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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
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3-138.J.B. -Once upon a time(昔々のお話です)


 

 警戒してはいたが、夜のうちにリカトリジオスの使者達が何らかの嫌がらせや攻撃を仕掛けてくるということも特になく、翌朝もまた快晴で、晴れやかな気分で目が覚める。

 アダンはさすがに本調子じゃあねえし、治療をしたとは言え顔の腫れもまだひどく、なんと言うかつぶれて腐ったポテトみてーだな。

 

 宴ではないが、俺達全員が族長の朝食の席へと呼ばれる。

 本来ならイベンダーとレイフ以外の俺達4人は、護衛任務のため交代し食事をすることになるはずだが、今は全員が族長に招かれた客人という扱い。

 しかもアダンは“血の試練”を、一度にして全て達成したいわば英雄だ。

 カーングンスの連中からの扱いがもっとも良いのも当然アダン。

 

「昨夜の試練の様子は本当に素晴らしかった。我らカングース一堂は、クトリアのアダンを真の勇士どして受げ入れるぞ」

 

 族長、アーブラーマ・カブチャル・カーンからのこの絶賛の声は、カーングンスの誰もが無視できない。

 

 食事の席ではまだ例の進言をする場とはならない。話題はまずは他愛のない話から入り、次第にクトリアの現状や風物といったものへと変わってくる。

 その流れで最も積極的に話を聞きに来るのは、長兄であるアーロフだ。

 アーロフの興味は多岐にわたっている。聞いてくる内容が単純に町の防備がどうだとか、戦力はどうだ勢力分布はどうだ、みてーな話ならば、それは世間話の形を借りた探り、諜報活動みたいなものだ。

 だが、風俗、服装、食べ物、最近の流行に、噂に聞く貴族街の劇や美食などはどういったものか……と言うような、細々したことにも及んでくる。

 

「ま~、俺もそうそう何度も見たってほどじゃねぇが、確かにプレイゼスの舞台は大したもんだったぜ~。

 なんつったって派手だしよ~。何使ってんだかよくわかんねえけど、すげー煙がもうもうと出たかと思うと、赤や黄色や青の光が舞台上をどわ~! って出てきたりな。

 本当に魔法を使ってんじゃねえかって思うくらいだぜ」

 怪我の痛みなどなんのその。身振り手振りを交え喧しくそう説明するのはアダン。

 

「ほぅほぅ、それで、内容はどんなもんだ?」

「おお! それ聞く? 聞いちゃう? まぁ実際にはよ、本当にあった事とはずいぶん脚色して違っちまってんだけどよ。俺たちが魔人(ディモニウム)退治したときの事が、舞台になってんだよなぁ~」

 

 色々と落ち着いたあたりに、パコの招待もあって観劇に行ったんだが、内容的には確かに全く事実と違う。それどころか俺達なんかはほとんどおまけ。 内容的にはもうとにかくニコラウスへのおべっか、ごますり、媚び売り……てなもんだわ。

 観た当初はアダンの奴も、「何だよこれ、全然違うじゃねーか!」と怒りまくってたもんだが、あの中に自分をモデルにした登場人物が居るって言う事で街の女たちからの評判がいい事にに気付いてからは、得意面のご機嫌だ。

 

「なんと!? アダン殿はその……舞台とやらで語り継がれるほどの英雄的な活躍をなさったというのか!?」

「お、おお、まあな。まあ俺一人の力じゃねーけどな。ここにいるイベンダーやJBの奴もちっとばかしは協力してくれたから成し遂げた偉業ってところよ」

 その話に反応する若君様アルーク。それを受けてアダンの奴は、まさに鼻高々といった具合いだ。

 

「え、でも確か“猛獣”ヴィオレトや“炎の料理人”フランマ・クークを実際に追い詰めたのって、JBとマーランとグイドだったんじゃ……」

 そう小声で余計なことを言いそうになるダミオンの、後ろ頭をこっそりと叩くアダン。

 

「いいから言わしといてやれよ。今日のところはマジであいつが英雄だ」

 俺は更なる小声でダミオンにそう言う。昨日のアレの後じゃ、それくらい大目に見ても構わねーよな。

 

 この話にはアルークの他、三男でまだ未成年のドーンタもぐいぐいと食いついてくる。

 やはり何と言うかこのアルークと、まだ子供のドーンタにとっては、興味の中心はそう言う戦いや英雄的活躍というものに向いてるようだ。

 

