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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
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3-66.マジュヌーン 災厄の美妃(37)-真っ赤な太陽


 

 赤い。赤い、赤い、血のように赤く、溶けたような夕焼けが空を塗り潰す。

 その彼方から赤紫の影を持つ雲が渦を巻き、青黒い夜がせり上がって舞台を彩る。

 

 夜をさほど暗くなく感じるのは、この猫獣人(バルーティ)という猫の性質を持つ種族としてこの世界に生まれ変わってから。

 闇の中では普段よりもかすかな光でものの形を朧気ながらも捉えることが出来る。

 

 その赤黒く渦巻く空の下、岩と荒れ地の中に俺は佇んで居る。

 いつからそうしていたのか。薄膜を張られたみたいに曖昧模糊とした意識で、その辺がどーにもハッキリしねえ。

 

 そしてどこかから声が聞こえる。微かな……だが俺の心の奥底に響く何者かの声が。

 次第に大きくハッキリとし始め、同時に様々な情報がどんどんその輪郭を明確にし始める。

 その声は苦悶の声とも悲鳴とも恨みとも聞こえた。

 または怒りとも憎しみとも悲しみとも聞こえた。

 争いの音。喧騒。火の立ち上りはぜる音。打ち壊され崩れ壊される音。

 匂い。血の匂い。臓腑と糞尿の混ざり合った匂い。恐怖、怒り、それらの発する感情の匂い。

 

 血と、肉と、破壊と争いの匂い。音。光景。


 ───マジュ、わたしネ、きっと……。

 

 叫ぶ。

 

 薄明るくなりだした夜明け前。ひどい寝汗にまみれて飛び起きる俺は、その言葉その光景をまざまざと思い出し嗚咽する。

 バクバクと踊る心臓を押さえるも、まるで落ち着く気がしねえ。

 夢のシチュエーションは必ず同じでもない。共通するいくつかのパターン。そして何通りもの死と破壊。

 

 悪夢の間隔は次第に短くなり、その生々しさも増している。

 糞ったれ……。

 未だ治まらねー心臓の動悸を右手で叩いて無理矢理抑えようとするが、実際そうはいかねえ。

 これが奴の言う“予言”の一端なのか、ただ“災厄の美妃”が見せる欲望、警告、くだらねー悪夢ッてだけなのか……。

 どっちにしろ、穏やかな眠りには程遠い夜をまた過ごしている。

 

 △ ▼ △

 

 主にダーヴェとカシュ・ケンとで開拓し切り開いた農場は徐々に整備され規模を広げてきている。

 家の方も増やして、川賊騒動のあとにバールシャムから来た孤児達も、今じゃそう不自由ない生活が出来ている。

 

 ここんところ生活のローテーションは安定している。

 早朝、まずは畑仕事。中心になっているのはダーヴェで、川賊退治の後に引き取った元孤児達もそれに習う。

 で、朝食作りはカシュ・ケンとやはり元孤児達の数人。早朝の一仕事を終えてから揃って食べる。

 その後はまた畑仕事を続けるか、カシュ・ケンと細工物やら物作りの仕事をするか、運動叉は勉強をするかは日によって変わる。

 日が高くなり暑さが耐えられなくなると休憩。ここらは“残り火砂漠”に比べりゃ過ごしやすいが、それでも日中はかなりの日差しだ。

 昼飯を適宜取りつつ、夕方近くまではめいめい休む。寝たり、遊んだり、水浴びをしたり、日陰で勉強やら自主練やらしたり、だ。

 昼の休みの時間も、日によって人によってやることは様々だ。

 

 夕方からまたそれぞれ軽く仕事に戻り、日が暮れれば夕飯。

 夜目の効く獣人種やその特質を受け継いだ混血児達は暗くなってもそれなりに作業も勉強も出来るが、純粋な人間種のガキはその辺りでご就寝。この夜目の利く利かないの差は、起床時間の差にも繋がっているので、朝作業のローテーションにも少し差を付けたりもしてる。

