表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
291/496

3-91.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー「何か問題でも……?」


 

 東地区との第一回会談は、とりあえずは問題もなく平穏無事に終わる。

 正直、けっこう、かなり緊張しましたよ、ええ、ええ。

 何せ貴族街三大ファミリーやボーマ城塞なんかと違って、事前にうまいこと調整出来るようなコネクション、人脈がない。

 よーは、僕が今までなんとかやってた交渉や何かって、イベンダーや元シャーイダールの探索者達の関係性に乗っかってのもの。今回初めて、そういう元々の太いコネクション無しでの会談になった。

 一応、話によると元シャーイダール探索者の魔術師マーラン氏の旧知の人が居るらしいとのことで同行して貰っているんだけども、まああくまで念の為……と言うところ。

 

 で、まあ。その初のノー人脈会談は、現時点での共和国の様々な草案に対して、ある意味最も近い位置からの様々な指摘や見解も得られて、前向きな上有意義なもので、かなり良い結果だと言える。

 ボーマ城塞でロジウス氏に指摘されたクトリアの水軍の問題のような致命的な問題が指摘される程のことはなく、けれども細かい点で考えるべき課題は得られた。

 特に大きいのはやはり治安、防衛上の問題で、この東地区は他の居留地と違い市街地にかなり近い。

 他の居留地は、ボーマ城塞にしろ南下して最も近いノルドバにしろ、普通に移動するなら半日から1日は見ておく必要があるが、ここは歩いて1、2時間。

 まあ前世の日本感覚で言う「隣町」みたいな感じ。

 

 けれどもこれまで、城壁内の市街地と、ここ東地区とは、全く異なる自治を行う別の居留地だった。

 そこには何よりも、クトリア王朝期に邪術士専横時代それぞれの関係性もあり、まずこの東地区とされる場所はクトリア王朝期には農奴の収容所のような場所だった、という背景がある。

 農奴、と言うが、それも幾つかの階層に別れてはいて、一つはまずストレートに生涯に渡り奴隷として農作業に従事させられる階層。

 もう一つは季節労働者として、時期により雇われる出稼ぎの者達。

 そして最後に、何らかの犯罪への罰として強制労働をさせられていた犯罪者。

 

 特に最後の層は当然あまり歓迎されないワケだけど、いずれにしても元々市街地に住んでいた自由市民や都市貴族からすれば下層階級。

 クトリア王朝が崩壊し、それらの様々な階級、階層もある意味リセットされたワケだけど、邪術士専横時代やそれ以降にも、様々な勢力や人々の入れ替わりはあったものの、そういう者達の孫子の世代が中心となっている事へのある種の偏見、蔑みは市街地の居住者達に残っている。

 何というか、自分の境遇環境からくる不安や不満を、「けどあいつらよりは上」と思いこむことで自尊心を保とうとする……というのは、どこの世界にもある心理のようだ。

 

 東地区が王都解放後にも自主自治による独立を維持し続けていた理由の一つには、やはりそういう市街地住人からの差別的な態度への反発、てのもあるっぽい。

 で、それは逆に、僕に対しての印象にも影響している。

 つまり、完全な余所者な上ダークエルフという僕からすれば、当然ながら市街地住人だから上、東地区住人だから下、みたいな認識は無い。

 実際のところは会って話してみなきゃ分からんよね、と言うのは大前提としても、やはりそういう僕のプロフィールにある種の期待感はあったようだ。

 

 クレメンテ氏というこの代表の人も、なかなかに変わっている。

 元々彼は東地区住人ではない。のみならずクトリア人ですら無いらしいと言う。

 彼の出身は、最近よく耳にする西方の残り火砂漠北にある港町、ボバーシオなのだそうな。

 南方人(ラハイシュ)の王を戴くかつてのクトリアの属国。その地を離れ流浪の旅をしていた彼は、紆余曲折あり王都解放後のクトリア東地区へと辿り着く。

 前述のような過去の経緯もあり、生粋の東地区住人は市街地住人に好印象はないが、逆にクトリア以外から来た者にはそれほどの反発もない。

 実際、元リカトリジオスの奴隷だとか、やはり西から流れてきた獣人や 南方人(ラハイシュ)、さらにはシャヴィー大帝国の侵攻とともに移動してきた東方人なんかもここに流れ着いたりしている。また、元は山賊野盗の一味だったものの抜けてきたようなすねに傷を十本、二十本持つような後ろ暗い連中も少なくないのだとか。

