3-70.マジュヌーン 災厄の美妃(41)-僕の宗教へようこそ
サーフラジル全体は、谷間というより岩の多い渓谷だ。
その渓谷の洞窟や岩場を加工し、また穴を掘り石や木材に煉瓦を使って粘土で固めた複雑に入り組んだ街並みと、巨木を繋げて作られた樹上の家々。
その二つの相反するような様式の街並みがこれまた複雑に入り組み混在している。
これら二種類の異なる様式は、何でも元々樹上生活を中心としてたアシャバジ族やクァド族の様式と、地上生活を中心としてたアールゴーラ族やシャブラハジ族との違いが現れている。
今向かう所は大きめの自然洞を改造した地区。サーフラジルの中じゃ最も古い地区の一つらしい。
獣人種の多くは、個々にそれなりの魔力適性はあるが、魔術の行使そのものはそう得意じゃない。
竜人や空人なんかは生来的な魔術が使えたりもする。 猿獣人の中じゃシャバルハディ族は他の民族より魔術が得意。
シャバルハディ族の神官集団の中の異端派が主流派と別れて新たな宗派を立ち上げたのはもう15、6年は前だと言う。
猿獣人の主神はグルとラーラの双子神。男神のグルは太陽神であり光の神。女神であるラーラは月の神でありまた闇の神。双子神でありながら、夫婦でもあり何人もの子を成してるとされるあたり、いかにも神話らしいいい加減さだが、それじゃあ猿獣人社会では兄弟姉妹の近親婚が認められてるのか……つっーとそうでもない。近親婚は神と王族のみに許されてる……てな理屈だ。
で、その辺が異端派と正道派の解釈別れにも関係してて、王族のみ近親婚や一夫多妻が許される、という解釈に始まり、今の正道派はアールゴール族のみを特別視し過ぎている……と。
近親婚云々はまあ別な話として、異端派の主たる主張は「グルラーラの双子神はすべての猿獣人の神なのだから、アールゴール族ばかりを特別視するのはおかしい」と言うもの。そう聞くとある意味アレだ。民族、身分差別の撤廃と自由平等を求める、なんつーか進歩的? な考えのようにも思える。
だが、ムスタに言わせりゃその進歩的な理想を掲げていられたのはごく初期のこと。
神殿から追放された異端派は王都アールマールから離れ、ここサーフラジルの貧困地区へと落ち延びての貧しい暮らし。気位の高い元神官達は耐えられずに“堕落”した……てなことだ。
薄汚い岩山の洞窟を適度に加工した“聖堂”は、少なくともその見た目よりは綺麗に清められては居る。ゴミや汚物は片付けられ、ゴツゴツした足場には砂や粘土が敷かれて整地もされている。
人間種よりは夜目は利くし鼻も耳も良いが、俺達猫獣人や犬獣人に比べると視力に頼る猿獣人の住処らしく、出来るだけ採光が出来るように明かり取りの窓が設えられ、また蝋燭の灯りや魔術的な光源も多々ある。
そのあちこちに、猿獣人特有の精緻な木工や石細工の神像やら祭壇、飾りなどがあり、全体に洞窟然とした荒々しさを残しつつ、部分部分にそれらの細工物が配置され飾られている感じは、何ともアンバランスでちょっと面白ぇな。
その中を、人波に紛れて背を丸め、ボロ着をまといよたよたと歩く。
並んでる列は教団へと救いを求める貧民達だ。
アシャバジ族やクァド族らしき連中が中心で、中には俺同様の猫獣人や、猿犬人なんかも居るし、ダーヴェと同じ蹄獣人も居る。 蹄獣人はここからは南の高原地帯に多く住む種族だから比較的他の獣人種より多く見かけるが、犬獣人は逆にちょっと珍しい。
自然豊かなこのアールマール王国は、ただ食べるだけならそうは困らない。街の外へ出てもすぐに魔獣、猛獣に襲われる、てこともそうはない。ある程度の危険スポットを避けて、川の支流へ行き簡単な罠を仕掛けておけば沢蟹や魚も捕れるし、野生の木の実や果物も多い。