 

 そんで夜は俺とマハの狩りの時間でもあり、周辺の害獣や畑を荒らす穴掘りネズミ、たまにはちょっと遠出をして山間の鹿だとか河川に増えすぎたワニだとか、後は魔獣を狩ることもある。

 魔獣、害獣なんかは、“砂漠の咆哮”の依頼も兼ねてたりもするので、ま、一石二鳥だな。

 

 

 生ける重機とも言える怪力巨体の犀人(オルヌス)のダーヴェによる開墾やら建築やらは、本気でやり始めるとマジでハンパねェ。

 新しいガキども用の寝室のある棟も作り終え、増やした家畜用の小屋もあるし、作業場や倉庫も増築した。

 元々俺ら用の棟は、やつの案で中庭のある四角い形の平屋だったが、今はそれを正方形に四棟繋げたような格好だ。たぶんこのまま増築していくと、碁盤みたいなちょっとした街になっちまう。

 既にゲストルーム用の部屋も幾つかあり、そのうち一つにはマハとムーチャが常駐している。

 土地の悪さをものともせずの大農園……てのは、流石に言い過ぎだが、家畜や作物の種類も増やし、それなりにはやっていけている。

 

 それなりに、と言うのはまあ、まだやはり売りになるものが少ない、ってのが課題だからだ。

 育てやすいのは豆、芋、瓜の順。ただしこれらはありふれていてあまり大きな利益にならない。

 殆どは自分たちで食べる分。何よりダーヴェのあの体格を維持する食事量は俺やカシュ・ケンの四、五倍はある。別に草食限定てなわけじゃないが、食性としたら肉より野菜類の方が合うらしい。

 最初の頃は、それこそあの「食えなくはないがぶっちゃけ不味い」サボテンを沢山植えてなんとかしのいでいた。

 それからすりゃあ、豆や芋を毎日食えるってーのはなかなかの食事事情だ。

 

 他に商品になる代表的な作物はここらじゃ綿花だ。けれども綿花もまた、南の蹄獣人(ハヴァトゥ)達がもっと作っているし、商品にするのには糞面倒臭ェ上めちゃめちゃ疲れる、叩いて叩いて叩いてから、小さな種を一つずつ丁寧に取り除く工程が必要で、それらを一気にやれる大農園にゃあ太刀打ち出来ねえ。

 なのでこれも、大きな儲けにするにはなかなか難しい。

 

 で、それらを諸々検討してカシュ・ケンが今挑戦しているのは、ひょうたん作りとバナナ酒だ。

 

 

「どーよ、コレ?」

 得意げにそう見せるのは、高さは30センチぐらいで胴回りは15センチほど。形としては前世でも本物を見た記憶のない、真ん中のくびれた例のヤツ……ではなく、やや下膨れのヘチマみたいな形だ。

 で、上の方が細い口になり、コルクみたいな栓がしてある。

 つやつやとしたニスの塗られた薄茶色の表面に、子供の描いたような……というか実際子供の描いた花の絵が絵付けされている。

 で、中身はというと……。

 

「ンフー、美味しー!」

 既にそれをあけて器で飲む白猫マハにはかなりの好評。

 俺もダーヴェもムーチャも一口いくと、確かにこいつはイケてるかもな。

 

 器はひょうたん、中身はバナナ酒。しかも恐らくは現在ここでしか飲めない蒸留したバナナ酒だ。

 全てカシュ・ケンのオリジナルブランド。

 

 ここに至るまで紆余曲折あった。

 まず酒造りに関しては、孤児の中の一人、ミンディというクトリア人系の娘の親がバールシャムでちょっとした造り酒屋をしていた、てのがある。

 造り酒屋と言っても、それこそ猿獣人(シマシーマ)お得意の「ただバナナを潰して発酵させたバナナ酒」をメインとした小規模なもの。

 他の猿獣人(シマシーマ)達が個人で作って飲む濁酒と違うのは、発酵させる前に潰したバナナをきれいな水に混ぜて沸騰させることと、虫がつかないようきちんと壷で密閉したことだとか。