 

 何にせよその、ある意味今の僕と同じく、元々は「余所者」だったクレメンテ氏は、流れ着いた東地区でけっこう実直に働いた。

 最初は様々な汚れ仕事。比喩的な意味でなく、文字通りに汚い仕事。下水の処理やら家畜の糞の処理。

 それから危険な仕事。近くに潜む野盗の監視や、魔獣の追跡。

 実際に野盗や魔獣との戦いになるときも、決して戦上手な戦士と言うワケじゃないが、色んな知識や知恵を絞り危険な役目も臆せず引き受け、次第に信頼を勝ち得ていく。

 そしてある程度の資金を元に店を持ち、さらに資金を増やし、また魔獣狩りに偏っていた食料生産の方法を改め増産させた。

 何せ、話には聞いていた例の「穴掘りネズミ牧場」を考案し作ったのは彼なのだそうな。

 

「良い肉を作るには、基本的にはサボテンの葉とサボテンフルーツ、それとサボテン芋を刻んで混ぜたものを使います。サボテンフルーツとサボテン芋は少な目ですが、少しでも混ぜておくと食いつきが良いのですわ。

 地虫やら残飯やら、他のものはほぼ食べさせません。とにかく用意した餌だけです。

 そうすると、味もそうですが、特に肉の匂いがまるで変わる」

 ほほー、と感心するお話だ。

 

「我々闇の森ダークエルフは地豚という家畜を飼っています。生態は穴掘りネズミにやや似ていて穴を掘り巣としてます。やはり野生のものは雑食で何でも食べるのです。

 しかし餌を限定し、果物や茸を中心に与えると、やはり味もにおいも変わりますね。それとリンゴ酒を与えたりもします」

「ほおお、酒? 酒ですか! そりゃまた贅沢な豚ですなぁ!」

「肉が軟らかくなりますよ」

「ははっ! 酒飲みはだいたいそうなりますわな!」

 

 クレメンテ氏との公式な会談の後の雑談の中では、だんだんと話し言葉もざっくばらんでくだけたものになってくる。多分こっちの方が普段の彼には近いのだろう。

 

「なあトマス! お前さんからすると、どうなんだ? ダークエルフの方々は特に闇魔法に詳しいらしいじゃないか。お前さんは光魔法が得意だろ? 色々と学ぶこともあるんじゃないのか?」

 クレメンテ氏がそう話題を振るのは横にいるトマスという若い男性。

 この彼、痩せて不健康そうな見た目ながらも、かなり魔力感知に長けて居る。多分ほぼ盲目に近いくらい視力が悪いはずだけど、魔力により周りの状況を把握しているのだ。

 ユリウスの所にいた賢者(セージ)というゴブリンシャーマンに近いと思う。

 

「そう……ですね。光属性と、闇……属性は、相反するものですが、だからこそ……学びに繋がる……ものも、あります」

 消え入りそうなほど小さな声で、たどたどしくもそう言うトマス氏。

 話によると彼は光属性魔法の使い手で、この街の医療関係や魔獣肉の浄化などを引き受けているらしい。

 役回り的にもなかなかの重要人物ながら、態度物腰は非常に大人しい……を通り越して、やや挙動不審。

 そしてこの感じ、顔立ち体格含めて何となく覚えがあるなあ、と感じるのは、今僕の横に居るマーラン氏と似ているということだ。

 

 今、JBとイベンダーは何やら他を見て回っている。

 JBは例の出身地の村の同郷人かもしれない人を探しに。イベンダーは……よく分からないけど何かやってる。

 なのでこの場に同席しているのは護衛のエヴリンドとマーラン氏のみなのだけど、いやこのマーラン氏も、トマス氏同様に挙動不審なんだよねえ。

 

 多分このトマス氏が、マーラン氏の旧知の人物なのはもはや間違いない。見た目雰囲気似ているから、血縁なんじゃないかと思う。

 で、この感じからすると、過去に何やら問題があっただろう事も想像に難くない。

 が。

 

 いやその、お互い変に「意識してます」感だけだしてだんまりとか、ちょっと止めてえ!

