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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
333/496

3-133.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー(61)「ん~……何この茶番?」


 

「さあ客人だぢよ! まずはゆっくりどぐづろいでぐれ!」

 いくつもの天幕の張られた渓谷の中の高台。それらに囲まれた広場には、中央に炭団と薪の大きな焚き火があり、四方には篝火。

 中央前面に居並ぶのは族長を中心としたカーングンスの面々で、左右にもまた騎兵に呪術師たちがずらりと座り、そこに相対し着座しているのが僕ら「客人たち」だ。

 

 族長のアーブラーマ・カブチャル・カーンは、筋肉質ながらも貫禄のある肉付きの良い体型で、丸顔につぶらな瞳に髭と体毛も濃いめなため、まさに「熊ちゃん」とでも言うかの風貌だ。

 

 その彼が、木のマグを掲げて歓迎の言葉と共に馬乳酒での乾杯の音頭をとると、居並ぶ面々もそれに習う。

 遅れじと僕らも真似をして馬乳酒を掲げて一口……うう、酸っぱい!

 

「何にせよ、ジャミー、無事で良がったぞ! そしてお客人、娘を助げでぐれだごど、感謝する!」

 見た目通りの豪放磊落な性格か、族長のアーブラーマはそう呵々大笑で再び杯を掲げる。

 

「おおぅ! ま~、守りの事なら俺に任せろよ! クトリア一の盾使いとは俺の事よ!」

 アーブラーマに負けじと大笑いのアダン。いや別にそこ、張り合う必要無くない?

 

 それから、木製の長机に料理の木皿が運ばれてくる。まずは真ん中の焚き火でじっくり炙られた羊肉。熟成させハーブと塩で揉まれただけのシンプルな羊肉の骨付きのもも肉や肋を串に刺して炙り続けたものを、ナイフでこそいで盛り付けてある。

 それから、豆と野草のスープの木碗に……これはタルタルステーキみたいなものかな? 鞍の下に肉を敷いてミンチにしたものか。それをさらに叩いて調味料で味付けしているようだ。

 

「羊肉がメインか。さすが遊牧民だな」

「これ、大角羊とはちがうんですかね……?」

 イベンダーとダミオンのこの会話に、

 

「大角は気性が荒えんで、上手ぐ飼えませんでな。東がら連れでぎだ垂尾羊ど、此方の山の上で飼い慣らした首長羊です」

 と、給仕にきた女性が返す。

 

 垂尾羊は、尾の部分がでかくて長くぶらーんと垂れている。その尾にはラクダのこぶみたいに、脂肪が貯えられてるらしい。

 首長羊はまあアルパカとかリャマに似た首の長い羊で、大角羊や垂尾羊に比べて毛の質が柔らかで細く、肌触りも良い。ただ、比較的高いところに住むので、あまり流通はしてないけど。

 

 それから楽士が演奏を始めて、調子に乗ったアダンが小さな太鼓を借りてそれに加わる。

 イベンダーは席を立ち様々な人たちに話し掛け、逆に若いダミオンは同じく若いカーングンス達に話し掛けられる。ただエヴリンドだけは相変わらずの仏頂面で人を寄せ付けないけれども、全体としては和やかな宴が過ぎる。

 

 ───で。

 

「……しゃだらァッッ!! これで……半分……だオルゥアッッ!!」

 

 拳が肉を打つ音に、荒い息と汗。

 とっぷりと日が暮れた荒野の夜は冷え冷えと肌寒く、息のみならず篝火の赤に照り返された褐色の肌からも、まるで蒸気のように湯気がたっている。

 

 顔は腫れ、至る所から血がにじみ、また垂れているが、アダンの表情の闘志は、衰えていないどころかますます燃え盛っているかのようだ。

 

 何故こうなったか?

