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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
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3-89.J.B.-East Side Poplock.(東地区ポップロック)


 

 東地区と呼ばれる地域は、城壁内で囲まれた旧王都、つまりは俺たちの住むクトリア市街地とはそう離れてない。

 距離にすりゃ2、3ミーレ(約3から5キロメートル)程度、元は城壁外の農場の宿舎だか倉庫だかのあった場所。

 ザルコディナス三世の頃には廃れ気味だったとは言え、元々は綿花栽培で発展していたクトリアは、王都周辺には本来は広大な農地が広がっていた。ザルコディナス三世により魔力循環が強く歪められ、次第に農作が難しくなったが、まるで無くなってたわけじゃない。

 

 その城壁外で最も市街地に近いこの地域は、にも関わらず自主独立の精神が強い。

 邪術士専横時代にはある程度の農産食料を税として納めることで生き長らえ、解放後もその痩せた土地での農作や独自に発展させた家畜の飼育、様々な狩猟法で自給自足の共同体を維持し、また山賊野盗に魔獣に魔人(ディモニウム)達とやりあいしのぎを削って生きながらえてきた。

 ま、かなり骨太な連中の住む地区だ。

 

 位置的に近いのに、というよりかはむしろ逆に、近すぎる事もあって、普段はあまり訪れる機会もない。

 俺が知っている僅かな情報は、俺と一緒にリカトリジオスの奴隷境遇から反乱して逃げてきた奴の中の数人は城壁内の市街地じゃなくこっちに住み着いた、てことと、後はあのカストの生まれた所だっていうのと……だったかな。

 とにかくまあ、基本的にほぼ縁がない。

 

 と、まだ午前中の時間帯にそこへと向かう一行の構成は、まずは俺とイベンダーのおっさん。そして今や王の名代たるレイフにその護衛のエヴリンド。そして最後の1人が……マーランだ。

 頭から四人は、今やクトリア共和国絡みの交渉ごとにはお馴染みになった面子。ま、俺はだいたいおまけみたいなもんだけどな。

 ただ、ラストのマーランは……と言うと、実はどうやら俺らの中では最もこの東地区との縁がある……と言うことらしい。

 何の? ってーのは、先日の話に戻る。

 つまり、地下下水道で鰐男の群れをぶっ倒して、“ねずみ屋”ゲルネロとのグダグダなやりとりの時に奴が発した一人の名前───トマス。そいつとマーランが昔馴染みだというその話だ。

 

 使い魔である水馬のケルピーに乗るレイフと、それを先導するように侍る護衛のエヴリンド。そしてそれを追う形で歩く俺達3人。

 マーランとエヴリンドはラクダ騎乗だが、俺とおっさんは徒歩。というか、おっさんの場合はラクダに乗れない、てのもあるが、2人ともいざというときに飛ぶ事があるからな。

 俺は“シジュメルの翼”装備で、おっさんは篭手とブーツのみ例の魔導アーマーの簡易版。この状態でも普通に歩くのには重いはずのドワーフ合金だが、わずかながらも歩行を補助するような付呪効果があるらしく、無駄に足取りが軽い。

 

 まだ時間としちゃ午前中、二の鐘にもならない早い時間帯で、日差しはこれから強くなる。

 空模様は相変わらずの雲一つ無い晴天。

 その明るい日差しの中を歩くにはかなり陰鬱な表情。まあ確かにマーランは元からネガティヴ思考でどっちかっつったら陰気な奴だが、今の感じは普段以上。

 かと言って、トマスとやらについてそれとなく聞いてみても、言葉を濁して曖昧なことしか言わねえ。無理やり突っ込んだことを聞き出すってワケにもいかねーから、こちとらただ様子を見るだけだ。

 

 ここでアダン辺りが居りゃあ空気も変わるが、マーランのみならずレイフもレイフで妙に緊張している。

 あいつはザルコディナス三世と生き死に賭けてやり合ってたときなんざ、なかなかの肝の据わり具合だったくせに、クトリア共和国のアレコレに入ってからはどーにも座りが悪そうだ。

