3-55.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー「ホワイ、何故に?」
何故だ?
何故、自警団組織の本部にショーステージがあるのか?
そして何故、そのショーステージの上で、ほぼ上半身半裸の髭マッチョが、腰をくねらせ大声で熱唱しているのか?
そして何よりも何故に……僕はそれを見せられているのか?
ホワイ、何故に?
周りは熱狂と興奮に包まれ、やはり多くのむくつけき大男達と、バンギャとでも言うか、まるでバンドの追っかけとも見える色っぽい女性たちが歓声を上げている。
何だ。何で何が何故にどうして、こんな下北沢の地下ライブハウスみたいなことになっているのか。
ホワイ、何故に?
「───やかましい」
ボソリと呟く護衛のエヴリンドに、周りの歓声に負けじと大声で、
「これはまた! プレイゼスの! ショーステージとは! 趣のことなる! 舞台ですね!」
と耳元でがなるデュアン。いやデュアンの声もデカすぎる。
午後を周り、5の鐘と半、つまりはだいたい午後3時くらいの時刻に訪れた王の守護者。
まずは今現在のリーダーである“大熊”ヤレッドと言う人と会見をする予定だったのだけども、何故か通された先では、ロックコンサートかと言うようなステージが繰り広げられていた。
「クハハ。パスクーレの奴も、なかなか堂に入ってきたじゃないか」
横でそうニヤつきながらコメントするのは、例の金ピカドワーフ合金鎧のブーツと篭手に、革の胴当てという軽装スタイルのイベンダー。そのさらに横で複雑な顔をしているのは、これまた簡素な革の胴当て装備のJB。
彼らは王の守護者とは色々懇意にしているということで、今回も会見の仲介を頼んでは居るのだけども、イベンダーはともかくJBに関しては……んー、何やら微妙な雰囲気?
やや怪訝にそう思いJBの方を見ていると、
「“先生”としちゃあ、生徒の成長は嬉しいもんだろ?」
と、イベンダー。
「よせよ、何が“先生”なもんかよ」
返すJBはやはり微妙な顔。
「何の“先生”ですか?」
その問いに答えるのはイベンダーで、
「“キング”のご指名でな。パスクーレに“魂”を教えとる」
とのこと。
何でもこのステージで踊り歌う髭マッチョさんは、元々この王の守護者を創った“キング”という人の腹心でナンバー2。
その“キング”が引退する際に後継者として指名したのは“大熊”ヤレッドという北方人系移民の人で、「“キング”の右腕」の彼には、「組織ではなく魂を継げ」とのお言葉。
で、その「魂を継ぐ、とは何ぞや?」と言うことに悩みに悩み、その件で色々教える事になったのがJBなのだとか。
───やっぱあれか。キング・オブ・ソウルだからか。
「……レイフ、お前今、名前ネタで頭の中で突っ込んでたろ?」
「あ、バレた?」
「分かるわ! てか、まあ……俺がJBって名乗ってんのも、前の名前からのヤツだけどな」
「そうなんですか?」
やっぱジェームスだったのかな?
