3-188.追放者のオーク、ガンボン(76)「本格的に刑務所感あるわ」
プント・アテジオ。
ヴェーナ領大湿原地帯から南西方面にある港町。
名前の意味としては、「外を見る場所」とか、そんな感じのものらしい。
切り立った崖のような急斜面の多い大山脈、“巨神の骨”から、ゴロリとこれまた巨大な山の一部が転がり落ちて出来た出島のような岬にある天然の要害都市だ。
実際、東側は“巨神の骨”、西側は大湿原地帯、南はマレイラ海に囲まれて、陸路からの入り口は北側のみ。その北側からの入り口も堀、水路に囲まれ、陸路は巨大な二本の石橋のみと言う、完璧なまでに守りが行き届いている。
古くはマレイラ海を通じた南方交易の入り口で、ボバーシオより西の町なんかとも行き来していたらしいが、現在はけっこう寂れている。産物としての魚介類はそれなりに手に入るが、マレイラ海に棲むシーエルフ達との関係が悪くなったことから、大規模な交易は行われていない。
帝国時代には当然直轄領だったが、滅びの七日間による崩壊後に“毒蛇”ヴェーナにより支配権を奪われた。難攻不落の天然の要害をどうやって落としたか……と言うと、どうやら毒、それも闇呪法も用いた呪いのような毒でじわりじわりと追い詰めて行ったらしい。
その毒の余波はマレイラ海にまで注がれ広まり、それがシーエルフ達を怒らせてしまう一因にもなるのだが、何にせよそれによりこの都市が“毒蛇”ヴェーナの支配下になってから、この都市自体もゆっくりと呪われた毒に犯されるかのように衰退してゆく。
現在のこの街の売りは、あまり多くはない珊瑚や真珠などの宝石類に、様々な魚介類。そして何よりも「奴隷売買とその奴隷による闘技場での試合」。
そう、俺より強い奴に会いに行こうと思ったら、ここプント・アテジオへいらっしゃ~い、なのだ。
その唯一の陸路入り口、長い石橋を渡る一台の馬車。作りは頑丈で、上方の明かり取りの小さな格子窓以外は密閉された木製。中の様子は伺えない密室構造で、屋根に見張り台まで着いた守りの固いそれは、奴隷狩り隊商の馬車だ。
元の所有者から、「平和的に譲り受けた」今のオーナーはラシード。
そしてその中に居るのは他でもない。先日までは樽に潜り込んでたら出られなくなったお間抜けオーク、今回からは奴隷闘士として参加させられるオークの奴隷、つまりは俺だ。
「アバッティーノ商会……? ジラルドとは違うようだが……?」
「ええ、義兄は今、拠点で別の仕事をしまして、新しくこちらでの業務を引き継ぎました。こちらの門番の方はとても良くしてくれるので、くれぐれもよろしくと言付かっております……」
そう言いながら手を握ると、あちらの態度が柔和になる。
「ふふん、そうかそうか。殊勝な心掛けだな」
もちろん、握り込んだ硬貨の感触から、だろう。
後ろの馬車の中からコッソリ様子を窺っては居るが、にしてもこの中は、色んな嫌な臭いが染み込みまくっている。糞尿に反吐に血、酩酊させる為の香に、またそれら様々な臭いを誤魔化す為の香……と、こんな所に閉じ込められ、ガタガタと揺らされていた奴隷達がよくも狂わなかったなと思うくらいだ。
それもあって、本来なら明かり取りの分しか開けない仕掛け窓を、半分は開いて風通しは良くしてある。ただし当然、格子は外されてはいない。
そこから覗きながらに見るプント・アテジオの門に街並みは、基本的には明るい色合いの煉瓦造りの家々に、やはりそれ以上に頑強そうな石組みの城壁。
人の往来はけっこうあるので賑やかな印象もあるが、だがどことなくうら寂しくもあるのは何でだろうか?
そうぼんやり考えていると、俺の馬車の隣を歩く縄に繋がれた人の列。ああ、彼らもまた奴隷だ。ボロ着、またはほぼ全裸と言う姿で、手枷足枷に腰縄で繋がれ歩かされる彼らは、一様に淀んで疲れ果て濁った目をしている。
ここに連れてこられる奴隷の多くは、「狩られた」奴隷らしい。
税が払えず、正規の手続きで大人しく奴隷になる事を受け入れたのではなく、逃亡した末に捕まったか、他領や旅人、元から山野に隠れ住んでいた者達や犯罪者、後は三回以上税が未納になった者……とにかく、正規の奴隷とは異なり、一定期間の強制労働で自由市民へと戻れるワケではない奴隷。
その売買が行われるのがこのプント・アテジオだ。
つまりは、「奴隷売買」と、そのデモンストレーション含めた「奴隷による試合」。
クリスティナが特別に価値ある奴隷と見做され、高額取引の材料とされたのなら、このプント・アテジオを経由している可能性が高い……と。
そんなワケで、奪った馬車と奴隷売買許可証を使って奴隷商に偽装したラシードは、俺をその拳闘試合に参加させる拳闘奴隷として送り込みつつこの町で情報収集をする……という方針を立てた。
俺の負担大きくね? とはもちろん思うが、そこはまあ仕方ない。その大役が出来るのはこの面子では俺しか居ないしね! ババンバン!