 朝食が終わり人心地ついてから、改めて若巫女様のジャミーが、父であり族長であるアーブラーマ・カブチャル・カーンへと正式な会談を申し入れる。

 もちろん議題はリカトリジオスとの同盟で、証言者として語るのは……ま、当然俺だ。


「─── これから話すのは、俺の個人的な体験だ。

 だかららあくまで俺の見聞きしたこと体験したことに基づいている。

 それがリカトリジオスの全てだとは言わねー。もしかしたらその頃とはいろいろ変わってるかもしれないしな。 これを聞いた上でどう判断するかは……あんたたちの問題だ」

 

 かつて……およそ9年程前になるか。リカトリジオスの奴隷狩り部隊に村を襲われ、男は殺され、女と子供は連れ去られて奴隷となった過去。

 その過去を……俺はあくまで淡々と、事実に絞って話していく。

 

 話しながら、俺は今じゃそこそこぼんやりもしてもいる過去の出来事の様々なことを反芻し、並べて整理していった。

 反乱を起こし逃亡したあの夜のことは、今でも不思議に思うことがある。

 確かに俺たちは、密かに体を鍛え、準備をし、いつでもそう出来るよう機を伺ってはいた。

 だがそれでも、ああまでで上手く行くという確信は全くなかった。いや、今でもそれは不思議にしか思えねえ。

 覚えているのは、俺たちが反乱を起こすより少し前に、遠くの方で何かトラブルが起きたらしい喧騒が聞こえていたこと。そして……巨大な砂嵐。

 

 何人かはそれこそが砂漠の嵐シジュメル神のお導きだと言っていたが、確かなのはそれがあのリカトリジオスの野営地を襲ったということだ。

 神のお導きか偶然の幸運か。何にせよ、あれがなければ今の俺はここにいないかもしれねえ。

 

 一通りの話が終わりしばらくの沈黙。そこから最初に口を開いたのはやはり若君様アルークだ。


「─── 確かに、お前のその境遇には同情する。だがそれは、言っては悪いがお前達の村の者たちが弱かったから負けた……それだけのことではないのか?」

 “勇猛なる”カーングンスの栄光を夢見る若君様アルークからすれば、弱い部族が強い部族に襲われその傘下に下るのは、別段特筆すべき悲劇でも卑劣卑怯な振る舞いでもない。

 それを受けて俺は、まずはゆっくりと立ち上がり、それから身につけていた“シジュメルの翼”を取り外す。

 

「今脱いだこれは、古代ドワーフ遺物の改修品だ。確かに俺は普段これを使って戦っている。だがこれがなければ戦えないってわけじゃない」

 

 鎧の下に身につけていた上衣、チュニックをも脱ぎ捨て、半裸の上半身を衆目に晒す。

 俺の体つきは決して筋骨隆々……と言うモノじゃない。この席で言っても、例えば族長のアーブラーマ・カブチャル・カーンはどっしりとした肉厚の筋肉質で、若君様アルークも、身長、体格、そして全体的な筋肉量も、一回り二回り俺よりも多い。

 

 だがそれでも、うっすらと残した脂肪の下の筋肉は日々の鍛錬の賜物で、 またその表面に、うねり猛り狂う竜巻のような模様が描き彫り込まれているのもかなり目立つ。

 

「こいつは俺の村、部族に伝わる秘伝の入れ墨魔法だ。風の魔力を取り込み……」

 

 構えを取り一呼吸。

 それからまず、ゆっくりとジャブ、フック、ストレートパンチにハイキックのポーズをし、ピタリ。

 

「砂漠の嵐シジュメル神の加護を得て、動きの速度を上げる」

  

 それからいつものように魔力循環を整え、入れ墨の文様から湧き上がるその力を身体の隅々にまで行き渡らせると、再び同じ形を繰り返す。

 

 一回、二回、三回……と、繰り返すごとに循環させた魔力を膨らませると、その動きの速度もまた、目に見えて早くなって行く。

 

 体感で言うなら、マックスまでに魔力循環を高めて俊敏さを上げた場合の俺の速度は、およそ通常時の二倍ほど。

 普通の格闘、普通の戦闘での感覚しか持ってない者からすれば、文字通り“目に見えぬ速さ”に思えるだろう。

 

「俺の村の大人の男達は、皆これぐらいは速く動ける戦士だった。

 もちろん速さだけで必ず戦いに勝てるとは限らない。だが、少なくとも当時はガキだった俺の覚えている範囲じゃ、リカトリジオスの兵がやったのは不意打ち、だまし討ち……そういった類のもんだ」

