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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
324/496

3-124.J.B.-Choke Salad Tannie.(チョーク・サラダ・タニー)


 

 ノルドバは人口200人程度の、本当に小さな集落だ。ウェスカトリ湾の漁村グッドコーヴ、東カロド河の渡し場があるモロシタテムそれぞれと、クトリア市街地とのおおよそ中間に位置し、朝方に出発して昼前に休憩、夕方近くに再び移動を開始すると夜には到着。

 町の産業、収入源は主に三種類。今言ったように中継地点としての宿場の収入。それ程規模の大きくない牧畜。そして遺跡探索。

 ノルドバ周辺には幾つかの古代ドワーフ遺跡が残っている。ノルドバ自体も元々は古代ドワーフ遺跡の残骸に人々が住み着いてできた町で、町のシンボルとなってる巨大な竜の像はなかなかの見ものだ。

 

 ただ市街地の地下遺跡やボーマ城塞、センティドゥ廃城塞なんかのそれに比べれば、完全なカス遺跡ばかり。何度か来たことはあるが、市街地からわざわざ足を延ばして来るほどの実入りはない。小物や古代ドワーフの日用品、または古代ドワーフ合金のクズ、つまりはジャンク品が幾らか残っている程度。運が良ければ、小型ドワーベンガーディアンの残骸から魔晶石が採れるくらいだ。

 例の火焔蟻の餌場になっちまってる壊れた遺跡を発掘すればまた違うかもだが、まあいずれにせよ旅の交易商や、王国軍巡回部隊やその野営地の兵士相手に小銭を稼ぐ程度のものだ。

 

 総じて言えば、寂れてくたびれた宿場のある町。そんな所だ。

 

 

 

 で、今はそのノルドバでの一騒動にケリか着いたところで、巨竜像の裏手に位置する町の広場に俺達も代表的な住人達もこぞって集まっている。

 

「───とにかく、あんた方の助力には感謝している。あとは……俺は口出しはしない。他の連中で話し合って決めてくれ。今は……独りになりたい」

 

 そう言って踵を返して立ち去るのは、クリスピノ・ボーノという元王国軍兵士の男だ。

 

 ノルドバでの一騒動……と言うのは、東地区での“聖人”ビエイムの奴隷狩り、人身売買に絡む件で、奴の右腕だったダルモスの帳簿と証言から始まる。

 実際の取引相手のことは死んだ“聖人”ビエイムしか知らない。だが帳簿係をしていたダルモスには、ある程度には繋がりのある奴らの情報があり、そこにはノルドバの奴隷商の事も含まれていた。

 

 ただ、ダルモスの知っていた情報は「クトリア人系白人、高齢、女性」と言うだけ。とはいえその条件で5人にまでは絞り込めた。

 そこからは直接対面し探りを入れる。

 

 まずは牧場主の妻だが、容疑者としては一旦除外。前提として特定の手下がいないという条件もあったのだが、単独犯で夫の目を盗みつつ奴隷商をやるというのはなかなか難しい。仮にその牧場主の妻が奴隷商であるならば、牧場主も共犯と見た方がいいだろう。

 

 それから宿の部屋を長期で借りて住んでる一人暮らしの老婆。年の割にはかなり元気で、曰わく時々遺跡漁りをして生活費を稼いでるそうだが、どうも隠し事のありそうな雰囲気ではあった。

 

 もう一人、20代後半の治癒術士の女性が一応は候補にあがっていたが、さて20代をダルモス、または“聖人”ビエイムが「ババア」と言うかどうかは微妙なところ。この世界の価値観じゃ確かに20代後半で未婚はかなりの行き遅れ扱いとは言え、微妙だな。

 ダルモス自身には直接の面識はなく、ただビエイムが「あの強欲ババア」と口にしていたのを聞いてそうメモしていただけの話だと言う。

 何にせよ彼女はこの街唯一の治癒術師で、しかも元々は王国から来たよそ者でもある。その辺を加味すると、実は治癒術以外の魔法も使えて、それを巧みに隠している……とかいうのならばかなり濃厚な容疑者となる。

 

 街のはずれに一人で住んでいた鍛冶師の老婆も候補にはなったが、人嫌いで知られている彼女は常に大量の犬を飼っていて、仕事以外ではほとんど他者との交流がない。何らかの形で犬を使った誘拐を働いているというのは、有り得なくもないが難しい。

 

 そして最後の容疑者が、宿屋の女主人。この町では古株で、有力者の一人だ。

 

