3-140.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー(67)「できることは限られてくる」
「え~~……、いつお気づきに?」
「クトリアがら来だダークエルフど言えば、まず真っ先に浮がぶべ。それに、レイフ殿の立ぢ振る舞いは流しの雇われ呪術師ど言うには品が良すぎる」
幼少期の落馬事故で腰を打ってしまい上手く乗馬できなくなったという長兄のアーロフ。それゆえに次期族長としての資格を失ったとも聞いているが、と同時に彼は部族の中でもちょっとした変人との評価もある。
だが、ここに来てからのわずかなやり取りから伺えるのは、変人というよりは好奇心が強く観察力にも富んで理知的……と言う人物像。
そして彼は、東方の村々との取引を担当しているクーリーと言う年配男性によく同行しているのだとも言う。
そうか、つまりはカーングンスにおける彼の役割は……、
「情報収集及び外交担当……というわけですか……」
ニヤリと微笑むアーロフに、鷹揚に頷くアーブラーマ・カブチャル・カーン。
「……分かりました。
それでは改めてご挨拶させて頂きます。
私の名はレイフィアス・ケラー。闇の森十二氏族のうち一つ、ケルアディード郷の元氏族長ナナイの娘です。
今はクトリアの古代ドワーフ遺物による試練を達成したことにより、王権の名代として、クトリア共和国評議会議長を務めさせていただいています」
とりあえずは隠し事はこれで一切なし。その上で、アーロフもアーブラーマ・カブチャル・カーンも、この中の「ナナイの娘」という部分には、さすがに驚きを隠せない。
何せついさっき話をした“恩人”の娘だというのだからね。
「……なんと、なんと、それは……驚いだ」
「僕もですよ。闇の森を出て以降、母の話は各所で聞かされます」
驚いたのはお互い様……とはいえ、僕としてはまあ正直「またかよ!?」という驚きではあったけれども。
「そして改めて、非公式ながらクトリア評議会議長としての提案があります」
居住まいを正して僕がそう切り出すと、向こうもまた同じく姿勢を正す。
「まずはクトリア評議会議長の名において、アーブラーマ・カブチャル・カーン率いるカーングンスの皆様方との和平条約と通商条約を結ばせて欲しいと思います」
和平、つまりは戦わない。そして通商……いろいろな取引をしていきましょう、との取り決めだ。
「ふむ……、同盟……では無ぐ、か?」
「はい。同盟を申し出るには、まだまだお互いにお互いのことを知りません。ひとまず様々な取引を通じて皆様方に我々のことを知ってもらい、それから同盟をするに足る存在だと思っていただければ、改めてその話に入りたいと思います」
まあいきなり同盟って、友人関係も恋人関係もすっ飛ばしての初見プロポーズ……みたいなもんだもんね。
「……なるほど。そごがリカトリジオスどの違い……と言いでえわげだな」
とのアーロフの言葉に、僕は
「そういうわけではありませんが、そう受け取ってもらっても問題ありません」
と返す。
「では、我々がクトリアど取引するにおいでどのような利益があるど?」
アーブラーマ・カブチャル・カーンからのその問いには、
「……そうですね。細い部分に関しては今はっきりと言えませんし、もしよろしければ後で同行しているイベンダーと話していただければ良いのですが、こちらで作られている羊毛や、幾つかの錬金魔法薬等は取引の材料となるでしょう。
また、高地で採れる材木や、或いは……鉱物。鉱物に関しては調査をしてみなければわかりませんが、もし探し出して鉱脈があれば、可能性はあります」
クトリアを囲む大山脈、巨神の骨にさまざまな金属の鉱脈があるというのは、古代ドワーフ文明があった頃からのクトリアの産業の一つであった事からも分かっている。と言うか、古代ドワーフ文明は全て大きな鉱脈のある場所で栄えている。
人間たちがその古代ドワーフ文明遺跡の跡地に住み着き、クトリア王朝を開いてからもある程度の採掘は行われ続けてきたとも記録にある。ただ一般的には太い鉱脈のほとんどはドワーフたちにより掘り尽くされしまったという認識があり、それらを大きな産業にする動きには繋がらなかったようだ。
