3-62. J.B.- A Cat With No Name.(名も無き猫)
「馬鹿ヤマー!」
その叫び声の主は当然姉のダグマ。
盾の壁で受け止めはじき返し、体制を崩した火焔オオヤモリをニキと狩人組で仕留める……てのが本来の手はず。
ところが後列上段の盾役をしていた自称“死と闇の使者”のヤマーの奴が、盾で跳ね返すも大きなダメージを受けず生き残った一体を、なんとも無理矢理に前列の姉ダグマの背を登り盾の壁を乗り越えて追撃しようとし……パクリと食べられた。
「にょごふぐぉ~!?」
悲鳴なのか何なのか分からない間の抜けた声を上げるヤマー。
火焔オオヤモリはその下半身を、糞デカい大口で半ば体の半分までくわえ込むと、顔を大きく振って地面へと叩き付ける。
「んゴガッ……ギィエッ!?」
またもや悲鳴なのか何なのか分からない声を上げるヤマー。
以前トムヨイ達からも聞いていたが、成体になったオオヤモリ系と1対1、また同数で出会った時の一番最悪のパターンの「マルカジリ」パターンだ。
こうなると自力での脱出はほぼ不可能。あとは全身の骨を砕かれて殺されて、そのままか、あるいは一旦吐き出されてから改めて飲み込まれるのを待つのみ……となる。
「隊列固持! 盾、構え!」
動揺する一堂へそう厳しく指示を出すのはニキ。ニキ自身は既に“魔通しの弩弓”を構えて次のボルトを発射する準備が出来ている。
「グレント、行ける?」
「おうよ!」
素早く横から回り込んで気絶したヤマーを半分飲み込んだ火焔オオヤモリへと近づくグレントは、右手に持っていた鉄鎖の編み込まれた投網を使いそいつの足を絡め捕って動きの自由を奪う。そして鋭い蹴りで鳩尾を蹴りつけて仰け反らせると、左手に構えた三叉の槍でその火焔オオヤモリの下腹を貫いた。
そこへ再び飛び込んで来る残りの三体。
一体目、盾壁へ届くより前にニキのボルトで内股を撃たれよろめく。
二体目、火焔を吐き出し盾壁と近くのグレントを軽く焦がしつつ、再び跳躍し上から突っ込んで来る。
三体目の最後の一体。二体目とタイミングを合わせ揃ってのぶちかましの突撃。姿勢を低くして前列下段、ダグマの辺りへとガツンとかます。
後列上段、真ん中のヤマーが抜けた事で安定性を欠いた盾の壁はそれを受け止めきれない。ぐらついて崩れたところに追い討ちで上から二体目が降ってくる。
後列で左右を固めてたシモンともう一人の図体だけはデカい秘法店組は、潰されたカエルみてえな呻きと共に左右に吹き飛ばされる。
その二体目は、着地と同時に再び大口を開けての火焔放射。しかも顔を左右に振りながらの広範囲攻撃で、それを受けた衛兵隊候補組もたまらず四散する。なかなか効果的に火を吐きやがる。
盾の壁は完全に崩壊。グレントは投網で絡め取った一体を相手取り対応不能。ニキは素早く弩弓を投げ捨て腰の短刀を抜きボルトで脚を撃ち抜いた一体目と対峙しているが、自分より二回りはデカい火焔オオヤモリ相手に白兵のやり合いじゃ手傷を負わせていてもかなり不利。何より実際、パワーが違う。
頼むはトムヨイ……が、低姿勢で突っ込んで来てた三体目に足を取られて転倒。態勢を戻すのにはまだ時間がかかる。
俺は素早く旋回して猛スピードで奴らの元へ。狙うはニキと対峙してる一体目か、立ち上がり威嚇の咆哮を上げてる二体目か、低姿勢から再びどれかの獲物をくわえ込もうとしている三体目か。
その僅かな思考の隙間に、まずは立ち上がっていた二体目の雄叫びが悲鳴へと変わる。