「ほう、そりゃ初耳だ」
「……そうだっけか? まあ、別にたいした話じゃねえけどな。
ジョン・バック……ま、ジェームス・バックが元々の俺の名だけど、それは南方人の名前っぽくないだろ?」
あ、やっぱり。
まあ確かに、英名に近い名前は、この世界だと西方人の文化圏のものだ。
「んでまあ、だからコッチでもイニシャルのJBで通してやろうとしてな。元々向こうでもそう呼ばれてたしよ」
こちらの世界で生きてきた歴史と人間関係がある僕なんかとは違い、JBは村そのものを焼かれて奴隷にさせられ逃亡してきたという、かなり過酷で孤立無援な少年期を送っている。
それなら確かに、新たな人生を再構築するのに名を改めるというのも分からなくはない。
「ふーむ。だがお前さん、村にいた頃の名はあるんだろ?」
と、そうイベンダーが聞くと、
「あるにゃあるが、幼名だったんだよ」
「幼名?」
「魔除けのためにな。ウチの村じゃ成人するまであえて汚らしい名前にするんだよ。
俺のはジャブハって名前だけど、部族の古い言葉で“小さな牛糞”て意味だ」
「……そりゃ、まあ変えるな」
「で、成人前に奴隷にさせられちまったから、成人名貰えないままだったんだよな」
んーむ、成る程ねえ。
周りの音にかき消されそうになりつつそんな話をしていると、けたたましい喧噪が静かになって、落ち着いた熱気とともに曲調が変わる。
ウルダと呼ばれる南方人の伝統的な弦楽器の変形……まあギターみたいなそれでの演奏の音がみゅい~ん、とでも言うかに歪んで響く。
「あ、チョーキング?」
これは前世で言うアコースティックギターでのチョーキング奏法と似ている。
エレキギターだとアームと呼ばれるレバーみたいなものを操作でして音を歪ませるのが一般的だけど、アコースティックギターの場合は弦を押さえる左手でぐわーん、と強く押して歪ませる。
「分かるのか?」
JBがそう聞いてくるので、
「一応。自分では弾けませんけど」
「へえ。じゃああっちのは?」
もう一人のウルダ弾きの方もまたかなりブルージーに音を歪ませているけど、ちょっと違うニュアンスだ。
「……何でしょう……んんー?」
少し考えてから奏者の手元をよく見ると、左手の人差し指に何かを填めている。
「あ! ボトルネック奏法!?」
かつてアメリカの黒人ブルースマンの間で流行ったのが始まりという、バーボンのボトルネック、つまり割れた瓶の口の辺りを指にはめて、それで強く弦を押さえながらスライドさせることで音を歪ませる奏法。
ステージ上の奏者は陶器の瓶の口を使っているようだけど、それでも近い効果はあるみたいだ。
へえー、こんな技法がこの世界にあったのかー、と感心すると、
「これもJBが教えおった」
「え、そうなの?」
「いや、まあ、パスクーレが色々しつけえからよ」
ちょっと、何スかこの人。色んなことがデキル君じゃないですか。
「チョーキングは元々この辺の奏者もやってたモンらしいけどな。弦が弱いとボトルネック奏法はちっと使いにくい。普通に指で弾くより圧がかかるしな。けどあのウルダは特製で、弦が死爪竜の乾かして細くした腱で作られててかなり丈夫だ。予備の弦も結構残してるらしいから、まあ出来るんじゃねーかと」
「凄いですね。よくそんな素材手に入ったものです」
下位の亜竜の一種とは言え、死爪竜は下手すれば百人隊をも壊滅させうる文字通りのモンスターだ。
「どうも、クトリアを支配してた邪術士達の誰かが飼っていたらしくてよ。
王都解放後に南の方の下水だまりに死体が見つかったらしい。でまあ、近くにいた狩人達がそれを解体して素材にした。
それが巡り巡ってここにある、と」
へー。そりゃまた、面白い話ねえ。ガンボンが居たら肉が食えるかどうを気にしそうだ。
「あ、肉は固くてふつーじゃ食えねーぞ」
うへ、また心を読まれた!?
■ □ ■
「ありがとうー! ありがとうー!」
手を振りながら汗だくになりつつステージから降りていくパスクーレとバンドメンバー……で、良いよね、この場合。
グルーピー達はそれぞれに興奮したまま、またはそのパスクーレを追うように移動し、次第にステージのあったホールも人が減って行く。
そこへ別の王の守護者メンバーがやってきて、別室へと案内される。
二階のやや奥まった部屋には、まずは大きめのテーブルに一人の大柄な男。癖のある赤茶けた髪の毛に熊髭の大男、というか、上背よりはやや横幅の広い男性。
やや目尻の垂れてて鼻もずんぐり。全体的に“大熊”の異名通りに熊っぽい。しかも肉よりはちみつが好きそうな雰囲気のだ。
その左右にそれぞれ別の男が護衛なのかどうか立っている。
一人は“大熊”ヤレッドをそのまま少し小さくしたような体格で、顔付きも少し精悍。いかにも歴戦の戦士、といった雰囲気の所謂プロレスラー体型、という感じかな?
