3-40.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー「文字通りの故意犯だな!? 」
「起きて、テオ……。起きて……」
呼びかけの声に小さなうなり声で応じる彼は、全体的には中肉中背。やや筋肉質にも見えるが戦士や兵士のそれではなく、肉体労働者のそれ。
濃いめの髭に太い眉。日に焼けた彫りの深い顔立ちと襟足まででざっくりと切った髪。典型的なクトリア人……と言うほどにクトリア人を多く見ていたワケでもないが、そんな感じだ。
気付けのお香を嗅がせてもう数回呼び掛けると、なんとか意識を取り戻したテオに、まずはモディーナが呼び掛けつつ、僕らはやや遠巻きに周りを囲む。
「ここは……モディーナ? 一体……?」
「テオ、貴方は魔力瘤の症状が悪化したことで意識朦朧とし、この部屋へと迷い込んで数日間昏睡していたの。
血と共に魔力瘤を抜いて対処をしたから、暫く休めば体調も戻ると思う」
まだぼんやりとしたかのような表情で軽く頭を振り、それからモディーナへと視線を向けて、
「お……俺は……いや、モディーナ、俺はアンタと……」
「───何か、夢でも見ていたようですよ。うなされて、私の名を呼んでいましたが」
「夢……だったのか……」
───うん。夢じゃないんですけどもね。
それからデュアンが呼んできたエクトル・グンダー氏と護衛、そして今回は一人の女性がついてきてて部屋へと入り、再会と無事を喜んで抱き合う。どうやらその女性はエクトル氏の元で働いている人らしいのだけど、テオに対して恋慕を抱いていたようだ。
いやー、感動的な場面ですよ。
───誘拐監禁という犯罪行為の隠蔽をしている猿芝居でさえ無ければ!
はい、もうね。隠蔽です、隠蔽! 一切の言い訳弁明不能なまでの隠蔽工作です!
だって、事実を明らかにすると言うことは彼等が吸血鬼であることも明らかにしなきゃならないし、そしてその事実は正直、今この新しく国を作ろうというときに明らかにして、良い結果になるわけがない事実なんですものね!
そりゃ今のところまだクトリア共和国法が出来ていませんから、別に違法ではないですよ? ないですけど!
……前途多難だわー。どうすりゃ良いのよ、この辺のことをさあ!
エクトル氏は調査しテオを発見した僕らに涙ながらの礼を言い、今後何があろうと支援をするとの確約をしてはくれた。まあ郊外の単独勢力の中ではなかなかの大物のエクトル氏が味方に付くのは助かるっちゃあ助かる。
それとまあ罪滅ぼしも兼ねて、マヌサアルバ会では今後テオに対して魔力循環マッサージだけではなく、きちんとした魔力循環法のトレーニングを教えるということにもなり、巧くいけば魔力の淀みや何かも解消され、疲労や倦怠感も軽減されることで働き者にもなるだろう。
結果的にはめでたし、めでたし。
しかし……ううーむ。罪悪感はあるよ、うん。
さて。グンダー氏一行が立ち去り、またなにやら呆れ顔のJBとイベンダーも仲間の部屋へと戻っていった。
残されたのは僕ら闇の森ダークエルフ勢と、マヌサアルバ会の上位三人。
改めて……そう。改めて、今後のことも含めて話し合いの場を設ける。
「まず……血は、あげません」
「えぇ~!?」
「そんなァ~~!?」
「ご、ごむたいな!!??」
「あんまりだァァァ~~~!! ヒィィィ~~~!!!」
何だチミら!? 威厳ゼロじゃないのさ!?