 ノルドバには今のところ厳密な意味での町の代表者が居ない。 

 有力者と呼べる人物が3人。商人のクリマコ、牧場主のデメトリ、そして宿屋の女主人ヒメナ。

 だいたい何か大きな決め事があるときはこの3人を中心とした話し合いで決められるが、そもそもこの町は自治体と呼べるだけのまとまりが無いらしい。

 どちらかと言うと寄り合い。邪術士専横の時代になり、たまたま住めるところがあり、たまたま人が集まりだし、たまたまそれぞれの生活を続けていくうえでお互いに近くに住むのが便利だっただけ、と言う集まり。

 何より、邪術士専横時代のこの辺りは、今はプレイゼスとして貴族街三大ファミリーの一つとなっている連中が半ば支配者として居座っていた。

 

 ノルドバを中心としたグッドコーヴ辺りまでの一帯をほぼ実効支配していたプレイゼス達は、ある意味彼らの庇護者でもあったし、ある意味では大規模な山賊の親玉。

 プレイゼスが居たからこそ魔人(ディモニウム)や他の野盜、山賊の脅威から守られてもいたが、同時に通行税なんてのに苦しめられても居た。

 

 王国軍による邪術士討伐と王都解放後にプレイゼスが貴族街の劇場へと帰還を果たして庇護者の居なくなったノルドバでは、成り行きで残った有力者たちの簡易的な合議制が成立した。

 だが、やや横暴ではあるがそれなりには良き庇護者だったプレイゼスたちに頼りっきりだった事から、東地区やモロシタテムとは異なり、自主自治の意識が弱くなってもいる。

 加えて、王国軍も交通の要所としてのノルドバの価値を理解していたことから、ほど近い場所に王国軍の巡回野営地を設営し、その兵士たちのおかげもあって王都解放後もある程度の治安が維持される。

 有力者3人の共同出資という形で街の警備兵も一応雇っては居るが、その兵力は質はともかく人数としては町の規模に釣り合ってはいない。

 

 ともかく、今のノルドバはそういう場所で、問題や困りごとはそこそこありはするものの、犯罪や争いとは無縁な場所……と、そう思われているし、彼ら自身もそう思っていた。

 

 だから、東地区で隠れて奴隷商をやっていた“聖人”ビエイムを捕縛した、と言う話をしても、ほとんどの住人からあまり大きな反応がなかったのも、それはそれで当然なワケだ。

 そんなのは自分たちとは無縁の話だ、ってな感覚だからな。

 

 ◇ ◆ ◇

  

「───とまあ、そんな具合でな。

 東地区の奴隷商、ビエイムの奴はそれにて一巻の終わり、残りの手下どもも全員捕縛されたってワケだ」

 

 これは、ボーノが立ち去る二刻ほど前のイベンダーのおっさんの発言。町の広場に設えられた宴席での歓迎の宴とやらでのこと。

 

 東地区での会談及びその後のゴタゴタ諸々全てにケリがついた後、俺たちは一旦市街地へと戻り再び郊外へと出向く準備をする。マーランとはそこで別れ、代わりに同行するのはアダンとダミオン。

 予定としてはノルドバへ行った後、そのままモロシタテムとグッドコーヴにも回るつもりで、それぞれそこで生まれ育った奴を連れて行く事で交渉を円滑に進めようという腹だ。

 

 でまあ、レイフ、エヴリンド、俺にイベンダーのおっさん、新しくアダンにダミオンと言う面子で朝方から移動を開始し、昼前にはグンダー牧場のガブガブ休息所へ。

 エクトルは“行方不明”となっていた息子のテオを探し出してくれた……事になってるレイフを諸手を上げて歓待。実際のところ、それがマヌサアルバ会ナンバー3でありクトリア上議院議員ともなっているモディーナによる“やらかし”であり、それを誤魔化す為の嘘である事を結構気にしているっぽいレイフはかなり居心地悪そうにする。

 

 テオもまた、魔力瘤の初期症状による倦怠感や慢性疲労がなくなったことで、以前の「怠けてばかりの放蕩息子」と言う評価が一変。今じゃ立派な跡取りとして働いているから、まあ結果的にはオールオッケーではあるんだがな。

 

 で、決して才能があるとは言えないが、魔力循環にある程度の魔術理論を学んでいるテオに、限定的な管理者権限を与えて、グンダー牧場にクトリア魔力溜まり(マナプール)と接続のある魔力中継点(マナ・ポータル)を設置した。クトリア共和国の魔力通信網(マナ・ネットワーク)化計画は進行中だ。

