3-116.マジュヌーン(68)砂漠の砂嵐 -モノノケダンス
死霊術師が手にしていた赤髑髏の杖をゆっくりかざすと、すすすとそれを下ろしながらピタリ俺へ。
まるでオーケストラの指揮棒か。その意図はこれも明白。ルゴイとレイシルドを奪い返した俺への意趣返しだ。
「よお、悪いけどこっちはもう帰宅時間だ。
死霊術の実験に使うンなら、アッチの連中で手を打っちゃくれねえか?」
数だけで言ってもあいつらの方がはるかに多い。
出会い頭にはちょっとばかし利害が食い違ったが、あちらさんを獲物に定めてやりあってくれりゃあ、願ったり叶ったりなんだがな。
「貴様を食屍鬼にした後に、石柱に逆さに飾り、食屍鬼どもに毎日貴様の腸を食らわせてやろう」
死霊術師はと言うと、こちらの建設的な提案を一顧だにせず、仮面越しのくぐもった声でそう気味の悪いこと言いやがる。
ちっ、交渉決裂か。なんとも執念深ぇサイコ野郎だぜ。
再び地面から岩を持ち上げる重戦車食屍鬼に、俺たち四人は警戒しいつでも動ける体勢をとるが、そこに横合いから再び他の変異食屍鬼が攻撃を入れる。
持ち上げた岩を振りかぶり……投げつけると同時に長い舌と、突進と、降下からの組み付きに……、
「グゥ……熱ッ!?」
「焼けちゃうゥ!?」
足元の地面に広がるのは、首のひょろ長いゲロ吐き食屍鬼の吐いた焼け付く液体。
飛び上がってそれを避けた隙に、ルゴイが突進をかまされ、長い舌にムーチャが絡め捕られ、最後に高速急降下してくる狩人食屍鬼がマハの上にのし掛かるところを、俺が蹴り飛ばし山刀で刺して仕留める。
「アハー、助かったノ~!」
「ムーチャの方に行け! 俺はルゴイだ!」
ルゴイもヤバいが、ムーチャもだ。煙たい食屍鬼の締め付けは、自力じゃ上手く解けないが、狩人食屍鬼の爪や突進食屍鬼のタックルに比べりゃ威力は低い。だが今、ムーチャの足元にはゲロ吐き食屍鬼の吐いた液体がある。こいつは直接触れるだけじゃなく、濃い湯気にも酸性の焼けるかのような効果があるらしく、特に背の低いムーチャにはダメージがデカい。
そのムーチャをマハに任せて、俺は突進で数メートルは遠くへ連れていかれたルゴイを追う。だがそこに、重戦車食屍鬼の投げる岩。
危うく掠める岩の横を走り抜け、異常なまでにぶっとい右腕でルゴイを掴み上げながら何度も繰り返し地面へと叩きつけている突進食屍鬼を斬りつける事数回。なんとか倒した時には、ルゴイの顔は血まみれだ。
「おい、大丈夫か!?」
「……あ、はい、なんとか」
とぼけたツラでとぼけた返事だが、明らかにふらついていて覚束ない。
素早く頭を確認すると、少なくとも目に見えた傷は頭の数箇所。皮膚の弱いところが裂けて血を流しちゃいるが、骨までパックリ……てなほどのダメージではなさそうだ。が……。
「頭を打ってるときは気ィつけろ。外から見えねーダメージあるかもしんねーからな」
「……あ、はい」
ふらつくルゴイを助け起こしつつ、今度は群がる雑魚食屍鬼を斬りつけ払う。
取り囲まれ鈍る動きに、再び重戦車食屍鬼からの岩投げが来るが、なんとか地に伏せてそれを避ける。
岩は回避できたがこの体勢はちとまずい。まとわりつく雑魚食屍鬼が、俺やルゴイの手足へと絡みついて動きを奪い、噛み付こうとしてきやがる。
「糞、ざけんな!」
突進食屍鬼のおかげでマハやムーチャとは距離がある。しかもあちらもまだ何体かの変異食屍鬼や雑魚食屍鬼の相手で身動きが取れない。
ルゴイと俺は、互いに背中合わせになるような格好で地面に尻を突きながらも奴らを蹴り飛ばし、また切り払いして雑魚食屍鬼たちを何とか払いのける。
まるでゾンビ映画のワンシーンそのものだ。無数の手が伸びてきて、いずれは群の中に引きずり込まれ貪り食われちまう。
こうなりゃ覚悟を決めて“災厄の美妃”を取り出すしかねえかもしれねえ。ルゴイには見られるが、何とか後で誤魔化せるか?
