3-137.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー(65)「たいしたことあるって!」
「偉大なるアーブラーマ・カブチャル・カーン! 呪術師長ザルケル・ロケーより申し上げる!
今起ぎだごどは、何らがの魔術による攻撃を、防御の魔術が跳ね返したものであるど裁定する!」
カーングンスの“血の試練”の場は、突然起きた魔力の迸りと閃光により、部族の呪術師長ザルケル・ロケーによる裁定の場へと変わる。
何が起きたのか? 一瞬の事で僕にも正確には把握出来てない。だがザルケルによる裁定は、なるほど確かにと納得は出来るものだ。
あの閃光、魔力の波長は、いわゆる【魔法の盾】のものによく似ていた。
【魔力の盾】は、魔力その物を盾として物理的、叉は魔力による攻撃への防御とするもの。
当然、素手で殴ること、それに耐え抜くことが“血の試練”において、絶対的に使われることの許されない魔法だ。
「双方、申し開ぎはあるが?」
アーブラーマ・カブチャル・カーンのその言葉に、まず真っ先に反応したのはイベンダー。
「偉大なるアーブラーマ・カブチャル・カーンへと申し上げる。
改めて、俺は商人にして探鉱者、魔導技師にして魔鍛冶師、そして医学の徒であり人呼んで砂漠の救世主、イベンダーだ。以後、お見知り置きを」
優雅……ぶった滑稽で大仰なポーズで、毎度の挨拶をするイベンダー。
それからアダンへと歩み寄ると、その手首から簡素なブレスレットを取り外す。
「まずはこちらをザルケル・ロケー呪術師長に確認してもらいたい」
恭しくそう言いながら差し出して、ザルケルの裁定を待つ。
「……なる程、これは……そうが」
「どういうモノだ?」
問われてザルケルもまた恭しくそれを捧げながら差し出し、
「特定の条件でのみ発動する御守りだ。これは、『魔術、魔力による攻撃を受げだどぎ』のみ反応し、その攻撃を防ぎ、跳ね返す」
と説明する。
「ああ、ザルケル呪術師長の言う通りのモノだ。
たまたま外し忘れちまってたが、そもそも魔術や魔力にしか反応しないから、魔力禁止の“血の試練”においては何の問題もないハズだしな」
「外し忘れぇ……? 俺がそんな間抜けに見……」
「間抜けじゃなくてもこんだけ殴られりゃそれくらいある」
いや、それは順序は逆でしょ、てな突っ込みでフォローするJB。
まあさすがに僕にもわかる。つまるところその“魔力反射の守り”は、さっき固い握手をしたときに、イベンダーがこっそりとアダンの手首に巻きつけておいたのだ。
あの猪人が何らかのかたちで魔法に頼ったときの為の保険として。
あの猪人、つまりはリカトリジオスが最後まで公明正大な形でこの“血の試練”に関わっていたならこうはならなかった。けれどもそもそも、魔糸を使って意図的に自分達と対戦するように仕向けるなどの姑息な真似をしてきたのだから、やはりまた何かしら仕掛けてくるだろう事は明白。イベンダーからすれば「かかったなアホウが!!」てな所だろう。
……いや、ちょっと不吉な言い回しか? まあいいや。
何にせよ、だ。
「───リカトリジオス使者、猪人のイーノス、申し開ぎはあるが?」
イベンダーの証言に、呪術師長ザルケルの裁定。次に問われるのは彼らの言い分。
それを受け、両手を地面につき顔を伏せ、半ばうなだれるかのようだった猪人は、小さく……本当に小さく忍び笑いを漏らす。
いやそれが本当に忍び笑いだったかどうかよくわからない。けれどもその声は次第に大きく激しくなり、最終的には豪快な高笑いへと変わる。
「はっは…、あ~、いや~、悪い悪い。俺もよ、ついうっかり魔力循環して拳にちょっとばかし魔力がのっかっちまったみてーだわ。
もちろん、カーングンスの儀式を蔑ろにするつもりなんか全く無かったぜ? ただ、魔力循環に慣れちまってると、どうしてもこうなっちまう事ってのあるもんでよ。まったく、しくじったぜ、悪いな」
一切、まるで悪びれることなく、しれっとそう言ってのける。
