3-103.マジュヌーン(55)死者の都 -アウト オブ ブルー
「……我らが親愛なる災厄の主よ、お初にお目通りになる。
我が名はフォルトナ・ガルナハル。あるいは又の名を死の芸術家……」
陰鬱な顔に陰鬱な声。芝居がかってるのは身振り手振りに振る舞いだけじゃねえ。前世でこんなこと言う奴がいたら、イカレたまぬけと笑ってたろうが、 コイツのそれがただのお笑いネタじゃねえのは俺にもわかる。
「そうかい、それはそうとムスタの奴はどうしたんだ? それにあのアルアジルの蜥蜴面もな」
“闇の手”の連中は俺個人、と言うか、“災厄の美妃”を持つ存在に仕える、イカれカルト集団だ。
出来りゃあなるべく他の奴らにその姿をさらしたかねぇが、今回ばかしはちと事情がヤベェ。
リカトリジオスの300人だかを越す部隊とかち合う可能性がある以上、こっちの戦力も多いに越したことはねえんだ。
「主よ、あのような野蛮な猿や、薄気味の悪い蜥蜴の手など必要ありますまい……。呪われし死人亡者どもも、卑しき犬どもの軍勢も、矢もて一人で討ち払ってみせましょうぞ」
こりゃまたずいぶん大きくでたな。声音の暗さと相反して、なかなかたいした大言壮語。それがただのホラ話じゃなきゃいいんだがよ。
というか、カルト集団のわりに内部の連中ってそんなに一致団結ってーわけでもねーのかよ? かなり毒吐いてんな。 俺的にゃあどっちも同意だぜ。まあお前もかなりのもんだけどよ。
「……とにかく、あー、フォルトナ?
おまえさん以外に助っ人はいねえ……、ってことでいいんだな?」
「そうではありません、我が主よ。既にこの周辺へと私の手勢が散っております……。この周辺で生ある全てのものを血祭りにあげるのも、もはや時間の問題かと」
「……て、 おいバカやめろ、誰も殺すな! 俺が連れてきた奴らに、俺が探しに来た奴らもいるかもしんねーし、リカトリジオスの部隊にしてもヘタなちょっかい出して刺激すんじゃねーよ!」
何のためにここに来たかわかってんのかこいつ? ヤベェのはイカレたキャラだけじゃねぇな、こりゃ。
「それは……なかなかつまらぬ話でございますな。
しかし、主どのがそうおっしゃるのであれば……それはそれ、当然、尊重したいたしますぞ」
そう言うと再び大仰な一礼をしてから、背負った弓を手に取って、ビィン、とその弦を弾き音を出す。
ビィン、ビィンと奏でられるその音に応じて、今度はボコボコと砂漠の砂の中にサッカーボール大くらいの膨らみができ、そのうち四つほどが四方に散らばり去って行く。
「今のがおめーの……“手勢”ってやつか?」
「……いかにも」
地中を走る穴掘りネズミか魔蠍か……とも思えるが、なんとなくあの動きにはそういう生き物めいた感じがない。
もっと言えば魔物……、魔法的な存在……。そんな感じがするぜ。
「……で、その、まあ、なんだ……お前のそのスナネズミ共にはきちんと厳命したんだろうな? 無闇に攻撃せず、誰にも見つからず、それでいて、何者かの痕跡をきちんと見つけ出すように……ッてよ」
「ええ、如何様にも主どのよ。
常闇をゆく鴉のように、我らの姿を見定める者はおりますまい」
やたらと芝居がかったその言葉通りに、上手いことやってくれりゃあ助かるがな。
とはいえ、こいつの手勢とやらが情報持ち帰るのをボケーっと待ってるのも馬鹿らしい。
「まあいい、とりあえず進むぜ。お前もついてこい」
「……御意」
アスバルとはまた別の意味でウゼエこのキャラにも慣れなきゃなんねーのかと思うとうんざりしてくるが、不満を殺して先へと進む。
だがしかし、行けども行けども不毛の荒野。砂、岩、砂、岩、まれに低木とサボテンだ。
残り火砂漠の典型みたいなこの光景には俺も随分慣れてはきちゃあいるが、ここで誰かの痕跡を見つけるってのは本当に面倒だ。
もちろん、俺は人間と違い匂いや音への感覚も鋭い猫獣人だ。それに“ 砂漠の咆哮”での狩りの訓練 でも、砂漠で様々な痕跡を見つける方法を学んではいる。
だがそれでも、おそらくカリブル達がこの辺に来たのは四、五日以上前。まだうろうろしてるってなら別だが、どこかへ移動した後なら見つけ出すのは困難だ。
ちょっとした足跡だの匂いだのなんざ、とっくの昔に消えちまってる。
だが……。
「……血だな」
「ですな」
ちょいとした岩場の陰だ。赤黒く乾いた飛沫に、戦闘の痕跡。
岩の一部が砕けてるのは、棍棒かメイスか硬い鈍器の当たった痕だろう。近くの低木にある粗い切断面は、それほど手入れの行き届いていない刃物によるものか。
実際に戦った人数はそう多くない。敵味方、 一人、二人か、四、五人ぐらいか。
「なるほど……これはこれは、実に面白い」
「何がだ?」
「魔力痕ですよ、主どの」
「魔術師が残すとかって言うアレか?」
「魔術師のみならず魔獣なども残します。まあ私は魔術に関しては専門家ではありませんから、事細かに魔力痕の内容まで見定めることはできません。
しかしこれだけ闇の魔力が強ければ、 ダークエルフの私にとっては一目瞭然」
「……闇の魔力ねえ 。
それじゃそういう闇の魔術を使う魔法使いか、闇の魔力の濃い魔獣か何かとカリブル達が戦った……てーことか?」
「それは……確かにそうなのです……が」
ここでフォルトナはもったいぶって間を置き、やはり大げさに芝居がかった悩み顔しながら腕を組む。
「…… なんだ、言えよ」
「闇の魔力を持つ何者かとの戦い……連れ去られ……立ち去り……、さらに別の闇の魔力を持つ者達……」
「……なんだそりゃ、どういうこった?」
「さてどうでしょう……? 少なくとも複数、三つ以上のグループがここで争った……、いや、争ったのではないのか……?