そう思い右手を心臓の上に置いて意識を集中しだしたそのときに、俺たちを襲っていた雑魚食屍鬼たちの動きがぴたりと止まる。
なんだ? いや何かは分かる。匂い、そしてあらゆる気配がそれらを告げている。
地獄に仏、てなことわざが確かあったが、こりゃ地獄に鬼か悪魔だぜ。
雑魚食屍鬼たちが反応したのは別の一団。
つい先ほど、ムーチャが陶器瓶に詰めていた爆発食屍鬼の臭いゲロを浴びせて、食屍鬼たちの嫌う吐きそうなほど猛烈に臭い匂いを発している、“不死身”のタファカーリとその親衛隊たちが近付いて来た。
雑魚食屍鬼たちの緩んだ拘束、包囲を力づくで振りほどいて抜け出した俺たち2人は、低い体勢のまま小走りに走る。
「コレ、まずいですよね……」
「さて、どうかな……」
“不死身”のタファカーリは俺が自分の配下にならず、また奴のリカトリジオス内部での“ライバル”である生意気な新入り、つまりは静修さんを密かに討ちたいという計画を知ってしまっている事から、ここで俺を始末したいだろう。
だが、それよりも司令官として一番重要なのは、死霊術師と食屍鬼の攻撃を跳ね返し、奴隷たちの反乱を抑えて、この部隊の崩壊を防ぐことだ。
死霊術師は……まあ良く分からねーが、奴が実験材料としてさらったルゴイとレイシルドを奪還し、屈辱を与えたこの俺への恨みを晴らしたいという気持ちがあるようだ。
だが、だとしてもそれよりも優先すべきは、自らが根城としている廃都アンディルを奪おうとしている“不死身”のタファカーリの部隊を壊滅、または追い返すこと。
つまりこの状況、最初に考えた計画、リカトリジオス軍と食屍鬼たちをぶつけ合わせ共倒れを狙う策を実行する絶好チャンスだとも言える。
「まだ動けるよな? 無茶はできないだろうが、かといってココでしなきゃ死ぬだけだ。
ルゴイ、マハとムーチャを援護して、撤退してくれ」
「アンタは?」
「ちょっとばかし仕上げをしてから後を追う。なぁに、別に盾になってお前たちを逃がそうなんて考えちゃいねーから安心しろ」
ルゴイは三白眼で疑わしげにひと睨みしてから、それでも分かったと言わんばかりに頷き、再び小走りに走り出す
「“シャーイダール”!」
俺は立ち上がり、方向を見極めてから雑魚食屍鬼を完全に振り解きそう叫ぶ。
「リカトリジオス軍、“不死身”のタファカーリが、直接お前を討とうと来てくれたぜ!
その仮面に相応しい実力が本当にあるのなら、恐れる事などありはしないよな!?」
“シャーイダール”の名を出しての安っぽい挑発だが、実験材料の二人を奪い返されただけで俺へと執拗な恨みを抱くあの性格からすりゃ、意外とこれが効くかもしれねぇ。
仮面の死霊術師はちらりと顔をあちらへ向ける。つまりはやたらに臭い匂いを発し、雑魚食屍鬼たちに襲われ、纏わりつかれているタファカーリとその親衛隊達の方へ、だ。
死霊術師は血のように赤い髑髏の杖をぐるりと振り回してから、ピタリそちらを指し示す。
雑魚食屍鬼のみならず、死霊術師に操られていただろう変異食屍鬼たちも、俺やマハたちへの追撃を止め、雑魚食屍鬼の群がるタファカーリとその親衛隊たちへ攻撃を仕掛け出した。
「タファカーリ! 今、死霊術師、お前、狙ってる!」
今度は、犬獣人語でタファカーリへ向かってそう叫ぶ。
これでお互いがお互いを敵と認識しただろう。
シャーイダール仮面の死霊術師率いる食屍鬼軍団対リカトリジオス軍“不死身”のタファカーリとその親衛隊。なかなかのビッグマッチだが、俺としちゃここでオサラバだ。
マハたちがこの混乱から抜け出すのを確認し、俺もまた気配を消して立ち去ろうとするが、そこに今更ながらと数体の小さな渦巻く砂が現れる。
どこ行ってやがった、と心中愚痴りつつ、またもコイツの先導で逃げ出すかと注目していると、その渦は縦に並びながら次々と合体集合し、かなり巨大な竜巻へと成長した。
その大きさ、ほぼ10メートル近くの円。いや、円状の砂嵐の壁がぐるり取り囲んでいるかのようだ。
内側には、死霊術師とそれを乗せた重戦車食屍鬼に、丸太を越す太さの右腕を持った突進食屍鬼と、小柄だが跳ねながら攻撃し肩口へと取り憑いてくる騎乗食屍鬼、空高く跳躍してからの急降下で飛びついてくる狩人食屍鬼と……その他諸々。
その反対側には、“不死身”のタファカーリを後列中心に置き、盾と短剣を構えたオーソドックスな盾横陣を組む十人ばかりの親衛隊。先ほど居た半分は戦闘不能にしているから、追加補充も済ませたのだろう。
そしてそのちょうど中間、二組の間に立つのは、俺。
砂嵐の渦で取り囲まれたリングの中で対峙する二つの軍団に挟まれた状態だ。
「おい、こいつら閉じ込めて争わせるってなぁ良い策だが、まだ俺が残ってるぜ!?」
そう小さく叫ぶ俺に対して、ふわり砂嵐の渦から現れる闇エルフ、フォルトナ・ガルナハル。
「何をおっしゃられる、主どの。
“災厄の美妃”の使い手として、これ以上の舞台などありましょうか?
さあ、我らで存分に死の芸術を描きましょうぞ!」
……マジでうんざりするようなイカレ台詞だが、こいつの場合おそらく本気で言ってるってのがタチが悪い。