「本当に!? ちょっと、ちょっとだけ、ちょっと舐めるだけ……ペロッと、ね? ペロッとだけ!」
「絶対に痛くしませんから!」
「お願い! お口に濃いのが欲しいの!」
「ええい、黙らっしゃい! あと言葉の選び方色々おかしい!!!」
「んんー? じゃあどーするつもり? レイフとしては?」
かつて彼らに自らの血を、かなーり雑な成り行きで分け与えたことで“恩人”となった母、ナナイがややにやけた顔でそう言う。
「血による魔力の補給、という習慣を継続させてしまうのは危険です。でしょう?」
視線はもちろんモディーナ。何せ今回の一件では一番の「やらかし」をしてしまったのだから。
「それに、魔力循環マッサージを利用しての魔力補給は、今でも出来ているのですよね? ならばそれをより効率化する方が良いでしょう」
これもまた、ちょっとした秘密の一つではあるけど、彼らは魔力循環マッサージの際に、僅かずつ相手から魔力を抜き去る、と言うことをしていた。
勿論相手の害になるようなやり方はしていない。むしろ相手が魔力の使い方を会得していないなら、体内で淀み害をなし得る要素を減らすので、お互いに利のあるやり方だ。
ただ、施術後にちょっとばかりは心地よい倦怠感は残る。
僕が以前ここでの施術を受けた後に、想像以上にぐでんぐでんのへろんへろんになったのもそのためだ。
そして魔力循環マッサージで得た魔力を、やはり会員同士でやりとりをし互いに補完し合う。
おそらく彼らは基本的にはそういうかたちで、長い間吸血に頼らないやり方を続けて来た。
その努力を、僕の血で台無しにしちゃあいけないよ。うん。
「まあ、ここに居る間は循環マッサージで他より多めに魔力を抜き取るくらいなら良いよ。僕はダークエルフとしてそんなに魔力が多い方でも無いけど、人間のそれよりははるかに多いしね」
「ほ、本当ですか!?」
「有り難や、有り難や~」
「レイフ様、おらもぱらいそさ連れてってくだせ」
いや、だから君らちょっとキャラ変わりすぎでしょ!? 威厳、威厳! 取り戻して!
「え、ちょっと本気で言ってます、それ!?」
全く威厳も神秘性も失ったマヌサアルバ会トップスリーの反応とは別に、横合いからそう詰め寄って来たのはデュアンだ。
「いや、別に大丈夫でしょ? そんなに害はないよ」
「違いますよ、そこじゃなくて! レイフ、あなた今、ダークエルフとしても結構高い魔力持ってますからね!?」
「え!? 嘘!?」
「ああ、そうだな。郷にいたときの倍以上はある」
「あのダンジョンバトルだの、ザルコディナス三世の亡霊との戦いを経て、かなり成長しているぞ?」
ええ、そうなの!? と、まるっと自覚のない話だけど、デュアンのみならずエヴリンドに母のナナイにまでそう言われる。
「そ、そうだったのー?」
「本当に自覚なかったんですね……」
あれ、もしかして僕何かやっちゃいました? テヘペロ? テヘペロ的な何か?
「───ま、それはそれで一旦置くとして、だけどさ」
と、ここで改まってナナイがそう話を切り替える。
「アルバ、タシトゥス、モディーナ。
そして今ここに居ない奴らにも、ま、後で改まって話すけどな……」
急に、ちょっとばかし声の調子が変わる。
「大変なときに助けに来てやれずに……済まなかった」
生真面目そうな顔でそう頭を下げるナナイ。
「───い、いえ、そんな、とんでもないです」
「そうです! お姉様には何の責任もありません!」
アルバによる母への“お姉様”呼びには未だ馴れないけど、この辺、まあ……色々厄介な問題があったらしい。
「何度か探しには来たんだが、見つけられなかった。滅びの7日間以降は特に、王都には近付ける状態でもなかったし、解放直後にも来たんだが、闇の森でも色々ゴタゴタあってな。
全部言い訳になるが───許してくれ」
僕の知らない、母の顔だ。
闇の森のダークエルフ郷にある小さな自分の小部屋に籠もり、そこでただ本を読んで過ごしてきた僕には分からない、森の外の世界で生きてきた母ナナイの横顔だ。
その言葉に応じるように、アルバ達は居住まいと姿勢を正して向き直る。
「ナナイ様。我らマヌサアルバ会一堂は皆、あなた様による救いが無ければ、モルヴァルトの眷属として戦って死ぬか、人食いのおぞましき化け物となり果てるか、そうならぬ為に自ら死を選んでいたか……。
いずれにせよ我らの今があるのは全てあなた様のおかげです」
「その我ら、ナナイ様に恩義と感謝の念はあれど、恨みなど持ちようはずが有りませぬ」
「わたしがザルコディナスの奸計により捕まり、虜囚の身となり果てたのも偏にただただ我が不徳。
そしてそのときに我が心にあったのもまた、お姉様の言葉です───」
なんとも……全幅の信頼と敬意。
「……ナナイ様……そのォ~、ですね。
一体、彼らにどの様な言葉を……?」
デュアンがそう、遠慮がちに聞くと、
「……あー、いや……結構いろんな事言ってたからさァ~。
……どれ? アレか? 『生きてりゃ丸儲け』とか……そんなの?」
そんなの!?
