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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
331/496

3-131.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー(59)「エヴリンド!?」


 

「エヴリンド!?」

「出るなと言ってる!!」

 返すエヴリンドの声は真剣そのもの。その声の向こうから、別の誰かの悲鳴が立て続けに聞こえる。これはモロシタテムの警備兵のものだろう。

 

 魔力を食らう。

 

 そのエヴリンドの言が正しいなら、この敵は【魔力吸収】などの対魔術師向けの攻撃手段を持っている。

 それなら確かに、魔術以外に身を守る術を持たない僕が外に出るのは危険かもしれないが、敵の姿や数を見定めることができなければ反応をするのも難しい。

 

「敵の数はッ!?」

 魔力中継点(マナ・ポータル)の機能も妨害されているようで、僕が叫びエヴリンドへと聞くと、

「……おそらく一人ッ……! 数は……少ない……! だが……っ!!」

 

 少ないが手強い。

 【魔力吸収】を使うなら、魔力の塊のような精霊獣のケルッピさんや幻魔の熊猫インプは相性が悪く、魔糸を主武器とする大蜘蛛のアラリンも同様。

 ならば……リスクはあるが、肉体派の従属魔獣と、元から耐久力には期待されてない白骨兵か……。

 

 まずは白骨兵一隊セット。それから地の利はないがパワータイプで防御に長けた岩蟹を三体。

 とにかく守りの体制を整えて……とするが、即座に白骨兵部隊が粉砕され、岩蟹も一体がやられる。

 

 嘘ッ!? いくら何でも早すぎじゃない!?

 

 岩蟹は多くの魔力を殻、つまり防御の強化に回している。魔法による攻撃が無いから魔力を吸い取られる事もないだろうと考えてたが、どうにもこの状況、よろしくは無さそうだ。

 

「エヴリンド!」

 焦りつつも追加の従属魔獣を召喚しつつ、僕は毛布の仕切りを少しあげて様子を見る。【暗視】で辺りを伺うと、確かに目に見えて動いている襲撃者は一人。決して大きくはない、むしろ小柄で素早い動きの誰か。

 

「……出て……来るなと……言ったろう……!」

 

 右肩口、左腕、そしてわき腹……。パッと見で分かるだけでもそれだけ出血している。

「治癒術を……!」

「それより、お前は逃げる事を考えろ。アレは……“災厄の美妃”だ……!」

 

 鋭く激しいその言葉に、一瞬思考が止まる。

 “災厄の美妃”……。辺土の老人がこの世界に齎した魔術を破壊し魔力を奪い取る武器。

 

「この襲撃者が……“災厄の美妃”の持ち手……!?」

「探していると言ってたろ……。おそらくコイツだ……。魔術の守りも、付与効果も、魔力循環も、あの醜い黒い刃に触れられた途端、失われ、狂わされる」

 

 そこが、“災厄の美妃”が“エルフ殺し”とも呼ばれる由縁。僕らエルフは、魔術師も戦士も狩人も、魔術そのものを行使しなくとも、何らかの形で常に魔力を使っている。

 そういうエルフにとって、例えば魔力による気配の察知や、身体能力の向上を突然奪われてしまうと言うのは、人間で言うなら突然視力や聴力を奪われるに等しい。

 エルフは人間と比べて魔力の扱いに長けている、というのは、逆の見方をすれば魔力を扱っていなければ人間に劣る……ということだ。

 母、ナナイと共に闇の森の外を旅していた経験のあるエヴリンドは、その優位性と危険性の双方を知っている。だからこそ常日頃から魔力に頼らない戦い方、立ち振舞いを修練していた。それでもやはり、突然魔力を奪われるというのは大きな隙になる弱点なのだ。

 

 僕は右手をエヴリンドの肩に当て、左手を地面へ。【大地の癒し】でまずは止血。だが、エヴリンドの魔力循環が狂わされていることで効き目が弱い。

 

「……やめろ! アレを……ケルピーを呼び出せ……! ……お前一人なら、逃げ出せる……ッ!!」

 精霊獣であるケルッピさんは、“災厄の美妃”にとってはただの餌だ。魔力そのものがまさにケルピーの命。もし敵の持つ武器が本当に“災厄の美妃”なら、かすり傷ひとつでも致命傷だろう。

 だがエヴリンドの言う通り、その脚力は文字通りに馬並で、逃げに徹するならこれ以上に頼もしい使い魔はいない。だが……。

 

「いいえ、それはしません」

 

 エヴリンドの治癒をしなから、僕はキッパリはっきりそう言う。

 

「馬鹿がッ!!」

「いいから」

 余裕があるのか? いや、余裕はない。そろそろ足止めの岩蟹も保たないだろう。けど、ノイズまみれの伝心の中、わずかに聞こえた“声”の主が今ここに向かっている。

 

「アラリン! ケルッピさん!」

 魔力コストを度外視し、制御の不安も押し殺し、呼び出す二体の使い魔へと指示。間に合うかどうかの賭けに……僕は半分ほど勝った。

 

