3-185.追放者のオーク、ガンボン(73)「結果オーライではあるが」
「なあおい」
何故だか俺のせいで妙な間ができてしまった流れの中、そう改めて切り出すのはアリックさん。
「アンタらの昔馴染みが無事だったのは良かった。それはいいや。
けど、結局アイツ等何なんだ? ラシード、おめー、いつからアイツ等がヤベェっての分かってたんだ?」
ああ、うん、そうだよ。
「そうだ。それにお前はこの間は、『闇エルフ団は噂話だけ一人歩きした小物集団か、存在そのものが嘘』だと、そう言ってたろう?」
そうそう、それも言ってた。俺もしっかり聞いたもんねー。けど実際蓋を開けてみればそのどちらも外れ。
闇エルフ団は戦力になる強者はあまり多くはないらしいが、集団としてはデカいし、もちろん虚構でもない。
が。
「まあ、大枠としちゃ確かに外れたっちゃあ外れたが、的は射てるぜ」
「どこが!?」
アリックさんもセロンも、声を揃えてツッコミ返しちゃう。息、あってきたね。やー!
「あぁ~、何だ? ラシードはどんな事を訳知り顔で抜かしてたんだ?」
そこへ、頭を掻きつつサッドが聞く。
「さっきあの青いのが言ったがよ、一つは『護民兵団が魔獣狩りをした結果治安が良くなって、それまでなら注目されなかったような小物の山賊団が話題になってるだけ』とかよ」
「『あるいは“毒蛇”ヴェーナが意図的に流した、存在しない山賊団の噂か、もしくは裏で繋がっているか』だ……とかだな」
アリックさんとセロンがそれぞれにそう説明すると、ラシードは何故かにんまりと笑い、サッドはその細い目をちょっとばかし見開いてから、再び頭を掻く。
「な?」
「な……じゃねーよ、クソッタレ!
ああ、コイツの言うとおりだ! 的は射てやがらぁ!」
と言うが……、え? ドユコト?
「俺たちはこっちに来てからっつーもの、いわゆる山賊働きはほとんどしちゃいねぇ。護民兵団の奴らも基本的にゃ魔獣退治が本職だが、戦力としちゃ俺たちなんざ敵わねぇから当然避けていたし、流民が増えだしてそれどころじゃ無かったしな。
まあ、頭ン中身カラッポの馬鹿山賊だったら、そういう連中に木の棒でも石でも持たせて無理やり突っ込ませ、 捨て駒にしながらの略奪働きなんてのもするんだろうがよ、さっきも言ったが俺がそんなことすりゃ即座に見限られちまう。
だから結局俺らは、人数だけは多くても山賊団としちゃ小物も良いとこだ。戦力になるのが少ねぇ。かなり頭使って計画的にやらなきゃ、まともな戦いになんざならねぇよ。
だが、はずみで俺らの名前だけは知られちまった。ある逃亡奴隷の集団を追いかけて来た奴隷商の手先どもが居てな。成り行きで撃退して追い払ったとき、手下の1人が調子コイて名乗っちまったからな」
あらあら、いやあねぇ。
「で、その名前を利用された……てことになるワケだ」
「ああ、その通り」
サッドが続ける話はこうだ。
名前が知られてしまった“闇エルフ団”だが、しばらくすると今度はその闇エルフ団が、旅人や村々を襲い人をさらっているという噂が出始める。もちろんそれは事実無根の濡れ衣であり冤罪だ。
それを妙に思い警戒したサッドが、手下の中から数人ほど隠密働きの上手い奴らを選び出して方々に散らせて情報を探ると、やはりこの噂、どうも意図的に流されたように思えてくる。そして、実際に闇エルフ団を名乗る連中が人さらいをしているというのも事実のようだった。
その一部が、アイツら。
アイツら……俺たち、つまりラシード演じる“山高帽一座”が半日ほど旅の道連れとして同行していた商隊……だった。
「奴らは闇エルフ団の名を使って、“奴隷狩り”をしてた。他にも同じ事をしている奴らも居るんだが、まあそウチの一つだ」
