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遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~  作者: ヘボラヤーナ・キョリンスキー
第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
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3-43.マジュヌーン 砂伏せの猫(26)-迷い猫


 

 

「フナッス、フナ、ナーヴナフス」

 あー……多分、「誠に遺憾」的なヤツだな。多分。

 それを受けつつ、この隊商部族“新月の夜風”の守り神 ナーフジャーグは鷹揚に、「ナーフ、ナーフ」と応える。

 ナーフジャーグの名前にもついているナーフという単語は幅広く解釈出来るが、基本的には肯定、良い、理解、善、喜び……というニュアンスで、今の落ち着いた匂いと合わせれば、「よかよか、そう気にするな」とでも言うような反応だ。

 

 座りつつ平伏するかの姿勢のはぐれの部族、“砂伏せ”達は、ムーチャに似た長毛で背の低い小柄な猫獣人(バルーティ)を中心とした群れで、特に薬作りを生業としているという。だいたいが薄茶色のぼろ布みたいな服に頭巾。そして奇妙な仮面、というか防毒マスクのようなものを被っているが、実際まさにそういう効果のモノらしい。

 彼らは元々はやはりはぐれ集団の集まりで、その為長い間猫獣神(バルータ)の居ない部族だった。

 それが数年前に初めて部族の中から猫獣神(バルータ)が生まれ、まだ小さな子猫……とは言え既に大型犬並みの体格のそれを大事に大事に育てていた。

 

 が、つい先週。その大事な猫獣神(バルータ)が盗まれてしまうという事件が起きた。

 犯人は明確には分からないが、どうもリカトジオスの斥候部隊らしい。

 血眼になりその猫獣神(バルータ)を探し砂漠をさまよい続け、ようやく猫獣神(バルータ)の匂いを嗅ぎつけて、さあ取り戻さんと焦り、先走った若い連中が相手を確認もせずネムリノキ煙幕弾を投げつけて襲撃。

 で、全員眠らせてから猫獣神(バルータ)を奪い返すつもりが、俺と足羽のおかげでなんとか未然に防がれた。


 早とちりの勘違い。

 平伏し謝る一堂だが、ナーフジャーグの許しを得て安堵の溜め息とともに顔を上げる。

 “新月の夜風”の他の奴らも人的被害は0だし、何よりナーフジャーグが許すと言う以上特に文句はないという。

 なんとも平和的な解決だ。

 

 その上ナーフジャーグは魔法を使ってその攫われた猫獣神(バルータ)を探し出してやろう、とまで言う。

 彼ら猫獣神(バルータ)はそれぞれ固有の魔術を使えるが、その上ほとんどの者は共通してお互いの位置を感知し、うまく行けばテレパシーみたいなもんで通信する事も可能らしい。

 なので山賊化した連中が猫獣神(バルータ)を攫った場合、ネムリノキのお香で骨抜きにしたり、鎖でつないだり、特定の魔術を使えないよう例の魔法封じをしたりと、けっこう酷い真似をするらしい。そこまでして奪ってどうするのやら、とも思わなくもないが、それは俺がクトリアの家畜小屋育ちで、さらには前世の日本人的感覚を残しているから、猫獣人(バルーティ)にとっての猫獣神(バルータ)の価値、というのがあまり実感できないからだろう。

 

 

 ナーフジャーグが奪われた猫獣神(バルータ)を探している間、俺と足羽、そして樫屋に田上はみんなから少し離れた岩陰へと移動して話をする。

 樫屋はほぼ半分くらいは別れたときと大差ない鍋の兜やガラクタ鎧擬きをさらに加工したような装束にボロボロのマントを身に付けた格好で、田上もそのデカい図体に無理やりぼろ布みたいな服を纏っている。どちらもカーキ色ってな風合いに汚れてて、この“残り火砂漠”の砂の中じゃ良いカモフラージュになりそうだ。

 そして首にかけるようにしているのは“砂伏せ”たちの防毒マスク。さっきのムネリノキ爆弾攻撃の際にも被っていて、これとその他薬品の効果でムネリノキの効果を減らしていたらしい。

 

「あー、チクショー、真嶋君、マジで生きてたのかよ!」

「よがっだ」

 ストレートに喜びを現す二人に対して、俺はやや複雑な心境。

「俺のことはどうなったって聞いてる?」

 俺の死を報告しただろう静修さんが、皆にどうそれを説明したのか───?

