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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
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3-58.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー「……頭が痛い……」


 

 在原秀美(アリハラ・ヒデミ)。それがアルバの前世における名前だと言う。

「修学旅行の引率をしていた、新任の副担任……。そして同じ飛行機には私が担当していたクラスの生徒たちが乗っていた。多くは、私同様に“辺土の老人”によりこの世界へと生まれ変わりをさせられている」

 

「あなたが……?」

 その飛行機の機内でか、或いは“辺土の老人”のところでか、面識があったのだろうテレンスがそう言う。

「テレンス殿がこの世界で“目覚めた”ばかりの少なくない元生徒たちの手助けをしてくれていたらしいことは既に調べてある。そうなのだろう?」

「ええ、まあ……そうですね。それが本当の意味で彼らの“助け”になれていたのか───今でも疑問です。

 ましてその“辺土の老人”とやらの目論見を知った今では、あるいは私の行いは彼らをより混沌とした破滅へと向かわせてしまったのではないかと……その様にも思えます」

 

 彼らが前世の記憶に目覚めたのも、やはり一度この世界での死、または死に瀕する危機を経験した際に……と言うことらしい。その辺は僕やガンボン、またはJBやイベンダー達と変わらない。

 そして王国軍によるクトリア王都解放の戦いの場は、まさにそういう「死、または死に瀕する危機」を経験する者が大量に居た場面で、そこでアルバの元生徒たちの多くが“目覚め”た……。

 

「───元生徒……? いや、まさかそいつらが……」

 不意にそうイベンダーが口を挟むと、

「ああ、そうだ。“三悪”───ネフィル、ヴィオレタ、クーク達は私の元生徒であり、そして私の血によって魔人(ディモニウム) となった者達だ」

 

 僕を含めた全員に衝撃の走る告白。

 僕が“三悪”について知っていることなんて、プレイゼスでやってた歌劇の内容と大差ない。言うなれば“物語化された事実”。

 けれども、JBやイベンダーは“三悪”たちと直接相対し戦っている。この告白に対する衝撃度はかなり違っているはずだ。

 

「……いや、そうだったか。すまん」

「私に謝る必要はないし、彼らの死に対して君らが負うべき責はない。それに……私が今したいのは、そういう“過去の話”ではなく、“これからの話”だ。

 つまり、まだ生きている私の元生徒達のうち何人かが、何らかの形で“辺土の老人”の思惑に沿って動いていると思われることだ───当人が望むと望まざると、な」

 

 

 アルバの前世における元生徒達。

 彼らについてのこの世界での情報……ただし六年は前になるのものについてはテレンスが詳しかった。

 魔人(ディモニウム)だった者達の他にも、 犬獣人(リカート)猫獣人(バルーティ)犀人(オルヌス)猿獣人(シマシーマ)猪人(アペラル)空人(イナニース)といった獣人種に生まれ変わっていた者達も多いという。

 ただし彼の持っている情報では、その後については殆ど分かって居ない。

 分かっている僅かな情報には、彼らの中の一部はリカトリジオス軍と合流したらしいと言うことぐらいだ。

 

「リカトリジオス軍については王国でも警戒はしています。

 クトリアの駐屯軍の目的も、その半分はリカトリジオス軍の勢力への牽制の意味合いも強いです。

 彼らはこれまでの犬獣人(リカート)部族と異なり、帝国流の軍編成と運用を取り入れています。

 元々集団戦に強く、身体的に我々帝国人を上回る彼らが、完璧な帝国流の軍を動かせるようになれば、それは大きな脅威となりうる───そう主張する者も居ます」

 

 外交特使らしいと言うべきか、慎重に言葉を選んでのその言に、

「ふーんむ……。その言い方だと、お前さんはもう少し違う見解を持ってそうだな」

 と、イベンダー。それにさらに返して、

「───私と、一部の者達の見解としては、彼らは“脅威となりうる”勢力ではありません。

 既に十分な脅威です」

 と断言。

 

「そいつは……王国にとってか? それともクトリアにとってか?」

 身を乗り出しつつそう聞くのは“キング”。その問いへの答えはやはり予想通りに、

「その、どちらにとっても───です」

 

 ここで、テレンスは再び悩ましげに表情を曇らせ、それからある種の覚悟を決めたようにして向き直り、

「───本来なら……これは今の私の立場で言って良いことではありません。特にこのような場では。

 しかし……この“前世”のこと。そして“辺土の老人”の思惑のこと……。それらを加味した上で、この事を伝えます」

 改めてそう向き直りつつ、僕へと語りかける。

 