「……戯れ言を」
軽い舌打ちとともに小さくそう吐き捨てるエヴリンドだが、正直僕も同感。
確かにあの猪人の言ったようなことが起きる可能性は、ゼロではない。だが、起きるとすればそれはどちらかと言うと魔力循環に慣れすぎているからというよりも、魔力循環の制御に慣れていない初心者の場合だ。
ゼロではないがそうそう起こらない。けれどもそれを魔力循環に対して詳しくない者たちの前でここまで堂々と言ってのければ、あちらとしては反証のしようがない。
何よりこの猪人は、既に“血の試練”を通過し、彼らの中で一定以上の信頼を勝ち得ている。
「ザルケル、それはあるごどが?」
だから、アーブラーマ・カブチャル・カーンにそう問われても、
「まれにだが、起ぎ得ると言えば起ぎ得る」
と返すしかない。
この状況、カーングンス達はどう判断すべきか、まだ決められない。
何よりどちらもあまりに堂々としている。
猪人側に“血の試練”を通過したという信頼性があるのと同じように、僕らには二度も若巫女様を救った、という信頼性がある。確かに自作自演の嫌疑もあるが、それも一部だ。
そしてその、一定以上には信頼性のある両者の言い分を、呪術師長のザルケルが「あり得ること」と認め、しかもそれらは矛盾していない。
アーブラーマ・カブチャル・カーンのしばらくの沈黙。
それからゆっくりと、重々しく口を開く。
「此度の件……」
先ほどまでの興奮、喧騒が嘘のように静まり返る。
「不幸な事故ど裁定する」
わずかなざわめき、安堵の溜め息……。
細波のような反応は、またすぐに波のように引いて、静かになる。
「だが、それを差し引いでも、試練の挑戦者、クトリアのアダンが最後まで膝を屈せず、立ぢ続げでいだのは紛れもねえ事実。
よって、彼の者の“血の試練”は、これをもって達成されだものどする!」
───歓声。
この裁定に不満を漏らす声はほとんど聞こえない。
最初は呆然としたような顔のアダンも、JBとイベンダー、ダミオン君に担ぎ上げられると、右手を掲げながら雄叫びを上げる。
その波に取り残されているのは猪人とそれに従う犬獣人兵士達のみ。
猪人は面白く無さそうに唾を吐いてから、ゆっくり立ちあがると犬獣人兵士達を引き連れて立ち去って行く。
そこから、アダンはザルケル他カーングンスの呪術師達から治療を受けつつ、小半刻ほどの宴が続いた。
□ ■ □
最初の歓迎の宴があり、それから“血の試練”に、それを達成したことの宴。かなり夜も更け、僕達は用意された天幕へと向かい休む。
アダンは真っ先に毛皮にくるまって高いびき。まぁ当然かな。
ダミオンとJBは交代で夜番。イベンダーは少しアーマーその他の整備をし、僕は本の読み直しをしてから休む……つもりが、疲れつつも妙に気が張ってしまい眠つけない。
少しだけ夜風を浴びようかと思い天幕の外へ出ると、その入り口のすぐそばにいるのはエヴリンド。
「あれ、何してるの? この間の襲撃で受けた傷が治ってないんだから、今日休むはずでしょ?」
そう聞くと、
「傷などもう治った。あの男に比べれば、たいしたこと無い」
「いや、あるある、たいしたことあるって!」
まるで遠くを見るような目をしてどこかを見つめながら、エヴリンドは無言。
んん……? 何だろ、この感じ……?
なんだかえらく、いつもと調子が違うなあ。
「……もう、とにかく早く休んでよね? 移動の最中にはきっちりと僕の護衛をしてもらわなきゃならないんだから」
と、そう言うと、やはりこちらを観るとでもなく、
「───ああ、分かった。しばらく夜風に当たったらすぐに戻る」
と返す。
う~んむ、何だろう。
“災厄の美妃”の持ち手らしき襲撃者をに遅れをとったことで、内心まだ自分のことを責めてたりするのかなあ? 何だかんだでエヴリンドは、母ナナイとは真反対とも言えるくらいに根が生真面目なんだよね。
そういえば、あの襲撃者の件についてもちゃんと調べて対策を練らなきゃなんないや。
しかし、どうやって調べりゃ良いのやら……。