 こっちが気まずいもの。

 もうむしろ何なら、「ここで会ったが百年目……!」「いざ今度こそは雌雄を決してやろう……!!」とバトル初めてくれた方がスッキリするよ。そしたら止められるもん。

 このやや変な空気は、エヴリンドは勿論クレメンテ氏も感じ取ってるらしく、多分さっき不自然にトマス氏へと話をふったのも、その辺を考慮してのことっぽい。

 まあ、不発に終わったけどね。

 

「そうだ、クレメンテさん。

 もしよろしければ、その穴掘りネズミ牧場を含めて、いくらか案内していただけますか?」

 気まずい二人と対面して座ったまま、というのも何なので、ちょいとばかしそう話を向けてみる。

「ああ、良いですな。実は私の方からもお誘いしたかったのですよ。是非、いろんな場所を見ていって下さい」

 そう快く応えて立ち上がるクレメンテ氏。

 その流れで、僕は杖を持ち用意されていた椅子から立ち上がって軽く伸びをする。そうしてやや視線が上を向いたときに何かが視界にはいる。

 何か? そう、何かこう……巨大な何か、だ。

 

 そこへやや小走りに近寄ってくる武装した男がクレメンテ氏へと耳打ち。それを受けて僅かに表情を歪めたかに思えたが、それはすぐに消えてにこやかな顔で、

「あー……、レイフ殿、暫しお待ちを」

 

 むむむ? と一応様子を伺いつつ、エヴリンドも警戒態勢。何かトラブルかしらん? と見ていると……。

「お、お……おえら、い、ひと、きたの、あい、さつ……する」

 巨大な……2メートル半以上はある山のような影。

 丸太に大岩をくくりつけたような巨大な棍棒を背負うその姿。

 巨人族か……と言うと、それは多分違う。

 一般的には“食人鬼(オーガ)”として知られる、巨人族とオークの混血、または暴虐なるオルクスが巨人族に呪いをかけて生み出したとされる種族。

 ふつうなら───ここにいる全員が悲鳴を上げて逃げ出すべき場面だ。

 

 □ ■ □

 

「いや、全く誤解のないよう。奴は、確かに見た目はこう……恐ろしげではありますが、決して凶暴な者ではありませんので」

 クレメンテ氏が言い訳するかにそう釈明するが、エヴリンドは全く警戒を緩めていない。

 オーガは単純な驚異度としてはまず間違いなく冬眠前の岩鱗熊を上回る。体力、攻撃力、そして凶暴性。そして人間やオークには遙か劣り、ゴブリンよりも低いとされる知能ではあるが、それでも道具を使い、ある程度の学習をし、経験により戦略や戦術をも使えるようになる知能は、当然ながら多くの魔獣を上回る。

 闇の森には基本的にオーガは居ないが、一部山地に近い場所には棲息してるし、まれに我々の領域にまで来てしまうこともある。

 彼らの生息域はだいたいオークと被り、オークの部族の中にはオーガを家畜のように飼い慣らす部族も居ると言う。

 

 この、オークによるオーガの飼育は、ある一つのあまり知られていない事実を現してもいる。

 一般的には凶暴凶悪で、人を襲い食らう化け物───として知られるオーガだが、実際にはその凶暴性はある程度制御可能であり、また他の知的生物とのコミュニケーション、共生が可能である、という事だ。

 

「───今、彼は、クトリア語を話しましたよね?」

 我が耳を疑うように、僕はクレメンテ氏へと確認をする。

「え? へ、え……まあ、その、ちょっと拙くはありますが、会話は出来ますからね」

 

 やや離れたところにちょこんと……いや、ものすごい巨体ながらも、その佇まいを形容するにはやはり「ちょこんと」と言うのが相応しいくらいにちょこんと立っている彼を、周りの武装した男達が何やら宥めたり止めたりしているが、その様子は明らかに家畜どころではないくらいに明確な意志疎通、コミュニケーションが成立している。

 

「言葉はあなた方が教えたのですか?」

「……いや、奴は……最初から話せたはずですわ。ある程度は私らも教えたりしましたがね。あの……カラムという今は酒場をやってる奴が居るんですが、あいつが3年くらい前に見つけて来ましてね。

 ボロボロになってたのを助けてやったとかで、それ以来ここに居着いては、魔獣や野盗なんかを撃退するのを手伝っとるんですわ。

 正直、かなり助かっとるのですよ。何せ魔人(ディモニウム)の奴らすら撃退してくれましたからな」

 