安定的に食い物が得られるとは限らないが、単純に日々食うだけの生活ならそれなりに可能だ。街から離れた小さな村々なんかは、採集とバナナや豆や芋などの農業だけで、飢えることなく十分に食えてはいるそうだしな。
ただし、五体満足で健康ならば、てな但し書き付きで。
五体満足じゃあなくなるとまずは金が必要になるッてのは人間の社会ともそう大差ない。
部族社会としての側面の強い猫獣人や犬獣人の社会じゃあ、そう言うときは助け合いだ。まあ旅のはぐれ 猫獣人に関しちゃちと違うが。
猿獣人はどちらかと言うと、良くも悪くもより「人間的な社会」へと発展している。これは所謂ヒューマニズム? とかっていう意味での「人間的社会」ってコトじゃなく、この世界の人間種、つまりクトリア人やら帝国人やらの作った社会に近い、ッて意味でだ。前世で言うなら、すげー昔の人間社会だ。
大きな部族、一族でまとまった集団も当然あるが、そこから出た、出ざるを得なかった者達も沢山居て、そう言う連中がやはりこういう都市の中で家族として、また個人として助けも得られず底辺の生活をしてたりもする。
金もなく、伝手もなく、助けもなく、病や怪我で日々の食い扶持も確保できず……。
そう言うときに頼るのが、宗教だ。
この列の先には数人の助祭達が居て、それぞれの必要とするものや入り用な助けは何かを聞いている。
そして飢えに苦しんでるのなら配給のスープを。怪我や病には治療や薬を。心の平安には対話と祈りを。
なんとも怪しげなところの無い、見事な慈善団体だ。
「ここのドコが怪しいンだ?」
小声で隣のムスタへと聞くと、
「上辺だけで見るな」
と素っ気ない返し。ムスタの奴は色々もっともらしい事を言ってるが、何の根拠も無しに怪しいとだけ言われてもこっちは納得は出来ねーわな。
その横へとちょこちょこと歩いてくる小さな影は、小間使いのリムラ族。
「くいもの、けがびょうき、おいのり、どれ!?」
たどたどしい猿獣人語の甲高い声で早口にそう聞かれる。
一応日常会話程度の猿獣人語も習ってはいるが、猿獣人語の複雑な表情や身振り手振りまでは再現出来ず、聞き取る方以上に伝えるのが難しい。
「けが、いたい。ずっと」
リムラ族以上にたどたどしくそう伝えると、赤い色の付いた葉っぱを渡される。
前方で列を分けている担当の奴が居るが、事前に用件を確認し、対応する葉っぱでより分けているようだ。なかなか合理的だな。
俺はそのまま右列へと振り分けられ、その先に居る一人のシャバルハディ族の助祭の前へ。
幾重にも重なった布地の服を纏ったそいつを近くで見ると、聞いていた話から想像していた通り、確かにオラウータンに似てると言えば似てるかもしんねえな。全体にずんぐりとした体型に丸顔。けれども他の猿獣人と同様、猿そのものというよりは猿の特徴がまあ八割くれえある人間みたいな生き物、てな感じだ。まあ、リアル猿の惑星だな。
「お体の具合が優れないとか」
丁寧すぎる言葉使いで逆にやや聞き取りにくいが、だいたいの意味は分かる。
「ふるいきず、ずっといたい。さけ、のむ。すこし、やわらぐ。さけ、きれる。いたい」
設定としては昔やんちゃをしてた猫獣人だが、その頃の古傷が癒えず、酒におぼれる日々……てな感じか。ボロ着のフードから覗く顔面のでけぇ疵痕もその設定の説得力を増している。
「ご家族や頼れる縁者などはおられますか?」
「おや、いない。ぶぞく、いない。おれ、ひとり」
孤立無援のはぐれ者。絵に描いたような“弱者”だが……さて、どう出る?