 俺なんかに言わせりゃあ、あの怨霊のザルコディナス三世とバチバチにやり合った後になら、クトリアの三大ファミリーも市街地のゴロツキ崩れも怖い事なんざねぇだろうに、とも思うけどな。しかも後ろ盾は“ジャックの息子”なんだぜ? ま、実際にゃ魔術師でも何でもない、古代ドワーフの作り出した人工知能みてーなもんだとしてもだ。

 そんで、デュアンは今日は本の整理だ何だで別件。

 何にせよ、相変わらずむっつり面の護衛のエヴリンド含めて、時折挟まれるおっさんの軽口とそれに付き合う俺以外は、この青空の下を進むには不似合いな陰鬱パーティーだ。

 

 その調子でしばらく進むと、そこそこ高く築かれた物見の塔が見えてくる。高さとしちゃ三階建てのビルくらいか。クトリア市街地の城門にあるそれよかやや小さめ。その上に居る見張りが、何やら鐘か何かを叩いている。

 ゆったりした音の感じからすれば警告音じゃない。来訪は事前に通達してあるので、恐らくはそれを知らせる為か。

 で、まあ近付けば分かるくれーに、うわっと人が集まっている。

 

 それぞれお互いに目視できるくれーに近付くと、あちらにゃ装備はてんでバラバラだが武装した一団がずらっと並び待ちかまえて列になっている。

 その一見するとバラバラな印象は町自体にも言える感じで、元々あっただろう建物に継ぎ足し修繕し補強して作られた壁も門も物見の塔も、全体的にちぐはぐで統一感がない。

 よくよく見れば、その雑多な連中の何人かの腕か、あるいは頭なんかに印のある真っ赤に染められた布を巻いてたりするのも見える。確かあれが東地区民兵団の印だったはずだ。

 

 その民兵団に限らずだが、集まってる連中は装備だけでもなく、人種や種族を含めてやはりかなり雑多だ。

 普通にクトリア市街地をうろついてる場合だと、やっぱ基本的には昔から住んでいるクトリア人、つまり人種的には黒髪か茶髪で彫りの深い帝国人系か、北方(ギーン)人系の古い移民が多く、2、3割が俺やアダン同様の褐色肌の南方人(ラハイシュ)で、1割前後が東方人系。

 最近やや増えてはいるが、アティックやスナフスリー、マルクレイみたいな獣人種はそれらより少なく、ブルと同じハーフリングにおっさん同様のドワーフなんかはまず他に見かけない。さらには、実際のところ我らが“邪術士シャーイダール”が噂と違ってそうじゃなかった以上、もしかしたらレイフ達3人が、今現在、唯一クトリアに居住している本物のダークエルフなんじゃねーかな。

 

 その市街地の感覚からすると、パッと見でもかなり多様性がある。

 かつて農地の農奴として多く居たらしい南方人(ラハイシュ)の比率も多いが、特に獣人種の姿が目立つのは、例のシーリオやボバーシオ方面から逃げてきた連中なのかもしれねえ。

 

 その全容が見えてきたあたりで前列のエヴリンドが歩を緩め警戒しつつ、

「我らはクトリア共和国議会からの使者だ!

