3-128.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー(58)「さらなる衝撃」
「……そりゃ、なんとまあ」
と、イベンダーが大袈裟に驚いてみせるが、さてそれはあくまでふりなのか本心からか。
横で聞いてる僕からすれば、「なんとまあ」どころじゃない。カーングンスとモロシタテムとの衝突が起こるか起こらないかなんていうレベルじゃない、もっとややこしく、もっと厄介な大事だったのだからね。
「……つまり、お前さん方を襲ったのはリカトリジオスの刺客で、その理由はカーングンスとリカトリジオスとの同盟を締結するため……というのが、お前さん方の“読み”なワケだな?」
東方に陣取るカーングンスと、西方で勢力を伸ばし広げているリカトリジオスとの同盟が締結し、それぞれがクトリアに対して連携して攻撃を仕掛ければ、北方を巨大な山脈に塞がれたクトリアに逃げ場はない。文字通り袋小路に追い詰められた形だ。
「族長はまだ同盟を決めがねどる。だが、全体がかなり乗り気になりづづあるのは間違いねえ。さらに若君様は完全にリカトリジオスどの同盟を喜んでおる。これで我らカーングンスの栄光を取り戻せる……と」
「だが、俺だぢはリカトリジオスの真の姿をロランドがら聞いどる。奴らは全ての人間を憎み、女を奴隷どし、決闘でのみ優劣を決める野蛮な連中だ」
「そんだがら、若巫女様にご相談し、なんとが族長に翻意してもらうべどした矢先に……これだ」
「ロランドど連絡が取れなぐなったのも、奴らリカトリジオスの仕業ではねえがど……」
彼らにとってロランドとのつながりは、麻薬を含めた薬物の密売による、利害関係の繋がりだったと同時に、例えば彼らが若巫女様と呼んでいるであろう怪我をした女性の服を得るような重要な交易相手であり、またクトリア以西の情報源でもあった。
カーングンスはクトリア東方の広い地域で遊牧と狩りと採集を中心とした暮らしをしているが、と同時に、周囲のどの勢力とも実質的に孤立している。
その差が、族長や若君達と、ロランドを通じた外の世界との交友があった彼ら呪術師派閥との間にある、リカトリジオスへの認識、情報量の差になっている。
「……ふうむ。だが、恐らくはロランドの死とリカトリジオスとは、直接的には関係無いだろう。まあ、何かしらの裏の繋がりはあったかもしれんがな」
綺麗に整えられたドワーフらしからぬ口ひげを撫でつけながら、イベンダーがそう言う。
「何でそう言えるんだ?」
「ロランドを殺した魔人も、その目論見も分かっている。そいつももう殺されたから、今さら裏を確認することもできんが」
シャープな印象の女性の問いに、イベンダーはそう返す。
すると少しの間があってから、
「……そっか、仇はとれたんだな……」
と、彼女は誰に言うとでもなくそう呟く。
「……お前さん、ロランドとは長いのか?」
そのわずかな呟きを聞き逃さなかったイベンダーが、また何の気もないかに装いながらそう聞く。
「……オレにはな。それこそ、もう一人の親父みてーなもんだ」
これは……ちょっとばかし、いや、結構認識を改めなきゃならない。ロランドと彼らの繋がりはあくまで利害によるものと思い込んでいたが、少なくともこの彼女に関しては違うらしい。
というか、ちょっと待て? もしかしたら彼女は……?
「そうか、お前さん、クトリア人との混血か」
そう、東方人独特の平板な顔立ちとはやや異なる彼女の鼻梁が高く鼻筋の通ったシャープな顔立ちは、混血だからこそ現れたクトリア人系の特徴なのだ。
そう言われ、彼女は軽く舌打ち。
「……関係ない。例えオレの親父がクトリア人で、オレにその血が流れてたとしても、魂はカーングンスだ」
周りの他のカーングンス達も、この言葉に力強く頷く。彼らと彼女との間には、かなり深い信頼があるようだ。
……ん、いや、数人はやや苦笑いっぽくもあるな。けど、そこに悪意や敵意は無さそうだ。
「……さ~て、話はちと逸れたが、まとめるとお前さん方はカーングンスとリカトリジオスとの同盟をやめさせたい。だが、おそらくそれを妨害しようとしてる奴らがいて、そいつらに襲われた……と、そういうことだな?」
イベンダーがそうまとめると、「その通りだ」と、再び頷く。
「なら、どうだ? 俺たちを雇わんか?」
「……何だと?」
「お前さん方の目的は、再びカーングンスの野営地へ戻り、若君と族長を説得したい……ということだろう?
