3-132.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー(60)「結構ヤバいかもしれんね~」
ジャミー・カブチャル。偉大なるカーングンス族長のアーブラーマ・カブチャル・カーンの第四子で、“若巫女”様と呼ばれる若手の呪術師。
そして“若君”様とは兄妹の関係でもある。
その兄、若君様と呼ばれるのはアルーク・カブチャル。アーブラーマの第二子で、評判も人望も前述の通り。
部族社会に限らずの話だが、多くの父系社会では長子相続が一般的。つまり第一子であるアーロフが次期族長となるのが一般的と思われるが、カーングンスの場合族長となる場合の最低条件の一つに「乗馬が出来ること」というのがある。
長男であるアーロフは、まだ若い頃に落馬した怪我の後遺症が原因で、おそらく脊椎が損傷を受けてるらしい。そのため彼は乗馬が上手く出来ず、族長の資格を失った。
ちょっとばかし他人事でもない話ではある。
ただその長男であるアーロフ、単純に乗馬が出来ないのみならず、性格にも癖があるようで、人望面でも弟のアルークに及ばない。
で、ロランドの日記からの類推や彼ら“若巫女”様一派の言う通りに、現在のカーングンス内ではリカトリジオスとの同盟を締結するか否かが取り沙汰されていて、過去の“強く偉大なるカーングンス”の再興を夢見る“若君”様のアルークは、リカトリジオスと同盟を組み、カーングンスの勢力を拡大させたいと考えていると言う。
そこに待ったをかけるのが、ジャミーを筆頭とする若手の呪術師派閥。
ロランドを通じてリカトリジオスの実情を知っている彼女らは、同盟はカーングンスの偉大さを盛り立てるどころか、彼らリカトリジオスの尖兵として戦奴扱いをされるだけで、いずれは飲み込まれ、滅ぼされる……と、そう考えている。
僕らとしても、まあ“若巫女”様ジャミー達の予測の方が正しい、とは思う。
クトリア共和国にとってのみならず、カーングンスにとっても、リカトリジオスとの同盟は利にならないだろう。
だが、野心とかつてシャヴィー大帝国の一翼を担った部族の末裔との誇りから、アルークはそれらを認めない。
確かにリカトリジオスには人間種を嫌ったり、女子供を奴隷にするような面もあるだろうが、それは犬獣人の習わしなのだから仕方ない。我々は対等な同盟関係になるだけだし、犬獣人の習わしに合わせる必要も無ければ、それらを無理強いされる事もない。何より、精強なるカーングンス遊牧騎兵に対し粗略な真似など出来るものか……と。
実際ところ、カーングンスとリカトリジオスには共通点も多い。
父権的部族社会で、男手は基本として戦士である事が求められる。
リカトリジオスは“血の決闘”と呼ばれる決闘による決着を好む性質があるが、カーングンスには“血の試練”と呼ばれる成人の儀式があるという。
これは10人の成人から10発ずつ、合計100発殴られ続けて、その間決して膝をつかず立ち続ける……というものだ。この儀式は成人の時だけではなく、外部の人間が彼らに受け入れられるかどうかを試すときにも行われ、血の繋がりの無いマーゴの父、……「アイツ」がカーングンスの一員になった際も行われたと思われる。
つまり、どちらも体育会系マッチョイズムばりばりの「拳で語り合う」を地で行く社会。
アルークがリカトリジオスを、「まあ、犬獣人だから俺らよりか野蛮なのは仕方無いけど、なんとなく分かり合えるよな!」とシンパシーを感じるのも……分からんでもないかなぁ~。
「だどしても……兄が刺客を送るなどど言うのはあり得ね。たどえ私ど意見を違えでも、兄は正々堂々どした行いで意見を戦わせで来る」
良くも悪くも単純バカ……とは言わないが、まあそう言うことだろう。
「ふむ……。だが、その“若君”様が直接関わってないとしたらどうだ?