 【風の刃根】、そして【突風】。シジュメルの翼で使える攻撃魔法。どちらも相手に届くより先に消し去られ吸い取られてしまう。

 その勢いのままの体当たり………は、当たりはするが、その瞬間に飛行の魔力が奪われる。

 

「あの……南方人(ラハイシュ)の小僧か……」

 エヴリンドが苦痛に歪んだ声でボソリ呟く。

「今の内に回復するよ」

「待て、ケルピーを呼び出したのなら、今の内にお前だけでも逃げろ……!」

「一人じゃ行きません!」

「な、何を……グダグダ言って……!」

「ああ、もう、まずは少しでも回復してよ!」

 

 外の様子は目視は出来ない。ただ、大蜘蛛アラリンに張り巡らせさせた蜘蛛糸センサーである程度の事は伝わってくる。

 JBの魔力循環も、“シジュメルの翼”の能力も、“災厄の美妃”によって都度都度無効化されている。けれども彼はエヴリンドと比べれば、魔力循環を使わずに動くこと、戦う事に慣れている。その差が、ここでの対応力の差に現れている。

 

 一進一退の攻防。不利な状況だがかなりうまく対応できている。その状況を打ち破ったのは、JBの放った言葉に対する相手方の反応だ。

  

「……ざけろ、てめェ……。

 誰があの糞ジジイの手下だッて……!?」

 

 かすかに聞こえるその怒りの声。

 

「いいか、てめェ……二度と、そうだ、二度と俺のことあのじじいの手下だなんて呼ぶんじゃねーぞ」

 

 その怒りからか、元々の技量故か。完全に勢いはあちらのもの。

 シジュメルの翼さえ万全なら、JBは難なく逃げ出せるはず。彼が立ち去れないのは僕らがまだここに居るからだ。

 

「エヴリンド、まず、僕をしっかりと抱きしめて」

「……は?」

「いいから! ほら、今ッ!!」

 

 入口の仕切りから伸ばされる腕に掴まれる僕と、共に引き寄せられるエヴリンド。相手の隙を利して一瞬で“シジュメルの翼”へと魔力循環をし、相手を弾き飛ばし距離を取ると共に、こちらへととって返して僕らの手を取ると力強く抱き寄せてそのまま高く空へと飛び去る。

 

「……良かった! 合図、伝わってたんだね!」

「ギリだぜ。あんなもん、普通は見えるかってーの!」

 

 合図というのは、JBが相手と戦ってる最中にうっすらと周囲へと張り巡らせていた蜘蛛糸センサーの一部。

 

 大蜘蛛アラリンの糸は、込める魔力の量やその属性を、今は色々と調整することが出来る。

 魔糸は魔力を込めるめることで様々な能力を発揮するのだが、魔力を奪い去る手段を持つ相手にとっては意味がない。

 なので、細いが魔力を薄くしか込めてない糸を地面に張り巡らせた。それが、目視せずに外の様子をうかがうための蜘蛛糸センサー。破られ、踏まれた場所に敵が居る。

 

 その上で、蜘蛛糸を使っていたるところに以下の文章を張り付けておいた。

 

 Fly Me To The Moon.

「私を月まで連れて行って」

 

 JBは機を見て、僕とエヴリンドを魔力中継点(マナ・ポータル)の下の簡易シェルターから引っ張り出し、そのまま空高く飛んで逃げてる。

 

 策と言えるほど上等なものじゃない。完全にJB頼み。彼がうまく機会を作り、相手と距離を置いて、逃げ出せる十分な時間を作らなければできなかったことだ。

 ただその意思疎通が出来ていたという一点でのみ、僕とJBとの連携がうまくいった。

 

「……あ、本当に月まで行かなくても良いからね」

「行くかよ! とりあえず、オッサンの所まで行くぜ。あっちも襲撃を受けてるっぽいから、どうなってることやらだがよ……」

 

 目指す先は遠くて近き満月(ルナプレール)……ではなく、少し北へ進んだ先のちょっとした窪地。イベンダーとカーングンス達の夜営地だ。

 

 □ ■ □

 

 まず目に付くのは多くの死体。ただし毒蛇犬をはじめとする魔獣のものだ。その死体が半ば灰と化しているのは、乱造された動く死体(アンデッド)の証拠だ。

 霊力と魔力を融合させて無理やり死体を動かし支配下に置く死霊術において、急ごしらえの動く死体(アンデッド)は、破壊され魔力を失うと肉体組織そのものを維持する力を失う。

 

「こっちを襲撃して来たのは死霊術師……っていうことか……」

 渋い顔でそう吐き捨てるJBに、

「いや~、それだけじゃねーぜ。

 このバケモンの死体が襲ってくるのと同時に、何本も火矢が飛んできやがった。しかもそれ、魔力付きだぜ?」

 言いながら左手の盾を誇らしげに叩くアダン。ボーマ城塞の地下遺跡から発掘し、イベンダーが修理改修したというそれは、ドワーフ合金製の骨組みに革張りと言う軽さのものだが、そこらの鉄盾より頑丈な上、魔術的な攻撃を【魔法の盾】同様の術で防ぎ、かつ反射もしてしまえる“破呪の盾”。

 