 

 そして午後、やや早めに出発をして、夜に入る辺りにはノルドバへ。

 先触れから到着を伝えられていた町の住人は、東地区同様に歓待の準備をして待っていた。

 

 もてなしの内容に関しては、町の規模に見合ったささやかなものだ。牧畜も行われてはいるが、その規模はグンダー牧場に比べればかなり小規模。チーズやヨーグルトなどの乳製品も作られてはいるけれど、それらは貴族街でも手には入る。

 他にこの町の特産品と言えるようなものは商店主クリマコが熱心に売ろうとしている遺跡からの発掘品“飛竜の御守り”だが、巨竜像の地下から大量に見つかった古代ドワーフ遺物のそれは、結局は特別な魔法効果なども無い竜を模したドワーフ合金製のネックレス。まあ、一応交易商辺りにはそこそこ売れているらしい。

 

 クリマコの店はこの町唯一の店舗持ちの店で、しかも遠くからもよく見える巨竜像の中にある。この巨竜像、実は竜を模した塔のようなもので、内部が空洞で、頭の部分は見張り台。

 尻尾の階段から登って店の中を通ると、首の部分の狭い階段を抜けて竜の口の中だ。

 そこには交代で雇われの警備兵が常駐していて、周囲への警戒を続けてる。

 

 その巨竜像の背の側、広場の真ん中に大きな篝火を焚いて、牛やオオヤモリの肉を炙ったりしている。

 町側としては貴重な牛肉はかなりのもてなし。オオヤモリは産卵場所であるグッドコーヴ近辺の海とそう遠くない事もあり、魔獣化したものも含めて近くにコロニーが出来る事もあると言う。流しの狩人や王国巡回兵が時折退治してはここに持ち込み取引している。

 後はグッドコーヴからの交易商が持ち込む魚醤や干し魚など。

 宿屋の下働きをしている小僧がかき鳴らすウルダの音は素朴だがなかなか哀愁(ブルース)を感じさせる。

 ささやかな町の、ささやかなもてなしだ。

 

 飛竜の御守りがなかなか売れない、だとか、最近夜中に牧場の牛を襲う何者かが出ることがある、上水井戸の水が汚れている……なんて言う悩み事などを聞きつつ、主にイベンダーのおっさんが色々と弁舌を振るう。

 

「まあ、その飛竜の御守りに、実際の魔法効果なんかは無いワケだろ? なら、別の付加価値を付けないとなあ。たとえば、ほら、それをしていると、ノルドバの宿屋で朝食におまけがつく……とかな」

 

「牧場の警備は、今の警備兵だけではカバーしきれないのですよね? でしたら、魔力中継点(マナ・ポータル)を建てさせてもらえれば、単純な警備の増強をさせてもらうことは出来ます。強さはさほどでもありませんし、夜間に決められた命令通りに動くだけの操り人形みたいなものになりますが、それだけでも襲撃者は警戒するでしょう」

 

「ここの上水井戸は、市街地のと同じ浄水場から引かれた古代ドワーフの施設なんだよな? だとしたら汚染はその途中のどこかに破損があるのかもしれん。今、市街地の上下水道の再点検と補修を徹底してるから、それが終わったら郊外の上下水道網の点検にはいる。すぐにはなんとかならんが、しばらく待ってくれ」

 

 先にも触れたが、ノルドバは他の郊外の居留地と比較して、自主自治意識が低い。その分反発も少ないが、それが一概に良いとも言い切れない。別の見方をすりゃあ、危機感が足りないし頼り無さすぎ。

 

 何にせよ、その流れでイベンダーのおっさんが東地区での奴隷商退治の話をぶっこんで、「反応をみた」ワケだ。

 

 大きな反応があったのは、まず警備兵の一人、マノロ・バルセロ。

 やや東方人系の顔立ちのこの男に宴の後個別に聞き取りをしたところ、半年ほど前に警備兵の一人、ボーノの妻が行方不明になって居るという。

 

「ボーノのカミさんはまあ、なんつうか派手好きな女だよ。見た目はべっぴんだし、男好きするいい女だったなぁ間違いねぇけどよ。

 ただ、態度の端々にこの辺鄙な町にいることが嫌だってのがありありと見えててね。昔からの町の住人からすりゃあ気分のいいもんじゃねえ。

 だからいなくなった当初も、小金貯め込んだ交易商でも誑し込んで、貴族街のプレイゼスんところにでも行ったんじゃねえかって噂されてたんだけどな」

 