 その課程をするだけで、日持ちのする、つまり売り物になるものになるんだとか。

 ダーヴェ曰く、要は雑菌を殺しておくことで腐敗を防ぐんだろう……とかってな話。

 

 バナナ酒自体は前から気に入って興味のあったカシュ・ケンは、それらの話をミンディから聞き自作を始める。バナナも密林地帯の猿獣人(シマシーマ)の村から株を分けてもらい畑でも作り、それらを収穫して、土に埋めてから火で熱を入れ追熟させ、それを潰しちゃあ煮込んで発酵させ……と繰り返し、そこそこ上質なバナナ酒作りをマスターする。

 

 で、その後さらに、例のアニチェト・ヴォルタスへと直談判して頼み込み、蒸留酒の作り方を教わった。酒好きの妻のために酒造りを研究していると言うアニチェトは、カシュ・ケンを新たな弟子と呼んで面白がり、出来た酒と引き替えにと言う条件で簡単な蒸留器までくれて寄越した。

 そうして質の良い日持ちのする澄酒のバナナ酒に加えて、蒸留したバナナ酒までモノにして、それをなんとか特色をつけて売りに出来ないか……と来て、このひょうたん容器に行き着いた。

 

 ひょうたん自体は猿獣人(シマシーマ)の王国アールマール他、この地域では色々なものに使われている。

 食べると激しい下痢をするから食用には出来ないが、乾燥させると皮が固くなるひょうたん瓜も、アールマールの名産の一つ。

 器、匙、楽器に小物入れや水入れ、そして水筒……と、用途も様々だ。

 形も色々あり、大きなモノは4、50センチはある丸型やら卵形。やたら細長いのもあれば、下膨れのモノもある。記憶にあるような真ん中にくびれのある形のヤツは、実際かなり珍しい。

 

 生育は早くて簡単。ただ蔓や葉が枯れるまで収穫しちゃあいけない。それから口のところに穴をあけたり、半分に切ったりしてから水にさらして数日で中身を腐らせ取り除き皮だけを残すと、少し形を整えて乾燥させる。

 乾いたら樹液のニスで表面をコーティング。

 それから、この辺じゃ手先の器用な猿獣人(シマシーマ)がよく作る日用品やら工芸品となる。

 

 カシュ・ケンも前世の知識ではぼんやりとそういうひょうたんの水筒に酒を入れているというのは知っていた。それでカシュ・ケンは、沸騰させてから作るバナナ酒の澄酒と、そこからさらに蒸留したバナナ酒をそれぞれ作り、それらを絵付けしたひょうたんの器に入れてちょっとしたブランドものにした。

 カシュ・ケン印の高級バナナ酒、だ。

 

 そんなもん巧く行くのか? とも疑ったが、意外とコレが評判が良い。

「へっへー。ニーズの研究の賜物よ」

 なんて得意気だが、確かにそう。バールシャムの雑貨商パドラに教わった諸々から、カシュ・ケンなりにアールマールでの、また猿獣人(シマシーマ)の好みやウケの良い意匠を研究しつつ、そこからさらに捻りを加えている。

 

 バナナ酒自体は猿獣人(シマシーマ)の大好物だが、同時にあくまで各家庭や個人で作る低級な地酒という扱い。

 クトリア人含めた人間達が作り出して持ち込んだヤシ酒や帝国産のワインなんかに比べると、「日持ちのしない安酒」と見なされてきた。

 ミンディの親みたいにある程度作り方を工夫する奴らも居たがまあ少数。なんとなく「バナナ酒ってのはそういうもの」と皆が思っていた。

 