と、僕としてはまたもや内心呆れてしまうのだが、それにもアルバ達は嬉しそうにくすりと笑い、
「それも含めて……全てが我らの生きる道標です」
と、そう返した。
「あー、それで、母上」
「ん? 何かな? 尊敬と感動の言葉はいつでも受け付けているぞ、我が愛しき娘よ!」
「いえ、まだ一つ残っている疑問なんですが───」
□ ■ □
さて、これでまたもやちょっとした大騒動。
何故母上が「王国からの外交特使団」に入っていたのか? という件についてだ。
「おーーー、居た居た! おい、テレンス! こっちだこっち!」
エントランスを探し回り声を掛ける相手は、いかにも実直で真面目そうな帝国人男性。
「ナナイさん! もう、どこへ行ってたんですか!? 探しましたよ!?」
「ナッハッハッハ! すまんすまーん!
ま、紹介するぜ。こちら、テレンス・トレディア・レオナルディ。今回の外交特使団の団長だ」
「ああ、どうも。テレンスです」
「いやー、しかしお前も大出世だよなあ。最初会ったときはただの従軍書記官で、しかも大穴に落とされて頭打ったとかで半分くらい記憶飛んでたよーなボンクラだったのによー。それが今や……」
「言わないで下さいよ、そんな昔のことは。
それより、こちらの方々は?」
「おっと。こっち、まず黒いのがアルバ。マヌサアルバ会の会頭。んでモディーナと、タシトゥス。モディーナはクトリア上院議員だってよ」
「え、へ? も、もう顔合わせしたんですか? いや、あ、どうも、初めまして……」
いやー、面食らってるけど、そりゃそうだよな。驚くよ、そりゃ。
「お初にお目にかかります。会頭のアルバです」
先ほどの血を飲む飲まないのアホなやりとりなど微塵も感じさせない優雅な仕草での一礼。
それからまたやや目を細めるようにしてテレンスへと視線をやり、
「いずれまた、非公式な席を設けての会食なども致したく思います。またお引き合わせしたい者達もおりますれば」
と。
モディーナとタシトゥスもそれぞれに挨拶を交わし、二人はまたそれぞれの仕事へと戻って行く。
それから今度は僕たちだ。
「で、こっちが今現在クトリアの王権を持つダークエルフのレイフで、補佐のデュアンと護衛官のエヴリンド」
「おお、あなたが古代ドワーフの王権の試練を成し遂げたという!」
「初めまして。今後ともよろしくお願いします」
一応ソツない程度の帝国語でそう挨拶をするが……、
「んで、アタシの自慢の娘だ」
との一言が追加される。
さて、今までもかなり驚いていただろうテレンス氏だが、この最後の一言には文字通りに絶句する。
「……え?」
「アタシの自慢の娘」
「え? いやいや……え?」
「アタシの自慢の娘」
あ、ほら、固まった。
「え、いや、その……え? いやそりゃ、ナナイさん、あなたがそりゃ、相手方にダークエルフが居るなら役に立つからとねじ込ん……あー、何だ、その、特使団入りには僕が推挙した形ですけど……待って下さい、えぇっ?
外交交渉の双方に、それぞれ親子関係にあたる者同士が居るとか……聞いてないですよ!?」
うん、そう思うよねえ。そりゃねえ。
「そうか? その方が話早くて楽だろ?」
闇の森ダークエルフにとっての「外交」って、基本は郷と郷の儀礼的なもので、ぶっちゃけ親戚同士の寄り合いみたいなもん。
その意味ではナナイの今の言は「闇の森ダークエルフ」としてはごく自然なものだ。
けど……いやいやいや。
僕らとは比べものにならないくらい森の外について知っている母上が、我々闇の森ダークエルフにとっての外交と、人間、帝国人にとっての外交の違いを分かってないなんてことは有り得ない。
文字通りの故意犯だな!?
意外! それはテレンス!
次回でレイフパート(現在パート)一旦終了です。
マジュヌーン(過去)パート、やや間を置いて更新する……かも。