シャバルハディ族の助祭はそこで何やら祈りのような呪文のような言葉を唱える。
何らかの魔術、魔法で調べているのか。一応念の為に、俺の嘘の申告がバレないようにと、事前にちょっとした酒と薬を使い体調を悪くはしてある。本当にちょっとだけ、だけどもな。
呪文だか祈祷だか分からねー文言を唱え終えて、シャバルハディ族の男はカッ、と目を見開くと、重々しくこう言った。
「───あなたの心の臓に不吉な影が見えます。その影こそが、あなたに痛みを与え続ける元凶でしょう」
ざわつく内心を隠すべきかどうか。いや、この場合何かしら反応しなきゃそれはそれでおかしい。だが凍りつくその言葉に対して、俺は数瞬の意識の空白を感じる。
「そ……れ、いみ、なに?」
なんとか絞り出した言葉はその程度。だが───いや、むしろこのくらいの方が多分ちょうど良い反応だ。
「あなたを蝕む何か……そうとしか申せません。
しかしその影の力の影響を減らすには、祈祷と薬、何より必要なのは───」
……と。
「───ッたく、変わんねーな、こーゆーのは。どこの世界でもよォ~」
手渡された丸薬の入った小型のひょうたん容器を弄びつつ、俺はそうひとりごちる。
「あれが奴らの手だ。まず背景を探る。そこから、どの程度搾り取れるか、どの程度使えるか……。
お前は天涯孤独で貧しいことを匂わせた。だからそのクスリで操ろうとしたのだろう」
ムスタの言い分は、まあ多分正しい。
手渡された丸薬は、基本的には痛み止めの調合薬だ。魔法薬というほどたいしたもんじゃない。有効な成分をもつ薬草類を干して砕いて練り合わせたもの。“砂伏せ”の連中が作ってるもんとそう変わらねえ。
ただ、例のネムリノキから取り出した麻薬成分が多めになってる。
ネムリノキの成分は、文字通り入眠を促す効果とともに、調合の仕方によりある種のダウナー系の麻薬に応用できる成分が多い。
その麻薬は、特に俺たち猫獣人にはかなりキマるらしい。まさに猫にマタタビ、みてーなもんだ。そしてその臭いも、他の種族にはそんなに強く感じられないときにも、俺達猫獣人は敏感に感じる。
そうして、ただの痛み止めとしては不必要なほどのネムリノキの麻薬成分を多めに調合した薬で、コッソリとヤク中にして依存、支配する。
ま、あれだ。ヤクザが「疲れの吹っ飛ぶビタミン注射」みたいな事を言って騙して覚せい剤を使わせ中毒にする……みてーなモンだな。
そしてクスリ欲しさに汚れ仕事をさせる手下にするのか、そのまんま「最も必要なもの」とした「寄進」を搾り取るのに利用するか……。
「連中の手口はまあわかったぜ。けど目当ての情報はまだ全然だな。
それに、教主? だかの“赤ら顔”には全然会えねーしよ」
助祭達に聞いても、「体調を悪くしておられる」との一点張り。治癒術だの調合薬や医療だのの専門だっつーのに、正に医者の不養生ならぬ治癒術士の不養生、だ。
「怪しいものだな。何を隠しておるのやら……」
どうにも、ムスタの“赤ら顔”達分離派への物言いには含むものがある。
ま、アールゴーラ族の特権性を否定する教義だと言うから、その辺印象も悪いのかもしれねーけどな。
弄んでいた丸薬の容器を懐に戻し、さてお次はと思案する。
「さて、まだ時間はあるな。お次は……」
「近いのは“銀の腕”の方だな」
クァド族中心の人足、力夫の集まり。こいつはなかなか骨の折れる話になりそうだ。
▽ ▲ ▽
「何の用だ、猫野郎」
ドアタマからそう言ってくるのは、なかなか背が高く体格の良い傷だらけの猿獣人。