 ま、そこにアニチェト仕込みの技術でバナナ酒に新たな付加価値を当ててみたのが、評判になった。

 ひょうたんに入れるのは猿獣人(シマシーマ)に馴染み深いものとしての親しみやすさの演出で、ガキどもに描かせた下手な絵付けも、素朴で味があり目を引く。

 猿獣人(シマシーマ)達はバナナ酒が大好きだが、それが人間達に腐りやすい安酒と軽んじられていることには心の底では不満もあった。とは言え猿獣人(シマシーマ)の伝統的造り方では高品質なものが作れないのも事実だし、そもそも彼ら自身は今の自家製バナナ酒が嫌なワケでもない。なので積極的に改善させようという意志もあんましねえ。

 この近辺に住む人間達もバナナ酒自体はけっこう好きだが、日持ちしない濁酒ばかりなので船乗りや隊商なんかには人気がない。逆に言えば、日持ちするようにさえなれば需要が増える。

 

 その微妙な潜在的ニーズを巧く突いた……てな話だ。

 ラアルオームとバールシャムの幾つかの酒場とも契約し、樽売りとひょうたん入りのバナナ酒を売る。さらには“砂漠の咆哮”とも契約して定期で樽売りをする。

 最初の樽の幾つかはお礼の意味もありアニチェト・ヴォルタスへと引き渡したが、それとひょうたん入りのものをロジウスはダークエルフの火山島へと持って行き、売れるかどうかを試すつもりらしい。

 評判が広まり需要が増えれば、より生産を増やして行きたいと意気揚々としているが、そうなるとバナナの生産が追い付かなく、原料をアールマールから仕入れる必要があるし、人手もさらに必要になるだろう。

 

 何にせよ、カシュ・ケン印の高級バナナ酒は農場の収入源としてはかなりの目玉になりつつある。

 そういった事業の安定化に伴い、当然ながら“砂漠の咆哮”での仕事の回数は減ってくる。

 

 ▽ ▲ ▽

 

「アニキ、客が来とるぞー!」

 まだ甲高く子供っぽい声でそう呼ぶのはガキどもの中でもやや年長、猫獣人(バルーティ)と人間の混血で、見た感じ猫っぽい顔立ちのアリオ。

 バールシャムから来た元孤児の中では年の割には小柄ながらもそこそこ鍛えられた身体をしていた。気質も含めてなかなかの暴れん坊で、他のガキどもとも衝突しがちな所もあるが、同時に親分肌で面倒見も良い。

 作業分担が畑仕事中心のガキどもの中ではリーダー格だ。

 そんで、猫獣人(バルーティ)としての同族意識もあってか、いつの間にやら俺のことをアニキと呼ぶようにもなっている。子分というよか生意気な弟みてーなもん……じゃああるが、弟なんざ居たことねーから、なんともしっくりしやしねえわ。

 

 で、そいつに呼ばれて出向く先には、一人の女と一人の猫獣人(バルーティ)

 女は色黒で背が高く、身体中に渦巻きのような入れ墨をしている南方人(ラハイシュ)のルチア。そしてもう一人は俺らと共に“砂漠の咆哮”の入団試験を受けたが最終試験で落ちた一人、ひょろブチのスナフスリーだ。

 

「何だ、変わった組み合わせだな」

「うん、久しぶり」

「───マジュヌーン、少し話せるか?」

 

 密会と言うほどでもねえが、そうやや声のトーンを落として改まってルチアが言う。

 デートの誘い、ってな事もそりゃなかろうし、何よりこの状況には覚えがある。覚え……というか、ああ。ムカつくことに、“予言”されてた状況の入り口だ。

 

「……いいぜ。二人でか?」

「そうだな。出来れば」

 

 連れのスナフスリーも置いて、ルチアと二人で畑の方にあるあずま屋の一つへ。畑作業中の休息用の場所だが、今は昼飯前の休憩時間で、皆それぞれに食堂に向かっている頃合い。なのでまわりにはもう誰もいない。

 

「で、今回はどんな話だ?」

 あずま屋の長椅子へと腰掛けつつそう聞くと、やや間を置いてルチアは続ける。

「───お前に“依頼”をしたい。私的な理由で、“砂漠の咆哮”を通さない仕事だ」

「リカトリジオスか?」

「───そうだ」

 ああ、全くすべてが予想通り……いや、“予言”通りか。

 忌々しい話だぜ。

 