彼に近しい者が勝手に気を利かせたつもりで邪魔者を排除しようと考えている……。あるいは、また別の第三者が、“若君”様が自分と意見を異なる妹を殺そうとしたと思わせようとしているのかもしれん」
陰謀策謀に対するイベンダーの嗅覚は侮れない。とは言え今のところ、全て可能性を憶測で広げてるだけなのも事実。
「だったらよ~、カーングンスともリカトリジオスとも全く関係無い奴ら……ってのもあるんじゃねーの?」
「そんなの言い始めたら、容疑者無限大だぜ」
アダンの言にJBが呆れてそう返す。
「ま、当然その可能性もあるな。
カーングンスとリカトリジオスが同盟を組むことで利益を得る第三者……というのも可能性はあるが、ただその辺に関する情報が全くない」
「若巫女様、若君様のアルークは同盟積極派、族長のアーブラーマ・カーンは現在中立派……ですよね?
あなた達若い呪術師以外の呪術師派や、他の族長親族などの発言力の強い人達の考えなどは分かりますか?」
一通りの治療を終えてから改まってそう聞くと、若巫女ジャミーの代わりにマーゴが答える。
「長兄アーロフは分からねえ。そもそもあの人の考えが分かる奴はほとんどいねえからな。三男ドーンタはアルークべったり。英雄視して懐いてる。
夫人のトーリー様は部族の決め事に対しては何も言わない。
呪術師長のザルケル様は……多分、反対派だろうな」
「多分、とは?」
「呪術師長だぞ? 占術で行ぐ末を占うべぎ立場の人が、自分の考えを軽々しく話せるが」
これに答えたのはまた別の騎兵の一人。なるほど、呪術師長ともなるとその辺の立場が難しいのか。
「ザルケル呪術師長様は、リカトリジオスに不吉な卦を見でました。その事を知っていだがら、我々は若巫女様に相談し、まだ各地へ散ってリカトリジオスの情報も集めで居だ。
多ぐは集められずども、それらはロランドがら聞いだ話を裏付げるものばがし……」
「そこで、改めでオレ達が集まり、アーブラーマ・カーンへど訴えだが……」
「取り合って貰えなかった?」
「いや、ならばまず、他の者達を説得してみろ……と」
「他の者達とは?」
「部族内の有力者だぢだ。
“若君”アルーク様、呪術師長のザルケル様、アーロフ様、そしてクーリーだ」
ここで、初めて名前の出た人物が居る。
「クーリーとは?」
「彼は東方の村々ど取り引ぎする者だ。毛皮、肉、それがら薬などもな」
東方の村々? そちら方面とも取り引き、交流があったとは!
つまり、マーゴは西担当で、クーリーが東担当、といったところか。
「で、お前さん方が最初に襲われたのはどのタイミングだ?」
イベンダーがそこでそう聞くと、
「ザルケル様、アルーク様へど話をし、野営地を離れでいだアーロフ様どクーリーに会うだめ俺達が移動して半日ほどしてだ」
「その時受けた矢傷があの?」
「いや、最初のどぎは俺達ば無傷だ。相手も矢を射掛げですぐに逃げだ」
「あーた情げねえ矢を放づのはカーングンスには居ねえ、そんだがらおがしと思った」
「その後は?」
「三回だ。
もう一回、ちょろぢょろした小競り合い……遠ぐがらの撃ぢ合いがあって、その後クーリーの出向いでだ東の村のへ行ぎ落ぢ合い話した」
「襲われだ事は話さんかった。それがら取り引きがまだあるクーリーと別れ、今度は山の上のアーロフ様と話しでから野営地へど戻る途中で、まだ」
「若巫女様の傷はそのときか」
「そうだ」
僕はイベンダーと目配せして確認。多分、似たような事を考えている。
最初の二回と、矢傷を負った三回目に今とでは、襲撃者は別か、または目的が違う。その可能性がある。
犬獣人は集団戦に強く、感覚も身体能力も高い。ただ、弓矢などは苦手だ。
なので、最初の二回はリカトリジオスの刺客で、後の二回が雇われ兵……という可能性もある。
だが、最初二回の時には殺意はなく、ただの脅し、警告、または偽の襲撃で、後の二回が本物の襲撃……というのも有り得る。
前者なら、単にリカトリジオス、または襲撃者の目算が甘かっただけだ。
後者なら……なかなかに厄介なことになる。
