム制等々などだ。

 

 持ち込み武器加工可の条件は確かにかなり助かった。馬防柵ならぬ蛇防柵が作れたのもそのためだ。

 そしてチーム制……。

 

「お前の部屋の7人は、正式にアバッティーノ商会の所属奴隷闘士ということになった」

「ほへ?」

 何故に? と思うが、そうだ、彼等は全員、元々は闘技場所属の廃棄奴隷闘士で、いわば二束三文の使い捨て消耗品(エクスペンダブルズ)。言い換えれば「安く買い叩ける商品」。

 闘技場の中で派閥を作れ、と言うラシードの方針からすれば、まとめてアバッティーノ商会の奴隷闘士にしてしまうのが一番良い。

 

「お前が勝てば同房の7人を優先的に安く買い取れる。それを対魔獣チーム戦の条件の一つにしたそうだ。

 奴に言わせればこれは相手方には何一つ損の無い条件。元々、買い手などつくはずもない廃棄奴隷を安値とはいえ売り払えるし、 勝とうが負けようが大型魔獣との戦いはそれだけで十分客が喜ぶ……とな」

 

 実力に乏しくとも、派閥を作ると言うならとりあえず数が多いに越したことはない。派閥を作ることで闘技場内の自分の奴隷の安全性や地位を確保するというのは、奴隷商会にとってはある種の常套手段。

 だからこの条件で折り合いをつけようとするラシードの交渉は、向こうからすれば全く不自然な所はないどころか、ある意味、「一時的に損をしてでも闘技場での地盤固めをしたい新参者」らしく見えただろう。

 この闘技場での将来的な利益に向けての投資として、だ。

 

 う~む。

 結果的にはこの上ない大勝利ではあるがなぁー。

 

 んが。

 俺としては、その辺の話を後から聞かされてもなぁ、とは思う。突然大型魔獣と戦えなんて話になったときには、全く余裕も何も無い。ない知恵絞って必死こいて作戦を考え、道具を準備し死にもの狂いで戦った。

 確かになんとか勝ちは拾えたが、もっと事前に色々あっても良かったンじゃないの? とは思う。

 

 と、そう思うのは俺だけじゃなくセロンも何やら含むものがあるような雰囲気だ。いや、そんなに鋭いとは言えない俺だけど、それでもセロンの態度には不満げな空気がアリアリ。

 

「何か、問題?」

 

 そう小声で俺が聞くと、セロンは額を俺へと押しつけるかに顔を近付け、

「問題しかない! まったく……話には聞いていたが、帝国人という奴らは本当に度し難い! この街の至る所に、飢えた子供や、病み衰えた者たちが蹲り、今にも死にそうなほどだというのに、誰も助けようとしないどころか、中には石をぶつけ罵詈雑言を浴びせ、蹴り飛ばそうと言う輩まで居る。

 かと思えば代官や奴隷商人共は、飽食三昧で酒を飲み浮かれ騒いで、あまつさえこのようなところで魔獣と人を戦わせ見せ物にし、生き死にを賭の対象にまでしている」

 

 と、まくし立てる内容は、どストレートな人類批判。あら、思ってたのと違う。

 

 うん、まあ、そうだよね。

 俺もまあ、オーク城塞生まれ異世界育ち、悪いオオカミだいたい友達、な有り様で色々麻痺してる部分もあるけど、セロンの言う事は全くその通りだ。

 

「ラシードの奴が、策があるから今は目立つなとしつこいから抑えては居るが、本当にこの街の有様にはうんざりする!

