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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
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3-163.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー(74)「……何かありましたか?」


 

「成る程、ガラス器が」

 アーロフがそう感心したように言うが、彼らカーングンス達は当然ながらガラス器をあまり使ってはいない。

 天幕を使い移動しながら生活をする彼らにとって、壊れやすいガラス器は不便なものだし、当然、ガラス器を作れる職人もいない。せいぜいが、装飾品としてのシンプルなガラス玉ぐらいだ。

 

 イベンダーの見立てでは、まずは鉄と銅、そして金と石英に、ついでに岩塩。それと、花崗岩などの採掘等が可能だろうという。

 採石場は“巨神の骨”まで行かずとも、比較的近いクトリア郊外にもいくつかある。ただほとんどは使われず、現在はほぼ廃墟と化している。確か一カ所だけは王国軍の野営地兼採石場として稼働しているはずだが、そこは一旦置くとする。

 岩塩は土の迷宮の内の盆地でも鉱床は見つかったし、カーングンス達が塩を得るのに使っているものもあるそうだ。まあ、海塩も採れるクトリア領内ではそれほど重要でもない。

 鉄と銅は比較的有望だとかで、主力にはなるだろう。

 金が採れるとすれば経済的な利益としては大きい。

 ただそれより可能性が高いのは石英とそれらが砕けて細かくなり出来た珪砂……つまり、ガラスの原料だ。

 

 クトリアガラス工芸は王朝後期には結構盛んな産業だったらしく、帝国領内でも重宝されていた。

 まあもちろん、前世での透明度の高い工業製品としての板ガラスや、あるいはベネチアングラスのような芸術性の高いガラス細工に比べればまだまだといったところだが、長いストローのような筒で息を吹き込み形を作るふき技法が成立し、また色ガラスを使ったステンドグラスにガラスタイルのような細工なんかもあり、しかもそれらは邪術士専横時代にも途絶えずに受け継がれてはいたそうだ。

 ただ、市街地の職人達は生き残り生活は続けているものの、現在は原料の入手か困難で、主に壊れたガラス器からの再生、修復、加工ばかり。さらには彼らの作ったガラス細工の需要量もそう多くはないため、職人達との関わりの深いミッチ曰く「かなりしんどい」状況ではあるらしい。

 

 これらを踏まえて言えば、採掘が十分な原料の供給源となり、それらが市内に生き残っている職人たちの仕事につながっていくことで、輸出品としてのガラス細工や金細工等々の価値も上がり産業も発展するだろう。……上手く行けば、だけどもね。

 

 

「東の村々じゃガラス器は村のお宝扱い、マヌサアルバでもプレイゼスでも高級品扱いだったな。確がに新だに作れれば利益になる」

 アーロフはイベンダーからの話を聞いただけで、その有益性を理解したようだ。


「まずは本格的な調査、そして採掘にまで進めば、後はカーングンス野営地からモロシタテム、市街地へと結ぶ通商路を使って原料を輸送。そして職人達へと……。

 最初のウチは半公共事業として進めて、交易商組合や職人組合と話をつけて、流民や市街地の住人の中から採掘事業の為に移住して貰える人材を探し出そう。その辺は王の守護者ガーディアン・オブ・キングス達に任せるか」

 こちら側のやることはイベンダーの言う通り。後はあちら側、カーングンスと具体的にどういう契約を結ぶか。

 

「固定の借地料、護衛、警備、そして採掘されだ鉱石類の五割りが……」

「それは……」

「そりゃあ取り過ぎだな。それなら、借地料は採掘地の数、面積を問わず一律、また護衛、警備兵は採掘以外の労働力も兼ねるようにするか」

「俺らに出来るなあ騎射ど家畜の世話ぐらいだ」

「他にもあるだろ? ま、鍛冶やちょっとした畑仕事なんかはこちらで手配するが、天幕やある程度の土木作業に、採掘した鉱物の荷詰め程度なら問題ない。要するに単純な力仕事だな」

 

 うう、細かいやりとりでは僕の口を挟む余地がない。

 

「採掘地の数はどのぐらいにするづもりだ?」

「正直に言えばまだ分からん。金に関してはたいした埋蔵量じゃないかもしれんし、長く続くものになるかもしれん。俺の見立てでは一番期待出来るのはやはり石英、珪砂だ」

 

 発展する前提で考えるなら、最初の基準は少なめにして、採掘地が増えるごとに借地料が増える形にする方が彼らとしてもこちらとしても都合が良い。つまり、“黒鶴嘴ドワーフ団ブラックマトックドワーブス”による見立て次第でその辺は変わる……てなところか。

