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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
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3-86.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー「……あれ? ちょっと待て?」


 

「ねぇ、みなさん。そう思いませんか?」

 長椅子で仰向けに寝転がりながら、両脚をぷらぷらとさせつつアスタス氏は続ける。

 

「三大ファミリー……なーんて威張ってますけど、要は邪術士から逃げてたただの臆病なならず者達でしょう?

 クランドロール……ボーマ城塞でしたっけ? あそこに陣取って他の避難民達を奴隷のように扱っていた山賊崩れ。

 プレイゼスは、今じゃお揃いの赤のサーコートなんか着込んで気取ってますが、ほんの六年前までは南のノルドバ近辺を中心にのさばって、行き交う人々を脅しては“通行税”を巻き上げてたようなチンピラですよ。

 それに何より───マヌサアルバ会? ははっ! こんなに闇の魔力を巻き散らかしておきながら、取り澄ました顔してどうしようってんです?」

 

 続くアスタス氏の言葉は、デュアンと共に調べ上げた三大ファミリーの過去についての情報と同じ、かなり正確なものだ。

 

「負け犬集団の王の守護者ガーディアン・オブ・キングスに、さらに輪をかけてそれ以上の負け犬のメアリーお婆ちゃまとその取り巻き達。かつての夢よもう一度と頑張っちゃ居ますが、まあ良いとこ安酒場で飲んだくれのケツを蹴っ飛ばすのが関の山でしょ。

 “黎明の使徒”は所詮、“聖光教会”の落ちこぼれですし、さて貴方も仲良くしているという、元“邪術士シャーイダールの手下”達も何者か。

 ねずみ屋? ははっ! いつまで下水道を走り回るんです? 

 そしてどんなに大急ぎで瓦礫を片付け、急ピッチで家を建てても、後から後から流民、難民がやってくる」

 

 すらすらと流れるように並べられる、否定しようもない歴然たる事実。

 

「もう、きりがない!

 ねぇ、レイフ嬢?

 せっかく優れた魔術の才があると言うのに、一体こんなところで、何をどうするつもりなんです?」

 

 何を? 何をどうするのか?

 何故か、と言うなら、始まりはトゥルーエルフの地下墓所のさらに地下にあった遺跡の転送門。そこを誤って潜ったことから、クトリアの古代ドワーフ遺跡の王権の試練をそうと知らずに受けてしまい成し遂げてしまったこと。

 それにより“ジャックの息子”という妖術師の塔の主───その実、塔そのものとも言える魔術による疑似人格によってクトリアの王権を授与されたから……。

 

 これらは全てただの偶然と成り行きの積み重ねでしかなく、そこに僕の能動的意志はない。

 

 けれども今、問われているのはそういう経緯の話じゃない。

 

 何故そんなことを問うているのか。そこは分からない。そこは分からないけども、何を問うているのかは分かる。

 つまりは───ビジョン。

 僕が、僕自身がこのクトリアという地で、本来関わり合いになる必要も意味もないはずの場所で、そこに住む人々に対してどの様な未来、どのような国を目指してクトリア共和国の設立という道筋を示したのか。

 そこだ。

  

 僕は───まずは居住まいを正し背筋を伸ばして深く息を吸い、そしてゆっくりと吐き出す。

 それから、アスタス氏の目を真正面に見据えながら、やはりゆっくりと話し出す。  

 

「───私たちダークエルフのものの見方はとても長いです。人間達のそれと比べれば、とてつもなく長い。

 私はまだ40代ですが、それは人間社会ならとっくに成人し大人として仕事と家庭を持ち、子どもや孫が居てもおかしくない年齢です。

 けれどもダークエルフ社会ではまだ未成年。大人にすらなっていない未熟者と見なされます。

 人間社会は、僕らからすれば瞬く間に変化をし、移ろいやすく……だからこそ“信用出来ない”とも思われてます。

 私たちの体感としては、つい先日約束したことが今日には覆されている。

 けれどもその間に、人間社会では10年、20年は過ぎて大きな変化をしていたりもする」

 

 僕は……この世界の僕は、ここに来るまでケルアディード郷から一歩も外に出たことのない、まるで箱入り娘の田舎者。

 けれども前世においては、こことは違う世界ではあるけれども、ごくありきたりで平凡な人生を歩むただの人間。

 つまりは記憶───または魂において、人間とダークエルフの両者を経験し、それぞれの社会のありようを知っている。

 

「私はクトリアに来てからのほんの僅かな間に、驚くほどの変化を見てきています。それまでの40数年を全て注ぎ込んだかにも感じられるめまぐるしい変化……。

 そのめまぐるしさに、ダークエルフとしての私はとてもついてはいけないかもしれない。

 それはやはり事実です」

 

 もちろんそれは、「ダークエルフだから」と言うだけのことでもない。

 