同盟締結はさせたいが、若巫女様達を傷付けたくはない……。そう言う考えがあったのかもしれない。
いや、或いは……うう~んむ。
□ ■ □
蜘蛛糸の結界に見張りを二倍。早朝まで警戒しつつ夜明けを待ち、煮炊きはせず暖かく甘いお茶と保存食とで簡素な朝食。
出立に準備を手早く整え、僕はケルッピさんを再召喚して騎乗する。
ケルッピさんとアラリンには、昨夜の内に怪我をしたモロシタテム警備兵を連れて行ってもらっている。
彼ら3人の怪我は深く、下手をすれば死んでたかもしれないほどで、薬や治癒術で応急処置をしても、そのままカーングンス野営地まで連れて行くのは難しかった。
彼らを見捨てて僕だけ逃げるのは論外。かと言って、休ませもせず連れ歩くのも無理。それ故の苦肉の策。
JBが現れての戦闘中に、アラリンに3人を糸でまとめて縛り上げて貰い、そのままケルッピさんの背へと括り付ける。
ケルッピさんには【癒しの水】で応急処置をしてもらいながら、アラリンと共に彼らを全力でモロシタテムまで届けて貰った。
彼らが到着したことで、昨日の時点で判明している事は伝えられた。
この先どうなるかは別として、まずは防備を整えてもらい、またクトリア市街地の妖術師の塔に残っているデュアンへと連絡も入れて貰うようにも頼んである。
そうしつつ、僕ら自体は今まで以上に慎重に警戒をしながら先へと進む。
エヴリンドはまだ完全とは言えない、と言うより本当ならモロシタテム警備兵達とともに戻ってもらいたいくらいだったけど、そんなの彼女が受け入れるワケがないので、ケルッピさんに二人乗りしながら、定期的に【癒しの水】をかけてもらっている。
【癒しの水】が僕の【大地の癒し】と違うのは、【癒しの水】にはある程度の浄化や気付けの効能があるので、毒や闇属性魔力、または魔法などによる状態異常の改善も出来ること。
エヴリンドはダークエルフだからそれ程悪化しなかったけども、闇属性の攻撃による腐敗、治癒力低下の効果も【癒しの水】なら軽減出来る。
警戒度を高めたことで進行速度はかなり遅くなったが、そのおかげか襲撃は全くなかった。
であれば後の不安は、「野営地に着いたらすでに同盟が締結されていて、僕らがリカトリジオスの捕虜になってしまう」と言うパターンだが、マーゴも若巫女様もその場合には必ず僕らを助け出すと約束はしてくれる。
その気持ちに嘘はないだろうが、とはいえ部族社会というのは上の言うことには絶対だ。族長に逆らってまで僕らを助けるというのは彼女達にとってリスクが高すぎる。出来れば僕たち自身でその危険を察知し、切り抜けるしかない。
そのためにも、JBによる上空からの偵察は欠かせないのだけども……。
「……だめだな。飛べねーワケじゃねーが、いまいち制御がうまくいかねえわ」
「ふ~む、帰ったら要メンテナンス……ってところだな」
“災厄の美妃”の持ち手と思われる相手との戦いで、何度か魔力を奪われ、また術式への“攻撃”を受けている。
例えるなら、強制終了を繰り返していたPCが次第にトラブルが起きやすくなる……みたいに話で、付与された術式に影響を与えるような攻撃にさらされると、不具合がおきやすくなる。
何にせよ、既に序盤から結構ガタがきてしまった僕たちのチーム。結構ヤバいかもしれんね~。
空が赤黒く染まり始める頃に、元々真っ赤に染まっていた渓谷の奥に、いくつかの煙が立ち上っているのが見え始める。
僕らが近づくと、バタバタと騒がしい気配に、岸壁の上に集まり出す人、人、人。
それから前方、緩やかな勾配の先からは十数騎ほどの騎馬。それがすべてが弓を構え携え、いつでも僕らを狙っえる態勢だ。
「カーングンスが巫女、偉大なる族長、アーブラーマ・カブチャル・カーンが娘、ジャミー、ただ今帰還した!」
若巫女様のその声に、騎馬群からするりと現れる一人の偉丈夫。
「妹よ、無事で何より!
だがしかし、その捕虜共はいったい何のづもりだ?
さあ、今宵は詳しく聞がせでもらうぞ!」
「おいおい、ちょっと待てよ? 捕虜って俺たちのことか?」
アダンの苦情も受け付けず、“若君”様、次期族長のアルークはそう言い放った。