 東地区の代表者との会見をしに来た!」

 と、大音声でそう叫ぶ。

 

 それを受けてか、門の前に揃った武装集団やその他の連中が、手にした武器と武器、または盾とを打ち鳴らし声をあげる。

「こりゃ……どーなんだ? ヤバくねーか?」

 どーにも友好的と思えないその光景に小声でそうイベンダーのおっさんに聞くが、

「んーーー……、そうとも限らんぞ」

 と、何を根拠にかそう返してくる。

 

 そうこうしていると、武器を打ち鳴らし足を踏みならす音が次第に規則正しくなりだす。

 音、というよりかこりゃあリズムだ。どんどん、と足を踏みならすと、ガッ! と武器を鳴らす。

 ドンドン、ガッ! ドンドン、ガッ! てなリズムから、今度は数人が群の中から躍り出て飛び跳ね回る。

 側転、バック転、バック宙とアクロバティックな動きから、次第に全体が一つの渦になるようにまとまりだす。

 その中の女らしきスマートな1人が、両手に短剣を手にして剣舞のように舞いつつ高らかに歌い出す。顔のほとんどを布で巻き、長く尾を引いた様にその布の端がひらひらと揺れている。

 その歌には歌詞らしいもんはない。ただ抑揚をつけた高音で延びのある声が晴天の空に響きわたる。ゆらゆら、ひらひら揺れる3ペスタ(約1メートル)程の布とその声が、絡み合い響き合い渦を巻き尾を引いている。

 そしてそいつに続いて重ねるように男達の野太い声や、猫獣人(バルーティ)のざらついた声に犬獣人(リカート)の粘りのある声がまた幾重にも次々と重なっていく。


「おおぅ!」

 もう完全に面白がっているイベンダーのおっさんがそう小さく歓声をあげると、今度は両サイドから火焔蟻の火焔放射みてーな火炎魔法を十字放射。女はその炎のトンネルの中を連続バック転でこちらへと向かってきて、最後に大きくジャンプ。空中で体を捻り宙返りをして見事な着地を決めた。

 そのまま、その女は1パーカ(3メートル)程度の距離でこちらをぐるり見回してからなかなか優雅に一礼し、つつつと戻る。


 それと入れ替わるかにして、簡素なチェニックに頭巾を巻いた姿のヒゲ男を中心とした数人がこちらへと歩いてきて、再び一礼。それも右手を胸の上に置いて軽く上体を下げる帝国式。それから両手を広げるようにして歓迎の意を表すと、

「ようこそおいでくださいました。私は東地区で代表を勤めさせて頂いていクレメンテ・エリセと申します」

 と、ヒゲ男。

 よく日に焼けた農夫のようにも見えるが、皺に反して声の調子はまだ若い。

 

 だがそれよりも気になったのは、クレメンテの脇に侍る一人の男。

 痩せこけた不健康そうな陰鬱な顔立ちには見覚えがある。いや、見覚えなんてもんじゃあねえな。

 何せその顔立ちは、俺の隣にいるマーランとほぼ同じ、てなくらいには似ているんだからな。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 最近レイフ主導で再開発される前までは、ほとんど瓦礫の山として放置されていた市街地と違い、東地区の中は長年にわたり手直し修繕され、また増改築を繰り返してきた痕跡があらゆるところに見られる。

 そのせいもあってか、居住区の配置なんかは市街地以上に乱雑で、壁と柵に囲まれた内側にも建物の隙間やそこかしこに小さな畑や家畜小屋があり、全体的にはなんとも言えない匂いが充満している。市街地も地下街も臭いところは臭いが、ここの匂いは密度が高いからか妙に濃密だ。

 居住区の広さ自体も、市街地の西地区の半分にも満たないくらいのハズ。そこに800人だか1000人だかの人間がひしめき合い暮らしている。

  

 案内されたのは、その乱雑な居住区のほぼ真ん中辺りにある広場のような場所。

 最初の出迎えに来ていた連中も含めて、既に普段通りの作業に戻っているらしい住人達を除いた約10人近く。さり気なく気配を探ればそれと同数かそれ以上の連中が、この広場を囲むようにして建物の屋根や路地裏から監視しているど真ん中だ。

 雑多で多様な住人の居る東地区とは言え、多分本物のダークエルフを見るのは初めてだろうし、元々市街地と東地区は暗黙の相互不可侵で敵対してなかったってだけで、別に友好関係だったワケじゃねえ。