その点で言うと、カロド河を渡り東側に向かった赤壁渓谷付近には、まだ手付かずの鉱脈が眠ってる可能性は十分にある。
「遊牧民である我々に採掘をしろどいうのが?」
「もし鉱脈が見つかったのであれば、我々がカーングンスの皆様に土地をお借りして採掘をさせていただく……という形になると思います。もちろんその際には相応の貢物をし、また、鉱毒やその他の問題に関してもきちんとした取り組みを行ってのうえで……ですが」
このあたり、どれくらい先になるか、本当に鉱脈が見つかるかという問題はさておいて、もし実現すれば、今多数の流民、難民が押し寄せてきているクトリア市街地での新たな職業斡旋の可能性も出てくる。
土地を貸してもらい、採掘権を得ると同時に、また道中での安全を確保してもらう護衛もカーングンス遊牧騎兵にお願い出来ればさらに良い。
「……なるほど。それで、そちらからは何が得られる?」
「様々なものを……、と言っても、それだけではわからないでしょうが、今現在クトリア共和国は、北の王国領の他、南海諸島や獣人王国との海洋交易等でも繋がっています。
麦をはじめとした穀物、綿花や絹織物、鉄、銅、金、銀、あるいは古代ドワーフ合金やミスリルなどの装飾品加工品武具類。香辛料にここでは得られない作物、果物、調味料に薬草香草類……。
具体的にあなた方に何が必要か、何を欲するかに関しては私には分かりませんが、まずはそれらを確かめていただくためにも、和平条約を結んで頂ければと思います。
そうすれば山賊、野盗、ならず者などに貴重な薬類を流すような必要もなくなるでしょう」
カーングンス達の作る薬のベースは、東方シムルシュ人の方術によるもので、クトリアでは唯一狩人ギルドのティエジ達がその技を持って居るが、彼らの生産量では自分たちで使える分ぐらいがせいぜいで、流通させるほどにはならない。
そういう意味では、カーングンス達が本格的に薬の調合を産業として始めれば、それなりの需要が得られるだろう。
そして何より、正規ルートでの取引ができさえすれば、彼らはこっそりとならず者どもにヤバい薬を卸す必要はなくなり、治安維持の上でも非常に助かる。
これらの問答を経て、再びアーブラーマ・カブチャル・カーンはふうむと腕組み思案顔。
それから深く息を吐いて、
「あいわがった。それではこれより深ぐ考え、返答させでもらうべ。ひとまずこれにで会談は終了だ」
と宣言。
僕とエヴリンドは立ち上がり一礼をしてから天幕を立ち去る。
さてさて、まずは出来ることは一通り終わったかな。
どうなるかは、まずはあちら次第。
◇ ◆ ◇
「───確かにこいつは、ちょっと困ったことになったな」
天幕を出て他のみんなを探すと、広場の隅の方で額を突き合わせながら何事かを相談している。そこにいたのはイベンダー達4人の他に、若巫女様の付き人、護衛をしていたマーゴ含めた若手の騎兵達。
「どうしました?」
なかなか剣呑なその様子に疑問を呈すると、
「おそらくな、例の奴らがカーングンス達が飲み水を取っている川に毒を流した」
と、イベンダー。
「ふえ!? 毒!?」
「即死するほどの毒じゃない。だが蓄積されると徐々に体を蝕む。数日飲み続けるだけで体調不良を起こし寝込む者も出るだろう。家畜の方はさらに被害が出る」
「それがリカトリジオスだとして、何故、そんなまねを……?」
リカトリジオスはカーングンスと同盟を結び、恐らくは東方の憂いを無くしてクトリアと対峙したい。
本当にクトリアそのものを攻める気があるかどうかはまだ分からないが、彼らがシーリオを落とし、ボバーシオを包囲し続けて居る先には、やはりクトリアがある。
「……まあ、俺たちが居ちまったから……ではあるかな」
とは、イベンダー。
「つまりよ。
リカトリジオスとしちゃ、カーングンスを取り込んで勢力拡大をしたいわけだが、逆に言えば、カーングンスがクトリアと結びつくことも防ぎたいってのもあるだろう……て話だな」
「そういう事だ。
奴らとしちゃ、カーングンスがクトリアと結びつかないようしたいし、もしクトリアと結びつくのなら、リカトリジオスの脅威にならないように弱らせたい……と」