何にせよ、複数の集団の痕跡でしょうな……」
その話が本当なら……、
「リカトリジオスに捕まっている……?」
そう疑念を口にすると、
「……それは些か考えられませんな。リカトリジオスは基本的に魔術を嫌います。魔導具を使うことや、錬金術で魔法薬を作ることはあっても、術師の数は少ない。戦奴、奴隷の中に魔術の使い手がいるという可能性はなくはないですが、これほど純度の高い闇の魔力むしろ……」
むしろ?
「食屍鬼の可能性の方が高いでしょう」
……そりゃ、考えたくもねえ可能性だな。
だが、しかし待てよ? たしかムーチャが言うにゃあ……、
「食屍鬼が何で連れ去る?」
「さて。まだ生前の意識が強く残った食屍鬼なのやもしれません」
なるほど、それはあり得るか。だが……、
「それに、廃都アンディルの食屍鬼が町の外……特にこんな遠くまでやってくることは、まずねえんじゃねえのか?」
「はい、主どの。廃都アンディルの食屍鬼であれば、たいていは」
「食屍鬼以外の何かなんじゃねーのか?」
「かもしれませんな、主どの」
「どっちだよ」
「どちらも可能性の話です。そしてその真偽を確かめたいのであれば……」
フォルトナは右手を掲げ踊るように くるりと回る。その掲げた腕の上を、小さなつむじ風のようなものが駒のように回りつつ、鮮やかな銀髪をふわりとかき乱して肩の上に止まる。
「廃都アンディルの中まで調べに行かねばなりますまい」
「───ちッ、結局そうなるのかよ」
「何を恐れることがあるのです、主どの。われらが“災厄の美妃”にとっては、食屍鬼など何ら恐れる相手ではありませぬでしょうに」
フォルトナの言うことは正しい。魔力を吸い取り、魔術を打ち破る“災厄の美妃”は、 魔術師殺しエルフ殺しであると同時に、不死者殺しでもある。魔力を生命力としている不死者の、その生命力そのものを奪ってしまうのだからな。
だが……、
「そうじゃねえよ、ただ……糞厄介なだけだ」
吐き捨てるようにそう言うが、実際強がり、虚勢でもなんでもなく、マジで厄介な話だぜ。
で、結局だ。
フォルトナの“手勢”とやらには、現在三つの任務をこなしてもらっている。
一つは俺たちが進む先の索敵斥候。あとの二つは、野営地でマハ達の見張りと、俺と少し離れた場所で探索を続けてるアラークブの見張りだ。
フォルトナの言った通り、相手が食屍鬼なら、俺の“災厄の美妃” がありゃ怖かねぇ。ただ、なんつーかこいつは……マハ達にゃああんまし見せたくはねえんだよな。
こいつはただの便利な武器じゃねぇ。明らかに、呪われた武器だ。いや……俺の身体の中に入っちまっている以上、こいつは俺にかけられた呪いそのものだ。
近づくにつれ、廃都アンディルの全容、門構えが闇夜の中に浮かび上がってくる。
城壁は元々は切り出した砂岩で作られていたようだが、今や半壊し、どこからでも出入り自由といった状態だ。
建造物も砂岩と日乾しレンガと、いかにも砂漠の街と言う雰囲気だが、それらも同様、以前見たクトリアの廃墟以上に砂に埋もれた瓦礫の山。
そして何よりそれ以上に、生きてるもの……生命の気配がまるでねぇ。
「……来ましたぞ」
フォルトナがそう静かに警告を発する。
言われずとも俺にも分かる。漂ってくるのは……死臭。それも、カビ臭く古臭い……というほどではないが、かといってそう新鮮とも言えない。少なくとも、真新しい血の匂いってものはほとんどねえ死体の匂いだ。
数にして10体かそこらか。だが、周りを囲むように、じゃなく真っ正面から。つまり廃都アンディルから、まるで隊列を組むようにしてやって来てる。
「食屍鬼ってなあこんな風に、隊列組んで行進してくるもんなのか?」
「さぁて……どうでしょうな?
まだ食屍鬼化して間もないのであれば有り得ましょうが……しかも、この夜中にとなると……」
ムーチャによりゃあ、食屍鬼は暫くは生前の意識や習慣を覚えている。魂が肉体に残って居るからだ。
しかしここははるか昔に邪神の呪いで住人が悉く食屍鬼にされて滅びたとされる廃都アンディル。
生前の意識をまだ残した食屍鬼が、こうも沢山残っているとは……いや待て、そうじゃねえ、そうじゃねえのか……?
「フォルトナ、テメーは隠れてろ……」
「……はい? 何と申されましたか、主どの?」
「いいから黙って隠れてろ……!!
ここは、俺が“交渉”する」
渋々ながら離れていくフォルトナの背を見送りつつ、俺はそう断言する。
そう、交渉だ。
しばらくして眼前に現れたのは、五人一班二編成のリカトリジオス軍部隊。
比較的最近に食屍鬼となったばかりのそいつらと対面する。
さあて。俺にカシュ・ケン並みの人懐っこさか、アスバルの【魅了の目】がありゃあ、こっから先は楽なんだろうな。




