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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
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3-84.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー「多分、それ」


 

 改めて僕の方からもミッチ氏を紹介しつつ、彼が独自に印刷機と活字ブロックによる印刷を行っていること、それを使って基礎教育用の簡単な懸賞付き教本の出版を考えていることを話すと、意外にもエンハンス翁とドゥカム師も話に乗ってきた。

 エンハンス翁は性格的にも分かるけど、ドゥカム師は正直ちょっと以外。

 時間があればその教本に使えそうな問題を考えてみる、とまで言ってくれる。

 

 本、といえば所謂羊皮紙に代表される、動物の皮を薄くして製本したものと、植物紙によるものの二種類があり、それぞれ特徴としては前者は重い、希少、かさばる、だけど保存性が高い、というのがあり、後者は軽い、比較的安価、だけど保存性が低い、というのがある。

 なので研究者や魔術師は基本的に植物紙の本は使わない。この世界で植物紙自体がそもそもはある意味長期間の保存を目的としてない読み物や帳簿、手紙などで使われる。

 それに、一般的に植物紙の質自体、前世におけるそれとは比較にならないくらい悪い。

 古代エジプトのパピルスと、日本でも手に入ったもので言えば粗悪なわら半紙の中間くらいで、さらに手触りもざらざらし滲みやすい。

 その点で言うと、ミッチ氏の使ってる紙は比較的質の良い方ではある。基本的には葦紙なのだけど、ミッチ氏が馴染みの職人達と協力し試行錯誤して品質向上に勤めてるらしい。

 

 何にせよ、なので植物紙による本のことに、彼等のようなかなりのインテリ層が興味を持つというのはなかなかに珍しいのだが、曰わく、

「私もね、多くの人々が知の活動を通じて魂の表現へと至れることは望ましいと思っているのですよ」

 とのこと。

 その様に語るエンハンス翁を見ているドゥカム師も、何やら普段よりちょっと嬉しそうだ。

 

 出版、印刷業含めて、思いも寄らずに尊敬するエンハンス翁に誉められてしまったミッチ氏は、またも口から泡を吹きそうなくらいに緊張して恐縮している。そしてそれを見ているドゥカム師は、いつも通りかそれ以上に意地悪くミッチ氏をからかっていた。

 

 

「へ? あれ、ミッチじゃん?」

 後から入ってきてそう声をかけてくるのは、遺跡調査団所属のダフネ嬢。

「うお、ジャンヌも。何よ今日は結構賑やかしいね」

「賑やかしいもんか。アタシは糞暇こいてるわ」

「ジャンヌも読み分け参加すりゃいーじゃん」

「あんな、“字が読める”ってのと、“本が読める”ってのは、ベツモンなんだよ」

 

 長椅子でふてくされて言うジャンヌだが、まあ確かにそれはそうで、放浪時代から親や部族の大人に読み書き算数を初めとした基礎教育や様々な生存術を仕込まれてきたジャンヌは、ある意味かつての、そして今のクトリアの現状、状況に対してはかなり最適解な教育過程を経ているとも言える。

 とは言え、読み書きは出来ても、読書経験自体は非常に少ない。

 つまり、字は読めるし簡単な文章は書けるけど、いわゆる文章読解の下地がない。

 なので読み分けをして内容を整理分類する、というのは全く出来ない。

 しかしまあ、下院議員にもなり、今後政治的な諸問題に対応していく以上、そういう単に読み書き計算が出来る以上の教養はあった方が良い。

 元々この塔への広範囲な出入りが自由なアデリアとジャンヌには、作業の邪魔になら無い範囲でこのサロンに出入りし、分類後の本やその写本などで勉強することをお勧めしている。

 

「うあ、おぉう、ダフネかよ、ええ? 何だよおい、お前さんこんな所に出入りしてたなんて、こちとら全然聞いてねえし思ってもいねえよ、どうしたんだよ何なんだよ、ああ?」