このまま逃げ回ってても埒があかないし、そのためにはやはり戦力が必要だ。
それに、逃げ続けてても再び刺客に襲われるかもしれんしな。
俺の腕前は見ての通り。さらに俺の仲間たちを連れてくれば、戦力は倍増だ。だがそのぶん、より報酬もいただくぞ?」
ここでまさかの傭兵の売り込み。まさかではあるけれども、これが通ればかなり強い。カーングンス達の内情に切り込んで多くの情報を得られる可能性はでかい。
だが、同時にリスクもある。今現在は敵対状態にないとは言え、リカトリジオスとの同盟が成り立った後に行ってしまえば、僕らは敵、もしくは捕虜となる可能性もあるからだ。
ちょいちょい、とイベンダーを触り、【念話】で相談。
『ちょっと待って、このまま彼らに同行するの?』
『んむ? まあ……そうだな。少なくとも想定される“最悪”の可能性は低いだろう。その辺は……お前さんと……あいつ次第だな』
んん~~……むむぅ~。
□ ■ □
「おぉ~、マジかよ、すッげぇな!」
合流したのはそうはしゃぐアダンと、横で緊張した顔のダミオン君。
朝方になり、僕の【憑依】した熊猫インプを「伝令役」として連絡したかたちの二人を、イベンダーの仲間、として呼び寄せた。
実際のところ、僕が【憑依】をして遠隔から操っているので、移動して伝える必要はない。だけども僕がそこにずーっと同席していた事を隠して居るためもあり、対面上そうしなければならなかったのだ。
で、アダンはカーングンス達の中の騎兵の曲乗り騎射を見せてもらってのこのリアクション。
あちらからすれば軽いデモンストレーションで威圧してやろう、くらいの感覚だったのだろうが、予想以上の手放しな好評価で逆に照れた様子。純朴か。
「ま、まあ、カーングンスの者ならば、このぐらいの曲乗り騎射は当だり前だ。俺達は生まれだ時がら馬に乗り、馬ど寄り添い、馬ど共に生ぎる」「すっげーな~、想像も出来ねーわ。
前にヴォルタスの船乗りが揺れる船の上でナイフ投げしてたけどよ、アレもすごかったけど、これもすげぇわ」
「船乗りの事など俺らは知らんが、なあに、馬の事に関してなら俺らに敵う者などおらん! かづではティフツデイル帝国の兵どもをすべで蹴散らしておったがらな」
「シャヴィー大帝国などど言われでおるが、実際のどごろ、我らカーングンスの遊牧騎兵がおらながっだら、版図を広げるなど不可能だったっぺ」
素直に感心している風なアダンに、カーングンス達は益々得意気に語る。
この辺、彼らの言い分もまぁ、半分ぐらいは正しい。実際彼らカーングンス達をはじめとする騎兵の素早さ、精強さこそがシャヴィー大帝国が瞬く間に版図を広げていった大きな要因であるのは間違いない。
と同時に、それ故にあっという間に瓦解した、という側面もある。
つまり、あまりにも早く侵略ができてしまったがために、補給線をきちんと整えることもできず、次から次へと略奪を繰り返し、版図を焼け野原にしてしまう。当然、支配した地域を治める政治的な治世もおざなり。勝てば勝つほど、版図を広げれば広げるほど、ただ焼け野原と飢えた民ばかりが増えていく。
恐らく、後世の歴史家がシャヴィー大帝国の勃興を語るのなら、「あまりにも強く、勝ちすぎた山賊」とでも評するのでなかろうか。
まあ、そもそも国だの部族だの武装勢力だのの成り立ちだのは、大規模な山賊と何がどう違うのか。そこに厳密な線引きが出来るかどうかは難しいところではある。
ただ一つ言えるのは、目先の、今の損得だけで勢力全体の指針を決めてるうちはただの「大規模な山賊」に過ぎないと思う。
「略奪すればとりあえず腹が膨れる」として、その後どうするのか? 略奪、進軍、略奪、進軍を永遠に繰り返してても、最後は地の果てから奈落へ落ちる未来しかない。
ごく狭い身内の目先の損得、利益。どうあれ、そこから脱した視野、展望が無ければ「国」にはなり得ない。
……と、自戒を込めて思う所存。
何にせよ、シャヴィー大帝国の勢力拡大の一翼を担ったカーングンス遊牧騎兵。彼らとクトリアの関係が今後どうなるかはかなりの重要案件だ。