 表向きの歓迎ぶりに反して、警戒しているのも当然の話。

 もちろん、そういう明らかな監視、警備の人数以上に、物珍しさで見学してる連中も山ほどいる。

 

 俺は一応、マーランと二人してレイフの両側を挟むような形で待機しつつ、地に伏せた水馬のケルピーから降りるレイフを補助する。ぱっと見にはただ銀色の豪華なブーツを履いてるように見えても、あれはダークエルフ製の精巧な義足で、一人での乗り降りはまだ難しい。

 

「改めまして。会見の場を設けていただいたことを感謝します。

 私は“ジャックの息子”により課された古代ドワーフの王権の試練を達成し、王の名代を任じられた闇の森十二氏族の一人、レイフィアス・ケラーです。

 今回はクトリア共和国議会の暫定議長及び顧問として、東地区の皆様との今後の関係を話し合うべく訪ねさせていただきました」

 と、まあこれまた丁寧過ぎるほどの挨拶。

 

 相手方の反応はというと、大きなものはないが結構様々だ。

 代表のクレメンテには目に見えた変化はなし。相変わらずのにこやかな歓迎の態度を崩さない。ただ、周りの警護らしい連中もそうだが、数人は訝しげ、というか、やや驚いているような反応を軽く見せる。

 遠巻きにしてる連中は、この挨拶の前からもちらりちらりと様子を伺っていて、特に多いのはのは当然ながらも水馬ケルピーに騎乗していたレイフへの好機の視線。

 おっさん曰わくの、「ダークエルフの術士という恐ろしげな風聞と、ぱっと見には可憐で華奢な少女にも見える外見とのギャップ」は、確かに初見の連中の目を惹きつける。

 そこにさらには、帝国流の丁寧で堂々とした挨拶と来ればさらに印象が変わる。

 

 俺の周りだけが特別、ってワケじゃなく、クトリアの女はだいたい激しい。当たり前の話だが、長い間無法地帯だったこの土地で「大人しく控え目で貞淑な女」なんてやってたら生きていけねえからな。

 だからあくまでぱっと見の印象とは言え、まるでおとぎ話にでも出てくるような「可憐で華奢な少女」ってのは物珍しいし、だからこそある種の憧れに似た対象にもなる。……アデリアのあれは極端だがよ。

 

 その上で、クトリアじゃあここ何年かのことでティフツデイル王国軍への反感や反発は増えてるものの、それでもその源流たる“帝国流”が洗練され文明的なものの象徴なのも変わらない。

 ま、アメリカ人全体にうっすらとある、「フランス=なんとなく上流階級的」みたいなふわっとしたイメージに近い。

 それでもやっぱ、レイフの使う帝国語混じりのクトリア語や帝国流の振る舞いには、クトリア人としちゃつい上品で文明的な匂いってのを感じる。

 おっさんの見立て通り、レイフのそう言う所はクトリア人全般に好印象を与えるもんにはなっているんだろうな。

 

 で。

 この東地区の中央広場らしき場所には、真ん中に高い支柱が建てられ、四方の椰子の木との間に日除けのための簡素な布の天蓋がかけられている。そしてその天幕の作る日陰の中には、数客の椅子とテーブルのセット。

 つまりは会談自体を屋内ではなく、完全に開かれたこの場所で行うと言うことだろう。

 

 案の定、クレメンテは丁重な態度そのもので、その天蓋の方へと俺たちを案内しようとする。

 と同時に、俺には何だか、そのクレメンテに付き添うマーラン似の男の動きには、何か不安定で危うげな所があるのが感じられた。

「ありゃ、たいしたもんだな」

 小声でそう俺に言うイベンダーのおっさんだが、何に対してそう言ってるのかが分からねえ。

「何のことだ?」

「あのクレメンテの脇に居る男、恐らく視力はほとんど無い。僅かに明暗が分かる程度だろうな。

 だがその代わりに魔力感知がずば抜けとる。周りのほぼ全てを、魔力の流れで把握しとるんじゃあないか?」

 その言葉を受けて改めてマーラン似の男の様子を見ると、なるほど確かに、奴の顔と視線の向きは、動作や移動方向とは微妙に一致していない。そこが俺からはなんとなく危うげに見えたのか。