「だが、だいたいその……税とやらを払えないなら奴隷にされるのだろう? ならばわざわざ奴隷狩りなどする必要はないのではないか?」
「ああ、そこさあね。
税が払えず奴隷になる場合、まあ……いわば“正規の奴隷”だがよ。こっちは一応法的に色んな決まりがある。
例えば期限。払えてない分の税を働いて返す、てのが、名目上の決まりだから、決まった期間を奴隷として働けば解放される。
ま、その間自分の金が稼げ無いから、結局すぐに税が払えずまた奴隷に逆戻りなんだがな」
あー……。昔の日本で言う、年期奉公に近いのかな? 或いは、借金返済までタコ部屋で重労働……みたいな。
「他にも税の未納以外の犯罪者なんかも奴隷になるが、こっちも多くは期限つきだ。よっぽどの凶悪犯なら別だがな。
兎に角、この辺は昔の帝国流ともそんなに変わらねぇ。犯罪者や金の払えねぇ連中を強制労働させて、その補填代わりにするだけだ。
だが、奴隷狩りで集められた奴隷には期限はねぇ。流民化して逃げ出した連中をつかまえるのが元々の奴隷狩りだったが、それ以外にも他領の連中や旅人を狩り集めたり、それこそクトリアだの東方平原だのの集落から狩り集めたりやりたい放題だ。
そしてそうやって狩り集められた連中は、危険な鉱山とか拳闘試合で死ぬまで使い潰される」
表向きの、言うなれば期限付きのタコ部屋強制労働の奴隷制と、裏向きの……あまり表沙汰に出来ない所へ送り込む奴隷狩りによる奴隷とが居て、その裏向きの奴隷を狩り集めてる連中が“闇エルフ団”の名を騙って奴隷狩りをし、一般には「“闇エルフ団”を名乗る山賊が暴れまわっている」と言う事にしている……と、そういう事なのか?
「自分らのやってることを“闇エルフ団”の仕業に仕立てて俺たちの評判を落とし、税を払えそうにない貧民が逃げ出し俺たちに助けを求めようとするのを防ぐ……てな目的もあンだろうがな」
なる程、そう言う意図もあるのか。
「な? だから、俺の当て推量は、どっちか、じゃなくて、どっちも、だったんだよな」
またも得意気にそう言うラシードに、苦々しいような渋い面で頷き肯定するサッド。
「……それで、お前たちはその“偽物退治”の為、この商隊を待ち構えて襲撃したのか?」
セロンがそう聞くと、サッドは再び苦い顔で、
「それもあるし、まあ、捕まってる連中を解放する……てのもある」
曰わく、流民や逃亡奴隷が増えていく過程で闇エルフ団の内部でもどんどん考え方が変わって行き、元はならず者の小規模山賊団だったのが、サッドが頭になることで略奪働きではなく山野でのサバイバルをする集団となり、ヴェーナ領へと来て今では奴隷狩りを妨害し、奴隷を解放をする義賊、反抗組織へと変わって来た……と言う事だ。
ここまで来てしまうと、もはやサッドの一存じゃやめられ無い。
元より圧倒的な力で支配してきたワケでもなく、口先三寸と蓄えてきたサバイバル知識に、ついでに言えば揉め事嫌いの小心で姑息な性格だからこその策略とで頭に祭り上げられたから、周りから知恵を求められればその期待を裏切れない。
それで、まあずるずるとこう、対奴隷狩りのレジスタンス活動を続けて居たと言う。
「おいおい、待てってよ。話が逸れてる。俺が聞きてーのは、コイツの立場の話じゃあねぇ。ラシードがいつ、どうしてヤツらの裏を見抜いたか、だぜ?」
と、そこでアリックさんが再び突っ込む。
そうだ、忘れてた。その話、その話。
「俺りゃ、奴らが妙な賭けを持ち出した辺りから何か企んでやがンなたぁ思ったが、まさか俺たちを奴隷にするため襲いかかってくるとまで思っちゃいなかった。けどラシード、おめぇはその時すでに、もうその展開の予測を立ててたってことだろ?