 

 そう言って、俺は再び席に着座する。

 再び、しばらくの間。それぞれがそれぞれに考えて居るところに、天幕の外からそろりそろりと一人の男が入って来て、アーブラーマ・カブチャル・カーンへと耳打ち。


「ジャミー、 おめの連れで来だクトリア人だぢの話はよぐ分がった。十分に考慮し改めで話し合うべ。

 だが今、イーノス殿達が改めで面会を申し出で来だそうだ。

 まずは入ってもらい、彼らの話も聞ごうではねえが」

 

 と、ここに来て奴らも再び攻勢に出て来たか。


 □ ■ □

 

「偉大なるアーブラーマ・カブチャル・カーンにおかれましては、今朝もまた御機嫌麗しゅう」

「うむ。カウララウ殿、イーノス殿も何より」

 天幕に来たのは例のイーノスとか言う主に横に大柄な猪人(アペラル)と、大きな垂れ耳で短毛茶色の小柄な犬獣人(リカート)ともう一人、背の高い黒まだらな耳のとがった犬獣人(リカート)。口上を述べたのはその中の短毛茶色の小柄な犬獣人(リカート)だ。


 カーングンス達は濁音の多い訛りの強いクトリア語を使っているが、リカトリジオスの使者は教科書通りな堅苦しい帝国語。

 

「できればアーブラーマ・カブチャル・カーンからの正式なご返答を頂いてからにしたかったのですが、我らも本隊へと帰還すべき期日が来てしまいました。さまざまなご厚意歓待に感謝するとともに、また後日改めて使者を送らせて頂きたく存じ上げます」

 深々と礼をしつつそう述べる。

 

「うむ、貴公等の旅の安全を願っていよう」

 

 アーブラーマ・カブチャル・カーンは手を挙げて返礼し、リカトリジオスの使者団は天幕を出て行った。

 

「なんだか、呆気ないですね……」

 戸惑いを隠せずにそう小声で言うダミオンだが、それを受けつつもイベンダーのおっさんは渋い顔。

「……ふぅ~む、ここで……一旦引く、…か。こりゃ、厄介だな」

「んあ? 何でだよ? メデタシ、メデタシじゃねーの?」

 アダンのその呑気な言葉に、

「ここで短絡的に暴れだすだとか、同盟締結を強く求めて揉めだすとか、そういう奴らだったらむしろ楽な相手だ。だがここで冷静に一旦引く……という選択を出来るって事は、奴らの中にちゃんとした“政治”ができるやつがいるって事だ」

「リカトリジオスを、“野蛮な犬獣人(リカート)の馬鹿でかい山賊団” ぐらいに考えていると痛い目に遭う……ということですね」

 イベンターの言葉にレイフがそう補足する。

 押してもダメなら引いてみな……ってか。まあそういう駆け引きの裏のことは、今ここで考えても分かりゃしねえか。


「……だが結局、我々やあの“若巫女”様とやらを襲った刺客については分からずじまいだ」

 エヴリンドの苦々しい言葉に、俺たち一堂、暗澹たる気分にさせられる。

 

「まあいいじゃねえかよ。今考えても分かんねえことぐじぐじ悩んでもしゃーねえだろ? とりあえず今はこの勇士たる俺様のおかげで、当面の目標は達成できたんだぜ?」

「ん、いや、そもそもその当面の目標ってな、どこまでだ?」

「当面の目標ってそりゃ、モロシタテムとカーングンスの戦争を回避することだろう?」

 

 アダンに言われて、そりゃそうだと思い返す。なんだか色んな事が立て続けに起き過ぎて、何が事の始まりだったのかすら分かんなくなってきてたぜ。

 

「……そうですね。しかしとなると、僕らも次の段階に進まなければなりません」

 気を引き締め直したかのように表情 を改め、そうレイフがはっきりと言う。

 

 そこへ意外にも、今度はアーブラーマ・カブチャル・カーン本人から、改まってレイフへと声がかけられる。

 

「そごなダークエルフ……レイフど言ったが?」

「え? あ、はい」

 予期せぬ呼びかけに俺含めた一堂が驚きながらも注目すると、

「…… 少しばがし、お主ど話したいごどがある。ちょっと時間をとってもらえるが?」

 と。

 

 この流れで断るってなあそりゃ無理だ。だが一体……何の話だ?

 



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