と、おそらくはそんな重要な外交問題に発展し得ることに関わってるなどという自覚が全く無いであろうアダンは、見事なまでの能天気ぶりではしゃいでるし、そう言う重大事と言う意識よりも、もっとシンプルに子供の頃から聞いていた「恐ろしい」カーングンス達に囲まれている事への緊張で固くなっているダミオン君。
その二人がラクダへと騎乗し、カーングンス達は騎馬。
昨夜なんとか怪我から回復させた“若巫女様”と呼ばれていた若い女性は、例のクトリア人との混血だと言うもう一人の女性と二人乗り。それと若巫女様の側仕えらしき二人のうち一人も別の騎兵との二人乗りで移動開始。
僕……の【憑依】した熊猫インプとイベンダーはそれぞれ徒歩だけども、騎兵たちもいわゆるだく脚、ややゆっくり目の速度なので問題なく進める。
まずは川沿いに北上。しばらくして中洲のある浅いところへと差し掛かり、そこから渡河をすると言う。
もちろん脚がつくほど……ではないが、流れも緩く泳げるくらい。
「……あー、だが、イベンダー、あんたはどうする? その重い鎧で二人乗りは騎馬には負担だぞ?」
「おっと、忘れたか? と言うか、見れてなかったか。昨日の夜、俺がどうやって現れたのかを」
「ん?」
当然のように飛行して渡河するドワーフ合金鎧に、かなりのリアクションで驚く。
「……俺ら、最近当たり前みてーにオッサン等が飛ぶの慣れてっけど、改めて考えっとかなり異常なんだよな、鎧が空飛ぶ魔装具だってのは……」
「ですよね……」
うん、そだね~。
渡河してからはまた北上したり南下したり、曲がりくねり勾配もある道を登ったり降りたり。
「なーんか、かなりややこしい道のりだな~」
「なるべく刺客に見つからない経路を行く必要があるからな」
ただ、多分それだけが理由じゃなく、僕らに彼らの野営地への道のりを覚えさせないよう……と言うのもあるんだろう。
かなり険しいところを移動して半日、周りの景色が黄褐色の荒野からやや赤みを帯びたものになってくる。土の質が変わり、赤土が増えてきた。
つまりは彼らカーングンス達の本拠地として知られる赤壁渓谷へと近付いて来てると言うことだ。
日が陰り、どっぷりと暗くなってからも少し進みつつ丁度良い場所を見つけて夜営の準備。
さすがは遊牧民だけあり、その手のことはお手の物だ。かなりテキパキと手際が良い。焚き火の近くに、さほど大きくない革製の天幕を一つ建てるが、どうやそれは例の若巫女様と呼ばれる女性のためのもので、お側仕えの二人の女性とともにその中で眠るようだ。残りの者たちは交代で見張りをし、その天幕を囲むように寝床を作る。
イベンダーたちはその輪の外側の位置に小さな焚き火と夜営の天幕。こちらも三交代で見張りをするが、その前に僕とイベンダーは超小型な魔晶石を利用して作った結界用の魔術具で夜営地を囲み、簡易結界を作っておく。
食事は一応全員で、焚き火を囲んで食べる。もちろん見張りと若巫女様を除いて、だ。若巫女様の食事は消化の良い干した雑穀と挽き肉の粥。それを側仕えとともに、天幕の中で食べている。
「なー、ぶっちゃけあとどんぐらいで着くんだ? 3日も4日もかかるってんじゃ、さすがの俺でもしんどいぜ」
「問題がなぎゃ、明日の午後には着ぐ」
「……問題が、起きたら?」
「一番の問題はリカトリジオスの刺客だが、今のどごろ気配もねえがらそれは大丈夫だっぺ。山崩れや魔獣などで時間が取られでも、死なねえ限りは夕方には着ぐ」
食事中に軽口混じりでそういうアダンに、相変わらず心配そうなダミオン。ダミオンとしては故郷であるモロシタテムの命運がかかっていることや、多分まあおそらくは、先輩であるアダンがあまりに能天気な事から、普段より神経質になってるっぽい。分かる、分かる。
「襲撃するんだったらさっさと来てもらいてーぜ。来るか来ないかも分かんねー襲撃を警戒し続けるほうがよっぽど堪えら」
「そんなこと言って、本当に来たって知りませんよ?」
「でーじょぶだっての。俺がいんだからよ~。心配する事ぁな~んも無し!」
その貴方が心配なんです……とは、声に出せないダミオン。
「しかし、仮にリカトリジオスの隠密部隊だとしたら、そう呑気な事は言ってられんぞ。まず犬獣人の音や匂い対する感覚ってのは、俺らドワーフや人間とは桁違いに鋭い。どんなにこっちが隠れたつもりでも、平気で見つけてきやがるからな」