だから俺に、こっそり隠れて、合図したら馬車の錠前開けろ、って耳打ちしてきた……んだよな?」
アリックさんの念押し。
その辺、裏でそんなやりとりしてたのか、と俺も今知る。多分セロンもだ。
「まあ、一つは、馬車の作りとか諸々だな。
高級品を扱ってるとしても厳重だが、それも“外から開けられる”のを防ごうと言うより、“中から開けられる”のを防ぐような感じだったしな。
実際、お前に鍵開け頼んだときも、簡単だったろ?」
鍵開けの実行犯、アリックさんが眉間にしわ寄せつつ頷く。
「それに“臭い”だ。人間が集められてる匂いに糞尿の臭い。その臭い消しと、多分意識を朦朧とさせる効果の含まれた香の臭い……。
換気口を上に作っていたが、まあやっぱ臭うぜ」
確かに臭いはしていたけど、それが中に奴隷が閉じ込めらるていたから……とまでは気がつかなかった。
「いや、そりゃまあ確かに臭かったが、それだけで奴隷狩りを疑うもんか?」
アリックさんの追求に、ラシードはさらに、
「他にもあるぜ。
奴ら、南方からの輸入品を扱ってる、てな事言ってたが、今南方から持って来るならクトリア経由の東周りのルートか、ボバーシオからのマレイラ海沿岸経由になるが、そっちからのモンにこれだけの馬車を仕立てて運ぶ高級品なんざあまりない。
ボバーシオ経由にゃマレイラ海の瑚や真珠もあるにはあるが、今はシーエルフと揉めてるから量は少ないし、何よりボバーシオ自体リカトリジオスの包囲にあってて、そうそう船も出せないしな。
となると東周りになるが、そっち経由で高級品と言えば、まあ古代ドワーフ遺物だろ? で、それは特にここヴェーナ領内じゃああのヴァンノーニ商会の専売だ。
コイツ等の商会紋はヴァンノーニのものとは違うから古代ドワーフ遺物はない。となるとまあ可能性は限られる」
「それだけでは奴隷とは限らないのではないか?」
「奴隷じゃなくても、後ろ暗い、表に出来ない何かだろ。だとしたら弱味を握れたな。例えばそれこそ、古代ドワーフ遺物の密輸なんかなら、な」
いや、最悪脅して切り抜ける気だったの!? どっちが悪党か分からんよそれ!? てか、秘密を掴まれたからって逆ギレからのキル、とかされそうになったかもしれんでしょうに。
「ま、それで様子を見ていたら……アレだからな」
アレ、とは勿論、護衛兵リーダー含めた商隊連中からの不意打ち騙し討ちでの、奴隷としての捕縛を狙った攻撃のこと。
常々、何かあっても俺は戦わない、と宣言していたアリックさんだが、事前のラシードの指示通りに、戦闘がおきてから馬車の鍵を開けて中の奴隷を確認、解放。
これまた事前の指示通り、気付け薬等々で簡単な治療をし、また一部の奴隷の“厳重な”拘束も解く。お香などで朦朧としていた彼らの意識もある程度までハッキリさせて、ラシードの援護へと戻る……。
その辺を素早く済ませてから、の逆襲劇だ。
問いただし聞き出したその回答に、半分くらいは納得したものの、残り半分ぐらいはいまいち納得しかねるかのような表情で腕組みをするアリックさん。
何にせよ、結果オーライではあるが、かなり危うい賭けと綱渡りなことやらかしてたのね。うーむ……。いや、まあ確かに結果的には色々大正解だったワケだけどもさ!
戦闘の方も、幸いにもこちら側の死者はゼロ。軽傷は数人いるが、重くても数週間で治りそうなくらいだ。あちら側もとりあえず死者は居なかったので、今はふんじばって馬車の中。とは言え、けっこうな怪我はしている。
「偽闇エルフ団の奴隷狩りはコイツ等だけじゃねぇが、まあ今回は大金星だ。次もこう巧くいくかは分からねーけどな」
“闇エルフ団”の頭、サッドとしてはそうだろう。
だが、“疾風戦団”のチーフスカウト、サッドとしては、そうとばかり言ってられない。
「さあてまあ、それはそれとして、だ。
こっから先は、闇エルフ団のサッド、じゃなくて、“疾風戦団”のサッドとしてのお前と話がある」
改めて、ラシードがそのふざけた山高帽に眼帯を軽く弄びつつそう続ける。
「この辺の奴隷事情に詳しいってんなら、尚更だ」