で、その反対側に居るのはかなり若い。やはり赤茶けた髪を、この王の守護者メンバー独特の、日本で言うならリーゼント風に油で丁寧に撫でつけた髪型……ではなく、何というかボサボサに伸ばした長髪。
それは髭も同様で、顎髭をまずまるで捻るようにして固めていて、揉み上げは鋭角に鼻の下の口髭と繋がっている。よくよく見ると、揉み上げまでは自前だが、髭の方はどうも付け髭っぽい。
そして頭部には、この辺じゃ珍しいつば広の黒い帽子。いや、帽子のようなシルエットだが、多分兜だろう。そしてそれも含めて、この暑い荒野の町に不似合いな、ほぼ全身黒といういでたち。
さらには北方人風というのか、目の周りを顔料で黒く塗る戦化粧。
で、体格は正直、護衛と言うにはかなり華奢。
ここの王の守護者の人達のスタイルって結構独特なんだけど、この若い彼はその中でもかなり……変わっている。
そしてまた、何やらこう……妙に血走った目でこちらを凝視して来る。
何かしら……キレる十代、的な?
やや不穏なモノを感じつつも、僕らは立ち上がり手を広げ挨拶する“大熊”ヤレッドへと向き直る。
「ようこそおいで下さいました、レイフ殿。
“大熊”と呼ばれとるヤレッドです。王の守護者 の代表を勤めさせて頂いとります」
落ち着いてそつがなく、慇懃でもなく丁寧で嫌味のない挨拶。コワモテの自警団集団のリーダーと言うには、ある意味柔和すぎる程の友好的態度だ。
「お久しぶりです。式典の時と、その前に少しお会いしましたが、正式な会談は初めてですね。
レイフィアス・ケラーです。レイフと呼んでください」
右手を胸に当てて軽く頭を下げる帝国流の挨拶。本来これは、臣下か対等な者同士のやや儀礼的挨拶だけど、僕はまあ別に彼らの君主とかではないし、だいたいこれで良いだろうと思って使っている。
「こっちはイシドロ。ウチじゃ一番イキの良い攻撃隊長ですわ」
「おう! よろしくな!」
やたらに声のデカい左手の一人は、確か……えーと……、
「モロシタテム……クルス家」
耳打ちするデュアンの補足で思い出す。今や建国特需でフル回転している建設修理業の一家、タリク・クルス、モロシタテムの街の町長のラミン・クルスのクルス家三兄弟の三男だ。
「はじめまして。いずれモロシタテムへもお伺いしたく思っています。そのときはよろしく」
「おお! あそこは何もない町ですがな! だがそれでも故郷は良いもんです! もてなさせていただきますわ!」
イシドロのそのストレートな物言いに、エヴリンドがやや小さく頷く。
「そして、まあ……こちらが……」
と、“大熊”ヤレッドはやや微妙な表情をしつつちらり。
独特なまでのいでたちの彼は、何というか不適にニヤリと恐ろしげに口元を歪め、それから低く嗄れた忍び笑いのような笑い声を上げてから突如として大笑い。
「ンフフフフ……フハハハハ!
我こそは死の国よりの死者! 闇の申し子ヤマ……」
「止めろと言ったろ、それは!」
口上が終わらぬうちにゴイーン、とでも言う様な音がする程のゲンコツを食らう。
「……ってーな、糞親父! 闇の呪法で呪いかけッぞ!」
「出来るもんならやってみろ、このバカモンが! 今日は大事な会見だから失礼な真似するなと言っただろが!」
この場合の「親父」というのは、多分比喩とか愛称ではなく血縁上の本物の親子関係。
つまりは“大熊”ヤレッドの実の息子だ。
「……多分、長男のヤマーですな」
小声のデュアンの補足。そうそう、事前調査によると“大熊”ヤレッドは何気に子沢山で男女合わせて五人の子供が居る。
そしてその中で成人年齢とされる15歳になって間もない長男も、父親同様に 王の守護者に入っている。
「何が失礼なもんかよ!? 相手はダークエルフなんだから、死と闇の申し子たる俺様の口上の方が正しいに決まってンだろ!? 気合い入れてっトコ、ビシッと見せてやんねェと舐められンだろーがよ!?」
「そんなわけあるかァッ!! 何が闇の申し子だッ!?」
これは……まあ、アレだ。
不穏な子……じゃなくて、フツーに……「痛い子」だ……うん。
「ンムハハハハハ……! お前も蝋人形にしてやろうか!?」
「あ、いえ、結構です」
「そうか、ではまたの機会にな……! ンムハハハハハ……!」