全身に逆立ったような金毛を生やし、顔には俺以上に無数の傷がある。いかにも喧嘩馴れしてる……てな面構えだ。
場所は先ほどの洞窟前とは違い、大樹街と呼ばれる樹上住居のある地区の外れ。洞窟地区との境界で、かつ街全体からしても外の方。
猿獣人的にはそれほど立派じゃないこの辺りの大樹は、傍目には直径は余裕で5、6メートルはありそうだし、その上、また根本に作られたドーム状の家々や、周りの木々と繋がる橋なんかも含め、俺からすりゃあかなり奇妙な前衛アートみてーな場所だ。
「なにか、しごと、ないか。おれ、おまえ、きく」
「あぁ? 猫野郎が仕事だァ~? 川で蟹でも捕ってりゃ良いだろ?」
横合いからそう口を挟む子分面した奴に、周りで連んでる奴らが笑う。
何が面白いかは分からんが、多分こいつら的には定番の猫獣人ネタなんだろう。
金毛逆毛の傷野郎は、ひとしきりヒヒヒと笑ってから、口の中の茶色い唾と共に小袋を地面に吐き出す。嫌な臭いを放つ茶色のそれは噛み煙草。煙草、噛み煙草は、この辺の獣人達には血のように真っ赤なクォラルの実と並ぶ二大嗜好品だ。
乾燥させ細かく刻んだ煙草の葉を小袋に入れて、口の中でくちゃくちゃと噛む。こちらの煙草も前世のそれとほぼ同じものらしく、当然煙草の葉は猛毒のニコチンを含んでる。だから噛み煙草は唾を飲み込まずにその辺に吐き出して捨てる。
その煙草の臭いは、ネムリノキとは真逆に俺たち猫獣人の最も嫌う臭いの一つ。なので猫獣人に煙草の煙を吐きかける、その目の前で噛み煙草の唾や噛み残しを吐く、ッてのは、実に分かり易い挑発行為。
「おい、片付けとけ!」
金毛逆毛の傷野郎が鋭くそう言うと、周りをちょこまか動き回ってたチビのリムラ族が素早く現れ吐き捨てた噛み残しを拾って持ち去る。
クァド族は他の猿獣人より粗暴だ、てな話だが、この人足寄せ場で番人面しているこいつらに関しちゃ、確かにその俗説通りに見える。
まあこの辺の対応は想定通り。なのでそう来られた場合の対応策も決めてある。
「あるじさま、きいてくる、いう」
矢面に立たせる俺の「主さま」設定なのは当然ムスタ。猿獣人の中でも最も高貴な民族とされるアールゴーラ族。つまりコイツらからしたらお貴族様とでも言う立場の相手になる。
俺の背後から現れるムスタの姿に、ざわつく荒くれ人足ども。
「うちの者が何か失礼をしたかな?」
へっ、こりゃまた気取った物言いだぜ、ムスタの奴め。ざわつく荒くれ共はじりじりと後退りつつ周りを伺う。
だが金毛逆毛の奴だけは、露骨にびびって下がるような真似はしない。嘲るようなねぶるような薄ら笑いを浮かべつつ、だがさっきまでとは打って変わった“猫なで声”で、
「これはこれは……いと尊き御方が斯様な不浄の場へと御足労して頂けるとは……」
薄っぺらなごますりお追従……かと思いきやそうでもない。
「わざわざ高き山よりお下りなさってまでどの様な用件でやすかな?」
高き山より、てのはこのアールマール王国のある巨大な盆地のさらに中央にある天空山のこと。
アールマール王国は横に切断すると、山、盆地、山、盆地、山、と、そう連なってるようなデコボコの形をしている。
で、中央にある山ってのが王都のアールマールがある場所である種の聖地みてーな扱い。見たことはねーが、話によるとオーストラリアのエアーズロックだかあんな感じの上が平らなでけー山のようだ。
当然、支配階級のアーゴーラ族はほとんどがそこに住んでいる。何かしらの役目や何かで他の都市に居る場合を除けば他都市に居ることもまず無いし、ましてこんな密林地帯の外れ、境界の町の下層地区に来てるアーゴーラ族なんてのは要するにワケアリでその特権的地位を失ったキズモノ。
