3-71.マジュヌーン 災厄の美妃(42)-SHAKE HIP!
「ナハハハぁ~ン、どうだどうだぁ~? チップの雨だぞォ~?」
「わーい! 王しゃま、しゅごーい!」
妙に間延びした間の抜けたしゃべりのアシャバジ族の男は、全身は白と灰色のモノトーンで、鼻先と目の周りだけ黒く、やや耳のとがった痩せ身の猿獣人。ひょうたんと小さめのバナナの葉っぱで作られた帽子……いや、ありゃ多分王冠だ。そいつを頭に乗せて浮かれている。
その周りでちょこまかとはやしているのはそれよりさらに小柄なリムラ族の連中。分かり易いほどの取り巻き、太鼓持ちだ。
アシャバジ族やクァド族の大樹を中心として生活する民族の中で、その大樹が無い隙間の区画は、まあ地価が安いというか、価値の低い土地とされている。大きい大樹、またはその近くに住むというのがアシャバジ族やクァド族のステイタス。要するに社会階層の高い連中の住む場所。
で、ここみたいな大樹を中心とした区画の隙間、てのはあぶれ者や貧乏人の住む場所で、調査開始二日目の昼に、俺たちはその一角のある賭場に来ている。
「なあおい、あの間抜け丸出しの奴が“輪っかの尾”……で良いのか?」
「……多分、そうだろう。あいつはアシャバジ族とリムラ族の混血だという話だ。それで尾が長く輪っかの様になっている……と聞く」
チップの雨を降らせてご満悦の間抜け面だが、別にそのチップ、てのは、所謂カジノのチップじゃあない。ここの賭場じゃチップじゃなく点棒を使う。アールマールの硬貨の中に棒貨があるが、それに似たようなヤツだ。金属製じゃなくて、恐らくは甲羅猪か甲羅馬か、あの辺の生き物の甲羅を削って加工したもんだろう。細かい細工彫刻の出来映えは、流石の猿獣人の技。
“輪っかの尾”が取り巻きに降らさせてるのはバナナやら芋やらをスライスして油で素揚げした方のチップス。つまりお菓子。
大樹ではない、そこそこの木々の間に張り巡らせた橋と梁とバナナの葉を使った屋根との空間の真ん中にある、ちょっとしたステージみたいなところに設えられた花や葉などで飾られた玉座。その前のハンモック状の寝椅子の上で、まあだらしなくゴロゴロとしている“輪っかの尾”。
その上に吊り下げられた袋を、リムラ族らしき小男が繋げられた紐でゆさゆさと揺らすと、パラパラと紙吹雪のようにチップスが降り注ぐ。シナモンらしい香辛料の粉末も振り掛けられた独特の匂いのするバナナチップスを口だけで追いかけ、浴びつつ食べつつしている“輪っかの尾”は、まー間抜けな面してキャッキャ笑っている。
「ぬむーん? おいモダス、チップが少なくなっておるぞぉ~? わしはもっと浴びたいのだ! このチップの雨を! 全身に!」
「はいはい、分かりましたよ王さま。
おーい、追加のチップスはまだかー?」
「おお~う! これぞ王の高貴なる嗜みと言うものよ~」
「わーい! 王しゃま、しゅご~い!」
断言するが、どう贔屓目に見ても俺はこいつ以上の間抜けを見たことはない。アスバルですら裸足で逃げ出すトップ・オブ・お間抜け。レジェンド級のキング・オブ・お間抜けだ。
「……よし、とりあえず宿へ戻るか」
「調べぬのか?」
「調べる必要あるか!? こんな間抜け王とその手下共がリカトリジオスの内通者なんて、どー考えても有り得ねーだろ!?」
呆れてそう小声で返すが、ムスタの方は相も変わらぬ鉄面皮で、
「見た目で安易に判断するな。確かにコイツらは間抜けに見えるが、ただの間抜けならここまでの裏勢力とはなれん」
とか抜かす。
忌々しいが確かにそうだ。リカトリジオスの内通者かどうかは別として、“赤ら顔”や“銀の腕”なんかとタメを張れるだけの何かは持っているハズ。
しかし……まあそうなるとやることっつったらコレしかねぇが……。
正直な話、俺はこの賭事ッてヤツにはまるで自信はねえ。
どーしたモンだかな……。
▽ ▲ ▽
「どんな案配だ?」
ムスタからのその問いに、俺はただ首を振って答える。
「ダメだ。やっぱ俺にゃ向いてねえ」
見るからに間抜けな“輪っかの尾”が取り仕切っている賭場には様々なお遊びがある。
今やってたのは単純なサイコロのゲーム。丁半ばくちに似たルールで、二個のダイスを振ってより強い役を出した者が勝ち、てなタイプだ。
一応ルールが簡単そうなので試してはみたが、昔からこの手の運の要素が強いゲームにはめちゃめちゃ弱い。
まあ、ギャンブラー的な言い方をすりゃあ、引きが悪い。
ムスタは別のところで腕相撲勝負をして五連勝。そこそこ稼いだところでお断りされたらしい。そりゃそうだ。ムスタと良い勝負が出来るのはダーヴェくらいだろうぜ。