 アダンが獄炎を纏わせた敵の矢を防ぎ、また跳ね返しつつ、近寄る動く死体(アンデッド)の毒蛇犬たちはダミオンとイベンダーで撃退。

 カーングンス達も半数は騎馬からの攪乱と騎射で応戦するも、数人は射られてしまう。

 動く死体(アンデッド)の数押しと、姿を見せぬ射手に対し、イベンダーがパワーアーマーの飛行を使い索敵突撃をかまそうかとした辺りで……まるで波が引くかのようにして襲撃者は去ったと言う。

 

 おそらくは僕らが“災厄の美妃”の持ち手から逃げ、引き離したのとほぼ同じくして……だ。

 

 僕はひとまず、カーングンス達の負傷者への治療をしながら、その矢傷の状態を観察する。

 闇と炎の混合属性である獄炎による傷はただの火傷よりも厄介だ。延焼し消えにくいのみならず、治りにくく腐り易い。魔法による治療も、光属性などの浄化を合わせないとなかなか治らない。

 そして何よりこの獄炎の魔法は僕らダークエルフの秘術でもある。


「───追っ手はリカトリジオスではない……か」

 エヴリンドがそう苦々しく言う。

 ダークエルフの秘術、獄炎の使い手に襲われた直後に、雇った傭兵の「援軍」と称してダークエルフがやって来るこの状況に、カーングンス達も戸惑って居る。

 ……いや、「戸惑い」どころじゃない。混乱……かな。

 

「……分がったよ。オレらを狙ってるのはリカトリジオスじゃねえ。それはいいぜ。だがよ、だったら一体なんだってんだ? 何者が、何でオレらを狙うんだ?」

 マーゴの疑問もごもっともだ。

 そしてその答えは、正直、僕らにも分からない。

 

「───可能性はいくつかあるな。

 まず、襲ってきた奴らは俺達と同じく雇われ兵だというパターン。

 で、もしそうならそれを依頼したのがリカトリジオスだという可能性はまだ残る」

 イベンダーの言う通り、襲撃者がリカトリジオスに雇われていた……というのも、無くはない。

 リカトリジオスの本来の勢力圏はここよりはるかに西。彼らがクトリアの領域を超えてさらにこちらまで隠密部隊を派遣するというのは、できなくはないがリスクが高いようにも思える。

 まあ、実際には同盟の使者を送って来てはいるので、彼らなりのルートはあるようだが。

  

「は~ん、な~るほどね~。雇いの刺客なら、むしろ犬獣人(リカート)じゃない方が良いもんな~」

 と、そこで意外にも鋭い指摘をするアダン。

「ま、リカトリジオスが自分たちの仕業と思わせないでやりたいなら、確かにそうだ。だが、その線で考えるなら……」

 ここで、イベンダーはぐるり視線を辺りに巡らせる。

 

「リカトリジオス以外が雇った……との線だってある」

 

 つまりは、カーングンス内部の可能性も……だ。

 

 その言外の含みに、若巫女様のお付きの側仕えの一人が気付き、反応する。

「雇われ兵、言葉が過ぎる。よもや我らを疑うど言うのが!?」

「ふむ? お前さんには、リカトリジオス以外と聞いて真っ先に身内を疑う根拠があるというのか?」

 質問に質問で返すなと怒られそうだが、確かにイベンダーは「リカトリジオス以外」としか言っていない。

 つまりそれだけ、身内……カーングンス内部での反目も激しい、ということだろうか?

 

「……ですが、その可能性は低いと思います」

 そこに、僕が右手を上げて話を切り出す。

 

「僕らの方へ来た襲撃者の方はシェルター内の僕に対して、そこにいるのが若巫女か……と聞いてきました。

 つまり、彼は若巫女がどんな相手がをよく知らなかった可能性が高い。

 まあ、敢えて囮として明らかに大勢で守ってるように見える部隊を先行させる……と言う手もありますが、にしてもリスクは高い。それを読んだとしても、彼らがカーングンス内部からの雇われ刺客だとしたら、もっと情報を持っていたでしょうし」

 

 それぞれにそれを受け止め考え込む。

 

「仮に、だ。仮に、カーングンス内部からの刺客だとして、それをしそうな者に心当たりがあるのか?

 俺達はこれから野営地に向かう。誰をどう警戒すべきか知っておかなきゃならん」

 

「そ……そのような者……!」

「だが……」

 側仕えも騎兵達も、改めて言葉にはしづらいようだが……まあ、分かるよね。

 彼らが頭に浮かべているのは、大きく三つに別れる派閥の中の、「若君様」だろう。

 次期族長と見做される現族長の息子の一人。リカトリジオスとの同盟に最も乗り気で、人望もあり戦士として有能。そして「かつての栄誉あるカーングンスの再興」を掲げている。

 誰もが想像しているだろうその人物の名を、けれども意外な声が否定する。

 

「若君様……兄上が私に“刺客”を放つだなどど言う事は、あり得ません」

 

 聞きなれぬ声……と、その主を見ると、そこには一人の側仕えに肩を借りつつ起き上がっている“若巫女様”、ジャミーだった。

 

 


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