「イベンダーはとても良くしてくれます。彼は政治とは利害調整だと言います。それは私にも良く分かります。

 同時に、ある人の言葉をも思い出します。

 その人は───彼女は言っていました。

 『 ───変わるのは“あっ”と言う間。『最近は何だかねえ』とか、『昔はこうじゃなかった』とか言ってるうちに、気が付けばこんな風に……取り返しのつかない程のことになっている 』と」

 

 デジラエ───ジャンヌの祖母に当たる人物。ザルコディナス三世にその潜在的魔力適正の高さから見いだされ、特殊な訓練の元に秘密の諜報組織“災厄の美妃”の一員とされ、さらには……邪術により生きたまま人為的魔力溜まり(マナプール)へと作り替えられてしまった女性。

 けれども“僕”は知っている。それはただの言葉ではない。


「目の前の利害を調整することが大事であるとともに、目の前の損得にばかりかまけていると、いつの間にやら気づかぬうちに、とんでもない所にまで流されて行ってしまう。

 それもまた人間社会の一つの真実なのだと思います」

 

 かつての、僕が前世として生きていたあの世界でも───それは頻繁に起きていた。

 数年前には普通に読んでいた本、聴いていたレコード、使っていた言葉すら「敵のスパイ」と見なされるからと使えなくなり廃棄させられ、当たり前に口にできていた事すら言えなくなる。

 そして逆に、公に口にするのもはばかられるはずのおぞましく悪意に満ちた言葉があらゆる場所に蔓延する。 

 “看過”の愚。

 目先の利害、短期的な損得を追い求めることで見過ごされ続ける悪意に満ちた様々な言葉や振る舞い。 

 その積み重ねの先にあるのは、昨日まで隣人だった人々を平然と、または嬉々として虐殺し、あるいは閉じ込めては拷問の末に死なせ、機械的に処刑してしまえるような社会。

 前世のあの世界の歴史をひもとけば、それこそありふれていると言えるほど頻繁に起きていたこと。

 

 そういう、こちらの世界では経験していない、知識としても知るはずのない人間社会の持つ多くの事実、現実を……僕は“知って”いる。

 

「人間の───欲も、愚かさも……多分きっときりなどないでしょうし、それらを変えることもなくすことも出来ないのでしょう。

 人は過ちを繰り返す。幾度の戦争でもそれは変わらない。もしかしたら───」

 

 そう、それはあり得ないことではない。

 

「10年後か20年後には、欲をかいた誰かがクトリアの魔力溜まり(マナプール)を再び暴走させて、滅びの七日間並かそれ以上の災厄をもたらすかもしれない」

 

 僕の……ダークエルフの長い寿命のウチに、それらが幾度となく頻繁に繰り返されるかもしれない。

 

 アスタスはそれを聞きつつ、再びおどけるような仕草で肩をすくめて返す。

「ねえ。

 ティフツデイル王国だろうと、クトリア共和国だろうと、あなた方ダークエルフの生の長さからすれば、どちらもその愚かさになど大差ないでしょう。

 それこそ……ほんの20年でただの山賊になり果てた兄弟のように。

 その片方に肩入れして、それを助けるなんて無意味なんじゃないですか」

 

 かもしれない。

 

 僕はそこで一旦また深く呼吸をし、整える。そして再び、語り出す。

 

「───僕の友人に、アデリアという少女が居ます。偶然の縁から、クトリアに来て初めてできた友です。

 彼女は、不器用で早計で、いつも何かと騒がしく、勝ち気で負けん気が強く直情的なのに、根気もなくすぐに怠けてズルをしようとします。およそ───賢明さとは縁遠いタイプです」

 ……うん、まあそう間違ったことは言ってない。

「彼女とは今でもよく会います。お互いに忙しくはしてるけれども、彼女の方から合間を見つけてはやってきてくれるのです。そしてたいていは、何らかのお土産を持ってきてくれます」

 

 デュアンとイベンダーは、それがどう関係するんだ? とでも言うかにこちらを見てる。

 

「───彼女は、“喜びを誰かと分かち合える人”です。

 美味しいモノを食べた。面白い話を聞いた。楽しいことがあった。

 そう言うことを、真っ先に誰かと共有し、分け合える。

 僕の目指すクトリアの在り方は、そういうものです。

 

 彼女が……彼女のような人々が、誰かと、些細な幸せをたくさんの誰かと分かち合おうと思える。

 何が幸せかを僕が提示し用意するのではなく、それぞれがそれぞれの喜びと幸せを、それぞれに求め、分かち合えるための手助け」

 

 なるべく小さな幸せと、なるべく小さな不幸せ。

 それはただ欲と恐れを肥大化させて、拡大主義で帝国復興を目指すのとも、侵略と略奪の繰り返しで版図を広げようと言うのとも違う。

 ユリウスとも、レオンとも、リカトリジオスとも違う。

 

 ───そうか。

 そこまで考えて、僕は一つの答えに行き着いた。

 ずっと身近にいて、その行いその言葉を知っている、最も身近な人の言葉。

 