イベンダーのその言にも、アダンは相変わらずの調子で、
「そこまで気にする必要あるか? マルクルイにしたって、別にそんなのいちいち気にしてる風でもねーぜ?」
と呑気なもの。
「マルクルイは慎み深いんだよ。誰々の屁が聞こえたの、この匂いからすると下痢気味らしいな、だのなんてことを、全部把握しててもいちいち口に出さんだけだ」
「そうか~?」
「ああ、そうだ。例えばアダン、お前さんが夜中にほろ酔い気分で寝床に入ってゴソゴソしながら誰の名前を呟いてるかなんてことも、聞こえたところで誰にも話さん」
「……ば、ちょっ、待ておっさん!?」
「今のはマルクルイから聞いたワケじゃないぞ、俺にも聞こえた」
「ただの盗み聞きかよ!?」
「違う違う、アーマーの超集音性能のテスト中にだ」
……アダン氏のプライベートは脇に置くとして、確かに犬獣人の索敵、斥候能力は侮れない。
刺客としてこの地域に潜入しているとするならば、人数そのものはさほど多くないだろう。せいぜい五人一組の一班体制かその前後。
だが、狙われ追跡されてる際に、常に先手先手を打たれてしまう可能性というのは非常に怖い。
こちらとしても、二重三重の防御の手を打っていなきゃならない。
例えば……今作っている魔力中継点とかだ。
僕……つまり僕の本体は今、カーングンス達とはだいたい2キロメートルちょい程離れた場所に夜営をしてる。
面子は熊猫インプの【憑依】を解いて、本来の自分の身体へと意識を戻した僕に、護衛のエヴリンド。そしてモロシタテム巡回警備兵から3人程の援軍。
僕らは付かず離れずの距離を保ってイベンダーとカーングンス達を追跡している。
一番の目的はもちろん彼らを付け狙っているかもしれない刺客の存在をあぶり出す為だ。
刺客が彼らを狙えば、僕らがそれを挟撃することができる。また、僕らの存在に気がつき警戒するかもしれないし、あるいは僕らを先に攻撃しようとしたならば、イベンダーたちが駆けつけてこれまた挟撃出来る。
ただし僕らの存在をカーングンス達は知らないし、またモロシタテム巡回警備兵達の目的の方は、やはりどちらかと言えばカーングンス達を狙う刺客の事より、彼らカーングンスへの警戒から。とにかく彼らカーングンスの行動がモロシタテムへの脅威となるものかどうかを確認することが最大の関心事。
まあいずれにせよ最終的にやることは同じだ。彼らの跡をつけ、警戒し、敵や目的を見定める。
現在僕は熊猫インプは引っ込めて、大蜘蛛アラリンを呼び出して蜘蛛糸の結界に土の壁を利用した簡易シェルターを製作。
で、そのシェルターの上にアンテナの様に建てられてるのが魔力中継点だ。
シェルターは半地下式で、パッと見は半円状の土饅頭、雪で作るかまくらみたいなもので、入口は毛皮の毛布で覆ってる。あくまで簡易版だ。
魔力中継点を設置することで、まずは各魔力溜まりから魔力をある程度引き出し利用することかできる。そして、結界等の効果を大幅に増強、また拡大もできる。そのおかげで、ここから離れたカーングンス達の夜営地の情報もある程度は観察も出来る。
そしてなによりコストが高いからそうそう簡単にはできないけれども、東地区の地下闘技場でやったように、他の支配下に置いた魔力溜まりダンジョンから、従属魔獣たちなどを召喚し、使役することもできる。
後先やらコストやらを考えずにフルスペックで能力を使えば、おそらくリカトリジオスの百人隊が襲ってきても、何とか守りきることはできるんじゃないかな。多分だけど。
そうして態勢を整えつつ、ひとまず僕は簡易シェルター内でロランドの残した日記類の残りを読み込んでチェックしている。
改めて。
残された書き物類から伺えるロランドの人物像は、愛情深く人当たりの良い明朗快活な人柄。
しかし彼の行って来たことを含めて見れば、その表向きとは異なる裏の顔がある。
その鍵となる人物が、多分「アイツ」と書かれている男だろう。
この人物が、彼女……クトリア人との混血だと言うカーングンスの女性、マーゴの“父親”だ。
善良だが人当たりが良く、ある意味平凡で単純な性格のロランドが、「ノルドバから来た男」である「アイツ」