◆ ◆ ◆
「ふぅ~ん、オークねぇー。オークの闘士は何人か見たことがあるが、こんなちびっこいのを見るのは初めてだなぁ~」
「んだなぁ~。ただの食い過ぎたゴブリンなんでねえのか?」
そう言ってゲラゲラと笑う二人の男。この二人は登録受付をする闘技場の係員で、その他周りにいる警備員兵とかも釣られて笑う。
巨漢のはずのオークの割にちび、ということで笑われるのにはもう慣れている。リトルビッグマン、そう、小さな巨人ガンボンとは俺のこと。怪力頑強、ついでに食欲に屁の臭さまでも巨漢のオーク戦士たちにひけは取らず、その上前世で覚えた格闘スキル、今ではある程度まで制御できる“狂犬”ル・シンの呪いこと人狼パワーまで使いこなせる。見た目でなめたら痛い目見るのだ。
プント・アテジオは岸辺からせり出した出島のような都市だが、その街中にも縦横無尽に水路が走っている。
水の都、などと言うとちょっときれい過ぎる言い方になるが、その水路が移動や荷運びなど様々なことに使われている。
そしてまた、の街の中で2箇所ほど、出島の中の出島とでも言うような、水に囲まれた構造になってる施設がある。一つはもちろんこのプント・アテジオの代官の館。
もう一つがこの闘技場だ。
どちらもまたこの町に至る長大な橋と同じく、やはりそれよりかは短いが、長い橋で外部と繋がっている。町中の水路からの入り口もまた、水門により制限されていて、外からの出入りも自由には出来ないが、何よりこの闘技場の方は、内部から外へと出ることが最も制限されているのだ。
行きはよいよい、帰りは……なんとやら、だ。
「いや~こいつはね、実は東方オークなんでさぁね」
その陸の孤島へと俺を送り込み閉じ込める算段をしたラシードは、係員相手にそう軽口を叩く。
「東方オーク?」
「東方人たちが連れて来た、コッチのオークより小柄なオークなんですよ」
「はぁ~? そんなのは聞いた事ねぇなあ」
「そりゃ当然。この連中が戦う前に滅びの七日間が起きちまいましたからね。まあその生き残りが闇の森よりさらに東の荒れ地に集落を作ってた。そこの連中は、たまに南岸の街なんかを襲ってたりしたらしくてね。まあなんやかやで捕まって、珍しいってんでその街の連中が売りに出した」
「ふ~ん、そりゃあ珍しい」
しかしまあ……よくもこんなに嘘デタラメをペラペラ喋れるもんだ。イベンダーも時には嘘も織り交ぜての交渉術は巧かったけど、こんな完全な作り話をする……てのはあんまり無かった。どちらかと言うとこう、情報の出し方を工夫することで、意図的に相手が誤解をするよう誘導するみたいなやり方が多い。
多分、騙しのテクニックという意味で言うならばイベンダーの方が上手なのかもしれないけど、ラシードのこれは、言ってしまえば面の皮が厚い。
「それに、こいつはまた東方オーク流の面白い格闘術を使うンでね。それがここにはピッタリだと思ったんでさあ」
「格闘技ね~……」
「なんなら、ちょいと見せましょうか?」
「おいおい、よせよせよせ、そーいうなァ俺たちの仕事じゃねえんだよ」
「それじゃあ、どなたにお見せすればよろしいンで?」
「俺だ」
そこへと響く野太い声。
吹き抜けの二階へと繋がる幅広の石の階段から降りてくるのは、全身入れ墨の巨漢の南方人の男。
「奴隷闘士、闘技者の全てを管理する。もちろん、 売り込みされた拳闘奴隷達がどのランクに値するか、あるいは廃棄役にするか決めるのもこの俺だ」
ちびオークである俺よりはるかに背が高く横幅も厚みがある。程よく筋肉質で、歴戦を感じさせる傷跡も多い。歳の頃は中年だろうか、ややしわの目立つ顔の中でも目立つのは、目元、目尻、そして眉間。よく、苦虫を噛み潰したような顔、と言う言いまわしがあるが、まさに常日頃からずっとそういう表情をしているかのような感じだ。
名探偵ガボン君である俺の見立てとしては、かつての歴戦闘技者が、引退し今やここでの奴隷頭を務めている……と言ったところだろうか。
「ちょうどいい。ほら見てくれよ、東方オークだとよ。珍しいもんが売り込まれて来たぜ」
「ふん、東方オークだ……?」
まさに値踏みをするかのような鋭い視線で俺をしげしげと眺めつつ周りを回る。
「手を上げろ」