 ふうーむ……と、それを聞きつつ考える。

 僕は“巨神の骨盤”の“風の迷宮”攻略時に本物の巨人族達と会っている。

 巨人族とオーガの違いは一般的にはあまり知られてないけれども、今ならそれは分かる。

 まず知能が全然違うし、見た目に関してもそうだ。巨人族はほぼ体毛がない。というか薄い。年をとると髭が生えたりもするが、だいたいはつるんとしてる。

 オーガの外見は巨人族と比べるとそう……より人間っぽい。そんで当然ながら身だしなみに気を使う事がないので、髪も髭も胸毛も腕毛もすね毛ももっふもふならぬもっさもさの「巨大な野人」。

 さらにはこれは個体にもよるらしいが、オーガには角が生えていることが多い。目の前の彼には、確かに角らしき突起が二本あり、その一本は折れてはいるが、ボサボサの頭髪の隙間から見えている。

 ただそれら全部、いずれにせよ個体差がある。ガンボンも例のグイド氏を初めて見たときは、「え? これ、絶対オーガじゃん!?」と誤解したらしいし。

 まあどうあれ森の中とかで身長3メートル近い角の生えた巨大野人に遭遇したら、ショックだけで死ねるよね。

 

 なのでこの彼……彼? 何にせよこの巨体の持ち主がオーガか巨人族かと問われると、まあ巨人族ではないよね、と、そう言えるのだけど……ただ一つ気になるのはその巨人族から聞いている、ザルコディナス三世による巨人族への様々な邪術による実験のこと。

 ザルコディナス三世は巨人族を私兵とするために奸計を巡らせ様々な邪術を用いて支配下においた。

 その邪術の副作用、または結果として、例えば記憶障害や精神の不安定というような症状に陥ったりもしているらしい。

 となれば、彼がそういう邪術の実験の犠牲者というのも考えられる。

 

 うーんむ……。ただ、そう唸りながら考えてても答えは出ないか。

 

 と、そう考えていると押し合いしていた数人の囲いから抜け出て、巨体の彼がついと歩み出てきた。

 エヴリンドはさらに警戒を高めて僕と彼との間に立ち塞がるが、僕はそれを左手で軽く押し止める。

 巨体の彼は、近付くとやはり見上げんばかりに大きく、そして恐ろしげな風貌をしていた。

 まるでハンマーで砕いてから形を整えた巨石を思わせるゴツゴツとした容貌に、恐らく他の住人の手で幾らか整えられてはいる髭や頭髪も、ひいき目に見てもなまはげ並みに泣く子もさらに泣き出すレベルだ。

 

 その彼が、ゆっくりと右手を伸ばし差し出してくる。

 差し出してきた手に握られているのは……小さな野バラ

「こ、れ……あげる。きれい、はな」

 

 と、絵に描いたような「心優しい怪物」的な振る舞い。

 

「───ありがとう。

 あなた、お名前は?」

 ややしおれかけている赤いバラを受け取りつつそう聞くと、

「スキト……ホル」

 と名乗り、それから左手に持っていた沢山の赤いバラの花を口元へと持って行き、食べた。むしゃむしゃと。

 ……食べるの?

 ていうかおやつ? おやつのつもりでくれたの? 僕も食べた方が良い?

 

 □ ■ □

 

 まずはミゲール工房。幾人もの職人達を抱えて生活雑貨から武器防具まで手広く制作し販売している。よく見るとミッチ氏の書いた『クトリア不毛の荒野(ウェイストランド)生き残りガイド』が無造作に置いてあったが、売り物ではなさそうだ。

 

 クレメンテ共済市場。クレメンテ氏他、特に食品の取引を行う市場。農作物、採取物、牧場で育てられただろう穴掘りネズミに、その他魔獣肉や大角羊や黒背鹿、またはマダラミミグロなどの野生動物の肉等々。全体の量は市街地の市場より少ないが、住人への供給量としては十分以上に見える。

 魔獣狩りはこの町の住人の主産業の一つらしいけど、さてその辺り、市街地のティエジ氏による狩人組合との兼ね合いをどうするか、難しいところ。

 その共済市場の脇にあるのが、どうやら『黎明の使徒』の支部らしい。で、例のトマス氏はそこの司祭。救民と病気や怪我の治療を中心とした活動をしているという。

 

