3-57.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー「……マジで?」
「……マジで?」
「うむ、マジで」
思わずそう間の抜けた反応をしてしまう僕だが、今ここにいる一堂もまたそれぞれにまた神妙かつ複雑な表情。
“キング”の私室の中で人払いをしてのまさに“密談”のメンバーは、“キング”の他に僕、アルバ、イベンダーとJB、そしてティフツデイル王国外交特使団団長のテレンス氏。
曰く、前世では『国際的なフリージャーナリスト』だったという人物だ。
そしてアルバはこの『国際的なフリージャーナリスト』という言葉を英語で口にした。
まあそもそもこの世界の言語にはまだそれ───国際的なフリージャーナリスト───に相当する言葉はない。無理に言うのなら、『国家間を渡り歩き制約を受けずに調査し公表する者』とでも言い表すものになるのか。何れにせよそんな胡乱な人物は多分密偵扱いで逮捕されるか処刑されるかだ。
イベンダーとJBがそれぞれに前世ではアメリカ人であることは既にガンボンと共に聞いている。
アルバ、“キング”に関しては、僕は知らなかったがイベンダー達は知っていたらしい。ただ本人の居ないところで勝手に話すものではないと言うことで敢えて僕には話していなかった。
テレンス氏に関しては、こちら側の全員が初耳のようだ。
それを知った……いや、推察したのはアルバ一人。
アルバは僕なんかよりも遥かに高い魔力感知の能力がある。そしてその能力の副次的効果として、特殊な魂の力を持つ者を感知でき、また直接相対すればほぼ確実に、「前世の記憶を持つ者」の魂が見えるらしい。
おそらくゴブリンロードのユリウスの配下にいたゴブリンシャーマン、賢者の言う「二重の魂」というものだろう。
つまり、僕のこともテレンスのことも、初見でほぼそれだと確定して見抜いてはいた。
その後人間性やその他の情報を鑑みて、それらの“秘密”を明かし共有すべきかどうかを確かめて判断してはいるらしい。
……うーむ、僕より慎重だな。
「───なる程、アンタがあの時の……ねえ~」
何やら懐かしそうな顔でそう言う“キング”。
「私をご存知なのですか?」
「あん時ゃあ二、三言話した程度だがな。日本の学生たちが福音派のオッサンと喧嘩してたときにだ」
「……ああ、もしかしてあの……」
「だから、“キング”さ」
僕には分からないこのやりとり。
ここに今いる“前世の記憶を持つ6人”のうち半数、アルバ、“キング”、そしてテレンスの三人は、同じ飛行機の事故でお亡くなりになり、しかも奇妙な老人により「生まれ変わりをさせてやろう」と言われたという。
その老人と、従者らしき美青年……。
「レイフ……君には心当たりがあるのではないか?」
アルバの問いには、確かに「心当たり」はある。
「“辺土の老人”───グィビルフオグ」
「何だそいつは?」
JBや“キング”が知らないのも当然だし、テレンスやイベンダーはやや聞き覚えがあるらしいがそれも分かる。
「テレンス、貴方は王国軍の軍属でしたから恐らく耳に覚えはあるでしょう。王国軍兵士……旧帝国軍にとっては最も忌むべき名の邪神、“食死鬼の王”、兵士たちの名誉ある死を汚し、生者を貪り食らう化け物を生み出すと伝えられているはずです」
「……ああ、それですか」
「混沌のまつろわぬ神々の中でも、最も忌み嫌われとる者だな」
さすがのイベンダーも、いつもの軽口めいた調子をやや落としてそう言う。
「その……何だ? 食死鬼を生み出す邪神とやらが……どう今の話に関係すんだ?」
頭を掻きつつそう聞くJB。その疑問は確かにごもっとも。というよりそこは正直僕にもハッキリしたことは言えない。
「これはあくまで───、アルバ、“キング”、テレンスの観たという光景や老人の姿からの連想でしかないから、何もハッキリした話ではないです。