つまりこの「“高き山”よりお下りになって」……てのは、「ヘマやらかして落ちぶれた」てな揶揄、当て擦りだ。
ほう、と、俺はちょっとばかし感心する。粗野粗暴の荒くれが多いと聞いてたが、なかなかただの無学な脳筋……てワケでもなさそうだ。
となりゃ……クァド族の中に「リカトリジオス軍との内通者」が居たとしてもそうおかしかねぇな。
「黙れ」
俺のそんな思考を打ち破り、さっきまでの気取った態度を即座にかなぐり捨てたムスタが慇懃無礼な当て擦りを物理的に黙らせる。そのぶっとい右手で金毛逆毛のクァド族の男の喉を掴み持ち上げたのだ。
そのクァド族も長身で筋肉質、痩せ身だがなかなか体格の良い男だ。周りの荒くれ連中からも頭一つ抜けている。普通に見ても体重だって90キロ以上はあるだろう。
それをまさに文字通りに片手でひょい、だ。猿獣人の中でも最も膂力に優れたアールゴーラ族とは言え、ムスタの力は半端じゃねえ。
金毛逆毛のその男は、傷だらけの顔を真っ赤にしつつ口をパクパクとさせてばたついてる。
いや、こりゃ予定にない……つーか、確かに打ち合わせじゃ流れによっちゃあ落ちぶれたアールゴーラ族とその従僕、てなふりをするってのはあったけどよ。だが、このまま締め上げてたらマジで殺しちまうぜ?
周りも完全にビビりあがりおたつくだけ。クァド族の荒くれ共だけでなく、下働きだろうちんまいリムラ族達もきぃきぃ悲鳴を上げて走り回る。
そしてマジにここで殺っちまったら、どうあれ調査どころの話じゃねえ。止めなきゃまじぃが、今の俺はムスタの従僕のふりをしてる。止めろと命令すんのもおかしいし、なら慌てて足元にでもすがりつくか……と考えてたところ、別のクァド族が間に入る。
「さすがにそこら辺にしてもらいやせんかね、旦那」
涼やかな、とでも言う響きの良い声の主は、金毛逆毛とは逆に、背はやや低いがすらりとした体つきのクァド族の……こりゃあ女か?
服装はゆったりとした貫頭衣とかってのを鮮やかな赤い絞り染めの腰帯で留めて着流した感じのしゃれた風情。
クァド族に多い特徴だというふわっとした癖っ毛の髪は赤茶けていて、体毛も短いがゆるくうねっている。
猫獣人の俺でも分かるが、こりゃ多分猿獣人的にはかなりイイ女っぽい。
そしてさらに目立つのはその両腕、両腕に填められた銀製の飾り。うねる蛇を模したようなそれは、きらりと日の光に輝いている。
つまりは“銀の腕”その人のご登場……てワケだ。
ムスタは“銀の腕”の存在に気付くと、一瞬惚けたような顔を見せてから、パッと喉を掴んでた手を離す。
どちゃっ、と地面に落とされ、ゲホゲホとむせる金毛逆毛男は、鬱血というより今度は羞恥と怒りで顔を赤くしつつも、ムスタを睨みつけるだけだ。ボスである“銀の腕”が出てきたからには、その意向に従わなきゃなんねえ。
「“銀の腕”か?」
「そうも呼ばれてやす。しがねぇ人足のまとめ役ですがお見知りおきを」
まるで時代劇か昔の任侠映画みてーに気っぷの良い口上。荒くれ共のまとめ役だけあってか度胸も良い。
「仕事口入れなどの入り用でしたら手前共の出番でやすが、お方様に似合うような仕事は此方で都合出来るとは思えませぬ」
あー……まあつまり、気位の高いアールゴーラ族は、どーせキツい仕事やんねーんだろうからさっさと帰れ、てな意味だろう。
「わしはただの付き添いだ。この従僕に見合う仕事はないか」