「レイフ。元老院では大きく二つに意見が割れています。

 その理由として、やはりリカトリジオス軍への脅威論も含まれています」

 ……ああ、やはりそこは、そう来るか。

「一つは、クトリア共和国との同盟関係を強化し、リカトリジオス軍に備えると言う論。

 もう一つは……」

「再びクトリア王都解放戦を行い、今度こそクトリア全土を実行支配し、王無きクトリアを完全に領土化してリカトリジオス軍へと備える……という強硬論ですね」

「───はい」

 

 テレンスとしては今の告白、下手をすれば地位どころか首すら飛ばされ兼ねない危険なもの。

 それを会って間もない僕や、アルバ含めたクトリアの住人の前で口にするのはかなりの賭けだろう。

 

「───なる程。つまりお前さん……いや、お前さんの後ろにいる者は、同盟派……と言うことか」

「……はい」

 イベンダーのその即座の切り返しに、まるで動じもせず返すテレンス。

 

「んん? おっさん、そりゃどうしてだ?」

「でなきゃ今ここでその話を持ち出す意味がない。

 強硬派が居るというカードをちらつかせつつ、そうならぬ為にはとより強固で、王国側に有利な同盟条件を引き出す。まあ単純な駆け引きだ」

 右手のナイフをちらつかせつつ、左手で握手の手を差し出す。確かにそれは外交の基本も基本である話。

 

「ですが、強硬派が少なからず発言力を持っているのも事実です。

 何よりその強硬派の論拠には、クトリア脅威論も含まれています。リカトリジオス軍よりも共和制となり国として成立したクトリアの方こそが、まず先に王国への脅威となりうる……と。

 彼らは長年のザルコディナス三世の暴政時代とその後の邪術士専横の時代に、クトリアへの強い侮りと差別意識を強化し、それ故に今のクトリアの変化に対してある種の強迫観念めいた恐怖を感じているのです」

 

「なるほどな。奴隷解放から公民権運動を経てブラックパワーが高まると、そのバックラッシュとしてKKKみたいな白人至上主義者が暴れ出す……てのと同じか」

「……ええ」

 JBの的確な例えに、テレンスもまた同意する。

 侮っていた相手が力を付けると、その反動で夜郎自大な好戦気分が高まるというのは、確かによくある話。

 「思い上がって調子に乗ってる奴らにどっちが上なのかを思い知らせてやれ」というやつだ。

 

「それと……お前さん、確かフルネームはテレンス・トレディア・レオナルディ……だったか?」

「はい」

「それは、リッカルド・コンティーニ将軍の正妻となったラーナ・レオナルディの縁者……と言うことか?」

 これまた、イベンダーが思いもよらぬ名前を出して来る。

 さすがのテレンスもこれには面食らったようだが、その驚きの表情はすぐに引っ込めて、

「良くご存じで」

「俺個人……というか、疾風戦団がコンティーニ家とは縁浅からぬ仲だからな。

 そしてレオナルディ家となれば、その後ろ盾はフュリオス家……だろう?」

 

 コンティーニ家は言うまでもなく、闇の主討伐軍の総司令官を任じられ大敗を喫したリッカルド・コンティーニ将軍に、現在未だ王国駐屯軍“悪たれ”部隊を率いているニコラウス・コンティーニの家。

 レオナルディ家……というのは僕はよく知らないが、フュリオス家は確かに有名だ。というかティフツディル王国五将軍のうち知将として名高い老将、大ニコラウス・フュリオスの家だものね。

 つまり……、

「隠す意味はないので明かしますが、コンティーニ家、フュリオス家の二将軍家に、我がレオナルディ家と北方辺境伯のベルモンド家等が、同盟派の主な貴族です」

 

 言い換えれば、その同盟派の肝いりで外交特使となっただろうテレンス氏が、強硬派を納得させられるだけの有利な材料を持って帰らないと、強硬派が勢いづく……と。

 なんとも……、

「……頭が痛い……」

 深いため息と共に顔を伏せる。

 

「ふうむ、確かにな。国として舐められるのはマズいが、舐められまいと強気に出過ぎて強硬派を刺激するのもマズい。こりゃもう少し色々、裏工作なんぞもして回らんといかんだろう」

 裏工作とか! そんなの僕には無理無理無理のグレ無理ンですよ!?