 そしてやはり、ガラス器産業への期待が高まる。

 ガラス器産業が上手く行けば、単純にカーングンスとの交易、協力しての採掘事業と言うだけでなく、そこからの原料で新たな産物が生産出来る様になることで、転送門経由での王国との交易に、ヴォルタス家を通じた海洋交易にまで発展するかもしれない。

 かつてのクトリアの様な、東西、南北交易の中継地としてのクトリアの復権もあり得る。

 まあ、かなり長期の計画になるだろうけどもね。

 

 取らぬ狸の皮算用はさておき、とりあえず事業としては動き出す。流民、難民たちの雇用問題もあるから、仮に利益率がさして高くない結果に終わるとしても、なるべく早めに始めたいところだ。


「よし、じゃあ行くか」


 ある程度の大枠の話し合いを終えたイベンダーが、そう言って長椅子から立ち上がろうとする。

「へ? 観劇に?」

「何だ? もう仕事あがりのつもりか?」

「え、いやそうじゃないけど……」

「事前に使いは出しといたから、話はついてる。王の守護者ガーディアン・オブ・キングスの所で、ミッチと職人組合、交易組合の連中との顔合わせに会食だ。もちろん、アーロフ達も含めてな」

 相変わらず手回しが早い。

 

 □ ■ □

 

 クトリア市街地で複数人の集まるざっくばらんとした会食では、それぞれが飲み物食べ物を持ち寄る、という風習がある。邪術士専横の時代からは特に、恒常的に食料不足。その中でそれぞれができる限りを持ち出し振る舞うのがより一般化したらしい。

 僕らはマヌサアルバからのお土産を……とも考えたんだけど、イベンダー曰わく「さすがにそれはあざとい」と。まあ確かに言われてみればそれもそうかもしれない。ウチだけ超高級料理店から持ってきましたよ、ての丸出しだもんねぇ。

 実際、塔に蓄えてある食料、食材も結構いいものが揃ってる。ボーマ城塞の蒸留ヤシ酒にロジウスからもらった蒸留バナナ酒もあるし、狩人ギルドの様々な燻製、グンダー牧場のチーズやヨーグルトに脚丸ごと牛肉の生ハムも良い。東地区で貰った穴掘りネズミ牧場の燻製ソーセージも、確かにやや癖はあるものの悪く無かったし、グッドコーヴ土産の魚醤に塩漬け魚もなかなかなもの。

 それらの中から適当なものを適当に選び、ドワーベン・ガーディアンに運ばせる。どっちにせよ目だつとは言え、流石に街中でケルッピさんやアラリンみたいな使い魔は呼び出しにくい。

 

 会食の場ではまずはカーングンス外交官のアーロフの紹介から始まり、イベンダーが中心となって現在わかってる範囲での計画の概要と、それによりそれぞれの組合にどれだけの利益が見込めるかといった話をする。

 まあ当然利益の過多はあくまで予想、と言うよりは希望的数値に過ぎないが、イベンダーには持ち前の話術に加え、まずは鍛冶と採掘の専門家種族のドワーフであるという説得力、そして一時期はシャーイダールの探索者として活動し、共に組んでいた狩人達に莫大な利益を齎した……と言う、かなり尾ひれも付いた風聞がある。

 とにかくこういう商売ごと、利益といった事柄への説得力、交渉能力は、僕など足元にも及ばない。

 なので大筋は丸投げ。僕はニコニコと笑って飲み食いするだけである。楽ちんです!

 

 この王の守護者ガーディアン・オブ・キングス本部の広間での会食は全体としてはつつがなく円満に終わる。職人組合も交易組合も全体としては乗り気。元から市場で口入れ屋のような事をしていた王の守護者ガーディアン・オブ・キングスは、カーングンス野営地まで移住しての採掘をしてくれる坑夫等々を募集してくれる。

 古来より採掘作業はかなりリスクの高い危険な作業だ。だから前世の世界でもこの世界でも、犯罪者や奴隷を強制的に従事させてた事例は非常に多い。けど僕としては、「危険な作業は立場の弱い連中に押し付けて使い捨てにすればいい」というのが当たり前の社会にしたくはないので、安全を確保するだけの様々な方法を担保したい。これは、今回の採掘業だけに限らず、クトリアで行われる全ての事業にそうするつもりだ。