 シーエルフがこの街を沈めずに居るのが不思議なくらいだ!」

 

 なんともそんなことをまくし立てるけれど、いやまあとりあえず落ち着いてくださいよええ、ええ。

 そう肩を叩いて宥めてはおくが、気持ちは分かる。

 

「他、連絡は?」

 気持ちは分かるがこちらはこちらで話を進めなければならない。そう続きを促すと、しばらく顔を両手で覆っていたセロンがぶるりと撫であげ、一息。

 

「後は……タロッツィ商会の動向に注意……との事だ」

 タロッツィ商会……つまりはこの闘技場で最大最強派閥を有する奴隷商会。

 

「どうやらタロッツィ商会は、かなり深く“毒蛇”ヴェーナと通じて居るらしい。あの魔獣討伐の護民兵団とやらの中核も、タロッツィ商会の連中が担っているそうだ」

 ここで好成績を残し続けると、奴隷としての商品価値が上がり、新たな売却先ができる。奴隷商達がここでの成績にこだわるのもそのためだ。

 その上で、タロッツィ商会の場合は、独自の傭兵団……と言うか、前世感覚で言うところの雇われて戦場へと赴く傭兵を派遣する民間警備会社のようなこともしていると言う。

 つまりここで好成績を収めたうちの何人かはより良い条件の働き口としての「タロッツィ商会所属の傭兵」ともなれる。奴隷闘士の時と違いある程度以上の自由はあるし金も得られる。討伐依頼なんかがあれば略奪もし放題だ。

 

 その辺の背景も含め、彼らが強いのも当然と言えば当然。勝つことで得られるものが他の奴隷闘士とは違うのだから、モチベーションも桁違いだろう。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 それからしばらくの間、週1か週2ぐらいの間隔でマッチメイクされる。

 似たようなパターンの魔獣戦もあれば、一対一の拳闘、格闘試合もあるし、集団同士のチーム戦というのもある。

 また、場合によってはギミックや仕掛けを取り入れたバトルロイヤル形式の試合とか、むしろこれSASUKE的な何かじゃねえの的なアスレチック競技の時もある。

 闘技場と言う割には、意外とバリエーションに富んでいる。

 

 タロッツィ商会の奴隷闘士との試合もあって、確かに彼らは他の商会の奴隷闘士より一枚も二枚も上手の強者だった。それでも試合そのものは問題なく俺が勝つ。

 周りからは東方オーク流の独自の格闘術として知られているが、実際には前世の知識をベースにした柔道技は、やはり彼らの知識にはないから十分に通用する。組技無しの打撃オンリーの試合でも、だ。

 

 素早さや高い運動神経を求められるアスレチック的なギミックのある競技は駄目駄目だけど、一対一の拳闘、格闘試合や魔獣戦においてはほぼ全勝の好成績で進んでいく。

 これまた、ラシードの「計算通り……!」に、なかなかの注目度高い人気奴隷闘士へとランクアップし、階級も待遇も上がって行く。

 

 アバッティーノ商会の所属奴隷闘士も増えてきて、最初の7人含めて全体の成績もあがる。

 理由の一つはセロン。度重なるこの町に対する不満、ストレスを、闇の森ダークエルフレンジャーのアランディ式ブートキャンプで所属奴隷闘士達を痛めつけ……いや、鍛え上げる事で発散するようになったからだ。

 いやまあ、セロンの訓練もただのストレス発散だけでなく、さすがは自分自身アランディ式できたえられただけあり、なかなか指導者としても有能なのだ。

 

 例えば元房長のカトゥーロなんかは、 実際体格も良く腕力もなかなかあるのだが、永年の拳闘試合のダメージの蓄積もあって膝を壊してる。

 なので強く踏み込めず、得意の腕力を生かした強打が打てない。その上で戦い方自体はいかにもと言う様な力任せ勢い任せで乱暴。パンチもいわゆるテレフォンパンチで、どこを狙ってどんな殴り方をしようとしているのかが初動でバレてしまう。

 なので、膝への負担を減らしつつ、堅く守りながら素早くコンパクトに攻撃する方法なんかを指導し訓練させると、それがまた上手くハマる。

 この辺、理屈としては俺にもなる程確かに、と分かるのだけど、セロンみたいに上手くそれを伝えて指導するのは出来ない。ううむ、意外な才能!

 

 そんなこんなでアバッティーノ商会派閥も次第に大きくなってくると……その分の反発もあるワケだ。

 



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