 ▽ ▲ ▽

 

 アルアジル。

 背が高く黒っぽい暗緑色の肌。頭部はつるりとして毛はなく、しかし数本のゴツゴツした棘のような小さな角と、左右に両対のやや長い角。そして髪の毛の代わりにほんの少しの羽毛が生えている。

 リザードマン。あと何だったかな……レプなんたらとか言うは虫類人類が人類の中に紛れてるだか何だか主張してる奴らが居る、みてーなのを本で読んだ気がするが、まあそんな感じだ。

 連中の言葉じゃ、蜥蜴人(シャハーリヤ)と言うらしい。

 

 獣人種の中でも少数派。というか生息域が広くなく、ここらでもそうだが人間達の文化圏じゃめったに見かけないらしい。

 ほとんどは猿獣人(シマシーマ)の密林地帯から南西方面の湿地帯や、その先にある島々を中心に生活している。

 卵生で脱皮しながら成長していく。脱皮するごとに進化をし、ある程度以上年齢を重ねると翼が生えて竜人(ヴァルタニー)と呼ばれる存在になったりもするらしい。

 そして連中の信仰によれば、千年を生きた竜人(ヴァルタニー)は、竜そのものに進化する……てな、さすがに眉唾モンの話。

 

 その蜥蜴人(シャハーリヤ)のアルアジルは、薄暗い洞窟内に作られた一室にあるディナーテーブルの対面で、まさに文字通りに“血の滴る”ステーキをナイフで器用に切り分けながら食べている。

 片手の色ガラスのグラスには何等かの液体。匂いからすればまあ酒の類だ。かなり独特の香り付きで、ハーブかスパイスを混ぜた薬酒なのかもしれねえ。

 

「さて、貴方の分も用意させますよ。しばらくお待ちを」

 シュッ、というかヒュッと言うか、独特の口笛を吹いて合図をすると、暗がりの奥から大柄で真っ黒な猿獣人(シマシーマ)。カシュ・ケンの奴はチンパンジーに近かったが、コイツは言うなりゃゴリラ似だ。

 頭にはターバンみてーな布を巻いていて、右目にギザギザな傷痕。後ろにはみ出ている髪の毛は、ドレッドみたいに縮れている。

 そのゴリラ似の猿獣人(シマシーマ)が器の上の熱した鉄板にさらに山盛りのレアステーキをテーブルに置く。それからアルアジルのものと同じグラスに陶器の瓶から酒をつぎ、俺の手前に取り皿とナイフとあわせて置く。

 

 俺はその肉とグラスを睨みつつ、同時にアルアジルの様子を伺う。

 蜥蜴人(シャハーリヤ)のことはよくは知らねえ。殆どはムーチャや“砂漠の咆哮”の奴からの聞きかじり。“砂漠の咆哮”で会ったことのあるは虫類系獣人は古株の亀人(サヒファ)だけだ。

 当然本物に会うのも初めてで、どう対応して良いかも分からねえ。

 

「どうしました? 毒など入ってませんよ」

 肉を貪りつつそう言うアルアジルに、

「今更なんだが、実は好き嫌いが多くてね。特に肉は」

「そうですか。何ならお好みの肉を焼かせますが」

「いや、いい」

 

 獣人種は、確かにここらでそれぞれある程度の共生はしているが、食性に関しては細かい差もある。

 全体としては雑食ではあるが、俺たち猫獣人(バルーティ)は肉食寄りだし、蹄獣人(ハヴァトゥ)なんかは草食寄り。他にもある特定の種族は食べられない食べ物や、逆に特定の種族しか食べられない、なんてのもある。

 特に……魔獣肉は結構ヤバい。俺はややマシな方ではあるが、魔力への耐性がねーと確実にあたる。

 何の肉か分からねえが、“邪術士”シャーイダールの食ってる肉なら警戒しねえとな。

 