 

 話はちょうど宴の終わったあたりにさかのぼる。

 

 帰還と歓迎の宴は半刻ほど続き、やや騒がしかった場の空気も次第に落ち着いたものへとなる。

 そこで改めて若巫女様のジャミーが切り出したのが、リカトリジオスとの同盟の話だ。

 

「偉大なるアーブラーマ・カーン、彼らはクトリアの者達で、我々よりリカトリジオスにづいで詳しく知っています。

 同盟が真に我らカーングンスの栄光を取り戻すにのにふさわしいものがどうが、彼らの意見を聞いでがらご再考願います」

 

 ジャミーが僕らを野営地まで連れてきたのには、どうやらこういう目的もあったようだ。


「……ジャミー、今はおめの無事ど、そのおめを助げだ恩人の歓迎の場だ。そういう話は明日にしろ」

 

 しかしアーブラーマ・カーンは、そのジャミーの提言をそう退ける。

「……ですが!」

「ジャミー、興が醒めるぞ」

 食い下がるジャミーにそう返すのはアルーク。

 

「ははは! 何をつまらん事を言っている、アルーク。

 興を醒ましてるのはおめの方だ。彼らは恩人どいうだげでなぐ、わざわざ遠ぐがら来でぐれだんだ。何も今すぐ裁定を下すというわげであるまいし、話を聞ぐぐらいどうってごどねえ。いやむしろ俺は今すぐ聞ぎでえな! クトリアの事も色々な!」

 

 そこへそう笑いながら割って入るのは、長兄のアーロフ。

「親父殿よ、そもそも俺だぢはリカトリジオスの奴らのごどは、奴らの言い分でしか知らん。それが正しいがどうがを見極めるだめには、別のどごろがらの話も聞がなぎゃならん。そうべ?」

 

 幼少期の落馬による怪我で馬に乗れなくなったため、族長を継ぐ資格を失ってたとされる長兄アーロフ。

 周りからは変人だと思われてるとの話だが、なかなかどうして、弁も立つしかなり理論的に物事を考えられる客観性も持っているようだ。

 

 それを受けた族長はふうと深く息を吐いてしばらく目をつむる。それから彼から見て右手、呪術師たちの席を一瞥し、

「ザルケルの叔父御」

 と、呪術師長へと言葉を促す。

 

「……ん、まあ、話は聞ぐ方がよいがど」

 聞かれた呪術師長のザルケルは、やや控えめな返答。しかし、

「……その内容如何によっては、ジャミーだぢを襲ったどいう刺客どやらの正体も見えで来るっぺ」

 と続ける。

 

 なる程、彼としてはそここそが本命か。

 まずは二対二。

 東側との通商担当のクーリーは、

「東じゃリカトリジオスの話は何も入って来ねえ。聞げるなら聞いでおぐべ」

 との反応で、最後に族長夫人のトーリーが、

「まあ、それじゃジャミーの冒険の土産話ね」

 と明後日なまとめ方をする。

 

 まずはジャミーからの経緯の報告。襲撃者がリカトリジオスだ、とは断定しないものの、事の経緯はきちんと理路整然と話して行く。

 三回目の襲撃と彼女の負った怪我について差し掛かると、周囲からどよめきが起きる。

 

「……ジャミー、その……三回目がらの襲撃で、矢に毒が塗ってあったのは確がなのが!?」

 そう大きく反応したのは、親であるアーブラーマ・カーンよりも、師である呪術師長ザルケル。

 

「はい、このイベンダー殿の手助げが無ぐば、私の命も危うがったがど」

 

「……なんと言う事だ……」

 ザルケルは青ざめ、小さくそう呟く。

 

「毒に弓……。前二回のどぎどは違ったが?」

「最初の二回は、拙えものでした。しかし三回目、四回目は弓も優れ、まだ、四回目に至っては死霊術に、不可思議な破魔の技を使う追っ手まで」

 

 アーブラーマ・カーンの問いに、ジャミーは続けて四回目の襲撃、つまり彼らを毒蛇犬の動く死体(アンデッド)と極炎の矢が襲い、僕らが“災厄の美妃”の持ち手らしき刺客に襲われた件を話す。