 全体としてこの東地区のシステムは、市街地のそれと比べてかなり密な相互扶助が機能しているようだ。

 そしてこれ、クレメンテ氏が主催で考案したらしいのだけど、「先入れ」という独特のシステムが行われてる。

 これ、簡単に言うと株式投資にちょっと似ている。

 狩人にしろ農家にしろ交易商にしろ、元手となる資金の足りてない人が、これから自分が行う事への先行投資を募り、その人物に投資しても良いと考える人が資金を一部出す。

 で、それを元手に得た利益から、決められた配当通りに利益配分をする。

 

 勿論失敗すれば利益は無し。農家ならやや安定してるが、狩人や交易商なんてうまく行くかどうかも分からない。野盗や魔獣に襲われるかもしれないし、何より資金を持って逃げるかもしれない。

 で、それらの信頼度の査定をするのがクレメンテ氏の役目で、信頼度に応じて一口分の金額や上限額、また保証金なんかを決める。

 

 これは投資による利益を目的としたものと言うより、やはり元手はないが技術や労働意欲はある、という住人、特に新しく流入してきた者達への援助、という意味合いが強いらしい。

 せっかくなので僕も、クレメンテ氏お薦めの信頼度の高い人物と、新規住人の何人かに投資をしておいた。

 

 それらのシステムもうまく機能していて、流れてきた新しい住人と古くからの住人との軋轢もそう大きくはなさそう。

 それにこの「先入れ」システムは、市街地でも運用出来るかもしれない。

 市街地との近くて遠い関係性を良好にすることさえ出来れば、共和国としても大きな力になりそうだ。

 勿論、不安要素はまだまだある。それらの課題をどうするか───。

 

 

「この辺りが、穴掘りネズミ牧場になりますわ」

 と、案内されたのは地下遺跡の中。

 クトリア市街地の地下はほぼ古代ドワーフ遺跡があるのだけど、その辺はここ東地区も同じらしい。

 その地下遺跡の一部区画に乾いた土が敷き詰められている。

 

「奴らの穴掘り能力はかなり高いですが、当然岩や石は砕けませんわ。なので遺跡の壁も当然通り抜け出来ない。

 この区画一帯の出入り口を下から半分までを塞いで、ま、高さとしちゃあ2、3ペスタ(60~100センチメートル)くらいですかな。外から土を持ってきて埋め立てましてね。いやー、あれはなかなか難儀でしたわ。

 まあそこにつがいの穴掘りネズミ共を、最初は8組くらいから……でしたかな。放ちまして。

 で、奴ら繁殖力は旺盛ですから、餌さえきちんと与えとけば増える増える」

 

 説明しながら入り口の階段を上がり、柵の向こうへと用意していたサボテンとサボテンフルーツに、幾らかの野菜類の切れ端などを混ぜた餌をばらまくと、それを察知した穴掘りネズミ達が土の中からすぽんすぽんと姿を現して撒かれた餌をむさぼり食らう。

 うお、話には聴いてたけど、確かにキモい見た目だ。あれ、ハダカデバネズミをさらにキモく大きくした感じ。

 そう言えば、穴掘りネズミ肉料理ってまだ食べたことないような気がする。臭くてゲロ不味いとの話のオオネズミ肉───を、食べる予定は全く無いけど───よりはマシ、という話の穴掘りネズミだけども、東地区のものは結構旨いらしい。いや、もしかしたらさっき出てた料理の中に混ざってたりしたのかしらん? もしそうなら、少なくとも食べてすぐ分かるレベルの臭さ不味さはなかった気がするが……。

 

「先程の料理の中にも、ここの穴掘りネズミはありましたか?」

「いやあ、あいにくとタイミングが悪く良い肉が取れませんで、今回は見送りました。もし何でしたら、後ほど燻し肉を送りますよ」

「そうですね、お願いします」

 実のところそんなに食べたい、というワケでもないけど、一応どれくらいのものなのかは知っておく必要があるしね。オオネズミ肉もね……、いつかは……。

 

 そうして薄暗い地下遺跡内の改修された通路で一通り牧場を見て回っていると、数人の武装した集団がやってくる。

 武装の装備を見ると、そのほぼ全てが魔獣の皮やら角やらを加工して作られたもので、さして武器防具の目利きとは言えない僕からしてもかなりのものに見える。

 