 マノロの言葉からも、確かにそのボーノの妻とやらに好印象はないのが伺える。ただマノロとしては心配なのは長年の相棒のボーノの事で、

 

「嫌な女だったが、ボーノの奴もカミさんがいなくなってから目に見て意気消沈しちまってな。元々繊細で傷つきやすい所のある男だったが、この件でほどほどまいっちまってる。

 奴は俺以上に腕の立つ戦士だし、凄腕の射手だ。足を痛めて軍からは退役したが、奴一人で20人分の働きが出来る。

 この町の警備兵の人数不足は奴一人でカバーしてると言っても過言じゃねえ。酷なようだが、奴に早いとこ立ち直ってもらわないと町全体に響くんだよな」

 との事だ。

 

 で、ここからはまた前回と同じ。

 レイフは熊猫インプを使ってコッソリと探りを入れて、イベンダーのおっさんは話術を駆使して話を聞く。

 巨竜の見張り台で監視をしていたボーノ本人からは、「絶対に失踪なんかじゃない。みんなは誤解しているが、俺と妻は愛し合っていた。何かの陰謀、事件に巻き込まれたに違いない」との言葉。

 まあ、その中身は妻を愛する夫なら誰でも言うだろうもので、どちらの見解が正しいとも言い切れない。

 

 ただ……結果的にはいとも簡単に真相は解明される。

 

 おそらくが持てる限りの全財産を皮袋に詰め込んで、夜中に町を逃げ出そうとしていた宿屋の女主人ヒメナ婆さんを拘束したのは、空から監視を続けていた俺だ。

 宿屋の隠し金庫から、奴隷売買の帳簿と町の人間、特にボーノの妻への大量の悪口が書かれた日記を見つけ出したは、レイフの熊猫インプ。

 

 ダルモスといい、ヒメナ婆さんといい、何とも都合のいいくらいに証拠文書を残してくれてるのはありがたいやら間抜けやら、とも思うが、おそらくこれは、クトリア全体の識字率の低さから……てのもあるんだろう。

 読み書き算術ができるってだけでもクトリア全体の平均からすりゃあインテリの部類だ。だから、万が一周りの人間にちょっとぐらい見られたとしても、中身がバレる心配はないと甘く見ちまう。

 

 そこに……「ちょっとばかし読み書き算術が出来る」程度じゃ太刀打ちできねえ超インテリがやってきて、しかも自分の同業者をつい最近とっつかまえたばかりだって話をしやがる。

 そりゃあ、 取るものとりあえず逃げ出したくなっても仕方ねぇ。

 ま、こっちはそういう動きが出ることを狙って、待ち構えていたワケだがな。

 

 ヒメナ婆さんの処遇をどうするか、に関しては当然問題になった。

 ダルモスの一件もあったから、クトリア城壁内、そして郊外の他の居留地とでこういった犯罪者に対してどう対応し処遇を決めるかということに関するある種の合意を早急に作らなきゃならねえ。

 法無き廃墟のクトリアだった頃には、各地の有力者がそれぞれ勝手に私刑を行うのが通常通り。つまりこの場合だったら、晒し台に30日間晒しとくだとか、縛り首にして吊るしとくだとかそういうことになる。

 だがノルドバは明確なまとめ役がおらず、有力者3人の擬似的な合議制が成立していた。そしてその擬似的な合議制の一角が、まさに奴隷商のヒメナ婆さんだったわけだ。

 

 デメトリは争いごとの嫌いな好好爺で、例えその本性が長年自分たちを騙していた奴隷商だったとしても、顔なじみのヒメナ婆さんにあまり残酷な刑罰を与えたくはない。

 クリマコはどうかって言うと、罰を与えること自体には異存はないが、自分がそれを主導したと思われることには抵抗がある。利益は取りたいが責任は取りたくない、てな所だろう。

 

 唯一、ボーノ本人は被害者家族として強い憎しみと怒りでもって、文字通りに自分の手でヒメナ婆さんをブチ殺したいと言う顔をしていたが、それを自分の私的な報復としてここで行ってしまうことがどういう意味を持つかについて十分分かっている 。

 

 帳簿によれば、この町の住人でヒメナ婆さんにより奴隷として売られたのは唯一ボーノの妻のみだった。

 ほとんどは流しの狩人や交易商。宿に泊まった客の中で、親類縁者の類もなく、いなくなってもバレなさそうな奴を選んで売っていたようだ。

 あくまで安全確実なサイドビジネス。町の住人の中でボーノの妻だけを餌食にしたのは、ただ単純に「気に入らなかった」から、らしい。

 