 この国、この世界の現状を踏まえれば理想論だとも言える。けど、理想論を理想論だからという理由で切り捨てていれば、社会の意識というのはいつまでも変わらない。

 ましてや、この国は長年のザルコディナス三世による暴政と、続く邪術士専横時代に、人の命や尊厳というものが果てしなく切り売りされ続けていた。

 その後に、それらを改め新たに国を作ろうという立場でいる者が、同じように人の命や尊厳を簡単に切り売りするような社会体制を作っていいわけがない。それでは何の意味もないのだ。

 

 世が改まるというのは、ただ為政者の首がすげ変わるというだけのことではないし、社会にある意識を変えていくためには、まず制度。そして上に立つ者がその範を示していかなければならない。

 現状のクトリア社会が、“ジャックの息子”のドワーベン・ガーディアン軍団を始めとした“力の統治”により支えられてられている部分が大きいというのは厳然たる事実だが、だからと言ってその力による支配でのみ社会を変えていこうとすれば、必ず反発も起きるし、歪みが出る。

 防衛力や支配力を保証する軍事的な力。

 技術力や経済力といった、社会を豊かにし発展させる力。

 そこに、社会意識や知性、教養、または文化といった精神の力が加わり、それらのバランスによって社会全体がボトムアップされていく……。 

 まあ、出来る限りそういう理想のもとに進めていきたい。進めていけたらいいなあ。ま、ちょっとは覚悟しておけ。

 

 □ ■ □

 

 護衛にエヴリンドが居ると、王の守護者ガーディアン・オブ・キングスの若手なんかが何かとやかましい。王国特使団の“帝国復興主義者”、傲慢不遜を絵に描いたようなレオンツォ・クリオーネを斬って捨てた啖呵に惚れ込んだ王の守護者ガーディアン・オブ・キングスの面々からは、姐御と呼ばれちょっとしたアイドル扱いだ。

 本人はそのことを非常に嫌がり煙たがっているのだが、とはいえ護衛の職務を全うするためにも、ここに来ないということは出来ない。

 だもんで今回も、傍目には普段とあまり変わらない仏頂面のままだが、実際には普段以上に嫌そうな顔で僕の前を歩いている。


 会談が終わり、その不機嫌そうな背中を見ながら本部建物内から出口へと向かう最中、何やらちょっと妙な感じがする。

「何か、前よりこう……圧が少ないですね、彼らの」

「ふん、飽きたんだろう。せいせいする」

 デュアンの指摘に吐き捨てるようなエヴリンドの返し。事実、予想と異なりエヴリンドの周りに寄ってくる王の守護者ガーディアン・オブ・キングスの面々が少ない。特に、既にボーマ城塞での金色の鬣(こんじきのたてがみ)ホルストによる猛特訓ブートキャンプから戻ってきているはずのヤマー君あたりなんかは、まるで子犬のように寄って来そうなものだ。

 

 そんなことを考えながら本部内を見回していると、目の端に映ったのはそのヤマー君の姉、ダグマ。

 しかし、柱の陰に隠れてこちらを伺うかのような様子で明らかに挙動不審だ。

「ふふん? 何やら何やら……だな?」

 それを見たイベンダー、つかつかと素早く近づいて、反応する間も与えずにダグマへと話かける。

「ボーマでの訓練はきつかったか? もしかしてヤマー達、まだへばってるんじゃないのか?」

 聞かれたダグマはさらに挙動不審で、

「あ、はは、いや、まぁ~、ええ、まだ……」

 と、ごにょごにょごにょ。

 

「……何かありましたか?」

 わかりやすいほどの隠し事ぶりにそう問わずにいられない僕の視線に、またもやあわあわとうろたえてから、ハァ、と、深いため息。

 

「……あ~、その件……なんですがな」

 輪をかけてうんざりしたような声で横合いから助け舟を出すのは、現王の守護者ガーディアン・オブ・キングスのリーダーであり、ダグマ、そしてヤマーにヤーンの父親、“大熊”ヤレッド。

 

「JBが……その、密命を受けて西方の調査に向かいましたよな?」

 その“大熊”ヤレッドから、不意に予想外の話を振られる。

 実際このJB等の西方調査に関しては公にはしていない。確かに密命なのだが、その“密命”が早々とバレてもいる。

 情報漏洩の問題に関しては別に置くとして、しかしその話が今どうしてここに関係してくるのだろう?

 

「どうも、その話を聞きつけたヤマーの奴が、連れの何人かと共に後を追ってしまったらしいのですわ……」

 

 まさに渋面と言わんばかりの顔をする“大熊”ヤレッドのその言葉に、僕らは文字通りに言葉を失った。

 

 








 一旦小休止。

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