言われるまま指示通りに手をあげると、腕を触り背中を触り。それからも、 座れ、脚を開け、屈んでケツを見せろ等々、聞きようによってはちょっと危ない方面の命令にも聞こえる指示に、ラシードからの無言の「とりあえず言うこと聞いとけ」と言う視線を受けつつそれに応じる。
「……ふん、やや肉は多いが、確かにオークらしい身体……筋肉の付き方だな」
との寸評。
「手だ」
ん? と顔を向けると、南方人の奴隷頭はやや腰を落とし、両手を開いて前に差し出している。
あ、これは手四つ、というやつだ。柔道では袖の取り合いの組手争いから始まるが、相撲やレスリングなどでよく見る、お互いがお互いの手を取り合って組むところから始める体勢。
レスリングは俺の得意技ではないがここもまた素直に応じる。
組み合ったその瞬間、まず感じたのは握力。この南方人の大男、オークの俺に引けを取るどころか上回る握力で締めつける。
その痛みに怯んだところから、ぐんと体勢を低く押し込まれ、反応し重心を上げかけたら……即座に体が宙へと浮いている。
ふわりとした一瞬の浮遊感に、反転する景色。全身に受ける衝撃は、当然床へと叩きつけられたことによる。
肺から息が全て吐き出され呼吸が止まる。ゲホゲホとむせながらも、そのまま引き起こされ再び立ち上がる。
「悪くはないな」
むせながら見上げる俺を睥睨するかにしてそうコメント。
こうやって立ち上がれるのは、南方人の入れ墨大男が投げつつも完全に叩きつけるようにはしてなかったから。
それともう一つは、
「上手く受けをしたな。東方オーク流の技か」
半身をひねりつつ庇い、ダメージを分散させるべく受け身をとれたこと。
腕をとられていたから完全にとは言えないが、それでも無防備に地面にたたきつけられるのとはまるで違う。
「まずは“試し”からだ。リストに加えておけ」
そう言われ、指示通りに俺のデータを書き込む受け付け担当の男。
にやにやと慇懃な奴隷商を演じるラシードを後目に、俺は立ち去る入れ墨大男の南方人の背を見る。
そこに、鬼が住んでいた……気がする。
◆ ◆ ◆
奴隷闘士、とは言うけども、実は拳闘、つまりは打撃系オンリーではなく、試合型式によっては組技、決め技の総合ルールもある。
おおきく分ければ三種。
打撃オンリーの拳闘試合。
組技、極技有りの総合系格闘試合。
そして武器防具を持ち、魔獣、猛獣、魔物と戦う試合。
かつての帝国の剣闘試合とは違って、基本的には奴隷闘士たちの試合では殺し合いはない。
闘技場は色んな奴隷商や奴隷を所有している金持ち達が、自分達の所有する奴隷がいかに強く、優れているかを競い合うものと言う側面がある。
競馬みたいなものだ。
金持ち馬主が競走馬を所有し、様々なレースに出場させる。勝てば栄誉と賞金が得られる。
もちろん、負けが込んだ奴隷闘士が“処分”されることもある。その辺は奴隷主の考え方次第だが、まあやっぱそういうところはえげつない。
競走馬で言えば厩舎に相当するのが、この試合場に隣接した拳闘奴隷宿舎。
ランク毎にあてがわれた宿舎に、食事。勝ち続け人気になれば権限も増えるし飯も美味くなる。しかしペーペーの最低ランクなら……。
「なんだ糞ちび、文句あンのか、ああ?」
フルフルと首を横に振る俺に、鼻息荒く睨み付ける給仕係。
配給のような列に並ぶ俺。最低ランクの“試し”、“銅組”の食事は、渡された木のお椀(有料)一杯の豆と魚介クズのスープだけだ。
グーグーの豚である。
腹ぺこりんのぺっぺこりん、である。
8人ひとまとめの大部屋に詰め込まれ、丸太を枕代わりに雑魚寝。朝はその丸太をぶったたかれて起こされ、水をぶっかけられ、豆と魚介クズのスープを食ったら午前中は訓練。昼の豆と魚介クズのスープの後には午後に試合があったりなかったりで、夜はさっさと就寝。
食い物の量以外は耐えられる。
が、この食い物の量には……耐えられん!!!
前世の柔道部地獄の合宿だってもっと肉食いまくってたってーの! 肉食わずに強くなれるわけねーだろ!!
訓練中そう声無き叫びをあげて天を仰ぐ俺に、やや怯んだ感じに声をかけてくるのは房長。俺の入れられた8人部屋のまとめ役だ。ちなみに「新入りへの可愛がり」からの「コイツ、ただ者じゃねぇ……!!」イベントはすでに初日に済ませてある。なので房長も基本引き気味遠慮がち。
「お、おい、面会だぞ……」
う~む、本格的に刑務所感あるわ。