 なので、そのお鉢はこちらへと回ってくる。

 

「そうさなぁ……仕方ない。ひとまずこの婆さんは王の守護者ガーディアン・オブ・キングス預かりにしておくか」

 てなのはイベンダーのおっさんの提案だが、ノルドバの連中は一も二もなくそれに乗っかった。

 

 縛り上げた婆さんを籠に入れて、棒に吊してから俺とおっさんとで担ぎ飛んで帰る。まあ時間的には一刻程度で市街地に着き、証拠物件とともに夜番の奴らに押し付け地下牢へと突っ込む。東地区で捕縛したダルモス他は厳重な取り調べの後に労役囚となっているが、ヒメナ婆さんがどうなるかは今後次第だ。

 

 

「結局まあ、各地で起きてる揉め事を、そこそこうまく解決して共和国議会への支持を集める……てな点じゃ大成功じゃああるけどよ」

 帰りながらに、俺はイベンダーのおっさんへとそう話かける。

「なんだか煮え切らん感じだな?」

「まあな。なんつーか、これで良いのか……てのが、イマイチ分からねーわ」

 

 ビエイムのときと違って、サリタから直接連中の悪事を聞いたわけでも、閉じ込められてた連中を見たワケでもねえ。 証拠もあるし、本人の自白も取れた。まあ刑事モノ的な考えで言やあ完全なクロ。だがなんつうか、実感みたいなものが俺に無ぇ。

 その上で、本来なら俺よりもはるかに当事者として関係があるはずのノルドバの町の連中まで、妙にぼんやりしてやがる。

 

「ま、確かにな。

 だが、結果から言えばむしろかなりいい状況でもある」

 そう返すイベンダーの言葉に、俺はまたさらにピンとはこねえ。

「どーゆーこった?」

「市街地以外の居留地に居た悪党を、こちらに引き渡すと言う前例を作れた」

「……まあ、そうか」

 

 悪党という言い方を敢えてしたのは、今現在まだクトリア共和国では厳密な法律が完成してないからだ。

 慣例的にも、過去のクトリアでは奴隷商は免許制だった。だから新しく国を作ったという前提で言っても、無許可の奴隷商は全員取締対象、犯罪者とみなしても構わない。みなしても構わないが、厳密にはやはり違う。

 そんなあやふやな状況で、実例として市街地以外の居留地からの犯罪者の引き渡しが行われた、てのは、思ってる以上に大きなことだ。

 東地区なら絶対有り得なかった。ボーマ城塞でも、だ。多分グッドコーヴでもモロシタテムでもこんなにすんなりは行かない。

 郊外居留地の中でも自主自治精神に乏しいノルドバだからこその結果だろう。

 共和国議会、そしてレイフの側に立って考えるなら、これはまあイベンダーのおっさんの言う通りに「いい状況」だ。

 それでも何とはなしにもやもやするのは、結局はノルドバの住人があまりに簡単に自分たちの権利を手放しているように思えるからだろう。

 

 だが……うーむ。

 

 いや、そりゃあやっぱ、俺のモノの考え方の根本に、なんだかんだ言って前世の価値観が根付いているから……てな話なんだろうな。

 この世界の一般的価値観からすれば、むしろ東地区はじめとして居留地が個々にこれだけ自主自治の精神に富んで居ることの方がイレギュラーなんだろうからよ。

 

 もやつく気持ちは残ったままだが、それはそれで仕方ない。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 引き続いての“問題”について聞かされたのは翌朝。

 その夜俺たちは、すでに主の居なくなった宿屋で寝泊まりした。今後、この宿屋をどうして行くのか……てな話が宙ぶらりんなままで、どうするのかもはっきりしてない。

 一応、ノルドバを拠点に交易商をしている南方人(ラハイシュ)のトリストと言う男の妹がヒメナ婆さんの下働きとして働いていたから、一時的には彼女の管理で宿の運営を続けることにはなっている。

 ただ、古株のクリマコやデメトリの話だと、ヒメナ婆さんには子どもが居たはずだ、と言うことだ。

 

「確か息子だったな。名前は……カザドル……カサドーレ……いや、カサドルか。

 いかついなりをしてるが、なんだか妙に閉じこもり、陰気な性格をした奴だったぜ。ヒメナ婆さんとも、とっくに死んじまってる酒飲み糞オヤジともそりが合わねえ感じでな。

 まだちっせえガキの頃なんかは、しょっちゅう酒飲み親父に殴られててよ。もうちっとデカくなってからは、旅の南方人(ラハイシュ)に頼んで妙な入れ墨入れてもらったり、妙ーなことばっかしてたな。