「……リディア!?」

 その集団の中心に居る、周りより頭一つ低いやや小柄でスマートな女性に反応してそう口にするのはクレメンテ氏。

 赤黒いファイヤーパターンを思わせる鱗のある籠手に胸当ては例の火焔オオヤモリのものだし、飾り角も何かしら魔獣のものか。さらには腰に帯びた二対の短刀も、素材は分からないもののやはり金属ではなく何かしらの魔獣の爪か牙。

 そういう魔獣素材に、それぞれにきちんと魔力を込めて加工した故の魔法効果があるのが感じられる。魔力を帯びた魔獣素材も、やはり魔力を通しつつ加工しないとその魔力は定着せず消えてしまう。

 

 その彼女の歩き姿に、何やら僕は見覚えがあるように思えて少し考える。そして思い出したのは東地区へ来た最初に見た歓迎の舞の、その真ん中で踊っていた女性だ。

 

「あ、最初の舞いの……」

 意図せずにそう思わず声に出してしまうと、近づいてくる女性が軽く目を見開き、

「へぇぇ、よく見てたねー」

 と返してくる。

「はい、あの舞はとても美しく、素晴らしかったです。貴族街のショーにも劣りません」

 思い出してたのはプレイゼスでの白猫猫獣人(バルーティ)の剣舞。彼女の舞は素早く、同時に円を描くような足取りで優雅さもあった。

 こちらの彼女はどちらかというと直線的。動と静の緩急が明確で、流れると言うより跳ねる様な動き。

 そういう意味では、舞いというよりアクロバティックな体操の演技に近いかもしれない。

 

「ふふん、なかなか口が巧いね。ダークエルフってのはみんなそーなの?

 ま、今のは言葉通りに受け取っておくよ。

 今さっき、無粋な髭野郎が勝手に言っちまったが、改めて名乗らさせて貰うよ。

 アタシはリディアだ。“バラの刺”の主で、魔獣狩りの元締め、てとこだね」

 

 言いつつ、頭に巻いた頭巾を外すと、鮮やかな癖のある赤毛。襟足で切りそろえられ内側にくるりと巻いている。

「“バラの刺”とは?」

「ああ、それをアンタにも見てもらいたくてね!」

 そう言いつつにっこりと笑うリディア。

 リディアの顔立ちは、やや下膨れで面長な輪郭。たれ目気味の目元には笑いじわがあり、鼻梁は低くて狭いが鼻先は生意気そうにツンと尖っている。

 彫りの深い目鼻立ちの多い一般的クトリア人とはやや雰囲気が違い、美人とか可愛らしいというより、なんとはなくこちらの警戒心を解いてしまうような親しみやすさを感じさせる。

 

 そのやりとりを受けて、リディアが現れたときからずっと不安げにしていたクレメンテ氏が、小声でリディアへと何事かを言う。

「リディア、既にきちんと……はずだろ? 何故……のだ?」

「そりゃ……での話だ。地下は元々……の領分……貸して……だろ?」

 

 ううーん? 明らかに揉めている様子だが、はてさて何が何じゃろかい?

 当然ながらエヴリンドはリディアの出現時からきっちりと警戒している。一応ついてきていたマーラン氏は……まあ、相変わらずですが。

  

 二人の口論は、クレメンテ氏が押し切られる形で終わったようだが、クレメンテ氏はまだ納得できてないかの様子。

 

「何か問題でも……?」

 さすがにそう聞かざるを得ない状況だが、

「……いや、その、私としては……あれは、刺激が強過ぎます故……あまりレイフ殿にはお勧め出来ぬもので……」

 と、微妙に言葉を濁すクレメンテ氏。

 それを軽い笑い声で退けながら、

「何言ってんのよ? そりゃ、ぱっと見には若く見えても、ダークエルフなんだから子供じゃないんだよ? 実際の年齢からすりゃ間違いなくアンタより年上だろう!」

 と一蹴。

 

 んんん? 待て待て、刺激だとか年齢云々だとかを言い出すと言うことは、え、まさかその……、

「“バラの刺”というのは……?」

 性的な? 性的なナニカ?

 

「ああ、アタシの仕切ってる魔獣闘技場さ!」

 

 そう地下道の壁に反射した灯りに照らされて笑うリディアの顔は、変わらずに親しみやすいものなのに、妙にゾクリとさせられるような影に彩られていた。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