この辺も打ち合わせ通り。落ちぶれ金に困ってはいるが、あくまで自ら手に汗しながら働く気のないアールゴーラ族が、自分の従僕に出稼ぎさせようという腹積もり……との設定だ。ムスタ曰く、落ちぶれたアールゴーラ族にはそう言う輩は珍しくもない。また、背に腹変えられぬからと実際には自分も何かしら仕事を受けるつもりでいながら、あくまで建て前上は従僕にやらせている……と言うことにする、てなのもアールゴーラ族あるある、だそうだ。
それよりも気位も誇りも無くすと、今度は山賊追い剥ぎの類になる奴も居る。その辺は民族、種族問わず同じだな。
ムスタに言われ、“銀の腕”はやや顔をこちらに向ける。
そしてその時気付いたが、おそらくこの女、かなり目が悪いか見えてないようだ。
俺たち猫獣人は元々視力自体が良くはなく、その分聴覚、そしてさらには嗅覚が優れてる。この辺は他の獣人種と比べてもかなりのものらしい。
逆に猿獣人や蹄獣人なんかは、人間よりは嗅覚、聴覚が優れてるが、猫獣人や犬獣人よりは視覚頼り。つまり目が悪い、てのは猿獣人にとっちゃかなりのハンデになる。
「……そちらのお方は……なかなか腕の立つ猫獣人の様でございやすね」
見えない視線で見えぬものでも見て取ったか、“銀の腕”はそう言ってくる。
「でしたら、二日後予定でお二方にうってつけの仕事がございやす」
ん、ん、ん……と。これはちょっと計画には無かったな。
△ ▼ △
「ちッと想定外の流れになッちまったな」
元々実際に仕事を受ける前に、何だかんだ文句を言いつつ時間をとり、その会話や周りの様子を探りつつ情報を集める……てな予定だったが、ムスタが想定外に暴れて“銀の腕”が直々に場を治める為に出てきてしまい、その“銀の腕”が俺向けのうってつけの仕事がある、と言って来たら、そりゃあ簡単には断れない。
そこまでされて受けません、となりゃ、今後あそこに出向く口実が無くなっちまう。
そうなりゃ後は盗っ人よろしく忍び込む……てな手しかなくなるが、それは最後の手段だよなあ。
「たいした仕事じゃあない、半日で済む。
移動の手間を考えて、前日入りするか早朝に出るか……問題はそのくらいだ」
「ぬかせ」
ムスタの奴は気楽にそう言うが、そこそこ厄介ではある。
仕事そのものは単純で、ちょっとした害獣退治。“砂漠の咆哮”で受ける様なのと大差ない。
そう遠くない農園の近くに甲羅猪という獣が住み着いて畑を荒らしてる、てな話。甲羅猪は甲羅馬と似たような獣で、まあアルマジロと猪と犀のミックスみてーなもん。 甲羅馬と違い凶暴で、縄張り意識が強いのか、肉食じゃねーのにヒトを見ると突進して跳ね飛ばしては、牙で切りつけたりする。その勢いがとんでもねーので、普通の猿獣人じゃなかなか手が出ない。
また間の悪いことにその農園は今休作期間で、ほとんどの畑を休ませている。バナナ園とパパイヤ園だけは年中無休だが、その間大半の男手は休みを貰い出掛けたり別の日雇い仕事をしたり休んだり。
まあなかなかホワイトな労働環境で素晴らしいが、残ってる連中だけじゃ数で囲んで罠にはめるのも手数が足りない。
で、そこにまあ、それなりに腕の立つ者を数人臨時で雇って甲羅猪退治を仕掛けたい……てのが農園主の依頼。
その辺は実際、ムスタの言うように半日で済む仕事だ。目当ての甲羅猪がなかなか現れない……となったら別だが、囲んで引き寄せて罠にはめる……てのは、“砂漠の咆哮”でもみっちり教えられたしやっても居る。
何にせよそれは明日以降。今日はもう夕方になる。あと一カ所の調査は明日に持ち越しに決まった。