“混沌のまつろわぬ神々”と呼ばれる存在は、世界と世界の狭間、或いはその中を渡り歩き、数多の領域へと自らの力の一部を降り注ぐ超越的存在とされ、その中には例えば我々ダークエルフの守護神として信仰を捧げられているヒドゥア、ウィドナ、エンファーラ等の三美神、オークの守護神の“暴虐なる”オルクス、人狼の呪いを伝搬する“宵闇の狩人”、“狂犬”ル・シンのような神も居ます。
しかしそれらは人間達の間では、多くは邪神、悪魔のようなものとしてとして知られて居ます。そうですね?」
「はい、王国ではその様に語られますね」
実際、ダークエルフの守護神である三美神とて、人間社会、またウッドエルフやハイエルフからすれば邪神の類と見なされてるしね。
「中には“悪戯の神”モルグロゾーラのような、おとぎ話の小悪魔的に扱われる変わり種も居ますが……“辺土の老人”グィビルフオグは、それらの中でも取り立てて恐ろしくおぞましい存在です」
「そいつはその……食死鬼を生み出すことからか……? 」
“キング”がそう聞いてくるが、実のところそこが問題なのではない。
「特に人間社会ではその性質が知られては居ますが、それはグィビルフオグの本質ではありません。
“辺土の老人”が象徴し求めているのは滅美です。
死と破壊、不和と争乱……生命、文明、または世界そのもの……それらが滅び失われる様、それ自体を求め、観察し続けること……。それが“辺土の老人”の目的だと言われています。食死鬼を生み出す等というのは、その副次的な産物に過ぎません」
これらは、三美神を信奉する僕らダークエルフの中で伝わる“辺土の老人”グィビルフオグについての伝承。
そして同じ様に“混沌のまつろわぬ神々”として分類されている三美神、特に“運命の糸車を回す蜘蛛”ウィドナと“辺土の老人”グィビルフオグとが対立している理由でもある。
ウィドナは混沌の中に自ら糸を張り巡らせ運命を操る。ヒドゥアはそれらを隠し、人の世の表に出ないようにする。
ここだけ聞くと、策謀密謀の邪神と呼ばれる理由も、また一部の犯罪者がウィドナやヒドゥアを信奉する理由も分かる。
けどそれらの糸の上にウィドナが求め、また象徴しているのは、死と破壊ではなく愛と快楽にある。
この部分もまたあまり人間達には知られていない側面であり、知られてもなお誤解されがちなで、一部の性魔術結社や、それこそクランドロールの様な売春業者や娼婦たちにも信奉されたりもするんだけど、ウィドナの象徴する“愛と快楽”とは───そうだな、前世の知識で言うなら、要は「人間の脳を進化させる快楽物質」のようなものだ。
性愛や美食みたいな単純な快楽のみを指すのではなく、例えばランナーズハイやゾーンと呼ばれるような極限まで身体能力を酷使し突き詰めた先にある快楽や、求道的な達成感。それらの齎す、いわば向上を求める“快楽”全般を含めている。
人間社会で思われているよりも、実は物凄く建設的な神なのだ。
で、そのウィドナが“辺土の老人”グィビルフオグと対立するのはまさにその点。
ウィドナは運命の糸を張り巡らせ、“愛と快楽”を肯定し、それらによる社会の発展と進歩を是としている。
だが、その全てを台無しにすることを、グィビルフオグは喜びとしている。
他の“混沌のまつろわぬ神々”も多かれ少なかれ“辺土の老人”グィビルフオグとは利害を異にする。
“暴虐なる”オルクスは自らの暴虐な支配性を満たすための民を求めるが、それらをグィビルフオグは滅ぼそうとする。
“狂犬”ル・シンは信奉者を人狼として永遠の狩りを楽しむが、その狩り場をグィビルフオグは破壊する。
“悪戯の神”モルグロゾーラは、秩序ある社会の中に僅かな混沌を落とし込む事を喜びとするが、その秩序をグィビルフオグは失わせる。
その為、人間社会やハイエルフ社会からはひとまとめに“邪神”と見なされる“混沌のまつろわぬ神々”の中でも、“辺土の老人”グィビルフオグだけは、かなり異質で異端の存在なのだ。
「何つーか……まあ見事なまでに分かり易い“邪神”だな」
JBの感想は当を得ている。けど気になるのはその死と破壊と滅美を求める“辺土の老人”グィビルフオグが、何故彼らをこの世界へと生まれ変わらせたのか? その事だ。