 感心しつつそれを見ていると、横でその様子を見ているマーランの顔がさらに青ざめ強張っているのが見える。

 細けー事は分からねーが、どうやらこの辺がマーランの痛い所のようだ。

 

 クレメンテに促され対面して着席するレイフと、一応名誉顧問てな扱いのイベンダーのおっさん。

 まずは、と出されるのは歓待の為の酒と料理。この辺の風習は昔から変わらない。もてなしという意味もあるが、勢力同士の交渉ごとではこれもある種の示威行為だ。

 最初のあの大仰な演奏に踊りと歌もそう。ぱっと見にはただの歓迎の出迎えのように見えても、武器防具で武装した一団の集団での舞踊なんてな、そりゃ兵としての連度や身体能力を見せ付ける行為。平和的な形で戦力を誇示する為のもんだ。

 で、酒と料理は当然経済力を見せ付ける為。

 

「───これは、何の肉ですか?」

「一応全て魔力抜きはしてありますが、金色オオヤモリ、鰐男、岩蟹などの魔獣料理になります。

 我々は狭い土地で農作もしてますが、それだけでは足りませんので、魔獣狩りもしているのです」

 

 ……と、どうやらここで見せ付けたいのは経済力だけじゃねえみてーだな。

 

 魔獣肉以外の素材はこの辺で作れたり採れたりするものとしちゃ代わり映えしない豆や芋にサボテンフルーツ。

 ちょっと変わっているのは、馬鹿でかいアロエみたいにみえるサボテンで採れるサボテン芋と呼ばれる果実。

 サボテン芋ってな実際のところは芋じゃなく、サボテンになる果実の一種なんだが、見た目は大根、生で食うには固すぎるが、長時間蒸したり焼いたりすると、やや甘い味のホクホクした芋みたいになる果物。

 クトリアの荒野じゃは方々で自生してるが、東地区では街中のいたるところで栽培をしている。

 昔……特に邪術師たちに畑で作った作物のほとんどを持って行かれていたことから、仕方なしになんとか自分達だけ で食べられるものを確保しようとした結果、サボテン芋等々の栽培を始めたその名残だそうだ。

 酒の方もそのサボテン芋を使った安い濁り酒だな。 これはこれで、独特の風味があってうまい。

 ただ、料理の味付けもシンプルな塩に僅かな甘味だけで、正直山と積まれた魔獣肉も、量以外は豪華とは言えない。

 

 それに対しての返礼としては、まずはボーマ産の蒸留ヤシ酒を小樽で一樽に、マヌサアルバ会の「お持ち帰り詰め合わせ」セット。

 このマヌサアルバ会のお持ち帰り詰め合わせセットは、アルバの前世での記憶を元にして、総料理長のタシトゥスを初めとする料理人一堂が苦心惨憺創意工夫の末に創り出した様々な料理の集大成だ。

 前世のそれに比べりゃ筋張って堅い牛肉を王国から輸入したワインで徹底的に煮込んでホロホロになるまで柔らかくしたワイン煮だの、ここらじゃ安価とは言えないバターと小麦粉をふんだんに使ったふんわりサクサクのベリーパイだの、マジである意味ちょっと常軌を逸したメニュー。

 相手側の目論見はどうあれ、完全にここでのやり合いじゃ圧勝になる。

 