 

 だがそこで、アルークが待ったをかけた。


「……四回目の襲撃。

 ジャミー、確がにおめたぢを襲った者は居だのだっぺ。そごは疑わん。

 だが……そのダークエルフ達……そいづらを襲ったどいう刺客……。

 おめたぢの中にそれを見で居る者は居ねえのだな?」

 

 その一言で、場の空気が変わる。

 

「……それは、確がにそうだが……」

「三回目の襲撃の後に、まずそのイベンダーどいう者が現れ、都合良ぐ持っていだ薬ど治癒術で助げだ。

 その後四回目に襲撃があるど、その直後にイベンダーの援軍ど称するダークエルフが現れる……。

 そして、その者達の言うリカトジオスの危うさを聞ぐべぎ……と?

 ずいぶんと……良ぐ出来だ話だな」

 

「……なッ!?」

「なんと言われる、若君様!?」

 

 マーゴと若手呪術師派閥の者達がどよめく。

 

「俺が言っているのはジャミーの事で無え。そのイベンダーど連れのごどだ。

 後がら合流したダークエルフが、おめたぢを襲った死霊術師では無えど言い切れるのが?」

 

 おおう。武辺一辺倒なタイプかと思いきや、若君様ことアルークは、なかなかに鋭いところを突く。

 

「なるほど、確かにそうだ」

 と、そのアルークの疑念にそう追従するのは……イベンダーだ。

 

「おい、レイフ。お前、死霊術師か?」

「……はい? 違いますけど?」

「……と、本人は言うとる」

 ん~……何この茶番?

 

「おめ達のその言葉をどう証明する?」

 アルークの追求は続く。

 

「あ~……、若君様、そして偉大なるアーブラーマ・カーン。

 疑念に思われるのはごもっともです。

 そして、残念なことに、今の私は私の言葉を証明し、信頼してもらう術を持ちません」

 まあ、こればっかしは仕方無い。

 実際、事の経緯だけを並べていけば確かに僕らは怪しすぎる。特にその四回目の襲撃が弓に極炎に死霊術。そのどれも世間一般ではダークエルフの得意技とされているものだ。

 

「だから、私たちが信じるに値する者たちかどうかは、アーブラーマ・カーンの裁定に従うしかありません」

 まだ出会ってほんの半時ほど。その上で信頼を語ると言うのならば、それはもう直感だとかそういったものによるものしかない。

 

 そう言うと、アーブラーマ・カーンは再びしばし見目を閉じてから、

 

「おめ達は闇の森のダークエルフがそれども火山島のダークエルフが、どぢらだ?」

 

 と聞いてくる。

 

「───闇の森ですが……?」

 

 それが何だと言うんだろうか? まあ地形的には僕ら闇の森の方がカーングンスのこの野営地とは近いといえば近い。モロシタテムから巨神の骨を東回りで迂回して北上、そこから王国領へと向かうのであれば、闇の森の南を通行することになるしね。

 

 それを聞くとアーブラーマ・カーンは再び腕組みをしながら目をつぶり、ふ~むと考え込む。

 

「親父殿、アルーク、何を悩む必要がある? 彼らの言い分が正しいがどうがは、二の次だっぺ? こごでいぐら問いただしたどごろで、何も分がりはしねえんだがらな」

 不意に、長兄のアーロフがそう言う。

「だがらと言って、疑わしい言い分を鵜呑みには出来んぞ、兄上」

 

 アルークのその反論に、アーロフは笑いながら首を振り、

「違う違う、そうじゃねえ。

 ます先に確かめっぺぎは、彼らの言い分が正しいがどうがではなぐ、彼らが信頼に足る証言者がどうが、だ。

 つまり……」

 

 ここで、ややもったいぶって間を置き、

「彼らのうぢ誰が一人でも“血の試練”を達成出来れば、話を聞ぐ価値はある。そうべ?」

 

 ……と、その血の試練を受ける誰かに名乗りを上げたのが、アダン……ということだ。

 


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