 その答えは単純明快。

 

「あのくそったれドラゴン野郎と下水の下流に流されてって、滝みたいに高い場所から落ちて死んだってよー」

「俺だぢば、生ぎでいるがぼっで、言っで、探じに行ごうどじだげど、王国軍が残党狩りを始めでるどがっで、あまり待でながっだ」

「朝になってから、その沼の所まで探しにも行ったんだけどよォ~、全然、影も形も無くってさァ~……。マジ、もう死んじまったと、思って……俺よォ~!!!」

「分かった、泣くな! てか、鼻水を俺に擦り付けるな!」

「だって……だってよォ~……!」

 

「……ま、探しに来たときには行き違いだったんだろうな。あの“半死人”の奴が俺を拾って、ナップルの所まで連れ帰っていたんだよ。

 数日寝込んでたが、奴の薬のおかげで生き延びた」

 それからその後の顛末を簡単に掻い摘まんで説明する。

 足羽とシーリオで出会ったところで、静修さん他の連中とどうなったかを二人に聞くと、こちらもまたシンプルな話で、

 

「パトロールして狩りをしていろんなモン探してキャンプに戻ったら、誰も居なくなっててよ。

 さんざ探したけど全く分かんなくてな。

 すげー足跡とか、あと血の跡とかもあって、ヤベぇ事になってンじゃねえのかって心配してたんだけどよ。

 そしたら砂嵐が来て、周りも全然見えねえ感じになっちまってさあー。

 んで、這うみてーにして洞穴とか見つけて中に避難したら───」

 

 “砂伏せ”の部族と出会った。

 で、連中に助けられつつ色々話を聞くに、「どうやら他の連中はリカトリジオスの軍に攫われたんじゃねーのか?」という疑惑が膨らむ。

 そうなると簡単にどうにか出来るような話じゃなくなって、どうしたもんかと悩んで居ると、なら、“砂漠の咆哮”に頼るのはどうか、と言われて、ラアルオームの町まで移動する事になる。

 そこまで時間が結構かかったのは、一つはクトリア語をあまり使わない“砂伏せ”連中とのコミュニケーションの問題があったのと、やはり諸々のトラブルがありそれらの解決の為の手助けとその後の怪我の治療など色々あったかららしい。

 で、そうなった矢先に“砂伏せ”の猫獣神(バルータ)が攫われるという大事件が起きて……今に至る。


「けど、俺らが頼ろうかと思ってた“砂漠の咆哮”に真嶋君が入っちまってんだから、やっぱすげーよな~」

 感心しながらそう言う樫屋に、わざとらしい咳払いで自己主張する足羽。

「おいおい、俺のことも忘れられちゃあ困るぜ? 言っとくけどな~、対戦成績は俺の方が上だったんだぜ~?」

 絵に描いたようなドヤ顔の足羽に、胡散臭さげで冷ややかな視線。


「おあ!? 何だよその目ぇっ!? 言っとくけど、ぶっちゃけ今の俺はおめーら全員かかっても倒せねーかんな!?」

 吹き上がる足羽に対して、ややイラつきながらも二人は取り合わない。

「……いや、実際本気の本調子の足羽には、俺ら全員勝てねーぜ」

 と、そう俺が付け加えると、

「うえぇ~? ちょっと真嶋君、マジで言ってるそれェ?」

「マジだっつーの!? 何で俺の言うことは信じねーんだよ!?」

「どうじで、だ?」

 それぞれ三者三様の反応に、

 

「足羽はかなり【飛行】の術がこなれてきた。逃げられたら俺らじゃゼッテー追い付けねえ」

 

 あー……確かに、と樫屋と田上。そしてやはり「逃げる前提かよ!? いや、そりゃ場合によっちゃ逃げっけどよ!?」とやや不本意そうな足羽。

「問題ば、ごっぢの方が……」

 うんうん頷き右手の指でコンコンと頭を軽く叩く田上。

「あー、だな。どんだけすげえ武器持ってても、使えるアタマが無くちゃ意味ねーもんなぁ」

「ざけんなおい!」

 まあ、足羽には小狡いところはあっても知恵があるとは言えない、てのは前世からの俺らの共通認識ではあるからな。

 