と最初に知り合ったのは17年ほど前らしい。
曰く、変わり者で偏屈。なかなか腕の立つ流しの狩人だったらしいが、人嫌いで疑い深い変人。町には住まず、どこかの洞窟か古い遺跡を改築して隠れ暮らして居たらしい。
付き合うにはなかなか難のある性格だったが、警備兵として彼を警戒すると同時に、持ち前のフレンドリーさから親しくもなって行った。
数年、モロシタテム周りで流しの狩人をしていた「アイツ」が、暫く姿を見ないでいたかと思ったら、小さな赤子を連れて現れた。
曰く、死にかけの女から預かったが、俺は子供の育て方なんぞ分からん、と。
母親はすぐに亡くなり、父親らしき男はハナから死体だった。
ロランドはすでに娘も育て終わり育児の経験があった。そしてカミラの年の離れた妹が病死して間もない頃で、ロランドの妻も心が疲弊していた。
ならば、と、その死んだ妹の代わりではないが、赤子を引き取り育てようかと提案するも、いや、俺が預かった以上、責任をもって俺の子として育てる。ただ手助けだけしてくれ……と。
それから四歳くらいまでは、ロランド夫妻と協力してその赤子……マーゴを育てる事になる。
数年して、「アイツ」は「この娘の家族が見つかった」と言い出し、馬を買って二人連れ立って旅立ってしまう。
それからさらに数年してから、ロランドは「アイツ」を通じてカーングンス達との取り引きをする様になる。
赤子の母親がどうやらカーングンスの者で、父親がクトリア人系だった……と言うのをロランドが知るのはこの時だ。
その二人にどういう経緯があり子供が生まれ、どういう経緯で赤子を残し死ぬことになったのか……は、書かれていない。
とにかく「アイツ」はその子供を連れてカーングンスの元へと行き、何かしらあってカーングンスの一員となった。
数年はその「アイツ」を窓口とした取り引きを続けて居たが、後に「アイツ」が死んだ後は、その取り引きをマーゴが受け継いで続けていた、と。
細かい部分は書かれていない事も多く、その隙間は類推するしかないのだけども、どうも読み込めば読み込むほど、ロランドとマーゴ、カーングンス達との関係は、単純な利害だけでは無いように思える。
ただ分かるのは、これらはあくまでもロランドと言う個人の交流だ、と言う事だ。
ここから、クトリアとカーングンス達との交流へと繋げられるか……。そこが、ここからの動きにかかっている。
と、そうして一眠り前の読書タイムを過ごしていると、不意にイベンダーから伝心の耳飾りを通じて連絡が来る。
『何、どったの?』
『うむ、どうも……来たっぽいぞ』
『……リカトリジオス軍?』
『……いや、どーもこりゃあ違うな。
まずは、毒蛇犬の死体の群れだ。昨日の奴らかもしれん』
死体? つまりは死霊術師か?
『こっちは今のところ対処は出来そうだが、そちらにも何かあるかもしれんから、警戒しておけ』
ひとまずは伝心を切られ、僕は魔力中継点を確認してみる。この魔力中継点はクトリアの四方の魔力溜まり及びそれらを管理する妖術師の塔の疑似知性、“ジャックの息子”とも繋がっているちょっとした情報端末でもあるので、自分で術を展開するよりも素早く様々な情報を集められる。
が……。
魔力中継点を通じて周辺の魔力や生命反応を探してみようとするも、何やらノイズでもあるかに精度がおかしい。
どうにも、何かしらの力が働いて、こちらの術式を妨害している……と言う感じだ。
「エヴリンド、ちょっと周りの……」
外に居るエヴリンドへとそう声をかけると、ドン、と簡易シェルターの壁に衝撃。そして鋭く小さな声で、
「出て来るな!」
と叫ぶ。
「え!? 何っ!?」
「───そん中か、若巫女とやらはよ?」
誰だ!? 聞いたことのない、初めて聞く声。ややしわがれたその声の響きは、獣人種のそれに似ている。
「……貴様に……答えることなどないッ!!」
叫びはエヴリンドのもの。それとともにおそらくは走り斬りかかる足音がする。斬り合い、そしてくぐもった悲鳴を飲み込む声。
「エヴリンド!?」
「出るな、レイフ!! コイツは……」
そこから続くエヴリンドの言葉は、さらなる衝撃をもたらす。
「───魔力を……喰らうッ……!!」