「基本的に“辺土の老人”は、“混沌のまつろわぬ神々”の中でも特に計画性が無いのです。
正に“混沌”そのもののように、彼の立てる計画は支離滅裂でデタラメの行き当たりばったり。100の中で一つでもうまく行けば良い方……と言われてます」
その点もまた、“運命の糸車を回す蜘蛛”ウィドナや、“秘する者”ヒドゥアとの大きな違いでもある。
「全てデタラメでいい加減……てーんなら、俺たちを生まれ変わらせたのもデタラメでいい加減な理由……てことか?」
“キング”のこの疑問は半分は正しい。
「“辺土の老人”グィビルフオグの計画は杜撰でいい加減です。
けれどもそこに意図が無いワケではありませんし、例えその計画が全て上手く行かなくとも、彼にとってはどうでも良いのです。
例えば───百人の兵士に爆弾を背負わせ突撃させる。その爆弾はいい加減なので十個くらいしかマトモに爆発しない。そしてそのウチの一つでも目的の場所で目的通りに爆発すればそれで良い。
その全員が何の結果ももたらさなくても、または全員が間違って目的と無関係な場所で爆死しても、“辺土の老人”グィビルフオグにとってはどうでも良い。彼らが目的地に向かう過程で起きる破壊と混乱があれば十分に楽しめるし、その間に新たに別の百人を見繕い、またいい加減な爆弾を背負わせるだけです」
「なるほど……カミカゼ、ってヤツか」
その指摘もあながちハズレても居いない。違うのは、グィビルフオグのそれはある種の信念や狂信による自暴自棄な特攻ではなく、ハナから適当なモノ、ということ。
「ですが……あの老人は私たちにどの様な“爆弾”を仕掛けたというのですか?
我々がこの世界を破滅に追いやるほどの危険な存在になれるとは思えないのですが───」
テレンスがそう悩ましげに言うが、それももっともだ。何よりもいきなり「君は人間爆弾扱いで生まれ変わりをさせられたのだ」と言われては、誰でも良い気分はしないだろう。
「我らのうち殆どは、“辺土の老人”にとってはハズレ扱いだろう。クトリア市街地を自警団として守り続けたことも、王国軍の書記官を経て外交特使となった事も、“辺土の老人”にとってはどうでも良く、また彼の望みとは恐らく無関係だ。
だが───例えば私。私はかつて、危うくも大量の死と破滅をもたらす者の配下となり果てかねない局面があり、またその後もそういう者達を生み出すことに利用されもした。
その意味では───私は“辺土の老人”にとってはそれなりの当たりクジだ」
かつて───吸血鬼モルヴァルトの眷族とさせられ、多くのクトリア兵を殺し、またそこに偶然居合わせた母ナナイの血を得られねば、モルヴァルト同様の狂える吸血鬼となり果てかねなかったこと。
そしてその後にも、ザルコディナス三世の虜囚となり、その血を使われ魔人を生み出す為利用され続けたこと。確かにそれらを考えれば、彼女は“辺土の老人”にとっての“当たりクジ”かもしれない。
「けどよ、アルバ。あんたはそれでも、戻って来た。
悪党鬼畜になりかねない状況から、そうじゃない道をきちんと選び取ったんだ」
JBがそう言うと、
「───いいや、違う。私はただ“助けられた”だけだ。
お姉様……ナナイ様に、そしてタシトゥスやモディーナ……私を主と認めてくれる者達に助けられ、その結果なんとか彼岸と此岸の境界で踏みとどまった。
ただその幸運のみが、今ここに居る私を形作っている。
そういう幸運を得る機会すら無かった者達は……たくさん居る」
自嘲、自虐……などと言うほどには軽くない。悔恨という言葉ですら軽すぎる。それほどの懊悩。
「──テレンス殿。これからするのは、貴方もまた、私程ではなくとも知っている者達の話だ。
私と、私を主と認め、また、協力し動いてくれる者達の集めた様々な情報から推察すると、彼らの今後の動向は、クトリアのみならずもっと広く、多くの人々に破壊と滅美をもたらし兼ねない」
その言葉とともに、まずは語られる。彼女の過去───前世のことを。