「ぞれより、アジバ」

 いきり立つ足羽に、今度は田上がそのだみ声で話を振る。

「お前の話だど、宍堂ざんだぢは、連れ去られだど言うより、傘下に下っだ……ど言う方が、近い感じ、だな?」

 あぐらをかこうとして上手く出来ず、尻を付いて脚を投げ出すような座り方をした田上が、やや前のめりになりつつそう改めて聞く。

 

「んー……? まあ、何せ宍堂の奴は……めっちゃ凶悪な勝ち方で五連勝してお祭り騒ぎみてえになってたからな。

 相手の親分みてーな奴にも、こー……『お主、なかなかやるのう……』みてーな? 感じ?

 大賀にクソブタも派手に勝ってたし、多分負けたり戦わなかった奴らも含めて、まとめてそこそこの待遇にはなってんじゃねーの?」

 

 足羽の目撃証言に、あやふやな推量。

 とは言えこれまで樫屋達が考えていた程には危機的状況でもないということを、二人はどう判断するか……。

 

「うーん……。けど正直よォ~。“砂伏せ”連中から聞いたリカトリジオスの話は、ろくなモンがねえからな~」

「うむ、あまり、楽観的にば、なれない」

 頷き合う二人に、

「……確かにな」

 と、カリブル、ルチア等から聞いた話を思い出しつつ同意する。

 

「どっちにしろ、別にもう俺らにゃ関係ねーだろー?」

 その俺ら三人へと軽く返すのは足羽。

「あいつ等はあいつ等でどーにかすっしょ? 宍堂の奴が居るんだから、いざとなりゃあいつがなんかうめーことすんだろーしよー」

 

「……お前な~。一応猪口とはダチだろうがよォ~?」

 しらけた態度の足羽へとそう返す樫屋だが、

「へっ! あんなんダチじゃねーよ! あいつは俺の小遣いにタカってただけだしな!

 こっちで金が役に立たねー状況になったら、手のひら返しやがって! ざけんなっつーんだ!」

 静修さんを恐れて一緒に逃げようと誘ったモノの、かなり小馬鹿にされた態度で断られたことにまだかなり腹を立ててるようだ。


「お前、そーゆーとこだぞ? 女には“そこそこ”モテても、男からすッげー嫌われてた理由」

「ハァ~!? つうか俺、今、男からも女からもめちゃモテますけどー? 猿とか犀とかと比べらんないですけどねェ~!?」

 うーん。ま、【魅了の目】の力もあれば、俺らの前世の価値観のみならず、この世界での色んな種族、文化の価値観から見た「外見的魅力」という面でも、この空人(イナニース)という種族に生まれ変わった足羽は、奴の言うとおりかなりモテモテだ。

 この辺俺もよく分からんのだが、空人(イナニース)という種族は一応獣人の一種と見なされてはいるが、別の見方だとエルフというのに近い存在と思われているらしい。

 で、そのエルフという種族は基本的にほとんどの種族から畏怖と敬愛の対象として見られてる。

 優れた魔力に美貌を持つ半妖精、と。

 さらには空人(イナニース)という種族自体、その数もあまり多くなく、彼ら自身は高い山の上に住んでいるとかで、滅多に下の方で見かけられることすらない。

 有る意味ではちょっとしたセレブ、アイドルみたいなもてはやされ方すらされる。

 

「おめーらもアレだろ? 猪口と同じで、そーゆー化け物みてーな見た目になったから、俺に嫉妬してんだろ? なあ?」

 勢いづいて半笑いでそうわめき出す足羽へと、さすがに一言言ってやるかと口を開きかけたところ……意外にも田上が、

「足羽、俺らのごどば、いい。が、他の獣人だぢの前で、それば言うな」

 と釘を刺す。

 言われてハッと気付いたかに周りを見回す足羽。幸いにも今は全員日本語で話していたが、もしクトリア語で今の話をしていて、それが誰かに聞かれたとしたら、かなりまずい事になってただろう。

 