「んー? だぁって、ねえ。一応、ここで得た知識は、基本的には吹聴しない事になってるしー?」 

「なにい? おいおい、そうなんかい? 知識はここで独占しておこう、ってえ腹なのかい?」

「あ、いえ、そういうワケではないです。

 ここで読み分けして整理し体系化した上で、適宜公表していくという段階を経よう、という予定でして」

 将来的には、公営図書館にまで出来たら良いなあ、とは思っている。

 

「ふっふっふーん。我らが秘密の結社へと立ち入ったからには……裏切り者には然るべき報いを……!!」

「おいおいおい、また変なこと言い出したよ、ええ? そんな馬鹿なこと……あるのかい?」

「いや、無いです! いえ、一応約束は守ってもらうようお願いしますが……」

「うははのはー! お前のような雑魚虫毛虫は、伝承のダークエルフ魔術で悲惨な目に遭うこと請け合いなのだ!」

「ちょっと、やめておくんなよ!?」

「しませんて!」

 やめてダフネ嬢もドゥカム師も!

 

 ちょうど良いのでダフネ嬢にも懸賞付き教本の出版計画を話し、良ければミッチ氏を手伝って欲しいとお願いしておく。ダフネ嬢はエンハンス翁やドゥカム師に比べると専門的な知識には乏しいけれども、情報を分類、整理する能力に関しては長けていて、現在この読み分けサロンには欠かせない人材。

 教本用の初級問題なんかは、もしかしたら彼女が一番うまく考えられるかもしれない。

 

 とりあえず、今日はそれら含めて読み分け室での諸々の作業を夕方まで行う。

 僕の場合は“再読の書”を使ってボーマ城塞で読んできた本の情報を整理したり、一部を書き出しておいたりという事を中心に。

 夜になる前にはまたもアデリアがお土産と共にやってきて、まあせっかくなので二階のラウンジでお供の人たちなども交えつつ夕食を共にする。

 

 さて、問題は───明日だ。

 

 □ ■ □

 

 翌日。

 昼前あたりからの予定としてあるのは、第一回の外交特使団との会食だ。

 正式な会談の前段階として、昼餉をともにしつつ親睦を深めましょう、というもの。

 ではあるけれども、これ、ただの親睦会かー、なんて考えじゃあ当然ダメなやつで、いわゆる帝国流の政治って、こういうところで諸々決められるものなのですよ。

 議事は議事堂で起きてるんじゃない、それまでの会食で決まってるんだ……! みたいな?

 勿論そういうときには外せないのが、スーパーバイザーのイベンダー氏。

 

 いや本当に、毎度毎度思うけど、こういう時には基本、後悔しかないよね!

 根が非社交的でヒキコモリアスなくせに、ちょっと街づくりシミュレーション感覚で美味しいところどりの王様代行出来るんじゃね? とか考えちゃったこの僕を、しこたまぶん殴ってやりたいくらいには、後悔しかないね!

 ていうか多分あれだわ。あの決定したときって、よーはザルコディナス三世の亡霊との戦いが終わった直後で、言うなればちょっとしたバトルハイな精神状態だったワケじゃん?

 例えるならこう……徹夜続きのハードな原稿を書き上げた直後の、精神的にも体力的にもヘロヘロなのに、無闇にテンションだけ高い漫画家、みたいなさ?

 そりゃそンなときに重要な決定とかしちゃダメだよな!

 

 あー。会談とか議事とか交渉ごととか、その辺あまり参加しないですむ方向にうまく持って行きたい……。

 

 護衛役のエヴリンド、外交官のデュアン、そして名誉顧問でスーパーバイザーのイベンダー、といういつもの布陣でマヌサアルバ会の白亜殿へ。会食と言えばここ、てのはあちらさんも了承済み。

 最も豪華で高額な特別室へと案内されると、既にあちらは外交特使団団長のテレンス氏にアスタス氏と、その補佐、護衛達。

 で、あれれ? と見渡しても、一番の強硬派らしきレオン氏が居ない。

 