「ちと河岸を変えるか」
サイコロ博打を降りて、他のゲームをぶらぶら見て回る。
すごろく……前世で言うとバックギャモンとやらに近そうなやつで盛り上がる一角。その先へ回ると穴掘りネズミレースをやってるレース場がある。それから別の一角には艶やかな細工物の札を使ったもの。見た感じポーカーとか麻雀に近いタイプっぽい。数人が卓について札を使い役を集める、戦略性が高く駆け引きの必要になるゲーム。こりゃけっこうルールが複雑そうだ。
それらが、“輪っかの尾”のいるハンモック席を中心として囲むように何カ所かに分散している。
“輪っかの尾”の居るいわば玉座スペースは、その周りがバーカウンターのようにもなっていて、ちょっとした食事や酒、フルーツジュースなんかも買える。
で、その真ん中の一段高くなったフロアで、今はリムラ族の小間使いに作らせたトロピカルミックスフルーツジュースを飲みながらご満悦の“輪っかの尾”は、それら全部を見渡しながらケラケラ笑う。ジュースには猿獣人の好物でアールマール王国の密林地帯の特産品でもあるクォラルという血のように真っ赤な果な実も混ぜてあるらしく、ケラケラ笑う口元がべっとり赤くて不気味に見える。
なんだろーな。こう、賭事に必死扱いて勝った負けたに一喜一憂している連中を、高みの見物で笑っているような感じだ。
人間性……猿人間性? 的には、三つのゴロツキ集団の中では一番幼稚で間抜け臭い。今も穴掘りネズミレースで大負けした奴らを指差して手を叩いて笑っている。
賭に熱中してる連中には見えてないが、ぶらぶらしてる俺からは丸見えだ。他にも、飲み食いしつつ休んでる連中からも十分見えてる。それでもこの“輪っかの尾”が取り仕切っている賭場は、よその賭場よりも群を抜いて客が来てるらしい。
「どうやら“輪っかの尾”の賭場は、他より勝率が良いらしいな」
ムスタが他の常連たちから聞いたところそういうこと。
「普通博打、賭場ってのは胴元が一番儲かるようバランス取ってるモンだろ?」
「ああ。その辺、ここは勝率は良いが配当はそうでもない」
「勝ちやすいが大勝ちもない?」
「だ、そうだ」
何だか変な話だな。だがそうなるとある意味他の賭場とも住み分けも出来る。
大きく負けないが大きく勝つこともない、だらだらと小勝ちに小負けを繰り返すだけのある意味健全な娯楽施設でもある“輪っかの尾”の賭場と、一攫千金を狙える大勝ちか大負けの賭場。ここでは満足できないギャンブル中毒か、一か八かでも大金の必要な奴は、余所へ行って命懸けで鉄骨渡ったり耳や目や血を賭けてゲームをやる、と。
「そいつを戦略的に狙ってんのかね、あの間抜け面が?」
真ん中のトロピカル玉座スペースでふんぞり返ってるアイツが、そんなに策士とは思えない。
「見た目で決めつけるな……か」
ムスタの奴がしつこく言ってきていたこの言葉。確かにヤツの言う通りかもしんねーわ。
そのとき、“輪っかの尾”の奴が急に何事がを喚きだし、横に居た手下たちが手に手に楽器を持ち奏でだす。
「おーう、皆の者~、本日の王さまタァ~イムの時間が来たぞォ~!
騒げ踊れ騒げ~!」
言うなり“輪っかの尾”は玉座スペースで尻をふりながら滑稽なダンスを踊りだし、その周りのリムラ族や客たちもそれぞれに踊り出す。
「なんだ、いきなりオイ!?」
ムスタに聞いても答えはない。訝しげに周りを見渡し首を振る。
「おい、これはなに?」
俺が近くの客の首根っこを掴みそう聞くと、
「聞いてなかったのか!? 王さまタイムだよ!」
「だからそれなに?」
「王さまがダンスを気に入った客の何人かと直接ゲームをしくれるんだよ! 万が一勝てればとんでもねー賞金貰えるンだぜェ!?」
何だそりゃ? とも思いはするが、そりゃチャンスかもしんねえな。
ムスタを見ると、何とも嫌そうな面で口を開いてるが、バカてめぇ、俺だけにさせる気か?
ダンスなんてあんまりやった事はねえが、なんとなく思い出す前世でのステップで音楽に合わせて動き回る。何だか出来損ないのヒップホップダンスみてーだがまあしゃーない。
「のほほぉ~ん! そぉ~れ、お尻をふりふり、尻尾をふりふり、右足をイヤー! くるっとターン! 回って回って……んぬふふぅ~、目が回って来たぞォ~う?」
やはり妙に舌っ足らずの間抜けなしゃべりで間抜けなことを言う“輪っかの尾”。
くるくる回って尻餅をつき、頭をふらふらさせてから見回して、
「よぉ~し、お前! お前! それから~……そこのお前! 本日の王さまゲームの相手をすることを許してやろう!」
有り難くいただいたご指名だ。このチャンスは是非ともモノにしないとな。