「ねえ、エヴリンド」

 僕は後ろで変わらずに直立不動で立ち続けていた彼女へとそう投げかける。

「貴女が───件の山賊になった兄弟の事で怒っていたのは、多分自分のためではないですよね」

 答えは、無い。けれどもその無言の中には、雄弁なほどの答えが含まれている。

「貴女が怒っていたのは、きっと彼らの変節、彼らの行いが、母ナナイの思いを踏みにじったもののように感じられたから。

 そして、私もまたクトリアに深く関わることで、同じ様に人間達によって思いを踏みにじられてしまうかもしれないと……その事を危惧している」

 それは、起こった出来事全体に対して言うのであれば、あまりに視野狭窄的で身勝手な、自分本位な怒りだ。

 けれどもエヴリンドがそう思ってしまっただろう事には、理解も共感も出来る。それでもなお……。

 

「それでもなお───母が人間達と関わり合うことを止めない理由が、私は今、多分……分かります」

 おもしろ半分、じゃない、おもしろ全部、だ。

 笑いながらそう言う母、ナナイの言葉。

 

「人間の政治は確かに面倒で、疲れるし、やりたくもないような事ばかりで……そして多分きっと、沢山、沢山裏切られる。母ですらそうだったのに、私がそうならないなんてことはないでしょうね。

 けど、それでもなお───」

 

 浮かぶのは母ナナイの顔だけではない。

 アデリアやジャンヌ、イベンダーにJB。アルバとマヌサアルバ会の面々に三大ファミリー。探索者たちに秘法店の人達、王の守護者ガーディアン・オブ・キングスやボーマ城塞、狩人。エクトル・グンダーとグンダー牧場の人々、性悪なシャロンファミリーに下町ヤクザな“ねずみ屋”ゲルネロ一派……。

 その誰もと仲良くうまくやれるなんてことはまず有り得ない。

 彼らの内何人かとは、利害や理念で対立するのみならず、裏切られたり、それこそあるいは───このご時世、命のやりとりにまで発展するというのも有り得ないことではない。

 

 そう、それでもなお───。

 

「僕がここに来て、図らずも手に入れた権限……力を使うことで、彼らを幸福にすること……それは出来ません。

 何が幸せかを決められるのは、唯一その人自身だからです。

 けれども、彼らが幸せに生きる上での不幸を、減らす手助けは出来る。

 アデリアが美味しいモノを食べたときに、それを自分の好きな家族や友達と分かち合うことを幸せと感じるのなら、それを妨げる不幸を、少しでも減らす手助けは、私にも出来る」

 

 不幸にも崖から落ちぬよう、ネットを張っておくくらいのことならばね。

 

 そう言葉にすることで、改めて自分が今、このクトリアという地で何をしたいと思っているのか。その事を再確認することが出来た。

 闇の森でのユリウスとの対話───「もし、“僕の目的はこの世界に平和をもたらすことです”なんて言おうものなら、どうしてやろうかと思った」というその言葉とやりとり。

 世界に平和はもたらせなくても、この地の不幸は少しは減らせる。ならば、それをやろう。

 ただその事が、彼……ティフツデイル王国の外交特使であるアスタス氏にどう響くのか……それだけは分からない。

 

 長椅子にだらりと寝転び、それでいて今まで同様の緩んだような顔をしながら、アスタス氏はこちらへと視線を向けている。

 その帝国人には珍しい青く透き通った瞳と、北方(ギーン)人にも劣らぬ透明感のある金髪に白い肌。

 その顔で真正面から見つめられたら、性別問わずについ顔を赤らめてしまうだろう。

 

 ……あれ? ちょっと待て?

 この人……金髪だったっけ? 

 いやいや、それ以前に……あれ?

 

 何故だか突然に、妙な違和感を感じてぞわぞわとし始める。

 何かがおかしいと感じているのに、何がおかしいかが分からない。

 

 その戸惑いが顔に出てたか、アスタス氏はこれまた涼やかな笑みを浮かべてから、今までとはやや違った口調でこう切り出した。

「うん、まあ……世間知らずのお花畑の理想論……と、言う人も居るだろうけど、まずまずは……悪くないね。

 以前あの薄気味悪い塔で聞いた事への答えとしてなら、十分なものだよ」

 

 不意に───僕は以前その人物と会っていたことを思い出した。いや、“認識した”。

 そうだ、僕は彼とは会っている。どこで? 闇の森の中心部、黒金の塔と呼ばれる“闇の主”の居城であり、僕が何度となく通い魔術を教わっていたその頃に、あの塔へと出入りしていた何人かの魔術師の一人。

 魔術師協会の中で“主”と呼ばれるほど高位の、力ある大魔術師の一人でもあり、そして“闇の主”トゥエン・ディンに対してすら、軽薄でふざけた態度を取れる数少ない一人。

 

 “炎の主”アイオン・クロウ。

 

 炎属性の魔術師の中で最高峰であるにも関わらず、その力を主に幻術への応用に使っているという、大魔術師であり大変人である。

 

 

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