言い換えれば、味方にならぬなら敵、ということか……。
「奴らが最後に何らかの嫌がらせや妨害に出てくるかもしれない可能性を考えて、俺とJBは上空から帰路に着く使節団のことを監視していたんだ」
「オレ達はコッソリ後をづげでだ。ちゃんと帰るのがどうがも確認しなぐぢゃならんと思ったがらな」
イベンダー達が上空から、そしてマーゴ達が後ろからリカトリジオス使節を監視してたワケだ。
「で、先に気づいたのはマーゴ達だが、使節団の中の数人がいつのまにか列から消えていた。おそらくはそいつらが工作員なんだろう」
「アダンの拳を操作して、“血の試練”の最後の相手にイーノスを指名させた時の事を覚えてるだろ? そん時に使われたのは気配隠しの魔力の込められた魔糸だった」
リカトリジオスは魔術嫌いな癖に、魔導具や魔装具は使う。その魔糸製の服なりマントなりがあれば、隠密行動はさらに容易になる。
「おそらくあの使節団には3タイプの連中がいた。一人は交渉役。あのカウララウとか言うちっこいやつがその中心人物。そして護衛、戦士役……ま、あのイーノスとか言う猪人だな。
で、最後に工作員。隠密働きが得意な連中。同盟交渉がうまくいけばいいが、そうならなかった場合の保険としてこの地に残る手筈だったんだろう。妨害や破壊工作、諜報、あるいは別の交渉のための下ごしらえ……」
「別の交渉?」
「ああ、例えば……そうだな。
今回はマーゴ達が奴らの中の数人が途中で消えていたのに気がついて、すぐさま数人が周囲へと散り捜索したんだが……」
チラリとマーゴへと視線を送り、頷くマーゴが話を継ぐ。
「オレ達の捜索の目をぐぐり抜げだが、全ぐ気配も見づがらねえ。
けど、その途中で川の水が妙な感じになってるのに気がづいだ」
「こいつらは騎兵でもあるが、呪術師の勉強もしてる呪術騎兵だからな。そういうのにも鋭い」
「持ぢ帰って調べだら、わずがにだが毒があった」
「内容はさっき言った通り、じわりじわりと弱らせていくタイプの毒だ。おそらく……そうだな、固形状か何かで毒の成分を含んだ物を袋に詰めた仕掛け……それを川の何箇所かに設置することで、ある程度の長期間にわたって毒が溶け出し流れ続けるようにしたんだろう。しらみつぶしに探せば見つかるかもしれないが……まあ難儀な話だな」
「それが……どう、次の交渉に繋がるんですか?」
「さっきも言ったが、今回この毒が川の水に仕込まれてることにこれだけ早く気づけたのはかなりの幸運だ。と言うか、普通ならまずは見つけられるもんじゃない。マーゴ達の用心深さが幸いした。
奴等の目論見としては、次に同盟交渉に来た時には“何故か”カーングンス達が弱っていて、“幸いなことに” 新たな貢ぎ物の中にあった薬などを使うことで、回復する……そんな流れだったんだろう。
そうなりゃまた新たな恩人だ。何者かに襲われた若巫女様をたまたま救った俺たち以上の……な」
つまり……族長の娘の命の恩人以上の恩人となるために、自作自演で部族の恩人になろうとした……ということか?
「……オレらはリカトリジオスの仕業だど確信しとる。けど、証拠もねえし、奴らが毒を仕込んだところを見たわけでもね。言ったところで簡単には信じてはもらえねえ」
実際、今わかってるのは、水源となる川にある程度の弱い毒が流れてるということだけだし、それをリカトリジオスの使節団がやったのではないかと疑われる、というのもただの推測に過ぎない。
「今からでもあいつら追いかけて、ボコボコにしばき上げて吐かせてやろうか?」
「無茶言うなよ。追いかけて追いつくのは空から行ける俺とオッサンだけだし、そもそも連中、ボコって吐くような奴らだと思うか?」
「……逆にあの猪人とか、返り討ちにしたくて待ち構えてそうですもんね」
「ああ。そして仮にも正式な使節団を俺たちが襲撃したとなりゃ、不利なのはこっちだ」
アダンの軽率極まりない発言に、一堂からの総つっこみ。
証拠もない。本人たちを問い詰めることもできない。けれども水源から毒を無くす上手い方法もない……となると、できることは限られてくる。
「まずは若巫女様……ジャミーさんと相談しましょうか」