何だ? 確認する間も無く、俺はその悲鳴を上げた二体目の背中に【風の刃根】の集中放火を浴びせつつ頭から突っ込み跳ね飛ばす。流石に重いから持ち上げる事までは出来やしないが、そいつは重なるダメージにのけぞりもんどりうって倒れた。
奴が傷を負っているのは両足のすね。足首の裏を何かで切り裂かれたようだ。
そしてあとの二体は……? と視線を向けると、三体目はその這うような低姿勢のまま、背中から曲刀の一刺しで心臓を貫かれている。ビクビクと痙攣をして暴れのたうってはいるが、アレはもう死に体だ。
俺はそれを目視確認しつつ、ニキに脚を撃たれた一体目へと追撃。それを受けて仰け反るそいつへと、ニキが短刀を突き刺し止めを刺す。
グレント達もケリをつけて、全ての火焔オオヤモリが動かなくなった。
背中から心臓を刺し貫いた一体の上に立つ、相変わらず表情の読めない例のひょろりとした体躯のブチ模様猫獣人は、懐から取り出したらしいぼろ布で曲刀に着いた血を拭いながら、ぼそりと小さく、
「うん、まあ、なんとかなったね」
と、これまた事も無げにそう言った。
◇ ◆ ◇
まずは本隊と合流してからのはぐれた三人へのお説教タイム。
具合が悪いなら申告しろ。そして探しに行くなら一人でいかずにこれまたきちんと報告しろ、と。
その辺はもう、地下遺跡探索のときの基本も基本の大ルール。俺もニキもしつこくなるくらいに叩き込まれてる。
で、さらに説教されるのは当然ヤマー。
自分勝手に隊列を抜けて一人で敵へと突撃した挙げ句、マルカジリされて死にかけたんだからな。
「ヤマー! アンタ一人の勝手な行動で、全員が危険に晒されたのが分かってる!?」
何よりそう厳しく言うのは当然姉のダグマだ。結果としてどうだったかは仮定の話にすぎないが、ヤマーが隊列を抜けずスクラムを維持していたら、盾の壁も崩されなかった可能性は無くもない。
それに崩されたにしても、もう少しマシな状況だったかもしれないしな。
あの状況で結果として死者ゼロだったのは、俺にも想定外にあの新入り狩人のひょろブチ猫獣人がかなりのスゴ腕だったからだ。
さすが、あのアティックの旧知なだけはあるぜ。
「良いじゃねーかよ、結果的にゃなんとかなったんだからよォ」
ふてくされたようにそう言うヤマーだが、仲間に手伝ってもらって足首に先ほどの火焔オオヤモリの肉と薬効のある剥いたサボテンの葉を巻き、さらには添え木代わりの骨で固定し応急手当てをされている。
骨に問題は無さそうだが、まあ挫いてはいる。地面に叩きつけられた顔面の方は鼻血も止まり特に問題はない。
「全ッ……然良くないッ!!」
……いやー、なんというか、苦労分かるぜ。実際よ。
ここんところの新人育成では、俺もニキも似たような事を繰り返している。
考えてみると、アデリア、ジャンヌ、ダミオン達は、実に良い新入りだった。
今じゃ探索者稼業メインで続けてンなあダミオンだけだが、いや本当に良く出来た奴だ。ありがとうダミオン。
荒ぶり怒りも治まらないダグマに対し、ポンポンと肩を叩きうんうんと頷くニキ。
「───大丈夫。これからしばらく……地獄を見るから」
帝国流をさらに厳しくした金色の鬣ホルスト教官による地獄のブートキャンプを受けるのだ。
シモン達もクレトら新入り探索者達も、否が応でも変わるだろう。
……変わってくれなきゃ困るんだが。
夏に近づいて来たこの季節は、昼間近くにはほぼ移動はしない。
狩人達の狩猟小屋まで移動して昼飯を食い、日が傾くまでは簡易テントを張り日陰を作って交代で休息。
残り火砂漠辺りだとこの辺よりさらに暑い為、朝の数時間と夕暮れあたりにしか野外活動はほとんど無理らしいから、この辺は比べりゃまだマシらしい。