 

「その辺は……我々の出番だ」

 その僕へと優しい笑み……らしきものを浮かべてそう言うのはアルバ。

「今回の外交特使団の中には、勿論その強硬派側から送り込まれた者達も居るのだよな?」

「もちろん、当然です」

「後でその者達のことを教えてくれ」


 そこで、少し嫌な予感がして、

「ちょ、ア、アルバ、まさかだけど……!?」

「おう、ちょっとそのまさかだぜ!?」

 慌てる僕とJBに、再び蠱惑的な笑みを浮かべて、

「安心しろ、そう下手なまねなどせんよ。魔術の何のに頼らずとも、特使程度を骨抜きにする手練手管などいくらでもある」

 と言う。

 本当に!? 本当の本当に、本当ですか!? 

 

「───しかしそういう話になって来ると、俺に出来ることはそう無さそうだな」

「いや、あるぞ“キング”。むしろお前にしか出来ぬ事がある」

 頭をかきつつの“キング”に対し、アルバはまたもそう笑みを返す。

「クトリア内部に、“王国との同盟を歓迎するムード”を広めることだ。

 今までならパスクーレとか言うお主の右腕を称する男辺りが中心になって、反王国のムードを盛り上げてただろうが、幸いにも今あやつはそれどころじゃ無い様だしな。

 お前の子飼いの中でも発言力、影響力のある連中に、お前自身がクトリア共和国とティフツディル王国との同盟を歓迎しているという事をそれとなく伝えるんだ。

 そうすればその者達がさらに多くの連中にそれを伝える。それを聞いた者達もまたそれを伝える……。

 その世論を感じれば、強硬派側の特使たちもそれを本国の強硬派貴族にその様に伝える。

 その影響力は、決して安くはないぞ」

 

 民主主義の政治体制で無くとも、世論というのはそう侮れない。原始的な社会でも、より発展した複雑な政治体制の社会でも、影響力の過多や伝搬の過程経緯に差はあれども、その事は変わらないのだ。

 

「なるほど。それなら少しは俺らにも出来そうだな」

 “キング”同様、直接的にはこの外交問題に関われないJBもまたそう言う。

 

「何にせよ、現実的な当面の問題はクトリア共和国とティフツディル王国との同盟を無事締結すること。

 まずはそこ……と言うことですね」

 再びため息をつきそうになるのを堪えて、僕がそうまとめる。

 見回す一堂もまたそれに頷き返し、アルバの取り纏めで集まることとなったこの秘密の集いに一つの統一された目標が決まった……かに思われたが、まだ話はそこで終わらない。

 

「───当面は、それだ。

 だがそのことは“辺土の老人”の思惑それ自体とは、そう大きく関係はないだろう」

 そう話を戻すのはやはりアルバ。

 話の流れとして外交問題に焦点が移ったため忘れかけていたが、確かにそうだ。僕らをアルバが集めた理由は、クトリア共和国とティフツディル王国の同盟のことを話し合うためじゃない。

 

「ですが、王国とクトリア共和国との同盟関係が破綻すれば、“辺土の老人”の求める破壊と滅びには近付くのではないですか?」

 テレンスの疑問に、今度は僕が答える。

「はい、近づきます。ですがそれは、“辺土の老人”にとっては、あくまで些末。いえ、一部でしかないのです」

 テレンスのみならず、アルバ、それとイベンダーを除く一堂がそれぞれ「ちょっと何言ってるのか良く分からないんですけど?」という表情。

 

「“辺土の老人”は、あくまでも特等席で多くの破壊と滅びを眺めることを求めて居ます。

 なので特定の勢力に肩入れする事はありませんし、特定の勢力を敵対視することもありません。

 例えば王国とクトリア共和国の同盟が破綻し、クトリアが滅び、また王国も大きな損害を被るのも彼にとっては喜びであり成果です。

 けれども逆に、王国とクトリア共和国の同盟が強固になり、リカトリジオス軍をはねのけそれを撃退し、リカトリジオス軍が滅びたとしても───それもまた“辺土の老人”にとっては喜びであり成果なのです」

 

 そう、“辺土の老人”というのはそういう、本当に悪質でおぞましい、実に厄介な存在なのだ。

 

「───人は、過ちを繰り返す……。争いと死と破壊の尽きぬ限り、その“辺土の老人”の手の平の上……て事か」

「胸くそ悪ィ爺だな、そいつは」

 イベンダーがやや珍しく嫌悪感を現してそう言うと、JBもまた吐き捨てるようにそう続ける。

 

「ああ。そして───そこからの“本題”だ。

 今回……つまり、私と“キング”、テレンスとをこの世界へと送り込んだ件の中心には、恐らくはやはり、あの忌まわしき武器が関わっている」

 アルバがそう言葉を続ける。何よりもまずは僕。そしてイベンダーへと視線を向けて言うその「忌まわしき武器」───。

 

「まさか……“災厄の美妃”か……?」


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