 多分もう居なくなって十年か二十年くらい経つかな~……。本当に、気がつきゃいつの間にか居なくなってたんだよ。

 今でも生きてんのか死んでんのか……。それとも婆さんがやってきたことを考えりゃ、下手すりゃそいつも奴隷として売られちまったのかも知れねーが、もし生きてるんならよ、あ~……その、慣例的には、そいつがこの宿屋の新しい所有者になるっ……てなことになるんじゃあねえのかね?」

 クリマコのこの証言によれば、つまりその行方不明の息子が正統な相続人……となる。

 

 そしてそれにはレイフが、

「……過去のクトリア法で考えれば、確かに直系の子、孫が第一相続人とみなされますね。ただ、一定期間以内に相続の手続きをしなければ、王国により財産は没収される。

 我々の方でも探せるのならば探しておきますが……そうですね、皆さん方でも心当たりを当たってみてください。

 共和国議会の方で財産没収という形になった場合、その後競売にかけるか、あるいは直営の宿屋という形にするかと思います。

 それまでの間は……そうですね、今、管理代行をしていただいているタニシャさんに引き続きお願いしたいところです」

 と返す。

 

 クリマコは確かに金にがめつい商売人気質ではあるが、同時にガツガツとした野心にはちょっと乏しいように見える。簡単に言えば「確かに金は欲しいが、かと言って金以上の面倒事が来るなら遠慮したい」てなタイプだろう。

 まあ、野心的なんだったらプレイゼスが貴族街へと乗り込んだ時に、一緒にその後をついて行ってたハズだ。実際、もともとはこの町の出身だったが、プレイゼスについてってその下っ端になった奴らも結構いるらしい。

 

 そのヒメナ婆さんの子の事は……まあいい。どう考えても望み薄だ。一応、気には留めておく……程度の話だな。

 

 それより俺が気になったのはこの宿屋の代行管理人を引き受けることになったタニシャと言う南方人(ラハイシュ)の女だ。

 

「あ~……タニシャ。あんた、交易商の兄貴が居る……って?」

「はい、そうです。

 父の代からやっていて、兄はその後を継ぎました。私も昔は手伝ってたんですが、息子ができたので町に残ってできる仕事口を探し、ヒメナさんに雇ってもらってたんです」

「息子さんは、あの昨日の夜に楽器を弾いてた彼かい?」

「はい、息子は音楽が大好きで……。いつも、宿の手伝いの合間に、お客さんのための演奏をしたりもしてます」

「あ~……旦那さんは?」

「……居ません」

「……お亡くなりに?」

「……まあ、そんな感じです」

 

 ちょっと自分でもどうかと思うぐらい不躾な質問に、同席していたレイフが顔をしかめて窘めようとする。

 けどまぁ俺だって正直、別に単なる興味本位やなんかでそんな質問をしたワケじゃねーんだよな。

 

「チョークサラダって、あるだろう? ほら、この辺で特によく採れる、まあ美味くもねえが格段には不味くもねえチョークサボテンだ。

 あれって、この辺では今でもよく食べるのか?」

 

「あら、良くご存じで……。

 さすがに、お客さんにはほとんど出しませんけれどもね」

 

 意外そうにしつつもやや目を細めて軽く微笑むタニシャ。

 今以上に食料事情の悪かった、邪術士専横時代の名残のサボテン料理。

 そいつの歌なら、何度か聞いている。

 

 まあなあ。タニシャも、あるいは父親の方も、お互いどこまでちゃんと知ってるのか。そしてそのことに俺が口出ししていいものか……なかなか難しいところだが、見ちまったモンはしょうがねえ。

 今またジャカジャカとウルダをかき鳴らしつつ食堂へと入ってきたタニシャの息子、マヌエル。

 年の頃はまだ10に満たないくらいか? 肌は地黒で南方人(ラハイシュ)っぽくもあるが、骨格顔立ちは多分ほぼ父親似。

 恐らく……ではなく、まず間違いなく、コイツは王の守護者ガーディアン・オブ・キングスのリーダー、“キング”の子だ。

 

 チョーク・サラダ・タニー。

 

 “キング”の若い頃を歌った、奴のナンバー。

 




“キング”が『チョーク・サラダ・タニー』を歌ったのは、2-95で御座います。

 

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