「レオン殿はここ数日、マクオラン遺跡駐屯基地で何やらやってるみたいですよォ~?」

 お互いに形式的な挨拶を済ませると、既にややほろ酔いかの声でそう言うのはアスタス氏。

 つかみ所のない優男然とした整った風貌に、相変わらずの赤を主体とした優雅なシルエットの服と羽根飾り付き帽子。“洒落者気取り”と言われるプレイゼスなど足元にも及ばない鮮やかな出で立ちで、やはり整えられた口髭をくるくると弄びつつ、長椅子に横になってグラスワインを飲む。

 

 長椅子に横になって……と言うと、前世感覚では如何にも行儀悪いと思われそうだけど、このスタイルは旧帝国領文化圏では気の置けないもの同士の会食でのベーシックなスタイル。

 そこから、こういう政治的な歓談、会食でも「お互いに信頼関係にある」という形式上、このスタイルでの会食を事前に行っておく、というのがある種の慣例と化しているそうだ。

 クトリアでも昔の帝国との関係が深かった時期には外交の場でも行われても居たらしいけど、一般的にはあまり広まってない。

 

「レオン殿は見るからに偉丈夫な質実剛健、という雰囲気でしたが、やはり軍務経験が長くあったりしたのですかねえ?」

 帝国スタイルを取り入れて横になりつつそうデュアンが聞くと、

「そうですなー。少なくとも家系は古くからの軍人家系なんでしたっけかな?

 飛び抜けて派手な功績はなかったよーな気はしますがねー。

 その辺、僕よりはテレンス殿の方が詳しいのではー?」

 何ともあっけらかんとしたぞんざいな返答。

 これがあのときに舌峰鋭く対立し険悪だった二者を切り捨てたのと同一人物かとも不思議に思うけど、それが意外に思えるかというと……そうでもない。

 何でか分からないが、これはこれで自然にも見える。

 

 話を振られたテレンスはと言うと、長椅子に普通に座った状態のままそれに答える。

「レオンツォ・クリオーネ。クリオーネ家はアスタス殿の言う通りに、長らく武門の家系として続いてます。飛び抜けた功績はなく三代ほどは将軍職に抜擢されることはありませんでしたが、軍閥に対する人脈は広く厚い家柄です」

 僕の方とアスタス氏の方をそれぞれにちらり。思うに、この場このタイミングでこのような形でこの話題を振るアスタス氏の真意を計りかねているようだ。それは僕も同じく。

 

「ふっふ。つまり彼は高い地位とまではいかないけれども、広く深く多くの軍人との人脈があり影響力もある。そんな彼がクトリアの駐屯軍基地でさて何をしてるのか……?」

 

「あちらはあちらで、楽しいバーベキューパーティーで親睦会でもしとるんじゃないのか?」

 アスタス氏以上のリラックスぶりで長椅子に寝転ぶイベンダー。

「だがおそらく一番のゲストは、今をときめくニコラウス・コンティーニ……てなところか」

 

 魔人(ディモニウム)討伐で名を上げたニコラウス・コンティーニは、“英雄”リッカルド・コンティーニ将軍の次男。癖のある性格で辺境を転戦し続けて、半ば左遷同様にクトリアで魔人(ディモニウム)討伐任務を押しつけられるも、諸々の条件が重なり討伐を成し遂げて評判を上げている。

 つまり……、

「彼を取り込み、軍閥をより強硬派へと引き込む……」

「わーお、正解!」

 腰を下ろしていた長椅子から思わず立ち上がりかけて、杖とのバランスを崩し転びそうになる僕をエヴリンドがすかさず支える。

 再び助けを借りつつ腰を下ろす僕に、アスタス氏はやはり鷹揚に、

「あわてない、あわてない。一休み、一休み」

 などと言う。

 

「レオン殿はレオン殿で彼なりの仕事をする。テレンス殿はテレンス殿なりの仕事をする。そしてレイフ嬢───君のすべき仕事は何かな?」

 

 つまみ上げた葡萄を一房、ぱくりと口に含んでそれを口中で弄ぶ。

 確かに……その通りだ。そして今すべき目下の最重要案件は、彼───アスタス・クロッソ氏の正体と真意を探り、彼をこちら側へと引き込むこと。

 多分、それ。

 

 

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