今回も大鍋を使いアティックが簡単な料理を作る。豆と雑穀と干し肉をスパイスで煮込むチーズリゾット風のそれを、結構な大所帯の一堂に一皿ずつ振る舞い、その評判に奴も御満悦だ。
「そうだ、アティック。あの新入りの猫獣人、確かにお前の推薦だけあってかなりのスゴ腕だな。マジ助かったぜ」
リゾットを貰いつつそう言うと。
「フンフン、フン? そうか? まああやつとは6年ほど前に数日会っただけだから、どんな奴かは良く知らんのよなーう」
と、驚く様なことを言い出す。
「……え? いや、ちょっと待て、お前、あいつと旧知なんじゃないのか!?」
「フム? 旧知だぞ? だが馴染みではないなーう」
……いや。いやいや……。そうか、そりゃ……そうだな。確かに「馴染み」とは言ってなかったな。
「けど、お前、自分の代わりに連れて行けって……」
「言うたぞ言うたぞ。わしは料理の支度で忙しいからなう」
「……実力を見込んで……てワケじゃあ……」
「そんなもんは知らーんわいなう」
……うん、そうだよ。コイツはこういう奴だった。そうなんだよ……。
呆れるやら何やらでどっと疲れて脱力する。
まあ良い。もはや気にしたら負けだ。がつがつとリゾットをかっこんで、持参のピクルスでもかじってやる。この瓶詰めのピリ辛ピクルスは香辛料も使ってある、ここらじゃなかなか贅沢な保存食でマヌサアルバ会のお土産だ。程よい塩気と酸味が疲れに効くぜ。
そうしてると、その話題の主のひょろブチ猫獣人の奴がひょこひょことこちらへと来て、じっと俺のことを見てくる。
何だ? と思い?
「何か用か?」
と聞くと、やはりどこを見てるかよく分からない目をこちらに向けて、
「……うん、少し、違うか」
とボソリ。
何だ? と再び思ってまたそう聞くと、
「うん。それ、ね。見覚えあるような気がしてね」
左手を顎に当てつつ右手で俺の入れ墨を指し示しそう言う。
「やっぱ、少し、違うね」
と一人で納得してうんうん頷く。
「───いや、ちょっと待ってくれ。それは……つまりこの入れ墨と同じようなものを見たことがある……ってコトか!?」
俺達の村以外でも、自分たちの村の守護神の加護を得る入れ墨を入れる風習はある。ただしその紋様、デザインはそれぞれに違って居て、確かに似てる部分はあるが、やはり違う。
「うん。見たことあるね。確か、“シジュメルの加護”とか、そんなことを言ってたね」
ひょろブチ猫獣人のその言葉に、俺は衝撃が走る。
俺が入れ墨を中途半端にしか入れられていないのは、成人するまでに10年かけて入れるその“シジュメルの加護”の入れ墨が完成する前にリカトリジオスの部隊に村を焼かれて連れていかれたからだ。
「そいつは……どんな風に俺のと違っていた!?」
「うん。君のよりたくさんあった。もっと大きかったよ」
……つまりは、俺より年上で、もっと多く入れ墨を入れられた村の男の生き残り……。
「なあ! そいつは今どこに居る!? そいつは……俺と同じ村の出身……生き残りなんだ!!」
立ち上がり叫ぶ俺を、周囲の何人かが訝しげに見るが、そんなのは構ってられねえ。
「うん。今は分からないね。でも───」
少しだけそこで、やや思案するように視線を上に向け、
「───生きてれば、多分こっちの方に来てるんじゃ無いかな。うん」
ひょろブチの言ったその言葉が、耳から入り木霊して、頭の中で残響音を残しつつ乱反射する。
俺の村の生き残りが───まだ、他に居る。
そして又レイフパートまで、ちと休止。