「……これは、噂には聞いていましたが、なんとも───」

 実食しているクレメンテもそりゃ絶句するレベルのその料理と酒。

「料理はマヌサアルバ会の手によるもので、酒はボーマ城塞で造られました。

 料理の材料も、南海諸島から輸入したもの、ボーマで生産されたもの、グンター牧場やグッドコーヴから仕入れたものなど様々です。

 このように、クトリア各地、またより遠方との物流、交易により、これからはより多くのものが手に入りやすくなるでしょうし、新たなものも生まれ、発展して行くはずです。

 同時に、東地区の名産品などもより多くの地域へと売る事ができるようになるかもしれません」

 そこにさり気なくそう付け足すレイフ。これはなかなかの攻めだ。意固地に自主独立を文字通りに貫こうとすれば、ただの孤立へとなりかねないことを端的に分からせる。

 

 雑談含んだ会食も一段落。そのままの流れで、話は次第に具体的な交渉ごとへと進んでいく。

 基本的な事柄は事前に書面にして渡してあるので、ここではその内容への質疑応答にさらなる条件の追加変更への要望などだ。

 既に東地区内部での話し合いは出来ているようで、大枠として共和国へと編入されること自体への異議はないらしい。

 まあ勿論、ふつーに考えれば目と鼻の先の居留地同士。そして人口比だけで見ても戦力としちゃ比較にならねえ以上、ここで編入を拒否しても武力で併合されるだけなのは目に見えている。

 レイフ自身は常から宣言している通りに、クトリアに存在する全ての居住地、勢力に対して、相手側から仕掛けてこない限りは武力による併合をするつもりはない。

 書面にもそれは明言されてはいるが、相手側がそれを信じるかというと……まあ無理だろうな。

 それに、現在のレイフにそのつもりが無くとも、議会が機能し始めたらどうなるかは分からねえ。

 それを踏まえりゃあ、徹底抗戦も辞さぬ自主独立路線……なんてな、現実味はまるでない。

 

「───それでは、この下院議会内では、市街地区議員と郊外議員との格差は一切ない、というのは確定しとるのですね?」

「はい。上院と下院とで同一権限とまでは出来ませんでしたが、下院議会内では全ての権限に差はありません」

「治安組織が統一されるというのは?」

「市街地区に関しては王の守護者ガーディアン・オブ・キングスを母体として再編された衛兵隊が防衛と治安維持を担います。防衛に関してはまたクトリア全土を包括する軍編成を、また治安維持に関しても衛兵隊とはまた別の広域の組織を作る案もありますが、郊外の各居留地においては護民官制を応用し、現地民兵を中心とした自主自治を尊重したいと考えています」

「それは法についてもですか?」

「クトリア全土に適応されるべき共和国法は共和国議会にて制定されるものになりますが、各居留地にはその法の内容に反しない、また大きく逸脱しない範囲での条例制定をする権限をもたせるべきではないかと考えています」

 

 クレメンテとレイフの細かい摺り合わせは、そんな風に問題無く終わる。

 次は双方それぞれに今回でた課題を持ち帰って再検討する流れだ。今現在の下院議会は市街地区内の三人しかいないが、そこと上院それぞれで検討することになる。

 全体からすりゃ、かなり穏当に会談は終わったような形。

 昼前から始まり、日陰とはいえ正午を回る頃にはかなりの暑さ。レイフが水馬ケルピーを使って空気を冷やしたりしてはいたが、夕方まではここでだらだら過ごす流れになるだろう。

 何てったってボーマ城塞とは違い、目と鼻の先。夕方に帰路についても深夜前には市街地に着く。

 

 で、そうなって俺は単独で動かさせてもらう話にはなっている。何かと言えば当然、俺と同じ“シジュメルの加護”の入れ墨を入れている、同じ村出身の南方人(ラハイシュ)探しだ。

 東地区に居るのか、そもそも生きてクトリアに居るかすら分からねえ。ひょろブチ猫獣人(バルーティ)のスナフスリーが数年前に会っているというそれだけしか情報のないそいつ。

 その影みたいな奴を探せるかどうか。正にそりゃ、神のみぞ知る……だな。

 


 

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