「ああ、そうだぜ、気をつけな。

 特にお前、【魅了の目】で好かれやすいからって調子こいてて、結構痛い目にあってるだろ?」

 と、これは俺と共に激しく嫌われてるムーチャの件だけでなく、シーリオやら獅子の谷でのトラブルも含む。

 足羽の【魅了の目】の効果自体そう長続きするものでもなく、またあくまで第一印象を良くする、程度のモノでしかない。どちらでもその後の無神経で雑な物言いや態度などから嫌われたり揉めたりを経験してる。

 可愛さ余って憎さ百倍……なんて言葉があるがまさにそれで、最初の好印象の反動からか、一度嫌われ出すとより一層嫌われもする。

 その辺、最初の印象の悪い俺とは真反対とも言える。

 

 田上と俺のそれぞれからの耳に痛い言葉に、さすがの足羽もトーンダウン。基本アホだが、そこまでアホでもない。

 

「何にせよよォ~、リカトリジオスの情報は集めておきてーよなあ。いざってときのためにはよォ~」

 岩に背をもたれかけさせ、雲一つない砂漠の快晴を見上げつつ樫屋がそう言う。

「まあな」

 静修さんの最後の、「別れの言葉」を思い出しつつ、俺はそう答えた。

 

 ▼ △ ▼

 

「お前ら手伝ってやれ」

「は?」

 同行している先輩団員からのその言葉に、俺を含めた四人がそう同じ様に返す。

 お前ら、というのは俺、足羽、マハとその従者のムーチャ。

 何を手伝うかと言えば当然、“砂伏せ”たちの猫獣神(バルータ)の奪還だ。

 

「場所はまあおおよそ分かった。“砂伏せ”達は今からそっちに向かう。ナーフジャーグが誰かつけてやれと言うが、出せるのはお前らぐらいだ」

 まあまだ新入りの俺たちを出す程度なら、必要な護衛戦力を極端に減らすことにもならねーし、面目も立つ……てなとこだろう。

「えぇ~? でー、その後どーすんすかー?」

「“砂伏せ”も目的地は同じだ。奴らには助っ人とその後の護衛としてお前ら三人分の報酬を払うよう取り決めた。そしてナーフジャーグからの指示でもあるから、“新月の夜風”の護衛任務分の報酬も減らない。

 お前ら運が良いぞ。初っ端から複数掛け持ちで結構な報酬額になる」

 

 足羽の問いにニヤリと笑い返す先輩団員。

 三人、てのはマハの従者であるムーチャを除く三人だ。従者を雇うのは個人経費になるので、自分が得た報酬から各人が支払うことになる。まあ中には情や信義だけで従者になる者も居るからその辺はそれぞれ。

 新入りでぺーぺーの俺達は、報酬の半分を“砂漠の咆哮”に納める事になる。ヤクザの上納金みてーなもんだ。

 階級が上がればその割合も変わり、また一つの仕事の報酬額自体も大きくなるらしいけどもな。

 その意味では先輩団員の言うとおり、駆け出しぺーぺーで非単独任務、その上掛け持ちで報酬二倍、てのはまあ幸運だ。

 

「アハー! ラッキーだネ!」

「ええー? でもよー、リカトリジオスー? の連中とやり合うンだろー?」

「チビリ野郎は臆病者」

「それやめろ!」

 足羽は静修さんがリカトリジオス軍の部隊相手に決闘していたのを一部始終見ている。それが結構なトラウマにはなってるらしく、リカトリジオスへの恐れが強いっぽい。

 

「けど、別に俺らが先陣切って突っ込め、ってー話でもねーんだろ?」

「当然だ。それならお前らになどやらせん。

 基本的には“砂伏せ”が例のネムリノキの煙玉を投げ込んで奴らを鈍らせて、その隙に数人が猫獣神(バルータ)を取り戻す。

 お前らはその間と撤退時の護衛……ま、お飾りだな。

 やり合う可能性はむしろ、撤退後の追撃の有無による……てーとこだな」

 つまり、追撃さえされなきゃ、通常の護衛任務と変わらない、てことのようだ。


 ま、確かに悪い話じゃなさそうだ。そうして俺たちはこの新しい任務を受けるんだが───実際にはそう想定通りには行かないワケだ。

 

 

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