 が。

「貴方の中に“災厄の美妃”がある限り、まずはめったに魔力あたりは起こしませんよ。むしろ彼女の糧になる。魔獣肉は積極的に食べても良いくらいです」

 まるで俺の心を読んだかのようにそのトカゲ野郎が言う。

 

「これは岩鱗熊という岩状の鱗を背に持つ魔獣の肉です。やや臭みがありますね。

 こちらは鰐男、沼地潜みの肉。帝国人やクトリア人は我々蜥蜴人(シャハーリヤ)と同じモノとみなしてますが全く別です。弾力があり噛みごたえがあります。

 これは毒蛇犬。これは面白いですよ。前半身はマダラミミグロですが、後半身には蛇の鱗が生え、尾は毒蛇そのものです。肉質も鰐男と岩鱗熊の双方と似てます。魔力の汚れも濃度が濃く、耐性のない人間が食べれば一発で食中りをし、子供や老人、体力の無い者なら死ぬことすらあります。

 そして全て……人を食らう魔獣です」

 

 魔力抜きの処理をしてるのかしてないのか。そこは分からねえが、そんな魔獣肉を半ば生焼けみてーな焼き加減でパクついてやがる。

 

「そうかい。そりゃ有り難ぇ情報だな。

 けど、“災厄の美妃”……“邪術士シャーイダール”……そしてこの場所……。

 俺がアンタに聞きてえのは、魔獣肉の講釈じゃねえんだよな」

 

 椅子に浅く腰をかけてそう聞く。

 こっちはそう鷹揚な態度で座っちゃ居るが、全神経を使って警戒してる。だがこのアルアジルというトカゲ野郎からも、今はまた奥に引っ込んでいるらしいさっきのゴリラ野郎からも、一切の敵意や悪意は感じられないし、さらにはこちらを警戒しているそぶり気配もねえ。

 友好的な対応……と言うよりかは、ハナから警戒に値しない相手……そう見なされてるってのが正解か。

 

 だが……、

「今の俺にもワカってる事としちゃ、この黒く歪んだ“災厄の美妃”とやらは、敵の魔力を奪うッてことだ。

 邪術士のアンタにとっちゃ天敵みてえなもんなんじゃねェのか?」

 飛び上がり、長テーブルを一足で蹴り一閃。それだけで勝負は決まる。

 ただし、“災厄の美妃”が出てきてくれりゃあな。

 

 コイツは気まぐれで思い通りにゃならねえ悪女みてえな女だ。今の所よほど俺がピンチにならねーと表にゃ出てこねえ。俺の身体の中のどこか、或いは俺の身体を出入り口として別のどこかに引っ込んでるのか、こっちが呼んでもピクリとも反応しちゃくれねえ。

 

「ええ、正しく。貴方の言うとおり、“災厄の美妃”は我ら魔術の使い手にとっては最悪の敵。ですから別名“エルフ殺し”とも呼ばれて居ます。

 もしその“災厄の美妃”が万全の状態で、貴方の意のままになるのであれば、今すぐにでも私の首など宙を舞うことでしょう。

 ですが───今の貴方には無理です。

 彼女はまだ、貴方の意のままにはならない。

 だから、私が貴方に殺意と魔力を向けぬ限り、彼女は表に現れない……違いますか?」

 

 ああ、その通りだ。コイツが殺意を向けない限りは安全。そしてだから……俺もコイツも今はひとまず安全だ。


「───やっぱりアンタ、俺以上に詳しいよな」

「恐縮です」

「で、どうなんだ?」

「ええ。お教えしましょう。“災厄の美妃”の持ち手に仕えるべき、“導きし声の伝え手”として。

 “邪術士シャーイダール”のこと、“災厄の美妃”のこと。そして我ら……“闇の手”のことを」

 




 “闇の手”に関しては、第一章14話にて、レイフが「実在するかどうかも怪しい組織」として一言だけ言及しておまりす。

 実在した!

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